データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第95代野田佳彦内閣(平成23.9.2〜平成24.12.26)
[国会回次] 第180回(常会)
[演説者] 野田佳彦内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 2012/01/24
[参議院演説年月日] 2012/01/24
[全文]

 第百八十回国会の開会に当たり、この国が抱える諸課題と野田内閣の基本方針について、謹んで申し上げます。

 昨年九月、野田内閣は、目の前にある課題を一つ一つ解決していくことを使命として誕生いたしました。日本再生元年となるべき本年、私は、何よりも、国政の重要課題を先送りしてきた決められない政治から脱却することを目指します。

 「与野党が信頼関係の上に立ってよく話し合い、結論を出し、国政を動かしていくことこそ、国民に対する政治の責任であると私は信じます」これは、四年前、当時の福田総理がこの演壇から与野党に訴えかけられた施政方針演説の一節です。

 それ以降も、宿年の課題は残されたまま年々深刻さを増し、国の借金は膨らみ続けました。そして、東日本大震災によって、新たに解決を迫られる課題が重くのしかかっています。

 私たちは、この国難とも呼ぶべき危機に立ち向かいながら、長年にわたって先送りされてきた課題への対処を迫られています。国民に対する政治の責任を果たさなければなりません。

 野田内閣がやらなければならないことは明らかです。大震災からの復旧復興、原発事故との戦い、日本経済の再生です。この大きな課題の設定と国として進めるべき政策の方向性について、与野党に違いはありません。

 社会保障と税の一体改革も同様です。昨年末、自公政権時代の問題提起も踏まえながら、民主党内の政治家同士による熟議の末に、政府・与党としての素案をまとめました。その上で、各党各会派との協議をお願いしています。少なくとも、持続可能な社会保障制度を再構築するという大きな方向性に隔たりはないのではないでしょうか。具体的な政策論で異論があるのであれば、大いに議論しようではありませんか。

 我が国の政治過程において今俎上に上っている諸課題は、幸いにして、世界各地の民主主義国家で顕在化しているような、深刻なイデオロギーや利害の対立をはらむものではありません。さきの国会で、各党会派が当初の主張の違いを乗り越えて、三次補正予算と関連法の合意を達成できたことが一つの証左です。私たち政治家が本気で合意を目指し、動かそうとするならば、政治は前に進んでいくのです。

 今求められているのは、わずかな違いを喧伝するのではなく、国民の真の利益とこの国の未来をおもんぱかる、大きな政治です。重要な課題を先送りしない、決断する政治です。

 日本が直面する課題を真正面から議論し、議論を通じて具体的な処方箋をつくり上げ、実行に移していこうではありませんか。全ての国民を代表する国会議員として、今こそ、政局ではなく、大局を見据えようではありませんか。

 大震災からの復旧復興、原発事故との戦い、日本経済の再生。野田内閣は、この三つの優先課題に、改造後の布陣で引き続き全力を挙げて取り組むことをお誓いします。

 あの大震災から十カ月余りがたちました。今なお仮設住宅で不自由な暮らしを余儀なくされている方々に、少しでもぬくもりを感じていただきたい。大震災の災禍を乗り越え、一日も早く被災地に復興のつち音を力強く響かせたい。そうした思いで、これまで国としても懸命に取り組んでまいりました。

 さきの国会で成立した三次補正予算と関連法によって、復興庁、復興交付金、復興特区制度など、復興を力強く進めていく道具立てがそろいました。復興という名をいただいた新しい役所は、被災者に寄り添い続け、必ずや被災地の復興をなし遂げるという、与野党がともに刻んだ誓いのあかしです。復興庁を二月上旬に立ち上げ、ワンストップで現地の要望をきめ細かに酌み取り、全体の司令塔となって、復興事業をこれまで以上に加速化していきます。

 被災者の方々が生活の再建を進める上で、最大の不安は、働く場の確保です。復興特区制度などを活用して、内外から新たな投資を呼び込むとともに、被災した企業の復旧を加速させ、被災地の産業復興と雇用確保を進めます。

 ふるさとが復興する具体的な未来図を描くのは、ほかならぬ住民の皆様自身です。地域のことは地域で決めるという地域主権の理念が今ほど試されているときはありません。多様な主体が参加した住民自治に基づく、開かれた復興を全力で応援します。

 大震災の発災から一年を迎える、来る三月十一日には、政府主催で追悼式をとり行います。犠牲者のみたまに対する最大の供養は、被災地が一日も早く復興を果たすことにほかなりません。

 先人たちは、終戦の焼け野原から高度経済成長を実現し、石油ショックから世界最高の省エネ国家を築き上げました。大震災に直面した私たちにも、同じ挑戦が待っています。もとに戻すのではなく、新しい日本をつくり出すという挑戦です。これは、今を生きる日本人の歴史的な使命です。

 頑張っぺ福島、負げねど宮城、頑張っぺし岩手、そして、頑張ろう日本。大震災直後から全国に響くエールを、これからもつないでいきましょう。東日本各地の被災地の苦難の日々に寄り添いながら、全ての日本人が力を合わせて、復興を通じた日本再生という歴史の一ページをともにつくり上げていこうではありませんか。

 今般の大震災が残した教訓を未来に生かしていくことも、私たちが果たさなければならない歴史的な使命の一つです。もう、想定外という言葉を言いわけにすることは許されません。津波を含むあらゆる自然災害に強い持続可能な国づくり、地域づくりを実現するため、災害対策全般を見直し、抜本的に強化します。

 東京電力福島第一原発の事故との戦いは、決して終わっていません。昨年末のステップ2完了は、廃炉に至るまで長く続く工程の一里塚にすぎません。福島を再生し、美しきふるさとを取り戻す道のりは、これから本格的に始まるのです。

 避難されている方々がふるさとにお戻りいただくには、安心して暮らせる生活環境の再建を急がなければなりません。病院や学校などの公共サービスの早期再開を図るとともに、とりわけ子供や妊婦を放射線被害から守るため、生活空間の徹底した除染、住民の皆様の健康管理、食の安全への信頼回復に取り組むとともに、被災者の目線に立った、公正で円滑な賠償に最善を尽くします。また、関係する市町村や住民の皆様の御意向を十分に把握し、警戒区域や避難指示区域の見直しにきめ細かく対応します。

 私は、内閣総理大臣に就任後、これまで三度、福島を訪れました。山々の麗しき稜線、生い茂る木々の間を流れる清らかな川と水の音。どの場所に行っても、どこか懐かしい郷愁を感じます。日本人誰もが、ふるさとの原型として思い浮かべるような美しい場所です。

 福島の再生なくして日本の再生はありません。福島がよみがえらなければ、元気な日本も取り戻せないのです。私は、このことを何度でも繰り返し、全ての国民がこの思いを共有していただけることを願います。

 この願いを具体的な行動に移すため、国が地元と一体となって福島の再生を推進するための特別措置法案を今国会に提出します。

 被災地が確かな復興の道を歩むために、そして、我が国が長きにわたる停滞を乗り越えて将来に繁栄を引き継いでいくために、日本経済の再生にも全力で取り組みます。

 分厚い中間層を復活させるためにも、中小企業を初めとする企業の競争力と雇用の創出を両立させ、日本経済全体が元気を取り戻さなければなりません。企業の国内投資や雇用創出の足かせとなってきたさまざまな障害を取り除き、産業と雇用の基盤を死守します。同時に、新たな付加価値を生み出す成長の種をまき、新産業の芽を育てていくための環境を整備していきます。

 日本再生のための数多くのプロジェクトを盛り込んだ二十四年度予算は、経済再生の次なる一歩です。四次補正予算とあわせ、早期の成立を図ります。また、歴史的な円高と長引くデフレを克服するため、金融政策を行う日本銀行との一層の連携強化を図り、切れ目ない経済財政運営を行ってまいります。

 世界経済の先行きが不透明な中で、人口減少に転じた我が国が力強い経済成長を実現するのは、容易ならざる課題です。しかし、だからこそ、日本経済の潜在力を冷静に見きわめ、さまざまな主体による挑戦を促す明快なビジョンを描かなければなりません。

 このため、国家戦略会議において、新成長戦略の実行を加速するとともに、新たな成長に向けた具体的な工程表を伴う日本再生戦略を年央までに策定し、官民が一体となって着実に実行します。

 日本に広がる幾多のフロンティアは、私たちの挑戦を待っています。女性は、これからの日本の潜在力の最たるものです。これは、減少する労働力人口を補うという発想にとどまるものではありません。社会のあらゆる場面に女性が参加し、その能力を発揮していただくことは、社会全体の多様性を高め、元気な日本を取り戻す重要な鍵です。日本再生の担い手たる女性が、社会の中でさらに輝いてほしいのです。

 農業、エネルギー・環境、医療・介護といった分野は、新たな需要を生み出し、二十一世紀の成長産業となる大きな可能性を秘めています。さきに策定した食と農林漁業の再生に向けた基本方針・行動計画を政府全体の責任で着実に実行するとともに、これらの分野でのイノベーションを推進します。

 海洋国家たる我が国の存立基盤であり、資源の宝庫である海洋や、無限の可能性を持つ宇宙は、政府を挙げて取り組んでいく人類全体のフロンティアです。

 産官学の英知を結集して、挑戦を担う人づくりへの投資を強化するとともに、こうした内外のフロンティアを夢から現実に変え、日本再生の原動力とするための方策を国家ビジョンとして示します。

 アジア太平洋への玄関口として大きな潜在力を秘め、本土復帰から四十周年を迎える沖縄も、フロンティアの一つです。

 その潜在力を存分に引き出すために、二十四年度予算において、使い道を限定しない、自由度の高い一括交付金を用意します。また、地元の要望を踏まえ、二十四年度以降の沖縄振興に関する二法案を今国会に提出します。

 経済再生のためには、エネルギー政策の再構築が欠かせません。

 そのためには、国民の安心、安全を確保することを大前提にしつつ、経済への影響、環境保護、安全保障などを複眼的に眺める視点が必要です。化石燃料が高騰する中で、足元の電力需給の逼迫を回避しながら、温室効果ガスの排出を削減し、中長期的に原子力への依存度を最大限に低減させるという、極めて複雑な方程式を解いていかなければなりません。

 幅広く国民各層の御意見を伺いながら、国民が安心できる中長期的なエネルギー構成を目指して、ゼロベースでの見直し作業を進め、夏を目途に、新しい戦略と計画を取りまとめます。あわせて、新たなエネルギー構成を支える電力システムのあり方や、今後の地球温暖化に関する国内対策を示します。

 また、原発事故の原因を徹底的に究明し、その教訓を踏まえた新たな原子力安全行政を確立します。

 環境省の外局として、原子力の安全規制をつかさどる組織を新設するとともに、厳格な規制の仕組みを導入するための法案を今国会に提出し、失われた原子力安全行政に対する信頼回復とその機能強化を図ります。

 まず隗より始めよ。これは、どのような政策課題に取り組むに当たっても、政治と行政を担う者が国民の皆様に示さなければならない国家の矜持です。

 さきの国会で、政府全体の歳出削減と税外収入の確保のための具体策に結論を得ることはできませんでした。与野党の考え方の差は決して大きくはなかっただけに、残念でなりません。

 国家公務員給与の約八%を引き下げる法案及び郵政改革関連法案について、今国会においてこそ速やかに合意を得られるよう、野党の皆様に改めてお願いを申し上げます。

 行政の無駄遣いの根絶は、不断に続けなければならない取り組みです。責任ある財政運営を行うために、過去二代の政権を通じて、私自身も懸命に努力をしてまいりました。しかしながら、まだまだ無駄削減の努力が不足しているという国民の皆様のお叱りの声が聞こえます。行政改革に不退転の覚悟で臨みます。

 皮切りとなるのは、独立行政法人改革です。大胆な統廃合と機能の最適化により、法人数をまずは四割弱減らすなどの改革を断行します。

 次に、特別会計改革です。社会資本整備事業特別会計の廃止や、全体の勘定の数をおおむね半減させるなどの改革を進めます。

 これらの改革に関連する法案を今国会に提出し、成立に万全を期します。

 また、あらん限りの税外収入の確保に向け、国家公務員宿舎を今後五年間で二五%削減し、政府資産の売却を進めます。

 国民目線を徹底し、聖域なき行政刷新の取り組みを着実に進めるとともに、公務員制度改革を引き続き推進します。

 行政サービスを効率化し、国の行政の無駄削減を進めるためにも有効な地域主権改革を着実に具体化していきます。二十四年度予算では、補助金の一括交付金の総額をふやし、使い勝手を格段によくします。

 また、国の出先機関の原則廃止に向けて、具体的な制度設計を進め、必要な法案を今国会に提出いたします。

 さらに、地域社会を支える基盤である郵便局において三事業のサービスを一体で提供し、利用者の利便性を高める郵政改革の今国会での実現を図ります。

 行政だけではありません。誰よりも、政治家自身が身を切り、範を示す姿勢が不可欠です。

 既に、違憲状態と最高裁判所から指摘されている一票の格差を是正するための措置に加えて、衆議院議員の定数を削減する法案を今国会に提出すべく、民主党として準備しているところです。与野党で胸襟を開いて議論し、この国会で結論を得て実行できるよう、私もリーダーシップを発揮してまいります。

 政治・行政改革とともに、今、国民のために、この国の将来のために、やり遂げなければならない、もう一つ大きな課題があります。それが、社会保障と税の一体改革です。

 団塊の世代が、支える側から支えられる側に移りつつあります。多くの現役世代で一人の高齢者を支えていた胴上げ型の人口構成は、今や三人で一人を支える騎馬戦型となり、いずれ、一人が一人を支える肩車型に確実に変化していきます。今のままでは、将来の世代はその負担に耐えられません。もう改革を先送りする時間は残されていないのです。

 過去の政権は、予算編成のたびに苦しみ、さまざまな工夫を凝らして、何とかしのいできました。しかし、世界最速の超高齢化が進み、社会保障費の自然増だけで毎年一兆円規模となる状況にある中で、毎年繰り返してきた対症療法は、もう限界です。

 もちろん、一体改革は、単に財源と給付のつじつまを合わせるために行うものではありません。社会保障を持続可能で安心できるものにしてほしいという国民の切なる願いをかなえるためのものです。

 失業や病気などにより一たび中間層から外れるともとに戻れなくなるとの不安が社会にじわじわと広がっています。このままでは、リスクをとってフロンティアの開拓に挑戦する心も萎縮しかねません。お年寄りが孤独死するような社会であってよいはずがありません。働く世代や子供の貧困といった悲痛な叫びにも応えなければなりません。

 政権交代後、国民の生活が第一という基本理念のもと、人と人が支え合い、支え合うことによって生きがいを感じられる社会づくりを目指してきました。全ての人が居場所と出番を持ち、ぬくもりあふれる社会を実現するために、社会保障の機能強化が必要なのです。

 我が国では、先進諸国と比べて、現役世代に対する支援が薄いと指摘されています。その最たる例が、子育て支援です。社会の中で女性の能力を最大限に生かすとともに、安心して子供を産み、育てられる社会をつくるために、総合的な子ども・子育て新システムの構築を急がなければなりません。

 こうした点を含めて、支える側たる現役世代の安全網を強化し、子供からお年寄りまで全ての国民をカバーする全世代対応型へと社会保障制度を転換することが焦眉の急なのです。

 昨今、きょうよりもあしたがよくなるとの思いを抱けない若者がふえていると言われます。日本社会が次世代にツケを回し続け、そのことに痛痒を感じなくなっていることに一因があるのではないでしょうか。

 将来世代の借金をふやし続けるばかりの社会で、若者がきょうよりあしたがよくなるという確信を持つなど、無理な相談です。社会全体の希望を取り戻す第一歩を踏み出せるかどうかは、この一体改革の成否にかかっていると言っても過言ではありません。

 このような背景や認識に基づいて、政府・与党は、経済状況を好転させることを条件に、二〇一四年四月より八%へ、二〇一五年十月より一〇%へ段階的に消費税率を引き上げることを含む素案を取りまとめました。引き上げ後の消費税収は、現行分の地方消費税を除く全額を社会保障の費用に充て、全て国民の皆様に還元します。官の肥大化には決して使いません。

 これは、社会により多くのぬくもりを届けていくための改革です。消費税引き上げに当たって最も配慮が必要なのは、低所得者の方々です。

 このため、社会保障の機能強化により低所得者対策を充実するとともに、国民一人一人が固有の番号を持つことになる社会保障・税番号制度を導入し、給付つき税額控除の導入を検討するなど、きめ細かな対策を講じます。また、所得税の最高税率を五%引き上げ、税制面でも格差是正と所得再分配機能の回復を図ります。

 グローバルな金融市場の力が席巻する今、一たび国家の信用が失われると、取り返しがつきません。欧州諸国の状況を見れば一目瞭然です。この一体改革は、金融市場の力に振り回されない強靱な財政構造を持つ観点からも、待ったなしなのです。

 社会保障・税一体改革は、経済再生、政治・行政改革とも一体で、まさに包括的に進めていかなければならない大きな改革です。今後、各党各会派との協議を進めた上で、大綱として取りまとめ、自公政権時代に成立した法律の定める本年度末の期限までに、関連法案を国会に提出します。

 二十一世紀に入ってから、内閣総理大臣としてこの演壇に立たれた歴代の先輩方は、年初の施政方針演説の中で、持続可能な社会保障を実現するための改革の必要性を一貫して訴えてこられました。

 「持続可能な社会保障制度を実現するには、給付に見合った負担が必要です」「経済状況を好転させることを前提として、遅滞なく、かつ段階的に消費税を含む税制抜本改革を行うため、二〇一一年度までに必要な法制上の措置を講じます」「これは、社会保障を安心なものにするためです。子や孫に負担を先送りしないためであります」

 これらは、私の言葉ではありません。三年前、当時の麻生総理がこの議場でなされた施政方針演説の中の言葉です。

 私が目指すものも、同じです。今こそ、立場を超えて、全ての国民のために、この国の未来のために、素案の協議に応じていただくことを願ってやみません。

 国民の御理解と御協力を得るために、改革の意義や具体的な内容をわかりやすく伝えていく努力も欠かせません。私と関係閣僚が先頭に立って、国民の皆様への情報発信に全力を尽くします。また、社会保障の最前線で住民と接している自治体の関係者とも密接に協力してまいります。

 大西洋の世紀からアジア太平洋の世紀へ。産業革命以来の世界の構図が変わり、世界の歴史の重心が大きく移り行く時代を私たちは生きています。歴史の変動期には、常にチャンスとリスクが交錯します。

 アジア太平洋の世紀がもたらすチャンス。それは、言うまでもなく、世界の成長センターとして、これからの世界経済の発展を牽引していくのがこの地域であるということであります。

 この地域の力強い成長を促し、膨大なインフラ需要や巨大な新中間層の購買力を取り込んでいくことは、我が国自体に豊かさと活力をもたらします。日本の再生は、豊かで安定したアジア太平洋地域なくしてあり得ません。

 アジア太平洋の世紀がはらむリスク。それは、既存の秩序が変動する過程で地域の不安定さが増し、安全保障の先行きが不透明になっていることです。

 多くの国で指導者が交代期を迎える本年、我が国を取り巻く安全保障環境は予断を許しません。また、発展途上の金融市場、環境汚染や食料、エネルギーの逼迫、日本を追いかける形で進む高齢化といったこの地域で散見される課題も、安定した成長を阻む要因です。

 こうした課題の解決に、日本の技術や知見に熱いまなざしが向けられています。課題解決先進国となるべき日本の貢献なくして、豊かで安定したアジア太平洋地域もあり得ないのです。

 我が国は、幸いにして、アジアにも太平洋にも軸足を持っている海洋国家です。これからの歴史の重心に位置するという地政学的な恵みを最大限に生かし、アジア太平洋地域が安定と繁栄を享受できるように貢献していかなければなりません。これは、世界全体にとっての課題であり、かつ、我が国の国益を実現するための最大の戦略目標です。

 私は、アジア太平洋地域の安定と繁栄を実現するため、日米同盟を基軸としつつ、幅広い国や地域が参加する枠組みも活用しながら、この地域の秩序とルールづくりに主体的な役割を果たしていくことが、我が国の外交の基本であると考えます。

 貿易・投資の自由化、エネルギー・環境制約の克服といった経済面での課題だけではなくて、テロ対策や大量破壊兵器の拡散防止、海洋航行の自由の確保、平和維持や紛争予防といった安全保障面での課題、さらには、自由と民主主義、法の支配といった共通の価値の確認など、地域で対話を深めていくべきテーマには事欠きません。我が国は、多様性あふれるアジア太平洋地域において、共通の原則や具体的なルールを率先して提案し、志を同じくする国と手を携えながら、地域の安定と繁栄に向けて戦略的に対応していきます。

 まずは、アジア太平洋自由貿易圏、いわゆるFTAAP構想の実現を主導し、高いレベルでの経済連携を通じて自由な貿易・投資のルールづくりを主導することが、こうした戦略的な対応の先駆けです。

 日韓、日豪交渉を推進し、日中韓やASEANを中心とした広域経済連携の早期交渉開始を目指すとともに、環太平洋パートナーシップ協定、いわゆるTPP協定への交渉参加に向けた関係国との協議を進めていきます。あわせて、日・EUの早期交渉開始を目指します。

 こうした取り組みを進める上で、近隣諸国との二国間関係の強化を同時並行で進めることが、我が国外交の基礎体力を高めます。既に、米中だけでなく、韓国、ロシア、インド、オーストラリアなど主要各国の首脳と個別に会談し、個人的な信頼関係を築きながら、二国間関係を進展させてまいりました。

 今後とも、北方領土問題など各国との懸案の解決を図りつつ、関係の強化に努めます。

 特に、日米同盟は、我が国の外交、安全保障の基軸にとどまらず、アジア太平洋地域、そして世界の安定と繁栄のための公共財です。二十一世紀にふさわしい同盟関係に深化、発展させていかなければなりません。

 普天間飛行場の移設問題についても、日米合意を踏まえ、引き続き、沖縄の皆様の声に真摯に耳を傾け、誠実に説明し、理解を求めながら、沖縄の負担軽減を図るために全力で取り組みます。

 また、アジア太平洋地域での安定と繁栄は、中国の建設的な役割なしには語れません。

 これまでに首脳間で幾度となく日中両国の戦略的互恵関係を深めていく方針を確認してきました。これからは、その内容をさらに充実させ、地域の安定した秩序づくりに協力を深めていく段階です。国交正常化四十周年の機を捉え、人的交流や観光促進を手始めに、さまざまなレベルでの対話や交流を通じて、互恵関係を深化させていきます。

 今後の北朝鮮の動向については、昨年末の金正日国防委員会委員長の死去を受けた情勢変化を冷静に見きわめ、関係各国と緊密に連携しつつ、情報収集を強化し、不測の事態に備えて、引き続き万全の態勢で臨みます。

 拉致問題は、我が国の主権にかかわる重大な問題であり、基本的人権の侵害という普遍的な問題です。被害者全員の一刻も早い帰国を実現するため、政府一丸となって取り組みます。

 日朝関係については、引き続き、日朝平壌宣言にのっとって、核、ミサイルを含めた諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化を図るべく努力していきます。

 イランの核問題については、深刻な懸念を国際社会と共有します。平和的、外交的な解決に努力することを基本とし、原油市場や日本経済への影響などにも総合的に勘案しつつ、各国と連携して適切に対応いたします。

 また、消費者行政に万全を期すとともに、テロやサイバー攻撃、大規模自然災害、国内外の重大事件・事故など、国民の生命、身体、財産を脅かす緊急事態については、常に緊張感と万全の備えを持って危機管理対応を行います。

 我が国は、アジア太平洋地域の安定と繁栄を超えて、人類全体によりよき未来をもたらすためにも、積極的に貢献します。これは、国際社会への責任を果たすだけではなく、この国に生まれてよかったと思える、誇りある国の礎となるものです。

 先日、南スーダンでの国連平和維持活動に、自衛隊の施設部隊を送り出しました。国際社会と現地の期待に応え、アフリカの大地でインフラ整備に必死に汗を流す自衛隊員の姿は、必ずや日本人の誇りの一部となるはずです。こうした海外での貢献活動に加えて、軍縮・不拡散、気候変動などの人類の安全な未来への貢献、ODAの戦略的活用を通じた人類の豊かな未来への貢献にも努めてまいります。

 私は、大好きな日本を守りたいのです。この美しいふるさとを未来に引き継いでいきたいのです。私は、真に日本のためになることを、どこまでも粘り強く訴え続けます。

 ことしは、日本の正念場です。試練を乗り越えた先に、必ずや希望と誇りある日本の光が見えるはずです。

 この国は、今を生きる私たちだけのものではありません。未来に向かって永遠の時間を生きていく将来の世代もまた、私たちが守るべき国民です。この国を築き、守り、繁栄を導いてきた先人たちは、国の行く末に深い思いを寄せてきました。私たちは、長い長い歴史のたすきを継ぎ、次の世代へと渡していかなければなりません。

 今、私たちが日本の将来のために先送りできない課題があります。拍手喝采を受けることはないかもしれません。それでも、さきに述べた大きな改革は、必ずやり遂げなければならないのです。

 全ての国民を代表する国会議員の皆様、志を立てた初心に立ち返ろうではありませんか。困難な課題を先送りしようとする誘惑に負けてはなりません。次の選挙のことだけを考えるのではなく、次の世代のことを考え抜くのが政治家です。そして、この国難のただ中に国家のかじ取りを任された私たちは、政治改革家たる使命を果たさなければなりません。

 政治を変えましょう。苦難を乗り越えようとする国民に力を与え、この国の未来を切り開くために、今こそ、大きな政治を、決断する政治を、ともになし遂げようではありませんか。日本の将来は、私たち政治家の良心にかかっているのです。

 国民新党を初めとする各党各会派、そして国民の皆様の御理解と御協力をお願い申し上げ、私の施政方針演説とさせていただきます。

 ありがとうございました。(拍手)