データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第96代 第2次安倍晋三内閣(平成24.12.26〜平成26.12.24)
[国会回次] 第183回(常会)
[演説者] 安倍晋三内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 2013/02/28
[参議院演説年月日] 2013/02/28
[全文]

 強い日本、それをつくるのは、ほかの誰でもありません。私たち自身です。

 一身独立して一国独立する。

 私たち自身が、誰かに寄りかかる心を捨て、それぞれの持ち場で、みずから運命を切り開こうという意思を持たない限り、私たちの未来は開けません。

 日本は、今、幾つもの難しい課題を抱えています。しかし、くじけてはいけない。諦めてはいけません。私たち一人一人が、みずから立って前を向き、未来は明るいと信じて前進することが、私たちの次の、そのまた次の世代の日本人に、立派な国、強い国を残す唯一の道であります。

 苦楽をともにするにしかざるなり。

 一身の独立を唱えた福沢諭吉も、自立した個人を基礎としつつ、国民も、国家も、苦楽をともにすべきだと述べています。

 共助や公助の精神は、単にかわいそうな人を救うということではありません。懸命に生きる人同士が、苦楽をともにする仲間だからこそ、何かあれば助け合う、そのような精神であると考えます。

 みんなで声をかけ合って、励まし合っている。

 総理就任以来、私は、毎月、被災地を訪問し、避難生活を強いられている方々の声を直接伺ってまいりました。

 仮設住宅の厳しい環境のもとでも、思いやりの心がそこにはありました。自立して支え合おうとする気概を感じるのです。

 一方、個人の意思や努力だけではどうにもならない問題が、今なお立ちはだかっています。高台移転は、ようやく動き始めたものの、土地の買収やさまざまな手続により、大幅なおくれが目立ちます。

 仮設住宅暮らしの長期化による、先の見えない不安。お年寄りの方からは、時間がないという悲痛なお話も伺いました。

 どんなに小さくてもいいから、自分の家に住みたい。

 今を懸命に生きる人たちに、復興を加速することで応えていかねばなりません。解決すべき課題は地域ごとに異なりますが、復興庁が、現場主義を徹底し、課題を具体的に整理して、一つ一つ解決します。

 福島は、今も、原発事故による被害に苦しんでいます。子供たちは、屋外で十分に遊ぶことすらできません。除染、風評被害の防止、早期帰還に、行政の縦割りを排し、全力を尽くすべきは当然です。しかし、私たちは、その先にある希望をつくらねばなりません。

 若者たちが希望に胸を膨らませることができる東北を、私たちはつくり上げます。それこそが、真の復興です。

 既に、再生可能エネルギー産業や医療関連産業など、将来の成長産業が東北で芽吹きつつあります。復興をさらに強力に進めるため、復興予算十九兆円枠を見直し、必要な財源を確保することとしました。

 ことしも、間もなく三月十一日がやってきます。厳しく長い冬が続いた東北にも、もうすぐ春が訪れます。冬の寒さに耐えて春に咲き誇る花のように、新たな創造と可能性の地としての東北を、皆さん、ともにつくり上げようではありませんか。

 さて、日本経済の将来に、今の若者たちは希望を持てるでしょうか。

 若者たちが未来は明るいと信じることができる力強い日本経済を立て直すことが、私たちの世代の責任であります。

 三本の矢を力強く射込みます。大胆な金融政策であり、機動的な財政政策、そして民間投資を喚起する成長戦略です。

 今までと同じやり方では、激変している国際経済に立ち向かうことはできません。日本の経済成長は、世界を覆う大競争の荒波に、ためらうことなくこぎ出していく私たちの意思と、それから勇気にかかっています。

 まさに、そうした勇気を示し、遠くアルジェリアの砂漠で働いていた方々が犠牲となりました。

 彼らに非業の死を遂げさせたテロリストたちの卑劣と非道を、我が国は決して許しません。テロの犠牲を繰り返さないため、何をなさねばならないかを検証し、具体的な対策を進めます。

 私が恐れていることは、今回の事件によって、日本人が、世界に羽ばたく意思と勇気を失うことです。

 世界の成長センターは、アジアから中南米、アフリカへと広がっています。今回犠牲となった方々の志を無にしないためにも、海外の成長を日本に取り込むべく、世界のどこへでも、フロンティアに果敢に飛び込んでいかねばなりません。

 そのかばんに詰め込むべき魅力ある商品は、たくさんあります。

 健康的な日本食は、世界でブームを巻き起こしています。四季の移ろいの中で、きめ細やかに育てられた日本の農産物。世界で豊かな人がふえればふえるほど、人気が高まることは間違いありません。そのためにも、攻めの農業政策が必要です。

 日本は瑞穂の国です。息をのむほど美しい棚田の風景や伝統ある文化。若者たちが、こうした美しいふるさとを守り、未来に希望を持てる強い農業をつくってまいります。

 健康は、誰もが求める、世界共通のテーマです。

 日本発の技術であるiPS細胞を利用した再生医療、創薬など、最先端の医療技術を積極的に活用して、世界に先駆けて健康長寿社会を目指します。世界に誇る国民皆保険制度が育んだ我が国の医療技術とサービスにさらに磨きをかけ、国際的な医療協力なども通じて、世界に積極的に展開してまいります。

 日本のコンテンツやファッション、文化、伝統の強みも、世界から注目されています。

 アニメなどのブームを一過性のものに終わらせることなく、世界の人たちを引きつける観光立国を推進することに加え、クール・ジャパンを世界に誇るビジネスにしていきましょう。

 それから、環境技術です。

 資源制約を抱える世界で、その解決策を日本は持っています。ここにも商機があります。最先端の技術で、世界の温暖化対策に貢献し、低炭素社会を創出していくという我が国の基本方針は不変です。

 詰め込むかばんの中身が、技術、サービス、知的財産など、多様化する現代では、活発でフェアな国際競争を確保するため、貿易や投資のルールを国際的に調和していかねばなりません。

 我が国は、受け身であってはなりません。グローバルなレベルでも、地域レベルや二国間レベルでも、日本は、ルールを待つのではなく、つくる国でありたいと考えます。

 アジア太平洋地域、東アジア地域、欧州などとの経済連携を戦略的に推進します。我が国の外交力を駆使して、守るべきものは守り、国益にかなう経済連携を進めます。

 TPPについては、聖域なき関税撤廃は前提ではないことを、先般、オバマ大統領と直接会談し、確認いたしました。

 今後、政府の責任において、交渉参加について判断いたします。

 意欲のある全ての日本人が、世界の成長センターで存分に活躍できる環境を整えます。

 一方で、日本から世界へという流れだけではなく、世界から日本にすぐれた企業や人を集め、日本をもう一度成長センターにしていく気概も必要です。

 すぐれた人たちは、今、日本で能力を発揮したいと考えるでしょうか。日本での研究環境に満足できない研究者たちが、海外にどんどん流出しています。

 世界で最もイノベーションに適した国をつくり上げます。総合科学技術会議が、その司令塔です。大胆な規制改革を含め、世界じゅうの研究者が日本に集まるような環境を整備します。

 その萌芽とも呼ぶべき希望に、私は、沖縄で出会いました。

 非常にすばらしい研究機会が与えられると考えて、沖縄にやってきた。

 アメリカから来たこの学生は、かつて、ハーバード大学やイエール大学で研究に携わってきました。その上で、昨年開学した沖縄科学技術大学院大学で研究する道を選びました。

 最新の研究設備に加え、沖縄の美ら海に面したすばらしい雰囲気の中で、世界じゅうから卓越した教授陣と優秀な学生たちが集まりつつあります。沖縄の地に、世界一のイノベーション拠点をつくり上げます。

 世界初の海洋メタンハイドレート産出試験、世界に冠たるロケット打ち上げ成功率、世界最先端の加速器技術への挑戦など、日本は、先端分野において、世界のイノベーションを牽引しています。

 将来の資源大国にもつながる海洋開発、安全保障や防災など、幅広い活用が期待できる宇宙利用、テレワークや遠隔医療など、社会に変革をもたらし得るIT活用。日本に新たな可能性をもたらすこれらのイノベーションを、省庁の縦割りを打破し、司令塔機能を強化して、力強く進めてまいります。

 世界のすぐれた企業は、日本に立地したいと考えるでしょうか。

 むしろ、我が国は、深刻な産業空洞化の課題に直面しています。

 長引くデフレからの早期脱却に加え、エネルギーの安定供給とエネルギーコストの低減に向けて、責任あるエネルギー政策を構築してまいります。

 東京電力福島第一原発事故の反省に立ち、原子力規制委員会のもとで、妥協することなく、安全性を高める新たな安全文化をつくり上げます。その上で、安全が確認された原発は再稼働します。

 省エネルギーと再生可能エネルギーの最大限の導入を進め、できる限り原発依存度を低減させていきます。同時に、電力システムの抜本的な改革にも着手します。

 世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します。

 国際先端テストを導入し、聖域なき規制改革を進めます。企業活動を妨げる障害を一つ一つ解消していきます。これが、新たな規制改革会議の使命です。

 行政や公務員制度のあり方も、これまでの改革の成果に加え、国際的な大競争時代への変化を捉え、改革します。公務員には、誇りと責任を持って、世界との競争に打ちかつ国づくりを、それぞれの持ち場で能動的に進めるよう期待します。

 魅力あふれる地域をつくります。その鍵は、地域ごとの創意工夫を生かすための地方分権改革です。

 大都市制度の改革を初め、地方に対する権限移譲や規制緩和を進めます。また、地域の元気づくりを応援します。

 小さな町工場から、フェラーリやBMWに果敢に挑戦している皆さんがいます。

 自動車ではありません。東京都大田区の中小企業を経営する細貝さんは、仲間とともに、ボブスレー競技用そりの国産化プロジェクトを立ち上げました。世界最速のマシンをつくりたい。三十社を超える町工場が、これまで培ってきた物づくりの力を結集して、来年のソチ五輪を目指し、世界に挑んでいます。

 高い技術と意欲を持つ中小企業、小規模事業者の挑戦を応援します。試作品開発や販路開拓など、新しいチャレンジを応援する仕組みを用意します。

 ひたすらに世界一を目指す気概。こういう皆さんがいる限り、日本はまだまだ成長できると、私は確信しています。

 いま一度、いま一度申し上げます。

 皆さん、今こそ、世界一を目指していこうではありませんか。

 なぜ、私たちは、世界一を目指し、経済を成長させなければならないのか。それは、働く意欲のある人たちに仕事をつくり、頑張る人たちの手取りをふやすためにほかなりません。

 このため、私自身、可能な限り報酬の引き上げを行ってほしいと、産業界に直接要請しました。政府も、税制で、利益を従業員に還元する企業を応援します。

 既に、この方針に御賛同いただき、従業員の報酬引き上げを宣言する企業もあらわれています。うれしいことです。

 家計のやりくりは大変な御苦労です。日々の暮らしを少しでもよくするために、私たちは、強い経済を取り戻します。

 経済だけではありません。さまざまなリスクにさらされる国民の生命と財産を断固として守る、強靱な国づくりも急務です。

 旅行で、仕事で、ふだん何げなく通るトンネルでその事故は起きました。笹子トンネル事故です。

 私の育った時代、高速道路が次々と延びていく姿は、成長する日本の象徴でありました。しかし、あのころできたインフラが老いつつある。人の命まで奪った現実に向き合わねばなりません。

 命を守るための国土強靱化が焦眉の急です。

 首都直下地震や南海トラフ地震など、大規模な自然災害への備えも急がなければなりません。徹底した防災・減災対策、老朽化対策を進め、国民の安全を守ります。

 治安に対する信頼も欠かせません。

 ネット社会の脅威であるサイバー犯罪、サイバー攻撃や、平穏な暮らしを脅かす暴力団やテロリストなどへの対策、取り締まりを徹底します。

 悪質商法によるトラブルから消費者を守らねばなりません。地方の相談窓口の充実や監視強化などによって、消費者の安全、安心を確保します。

 世界一安心な国、世界一安全な国日本をつくり上げます。

 さて、今、この演説を聞く国民一人一人が、悩みや不安を抱えておられます。家計のやりくり、教育、子育て、介護、こうした不安に目を向け、一つ一つ対応することも政治の使命です。

 車座ふるさとトークを始めました。皆さんの声を直接お伺いするため、閣僚が地方に足を運びます。一人一人の思いを、直接、具体的な政策につなげていきます。

 子供を持つ親は、常に子供の教育に頭を悩ませています。

 いじめや体罰を背景に、子供のとうとい命が絶たれる事案が発生しています。子供の命は何としても守り抜くとの強い意思と責任感を私たち大人が持って、直ちに行動に移さねばなりません。

 六年前に改正した教育基本法を踏まえ、現場での具体的な改革を進めます。

 まずは、先般、教育再生実行会議が取りまとめた、道徳教育の充実を初めとするいじめ対策の提言を実行します。

 教育現場で起きる問題に的確で速やかな対応が行える体制を整えます。現行の教育委員会制度について、責任体制を明確にすることを初め、抜本的な改革に向けた検討を進めます。

 学力の向上も、公教育に求められる重要な役割です。

 世界トップレベルの学力を育むため、力ある教師を養成し、グローバル化に対応したカリキュラムなどを充実していきます。

 大学力は、国力そのものです。大学の強化なくして、我が国の発展はありません。世界トップレベルとなるよう、大学のあり方を見直します。

 私も、子供のころ、野球選手や警察官などと、いろいろな夢を見ました。教育再生とは、子供たちが夢を実現する意思を持って子供たちの道を歩んでいけるよう手助けするためのものにほかなりません。

 その主役は、子供たちです。

 六・三・三・四制の見直しによる平成の学制大改革を初め、教育再生に向けた具体的な課題について、今後検討を進めます。

 子育てに頑張るお父さんやお母さんが、育児をとるか仕事をとるかという二者択一を迫られている現実があります。

 待機児童の解消に向けて、保育所の受け入れ児童数を拡大します。多様な保育ニーズに応えるためには、休日・夜間保育なども拡充していかねばなりません。放課後児童クラブを増設し、地域による子育て支援も力を入れてまいります。

 仕事との両立支援とあわせ、仕事への復帰を応援します。両立支援に取り組む事業者への助成、マザーズハローワークの拡充に取り組みます。

 年老いた親の介護と仕事の両立に御苦労される方も、ふえつつあります。

 介護と仕事も、両立しやすい社会をつくっていかねばなりません。

 まずは、その第一として、両立するための知識やノウハウを働く方々や職場に周知して、さまざまな支援を受けられるようにします。地域のお年寄りの皆さんに、質が高く、必要な介護が行われる体制も整えます。

 全てを家庭に任せるのではなく、社会もともに子育てや介護を支えていきます。

 他方、家庭に専念して、子育てや介護に尽くしている方々もいらっしゃいます。皆さんの御苦労は、経済指標だけでははかれない、かけがえのないものです。

 皆さんの社会での活躍が、日本の新たな活力を生み出すと信じます。皆さんがいつでも仕事に復帰できるよう、トライアル雇用制度を活用するなど、再就職支援を実施します。

 仕事で活躍している女性も、家庭に専念している女性も、全ての女性が、その生き方に自信と誇りを持ち、輝けるような国づくりを進めます。

 皆さん、女性が輝く日本を、ともにつくり上げていこうではありませんか。

 老いも若きも、障害や病気を抱える方も、意欲があるならば、世のため人のために活躍できる機会をつくります。その先に、活力ある日本が待っています。

 個々の事情に応じた就労支援をきめ細かく行います。若者・女性活躍推進フォーラムの場を通じて、さらなる課題を抽出し、具体的な検討をしてまいります。

 一度の失敗で烙印が押され、負け組が固定化するような社会は、頑張る人が報われる社会とは言えません。何度でもチャレンジできる社会をつくり上げてまいります。

 しかし、どんなに意欲を持っていても、病気や加齢などにより、思いどおりにならない方々がいらっしゃいます。こうした方々にも安心感を持っていただくため、持続可能な社会保障制度をつくらねばなりません。

 少子高齢化が進む中、安定財源を確保し、受益と負担の均衡がとれた制度を構築します。

 自助自立を第一に、共助と公助を組み合わせ、弱い立場の人には、しっかりと援助の手を差し伸べます。自由民主党、公明党、民主党による三党間での協議の進展も踏まえ、社会保障制度改革国民会議において御議論いただき、改革を具体化してまいります。

 国、地方のプライマリーバランスについて、二〇一五年度までに二〇一〇年度に比べ赤字の対GDP比の半減、二〇二〇年度までに黒字化との財政健全化目標の実現を目指します。

 さて、外交、安全保障についてお話しいたします。

 私の外交には、原則があります。先般のASEAN諸国訪問の際には、対ASEAN外交の五原則を発表しましたが、私の外交は、戦略的な外交、普遍的価値を重視する外交、そして、国益を守る、主張する外交が基本です。

 傷ついた日本外交を立て直し、世界における確固とした立ち位置を明確にしていきます。

 その基軸となるのは、やはり日米同盟です。

 開かれた海のもと、世界最大の海洋国家である米国と、アジア最大の海洋民主主義国家である日本とが、パートナーをなすのは理の当然であり、不断の強化が必要です。

 先日のオバマ大統領との会談により、緊密な日米同盟は完全に復活いたしました。

 政治、経済、安全保障だけではなく、アジア太平洋地域、さらには国際社会共通の課題に至るまで、同じ戦略意識を持ち、同じ目的を共有していることを確認したのであります。緊密な日米同盟の復活を内外に示し、世界の平和と安定のために、日米が手を携えて協力していくことを鮮明にすることができました。

 日米安保体制には、抑止力という大切な公共財があります。これを高めるために、我が国は、さらなる役割を果たしてまいります。

 同時に、在日米軍再編には、現行の日米合意に従って進め、抑止力を維持しつつ、沖縄の負担軽減に全力で取り組みます。

 特に、普天間飛行場の固定化は、あってはなりません。沖縄の方々の声によく耳を傾け、信頼関係を構築しながら、普天間飛行場の移設及び嘉手納以南の土地の返還計画を早期に進めてまいります。

 北朝鮮が核実験を強行したことは、断じて容認できません。安保理決議にも明確に違反するものであり、厳重に抗議し、非難します。

 北朝鮮が平和と繁栄を求めるのであれば、このような挑発的な行動をとることが何の利益にもならないことを理解させるべく、米国、韓国を初め、中国、ロシアといった関係国と連携して、断固たる対応を追求してまいります。

 拉致問題については、全ての拉致被害者の御家族が御自身の手で肉親を抱き締める日が訪れるまで、私の使命は終わりません。

 北朝鮮に対話と圧力の方針を貫き、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引き渡しの三点に向けて、全力を尽くします。

 拉致、核、ミサイルの諸懸案の包括的な解決に向けて具体的な行動をとるよう、北朝鮮に強く求めます。

 尖閣諸島が日本固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も明白であり、そもそも、解決すべき領有権の問題は存在しません。

 先般の我が国護衛艦に対する火器管制レーダー照射のような、事態をエスカレートさせる危険な行為は厳に慎むよう、強く自制を求めます。国際的なルールに従った行動が必要であります。

 同時に、日中関係は、最も重要な二国間関係の一つであり、個別の問題が関係全体に影響を及ぼさないようコントロールしていくとの戦略的互恵関係の原点に立ち戻るよう、求めてまいります。私の対話のドアは、常にオープンです。

 韓国は、自由や民主主義といった基本的価値と利益を共有する、最も重要な隣国です。朴槿恵新大統領の就任を心より歓迎いたします。

 日韓の間には困難な問題もありますが、二十一世紀にふさわしい、未来志向で重要なパートナーシップの構築を目指して協力していきます。

 もう一つの隣国であるロシアとの関係は、最も可能性に富んだ二国間関係の一つであります。本年予定されているロシア訪問を、日ロ関係の発展に新たな弾みを与えるものとしたいと考えています。

 アジア太平洋地域のパートナーとしてふさわしい関係を構築すべく、日ロ関係全体の発展を図りながら、最大の懸案である北方領土問題を解決して平和条約を締結すべく、腰を据えて取り組みます。

 緊密な日米関係を基軸として、豪州やインド、ASEAN諸国などの海洋アジア諸国との連携を深めてまいります。

 G8やG20や我が国で開催する第五回アフリカ開発会議などの国際的枠組みを通じ、貧困や開発といった国際社会に共通する課題の解決に向け、我が国は、世界の大国にふさわしい責任を果たしていきます。

 我が国の領土、領海、領空や主権に対する挑発が続いており、我が国を取り巻く安全保障環境は、一層厳しさを増しております。

 先般、沖縄を訪問し、最前線で任務に当たっている、海上保安庁や警察、自衛隊の諸君を激励する機会を得ました。その真剣なまなざしと、みなぎる緊張感を目の当たりにしました。彼らを送り出してくれた御家族にも、感謝の念でいっぱいです。

 私は、彼らの先頭に立って、国民の生命財産、我が国の領土、領海、領空を断固として守り抜く決意であります。

 十一年ぶりに防衛関係費の増加を図ります。今後、防衛大綱を見直し、南西地域を含め、自衛隊の対応能力の向上に取り組んでまいります。

 我が国の外交・安全保障政策の司令塔となる国家安全保障会議の設置に向けた検討を本格化します。同時に、安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会において、二十一世紀の国際情勢にふさわしい我が国の立ち位置を追求してまいります。

 危機にあって大切なことは、大局を見失わないことです。

 我が国の国益は、万古不易です。我が国の存立基盤である海を、徹底してオープンなものとし、自由で平和なものとすることであります。

 全世界にとっての基本的に重要な原則、すなわち、何よりも国際法が力の行使に勝たなくてはならないという原則を守ろうとしていた。フォークランド紛争を振り返って、イギリスのマーガレット・サッチャー元首相は、こう語りました。

 海における法の支配。私は、現代において、力の行使による現状変更は何も正当化しないということを国際社会に対して訴えたいと思います。

 安全保障の危機は、人ごとではありません。今、そこにある危機なのです。

 今、この瞬間も、海上保安庁や警察、自衛隊の諸君は、強い意思と忍耐力で任務に当たっています。荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、極度の緊張感に耐え、強い誇りを持って任務を果たしています。

 皆さん、与野党を超えて、今、この場から、彼らに対し、感謝の意をあらわそうではありませんか。

 江戸時代の高名な学者である貝原益軒は、ボタンの花を大切に育てていました。ある日、外に出ていた間に、留守番の若者がその花を折ってしまいました。怒られるのではないかと心配する若者に対して、益軒はこう述べて許したといいます。自分がボタンを植えたのは、楽しむためで、怒るためではない。

 何のためにボタンを植えたのかという初心を常に忘れず、そこに立ち戻ることによって、寛大な心を持つことができた益軒。

 私は、この議場にいる全ての国会議員の皆様に呼びかけたいと思います。

 我々は、何のために国会議員を志したのか。それは、この国をよくしたい、国民のために力を尽くしたいとの思いからであって、間違っても、政局に明け暮れたり、足の引っ張り合いをするためではなかったはずです。

 全ては国家国民のため、互いに寛容の心を持って、建設的な議論を行い、結果を出していくことが、私たち国会議員に課せられた使命であります。

 議員定数の削減や選挙制度の見直しについても、各党各会派で話し合い、しっかりと結論を出していこうではありませんか。

 憲法審査会の議論を促進し、憲法改正に向けた国民的な議論を深めようではありませんか。

 政権与党である自由民主党と公明党が政権運営に主たる責任を負っていることは、言うまでもありません。その上で、私は、各党各会派の皆さんと丁寧な議論を積み重ね、合意を得る努力を進めてまいります。

 この議場にいらっしゃる皆さんには、ぜひとも、国会議員となったときの熱い初心を思い出していただき、どうか建設的な議論を行っていただけますよう最後にお願いして、私の施政方針演説といたします。

 御清聴ありがとうございました。(拍手)