[文書名] 長崎地所規則
萬延元年庚申八月十五日(西暦千八百六十年第九月二十九日)調印
第一 地所を得る法の事
借地する外國人の爲め定めし場所の內にて地面を借受んと希ふ者は先書面を以て表立ち其コンシュル又はコンシュル手代へ願立へし但し若コンシュルを置かさる時は和親國のコンシュルヘ願出へし尤其時は地面の在所並境界を成丈委細に記載し願出へし而してコンシュル又はコンシュル手代より右地所に先約其外の差支無之歟と地所役人並外コンシュルヘ問合すへし若右樣の差支起り雙方借地人混合候節は最初願出し者へ相應の時日を免し借受の手數を爲さしむへし若其時日の中手數なき時は右地所借受の儀は次に願出し者へ譲るへし尤延引の譯無餘儀事に候へは先の者へ渡し不苦勿論無譯延引に及ひ候へは次へ讓るへき事
第二 地面配分の事
地面は實に居住する者へのみ貸與へ有名無實の者へは貸渡すへからす依之地面借主は地券の日限より六箇月內に建物致すへし若し其儀を怠候はは右地券を取上へし且建物の儀は海岸附の地面は百坪に付百五十ドルラル裏手の地所は百坪に付五十ドルラル以下の建物致すへからす
第三 地所を得る落着並地券の事
前條通第一の地所願人極りし上コンシュル手記調印の書面を願人より地所役人へ渡し候へは地所役人無遲延其者一同其場所へ赴き地面の坪數を量るへし
坪數測定の上は早速一箇年の地代を地所掛の上役へ差出すへし則ち上役は其坪數並境界を記載し三枚の請取書に飜譯を添へ借主へ遣すへし借主は右請取書の內二枚をコンシュルヘ相渡コンシュルは其內一枚を奉行へ差出すへし且奉行よりは別紙談判濟の通三通の地券を出し內一通は奉行所へ預り一通はコンシュル預り又一通は借主へ渡すへし但し奉行所より其地の坪數並境界を記載し外コンシュルヘ右地券差出候趣を通達すへし
第四 境界に石標を設る事
地面借受の節コンシュルより差出たる役人地所掛役人又は地所掛役人の代人並借主の面前にて地所の番數を彫付たる境界石を据付へし尤右石標は道路並他の境界に不差障樣に爲し又後日爭論不起樣可致置事
第五 市街道路暗渠波戶場の事
市街道路等の儀は一般の公用に付借地の限內に不可組入諸般無故障樣致し置へし
新地所借受侯はゝ其邊へ市街道路並波戶場取設の用意致すへき事
土地は日本政府の所有なれは市街道路並波戶場共常に日本政府にて之を整齋し溝渠必用の節は之を作り是か爲借主より運上を取立る事なし
第六 地代を納むる期限の事
都て外國人居留地內にて貸渡たる地所の地代は每年日本十二月十日に來年の分前納致すへき事
奉行は諸コンシュルヘ右期日より十日前何月何日何所誰へ地代可相納段爲相知コンシュルは其儀を借主共へ達し可申事地代受取方を任せられし役人は三枚の受取書を作り之に飜譚を添ヘー枚は奉行所に預り一枚はコンシュル所に預り一枚は借主に渡すへし
借主若定日に地代を納る事を怠る時は奉行より其者を支配するコンシュルヘ其趣を相達すへしコンシュルは其者早速納銀致し候樣急度取計可申事
第七 地面譲渡の事
地所の儀は其證書に名前有之者にて住居し常に規定に從て之を可所持假令地所譲受候共三日內に證書へ書入不相濟は名前替不相成但何れの地所も地券の日附より一箇年內は讓渡不相成侯事右外國人居留場の內外國人住家又は商場の近邊に火災の患と爲る程相接し日本人家或は小屋を新に取建へからす若右樣の儀有之侯はゝ奉行より其妨害を差止むへし或は妨害を防く爲下條に定むる罰銀の法を以てコンシュル等許さゝれは日本人居留場內へ遊興の場所を開くへからす
第八 地面の制限並可守法則の事
藁葺の小屋竹或は板を以て作りたる家の類總て燃易き家屋は居留場內へ取建へからす又其境界の中にて人命並に所有物の爲に危く或は健康の爲に害ある職業は營むへからす右樣の妨害を爲す時は二十四時每に二十五ドルラルの過料を差出さしむへし火藥硝石硫黄或は多量の揮發酒精等總て人命並所有物に危害ある禁制の品物は家地內に貯へ置へからす右を犯す者は二十五ドルラルの過料を出さしめ又右妨害を取除かさる間は二十四時每に二十五ドルラルの過料を差出さしむへし右樣の職業を爲す場所又は右等の品を貯置場所は他の家藏より遠く隔て諸危殆を防くへし右場所の儀は役人評議の上之を定むへし
公の道路に普請成就の後木閣又は材木を置き或は庇棚門入口の上り段又は門口を張出し或は荷物を積累ね通行を妨る時は日本役人又はコンシュル方より取拂の儀相達すへし其後之を怠る時は二十四時每に十ドルラルの過料を差出さしむへし溝道路に塵芥を積累ね或は火器を放發し或は不法に騒き或は公の通道にて責馬致し或は煩擾の事を爲して諸人を妨害すへからす是を犯す者は何れも十ドルラルの過料を取立へし諸過料は其コンシュルヘ差出すへし若其港にコンシュル不居合時は日本の重役へ差出し重役より之を外國世話役へ渡すへし但此世話役は此規則中第九條の趣意に從て任する者なり
第九 燈明並番人の事
町々燈明掃除番人の儀に付規則を定むる事要用なれはコンシュル等每年の始に借地人を集會し右諸雑用の金を募るの法を議すへし每會借地人は其持地建物に隨て諸雑用の分割を定め且其節右外國人居留地に陸揚する荷物の高に隨て波戶場稅の分割をも取極むへし且右分割取立仕拂方は外國人三人又は三人以上の世話役相立右集會にて議定せし方法に從て世話爲致可申事故に若未納の者あらはコンシュル裁判にて世話役之を吟味すへし若其者を支配するコンシュル官吏在港不致節は世話役より他國のコンシュルを以て長崎泰行へ願出奉行所より右分割金を取立世話役へ可相渡事前年分々割銀の勘定は世話役より每年集會の節借地人の面前に出し許諾を受可申事
コンシュル一同或は其一人にても集會可致儀要用と思ふ事ある歟又は借地人より願出る事あらは何時にても集會する事差支ある事なし尤其節は銘々其事を考案する爲十日以前に集會致すへき事柄を知らせ可申但し右集會を願ふ書面は少なくも借地人五人以上連印し是を願へる十分の條理を記載すへし
集會の節其事柄同意の者多き方に一決致し候時は其座に借地人不殘不揃共總人數の三分一以上居合候に於ては居留場借地人一同是に隨ふへし尤集會の節は老長のコンシュルを會長と爲すへし若コンシュル不居合時は借地人出席の內より入札を以て會長を選擧すへし集會の借地人共は既に會議に出せし事柄のみならす其外土地一體の利益に關する事を議定すへし右決議の趣は會長よりコンシュルヘ報告しコンシュル一同の承諾を請へし右コンシュル一同承諾の旨公然沙汰あるに非れは右決議の趣は決て遵守すへき者と爲さゝるへし
第十 遊興所を開き酒類商買の事
居留場內にてコンシュルの許なく外國人共酒類を賣り遊興所を開くへからす又日本人も同樣奉行より許なく右の業を營むへからす且右樣の商買を爲すには騒雑せさる樣聢と受合を立へきなり
第十一 犯法の事
コンシュルの內にて何時たり共犯法の者を見出し候歟又は外よりコンシュルヘ爲知候歟又は日本役人より爲知候はゝコンシュル其犯人を呼出し吟味の上直に之を戒むへしコンシュルなき外國人法を犯し喉はゝ日本重役へ外コンシュルの內より申出規則を確守せしむる爲右犯人を戒ひへし
第十二 豫備箇條
此後右規則を改革致度儀有之候歟又右の外規則相立度儀有之歟又は事柄に寄り疑敷儀有之候はゝ前同樣奉行とコンシュル公平に談決可致且コンシュルより日本に在る其目代人へ通達し之を確定すへし
第十三 附錄
前八箇條九箇條十一箇條の中に奉行外國人を差配する樣の事あり是等は其所限りの儀にも無之公法に關する儀なれは奉行にて承諾相成兼候に付奉行よりは江戶重役へ伺ひコンシュルよりは在江戶ミニストルヘ問合候間六十日の間見合せ彌々江戶より相省き候樣申來候はゝ右箇條の內第八箇修第九箇條第十一箇條は之を除き其他は之を全守右廢除の趣附錄に相記し可申事
右規則中コンシュルと稱する者は日本と條約を取結たる國の各等のコンシュル(正に其職務を掌る者)を云ふ
右證據として一千八百六十年九月二十九日日本萬延元年八月十五日各其名を手記調印せし者也
萬延元年申八月十五日
岡部駿河守 花押
佛國領事
ケイ、アール、マケンジ 手記
英國領事
ジョージ、モリソン 同
葡國領事
ジヱー、ヱッチ、イヴエンス 同
瑞西國領事
エッチ、ジエー、ボウドウェン 同
米國領事
ジョン、ジイ、ウヲルス 同
孛國領事
リチアルド、リンドウ 同
白國領事
ジェリユス、アドリアン 同
和蘭國代理副領事
ジヱー、ビーメットマン 同