[文書名] 英國倫敦覺書(ロンドン覚書)
文久二年壬戍五月九日(西曆千八百六十二年第六月六日)於倫敦調印
日本國內に外國との交際を害せる一黨あり其逆意の爲め大君及其執政は日本と條約を結ひし外國との交誼を保護し難しと思へは是を日本在留の英國女王のミニストルヘは大君の執政より告け女王の政府へは大君より英國へ遣せる使節より報告したり女王の政府は此報告を熟考し下に記したる取極を以て千八百五十八年第八月二十六日大不列顚と日本と取締たる條約の第三箇條中の事を施行するを千八百六十三年第一月一日より算し五年の間延す事を承諾せんと預定せり各條約第三箇條中に不列顚人の爲千八百六十年第一月一日より新潟或は日本の西岸に在る他の相當の一港を開き千八百六十三年第一月一日より兵庫を開き且不列顚人居留の爲千八百六十二年第一月一日より江戶府を開き千八百六十三年第一月一日より大坂府を開く事を定めしなり
英國政府日本の執政に現今其國に在る逆意の者を鎭むる爲め要せる時限を得せしめんか爲條約上當然の理を枉て此大事を容允せんと思へり然れ共英國政府は大君及其執政に長崎箱館神奈川港に於て右の外條約中の取極を嚴重に施行し且外國人を擯斥する古法を廢し就中左の件々を取除くへし
第一 千八百五十八年第八月二十六日の條約第十四箇條に基き商物の諸種を日本人より外國人に賣渡すに員數價の事に付是を拒む事
第二 諸職人殊に工匠船夫船艇傭夫事を指南する人及從僕等其名に拘らす是を傭ふ事に付是を拒む事
第三 諸大名其產物を市場に送り及其自家の人を以て直に是を賣るを拒む事
第四 運上所の役人及他の士人の中賞を取る存意ありて彼是事に付拒む事
第五 長崎箱館神奈川港に於て外國人と交易する人に身分の限程を立て之を許すを拒む事
第六 日本人と外國人の間に懇親の徒勝手に交るを拒む事
右の取極は素より條約に於て大君及執政の遵守すへき所なれは若此取極めを嚴密に遵守せさる時は英國政府上に述たる千八百六十三年第一月一日より算したる五年の期限中何時にても此書附に載る港都の事に付たる允諾を止め千八百五十八年第八月二十六日の條約に在る箇條を遲延せす盡く施行し上に云る所の港都を英人の交易居留の爲に開くへき事を大君及其執政に促すの理あるへし
英國女王へ差遣されたる大君の使節は日本歸國の上外國交易の爲に對馬の港を開くの處置且利益ある趣意を大君及執政に述へし此處置は日本の利益を現に進步せしむるの擧なり且使節より說述し大君及執政に其厚意を歐羅巴人民に示し日本に輸入せる酒類の稅を減し玻璃器を五分稅を收る諸品中に加入するを許して日本と歐羅巴との交易を盛にせんと欲する意あるを示さしむへし此擧に由て條約取結の節失念せしを補ふへし使節尙大君及執政に横濱長崎に納屋を取建るの處置を上告すへし此納屋は陸揚する荷物を日本士官の取締にて預り置輸入主其荷物の買請人を得輸入稅を拂ひ之を他所に移すの用意ある迄は稅を拂ふ事なく入置爲なり英國女王の外國事務セクレタリー大君の使節共に此覺書に手記し此書をセクレタリーよりは日本在留の英國女王の公使に送り使節よりは大君及執政に送り千八百六十二年第六月六日雙方にて協議せる證とす
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