データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 千島樺太交換條約附錄(千島樺太交換条約付録,樺太千島交換条約付録)

[場所] 
[年月日] 1875年8月22日
[出典] 舊條約彙纂,第一卷第二部,外務省條約局,687-690頁.
[備考] 樺太島假規則(參考三)(樺太島仮規則(参考三))
[全文]

明治八年八月二十二日東京ニ於テ調印(佛文)

明治九年二月二十九日太政官布告

(譯文)

明治八年五月七日卽チ千八百七十五年四月二十五日露國聖比特堡府ニ於テ調印濟ノ公文第三款ニ基キ及同日調印ノ條約第五款ノ旨趣ヲ完全ナラシメ且施行センカ爲メ雙方讓與濟ノ領地ニ在住セル各政府臣民ノ權利及其身分且兩地方土人ノ事ニツキ日本皇帝陛下及全露西亞皇帝陛下ハ爲メニ各全權委員ヲ命シタリ卽チ日本皇帝陛下ハ其外務卿寺島宗則ヲ之レニ任シ又全露西亞皇帝陛下ハ侍從兼コンセイヱーデターアクチユウエル日本在留辨理公使シャル、スツルウエヲ以テ此ノ任ニ宛テ雙方委任ノ書ヲ照應シ狀實良好ニシテ其至當タルヲ見テ左ノ條款ヲ合議決定スルモノナリ

 第一條

交換濟ノ各地ニ住ム日本及魯西亞ノ臣民現ニ其所有セル地ニ在住セント願フモノハ自個ノ職業ヲ十分營ムヲ得且其保護ヲ受クヘシ又現在所有地界限中ニテ漁獵及鳥獸獵ヲ爲スノ權ヲ有シ且其生涯中自己ノ職業上ニ關スル諸稅ヲ免スヘシ

 第二條

樺太島及クリル島ニ在住セント決定スヘキ各臣民ハ所有ノ權利ヲ有スヘシ又現今所持ノ不動產ヨリ收入スル物件及所有ノ權利ヲ證明セル證書ヲ渡シ置クヘシ

 第三條

樺太(サカリヌ)島及クリル島ニ在ル各臣民ハ自個ノ宗旨ヲ尊崇スルコト全ク自由タルヘク又禮拜堂寺堂及墓所ハ毀害スヘカラス

 第四條

樺太(サカリヌ)島及クリル島ニ在ル土人ハ現ニ住スル所ノ地ニ永住シ且其儘現領主ノ臣民タルノ權ナシ故ニ若シ其自個ノ政府ノ臣民タラン事ヲ欲スレハ其居住ノ地ヲ去リ其領主ニ屬スル土地ニ赴クヘシ又其儘在來ノ地ニ永住ヲ願ハ、其藉ヲ改ムヘシ各政府ハ土人去就決心ノ爲メ此條約附錄ヲ右土人ニ逹スル日ヨリ三ケ年ノ猶豫ヲ與ヘ置クヘシ此三ケ年中ハ是迄ノ通樺太島及クリル島ニテ得タル特許及義務ヲ變セスシテ漁獵及鳥獸獵其他百般ノ職業ヲ營ム事妨ナシト雖モ總テ地方ノ規則及法令ヲ遵奉スヘシ前ニ述フル三ケ年ノ期限過キテ猶雙方交換濟ノ地ニ居住セン事ヲ欲スル土人ハ總テ其地新領主ノ臣民トナルヘシ

 第五條

樺太島及クリル島ノ土人ハ各自個ノ宗旨ヲ尊崇スル事全ク自由タルヘシ又寺堂及墓所ハ毀害スヘカラス

 第六條

此條約附錄ノ右五ヶ條ニ載セタル議定ノ件々ハ明治八年五月七日聖比特堡ニ於テ調印濟ノ條約ニ加ヘタルモ同シ權力アルモノナリ

右ヲ確定スル爲メ各全權委員此條約附錄ヲ作リ二通ト爲シ以テ各其印ヲ調スルモノナリ

東京ニ於テ

 明治八年八月廿二日

  日本國外務卿 寺島宗則(印)

  露西亞國辨理公使 セ、スツルウヱ(印)