[文書名] 英獨合案條約書(英独合案条約書)
明治十九年六月十五日條約改正會議第六回會議ニ提出セラレタルモノナリ
提案理由書
下ニ署名シタル大不列顚國及ヒ獨逸國ノ兩委員ハ左ノ議案ヲ本會ニ提出ス抑條約改正ニ關シ目下帝國日本政府ヨリ提出アリタル草案ハ永遠ニ亘リテ解紛スルニ足ルノ原素ヲ有セス又大ニ變更ヲ加フルニ非サレハ假令ヒ一時ノ便法トスルモ之ヲ以テ實際行ハルヘキモノト爲スノ見込ナキコトハ日本國全權委員及ヒ茲ニ會合スル我同僚諸君モ多クハ余輩ト同感ナルヘシト信スルナリ
然リト雖モ余輩ハ此事實ニ付日本政府ヲ非難スルノ念慮曾テ之ナキ而已ナラス却テ日本政府カ勤勞ト才能トヲ以テ各國種々ノ意見中其細目ニ涉リ自ラ互ニ相抵觸スル所ノモノヲ調和セント計リタルコトハ余輩ノ欣然承認スル所ナリトス
故ニ余輩若シ唯タ此一點ヨリ見解ヲ下ストキハ右草案ハ充分余輩ノ稱賛ヲ受ルニ足ルモノナリ
蓋シ右草案ヲ提出セラレタルハ全ク事實上ノ困難ヲ解除スルノ目的ニアラスシテ唯タ遷移時期ヲ經過スル爲メ一路ヲ開カントスルニ過キサルヘシ
此問題ニ就キ其ノ包含スル所ノ錯雜困難ナル種々ノ案件ヲ普ク熟考スルニ若シ目下討議中ノ經畫ヲ採用セハ之ヲ實施スルニ當リ誤解ヲ生シ且ツ容易ナラサル權限ノ抵觸ヲ致スコト必然ナルハ殆ント疑ヲ容レス
此所見アルニ係ラス余輩ニ於テ本會ニ提出セラレタル議案ノ審査ヲ今日マテ繼續セシハ新條約ハ唯タ遷移時期ヲ設クルノ趣意ニシテ試ニ之ヲ採用スルモ敢テ重大ノ關係アル變更ヲ致スコトナカルヘシト思考シタルカ故ナリ
余輩ハ各委員モ亦更ニ一層緊要ナル最上ノ目的ヲ有スルヲ確信ス即チ日本帝國ヲ擧テ之ヲ外國人ニ開キ同時ニ之ヲ泰西邦國ノ位班ニ列スルコトヲ是認スルコト是ナリ
故ニ只此高尙ナル目的ヲ逹スヘキ滿足ノ經畫ヲ成就シタル場合ニ於テノミ余輩ハ始メテ余輩ノ事業ヲ實際ニ永遠ニ成シ遂ケタリト謂フコトヲ得ヘシ
已ニ日本政府ハ千八百八十二年ノ會議ニ於テ司法制度ヲ改良シ外國裁判官ヲ任用シ以テ前陳ノ目的ヲ逹センコトヲ勉メタリシモ斯クノ如キ廣濶ノ方法ハ當時尙ホ採用セラルルノ時機未タ至ラスシテ該議案ハ一般ノ賛成ヲ受クルコト能ハサリシナリ併シ余輩ノ見ル所ヲ以テスレハ四年前ニ於テ時期未タ熟セスト爲セシモノモ今日ニ至リテハ之ニ多少ノ改正ヲ加フレハ以テ目下ノ問題ヲ能ク完結セシムルニ足レリトス本會議開設ノ當初ヨリ我同僚モ亦千八百八十二年ノ議案ヲ追懷シ之ヲ以テ今日ノ議案ニ優レリトセルハ余輩ノ信スル所ナリ而シテ今日余輩ノ本會ニ提出スル議案ニシテ從前伊太利委員ノ常ニ勸奬アリタルハ余輩ノ欣喜ニ堪ヘサル所ナリ其他歐洲一大國ノ委員モ亦今回談判ノ初メニ當リ意見ヲ吐露シテ曰ク今回ハ通商條約ヲ締結スルニ止メ裁判權ノ項ニ關シテハ遷移時期ヲ設クルコトナク寧ロ全問題ヲ確然議定シ豫定ノ期日ニ及ヒテ之ヲ實施スルコトニ取極ムルヲ得策ト爲スヘシト
今ヤ余輩ノ勸吿スル改革ノ如キハ其ノ事體重大ナルヲ以テ世人或ハ謂ハン此擧何時ヲ俟テ之ヲ實行スルヲ得ヘキ乎ト然レトモ余輩ハ須臾モ躊躇セス之ニ應ヘテ曰ハン余輩ノ所見ニテハ日本現今ノ情態タルヤ充分此事ヲ實行シ得ル時期已ニ到レリト確信ス
迅速ニシテ聰明ナル日本ノ進步及ヒ充分泰西ノ思想ニ通暁シ之ニ則リテ勤勉不撓ナル帝國ノ內閣カ鄭重ニ政務ヲ處理スルノ二事ハ余輩ヲシテ安然且ツ故障ナク千八百八十二年ノ提出ニ係ル經畫ヲ實行セシムルニ足ル充分ノ保證ナリ
或ハ異論ヲ唱ヘテ謂ハン前二年間ニ於ケル帝國日本立法ノ進步ハ割合ニ急速ナラサリシヲ如何セント併シ此原由タルヤ千八百八十二年間某々外國人ノ吐露セル異見ヨリシテ遂ニ日本政府ヲシテ其裁判管轄ノ事項ニ付望マシキ改正ヲ速ニ實行シ得ヘキヤ否ヲ自ラ疑フニ至ラシメタル事ト信ス即チ同政府カ今回余輩ノ前ニ提出シタル草案ノ不充分ナルモ亦多ク此事由アルカ爲ナリ
余輩ハ日本政府カ今回ノ議案ヲ取消シ更ニ四年以前廢棄セラレタル經畫ニ復歸スルノ困難ナルコトヲ推察スルヲ以テ余輩ハ今敢テ此議案ヲ本會ニ提出スルノ責任ヲ取レリ
余輩ハ現今一般委員ノ間ニ存在スル好意ハ裁判管轄上ノ改正ヲ遠カラサル內ニ成シ遂ルタメ一ノ經畫ヲ提出スル好機ヲ與フルモノト信シ且果シテ此經畫ニ因ランニハ目下提出ノ草案ニ載スル如キ遷移時期ヲ設クルノ必要ナキヲ信ス故ニ余輩ハ余輩ノ提出ニ係ル議案ヲ以テ交涉諸國ニ利益アルヘキモノトナシ心實ニ其採用ヲ勸吿ス
右ノ理由ニ基キ余輩ハ別紙條約ヲ提出シ參集ノ委員諸君親シク熟議アランコトヲ乞フ尤モ本案ハ唯タ條約ノ概要ノミヲ揭載スルニ過キサル者ナレハ余輩ハ我同僚諸君ト友情ヲ以テ之ヲ討議シテ最後ノ體裁ヲ定メントス又本案ハ千八百八十二年間帝國日本政府ノ提出案ニ基クト雖モ其諸項ニ至テハ當時之ニ下シタル觀察ヲ參酌シテ改竄ヲ加へ又其後實際ニ必要ナリト思考シタル事項ニ付テモ固ヨリ注意ヲ加ヘタルモノナリ
余輩ノ所見ニ從ヘハ須ラク二箇ノ條約ヲ締結シ一ヲ通商條約トナシ一ヲ裁判管轄條約トナシ同時ニ之ニ署名シ兩條約相互ノ關係ヲ有シ最惠國條款ト條約期限條款トハ均シク兩條約ニ通用スヘキニ在リトス
余輩ハ今此陳述ヲ終ルニ臨ミ我同僚諸君ニ望ムコトアリ即チ諸君カ友誼厚情ヲ以テ此議案ヲ熟考シ其ノ結果ヲシテ條約改正ノ事業ニ關係スル諸大國ノ名ヲ羞シメサルニアルナリ
千八百八十六年六月十五日 於東京
エフ・アール・プランケツト 自署
ホルレーベン 自署
英獨合案條約書和譯
第一條 帝國日本政府ハ本條約批准後二箇年內ニ全國ヲ外國人ニ開キ而シテ本條約若クハ嗣後訂立スヘキ條約中本條ト相反スル事項ヲ包含スルニ非ルヨリハ諸事ニ付外國人ヲ內國人同樣ノ地位ニ置クコトヲ訂約ス
……國臣民ハ自由ニ帝國日本內ニ旅行シ住居シ商業及工業ヲ營ミ及ヒ動產幷ニ不動產ヲ領得シ所有スルノ權理ヲ享有ス可シ
第二條 帝國日本政府ハ第一條ニ揭クル期限內ニ於テ泰西ノ主義ニ從ヒ且ツ本條約ノ條款ニ據リ帝國裁判所ノ章程ヲ制定シ並ニ左記法典ノ編制ヲ實施ス可キコトヲ約定ス
法典
一、刑法
二、治罪法
三、民法
四、商法、海上法及ヒ爲替手形ニ關スル法律
五、訴訟法
六、第四項ニ揭クル事件ノ訴訟法
七、身代限法
又警察ニ關スル現行ノ法律規則ハ可成的之ヲ輯集ス可シ
第三條 帝國日本政府ハ第一條ニ定メタル期限前六箇月即チ本條約批准後十八箇月ヨリ晩カラサル前ニ於テ第二條ニ揭クル裁判所ノ章程及ヒ諸法典ノ官譯英文ヲ…………政府へ送付シ又帝國日本政府ニ於テ右等ノ法典ヲ變更セントスルコトアラハ其之ヲ實施スル六箇月前ニ右同樣之ヲ………政府ニ通知スルコトヲ約ス
第四條 第一條ニ揭クル期限以後ハ…………國政府ハ其領事裁判權ヲ東京横濱神戸大阪長崎及ヒ函館ノ條約規程內ニ限リ執行セシムルモノトシ右規程外ニ在ル…………國臣民ハ總テ日本ノ裁判權ニ服從スルモノトス
第五條 前條ニ揭ケタル條約規程外ニ在ル…………國臣民ノ原吿人若クハ被吿人ト爲リテ關係スル民事ノ詞訟及ヒ右條約規程外ニ在ル………國臣民ノ吿訴、吿發ヲ受ケタル犯罪ニ付テハ左ニ列擧スル特別ノ條款ヲ實行セラル可シ
(イ)…………國臣民ハ訴訟ニ係ル金額又ハ物件ノ價格百圓ヲ超過シタル民事ノ詞訟ニ付テハ直ニ控訴院ニ出訴スルノ特權ヲ有ス可シ
(ロ)前項ノ制規ハ…………國臣民カ輕罪又ハ重罪事件ニ付吿訴吿發セラルル場合ニ於テモ同シク適施セラルヘシ
(ハ)右(イ)及ヒ(ロ)ノ場合ニ於テ裁判權ヲ執行スル裁判所ハ外國ノ籍ニ屬スル裁判官ノ多數ヲ以テ組織ス可シ右民事詞訟ノ審問又ハ右刑事ニ關スル豫審ハ外國屬籍ノ裁判官ノ指揮ノ下ニ在ル可シ
(ニ)右裁判所ノ公用言語ハ日本語ノ外英語タル可シ
(ホ)若シ陪審官設置ノ時ハ………國臣民ヲ審問スルニ際シ多數ノ外國人ヲ以テ陪審官ヲ組織ス可シ
(へ)審判ハ之ヲ公行ス可シ
(ト)各高等裁判所ニハ堪能ナル通辯官ヲ置ク可シ
(チ)………國臣民犯罪事件ニ付吿訴吿發ヲ受ケタルトキハ當該裁判所ハ辯護ノ爲メ之ニ附スルニ裁判所ノ言語ニ通スル代言人ヲ以テス可シ
(リ)前項ノ場合ニ於テハ該特別ナル目的ノ爲メ命セラレタル一個ノ外國人檢察官ノ職務ヲ行フ可シ
(ヌ)其他各裁判所ニモ堪能ナル代言人ヲ備フルコトニ注意ス可シ
(ル)死刑及ヒ其執行ニ關スル事項ハ特別ノ取極ニ讓ル可シ
(ヲ)外國人ノ繫獄ニ關シテハ特別ノ規則ヲ制定シ第二條ニ揭載シタル法典ト同時ニ之ヲ………國政府へ通知ス可シ
(ワ)前諸項ノ約款ニ遵ヒ言渡シタル判決ニ對シテハ總テ大審院ニ控訴スル事ヲ得
(カ)控訴ヲ受理判決スル裁判所ノ組織及ヒ裁判ノ手續辯護人幷ニ檢察官ニ關シテハ控訴院ノ爲メニ定メタル約款ヲ同樣適用ス可シ
(ヨ)大審院ノ判決ニ對スル法律上ノ問題ニ於テハ更ニ該院裁判官ヲ以テ組織セル特別ノ裁判所へ上吿スルコトヲ得但シ控訴院及ヒ大審院ニ關スル約款ヲ以テ同樣此特別裁判所ニ適用ス可シ
第六條 帝國日本政府ハ外國屬籍ノ裁判官及ヒ檢察官數名ヲ嗣後日本及………國雙方ノ間ノ議定ニヨリテ撰任ス可シ但シ日本政府ハ一ニ自國ニ於テ判事タルコトヲ得ルノ資格ヲ備ヘタル外國人ヲ撰ヒ之ヲ任用スルコトヲ約ス
第七條 外國屬籍ノ裁判官ハ一定ノ時期ヲ限リ任用セラル可シ而シテ右期限內ニ於テハ外國屬籍ノ裁判官ノミヲ以テ組織セル懲戒裁判所ノ請求アルニ非サル外ハ免職及ヒ罷任セラレサル者トス
第八條 外國屬籍裁判官任用ノ方法幷ニ第二條第三條及ヒ第五條ニ遵ヒ政府ニ通知ス可キ規約ハ前條ニ記載セル法典ト共ニ十五年間其效力ヲ有ス可シ依テ右期限內ニ於ケル該方法變更ハ總テ………政府ノ協意ニ職由セサル可ラサルモノトス
第九條 ………國ノ領事裁判權ハ本條約實行ノ日ヨリ三年問尙ホ保存ス可シ嗣後雙方ノ間ニ訂約シタル日本警察法及ヒ行政法ハ此時限間………國領事裁判所ニ於テ之ヲ執行ス可シ
第十條 ………國臣民ノ身分ニ關スル事件(即チ相續、結婚、離婚、遺言事件及ヒ丁年事項ノ類)ニ就テハ………國領事裁判所ハ其管轄權ヲ有スル事尙ホ舊ノ如クナル可シ
第十一條 若シ………國臣民本條約實施前本條約ノ付與スル權理ヲ利用セント欲スルトキハ日本民事裁判權ニ服從シ始メテ之ヲ利用スル事ヲ得
第十二條 本條約ハ其批准ノ日附ヨリ十七年間其效力ヲ有ス可シ又其廢棄ハ本日締結スル所ノ通商條約第………條ニ左右セラルルモノトス