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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 外交政策(條約改正)に關する閣議決定書(外交政略に関する閣議決定書)

[場所] 
[年月日] 1889年2月10日
[出典] 日本外交年表竝主要文書上巻,外務省,129‐132頁.
[備考] 
[全文]

 一 明治二十二年十二月十日條約改正ニ關スル閣議案

 二 同    年十二月十日同右閣議ニ附セラレタル意見書撮要

將來外交ノ政略別貳冊規定ノ範圍內ニ於テ施行スヘキ旨議定候也

 明治二十二年十二月十日

  總理大臣 三條公 花押

  山縣西郷山田松方大山榎本後藤七大臣花押又ハ捺印

   一、

 二十二年十二月十日ノ閣議案

條約改正ハ我カ政府ノ二十年來ニ取ル所ノ進路ニシテ現在又ハ將來ニ其方向ヲ挫折スルコトナカルヘシ唯舊幕以來ノ沿革ノ事情ノ容易ニ一蹴シテ脫離スヘカラサルカ故ニ我カ政府ハ又屢々試ミテ屢々躓クノ不幸ニ遭遇セリ今ハ廟議ヲ一決シテ更ニ挽回ノ策ヲ取ラサルヘカラサルノ時ニ際シ左ノ三個ノ主義ヲ以テ根據トスルヲ要ス

第一 條約ヲ改正シテ平等ノ位地ヲ取ルハ我カ政府ノ從前及將來ノ目的ナリ

第二 現在調印濟ノ條約案ハ之ヲ修正シテ以テ平等完全ノ位地ニ近ツクヲ要ス

第三 修正ノ要求行ハレサレハ寧ロ從前ノ位地ヲ存スルモ缼點ノ條約ヲ締結セス其間改正ノ手續ヲ中止シテ以テ將來ニ我カ目的ヲ逹スヘキノ機會ヲ待ツヘシ

然ルニ今回ノ條約改正案ニ於テハ國別談判ノ方途ヲ取リタルヲ以テ其成行區々一樣ナラス故ニ主務大臣ノ快癒ヲ待チ國別ニ其成行ノ詳細ヲ記述セシメ其躬ラ局ニ居リ事ニ處シタルノ成迹ヲ明瞭ニシ以テ向後ノ考證ニ供スル爲メ內閣ニ提出セシムルヲ要スト雖今姑ラク其細岐ニ涉ルヲ止メ唯其大要ヲ槪括スレハ下文ノ三類ニ過キサルヘシ一ニ曰ク條約成立シテ旣ニ調印ノ濟ミタルモノ二ニ曰ク談判結了シタルモ未タ調印ノ濟マサルモノ三ニ曰ク未タ談判整ハサルモノ卽チ是レナリ

此三類ノ國ニ對シテ挽回ノ策ヲ取ルニ當テヤ其條約旣成ノ國ニ對シテハ更ニ修正ヲ要求シテ妥當ノ局ヲ結フヲ得ルニアラサレハ當ニ之カ批准ヲ拒ムヘク又調印未濟ノモノ若クハ今猶ホ談判中ニ係ハルモノハ延期ノ申込ヲ爲スノ外アルヘカラス而シテ延期ニハ二個ノ意義ヲ存ス卽チ談判ヲ延期スルモノ及單ニ條約實施ノ期ヲ延スモノ是レナリトス故ニ其挽回ノ策ニ至テハ皆一轍ニ出ルコト能ハス各々其成行ニ從ヒ異同ナキヲ得ス旣ニ條約案成立シテ双方ノ全權委員ノ調印濟ミタル國ニ對シテハ單ニ施行ノ期ヲ延スノ承諾ヲ得ルハ敢テ難カラサルヘシト雖各國政府ハ實施ノ延期ヲ承諾スルト同時ニ我カ政府カ一旦延期シタル滿限ノ後ハ其調印ノ條約ヲ實施スルノ決心ナルコトヲ推測スヘシ隨テ我カ政府ハ其延期ノ滿チタル後ハ旣ニ調印シタル條約ノ効力ニ因リ之ヲ實施セサルヘカラサル約束ノ義務ヲ負フコトヲ免レス果シテ此ノ如クナレハ其結果ハ今日ニ之ヲ斷行スルト毫モ差異アルコトナシ然リト雖旣ニ其條約ニシテ我カ國權及國民ノ權利ヲ傷害シ且其利益ニ反對シテ平等完全ヲ缼ク以上ハ之カ挽回ヲ求ムルハ洵ニ勢ノ止ムヘカラサルモノナリ而シテ旣ニ調印濟ノ條約ハ我ヨリ修正ノ端ヲ開キ双方ノ協議ニ由リ共ニ滿足ナル結局ヲ見ルコト能ハサルニ及ンテハ我ヨリ條約批准ヲ拒否スルノ外ナシ蓋批准ヲ拒否スルニハ適當ナル理由ヲ明示セサルヘカラサルハ公法上ノ定義ナリ乃チ修正ヲ要求スル點ハ一轉シテ批准ヲ拒ムノ理由トナルヘキナリ故ニ其理由ニシテ豫メ双方ノ間ニ商議妥定スルコトヲ得ハ批准ヲ拒ムニ至ラスシテ止ムヲ得ヘシ否レハ批准ヲ拒ムノ外亦他ニ道アルヲ知ラス近來公法家ノ定說ニ依レハ批准ヲ拒ムハ主權者ニ屬スル固有ノ權利トシテ國ノ强弱ニ拘ハラス各國ノ共ニ保有スル所ナリ是ヲ以テ正當ノ理由ノ存スルトキハ批准拒否ヲ以テ決シテ宜戰ノ原因トナルモノニ非ラストセリ故ニ旣ニ條約ノ成立シタル國ニ對シテハ先ツ修正ヲ要求シ不幸ニシテ承諾ヲ得サルトキハ批准ヲ拒否スルノ理由ニ轉用スルヲ得ヘシ今其理由トスヘキモノノ大要ヲ列擧スレハ則チ左ノ如シ

第一 條約ニ附屬スル公文ニ載スル所ノ外國法律家ヲ大審院ノ判事ニ任用スルハ憲法ノ主義ニ矛盾スル事並ニ法典ノ發布ヲ豫期シテ領事裁判ヲ撤去スル報酬ノ約束トスルハ將來ニ於テ我カ立法權ヲ束縛スルノ嫌アル事

第二 條約實施ノ日ヨリ全ク我カ內地ヲ開放シテ仍五箇年間領事裁判ヲ繼續スルハ相互ニ利益ヲ交換スル平等ノ主義ニ背反ス故ニ領事裁判ヲ繼續スル猶豫ノ期限タル五箇年間ハ內地通商ノミニ止メ充分ナル全國開放ノ讓與ヲ爲スヲ得サル事

第三 不動產ノ所有ハ相互均當ノ主義ニ基キ之ヲ許スハ五箇年ノ後領事裁判ヲ全廢スル報酬トセサルヘカラサル事

第四 甲ノ國新條約ヲ承諾シテ其實施ノ期ニ迫ルモ乙ノ國ニ於テ之ヲ承諾スルニ至ラサルトキハ將來ニ最惠國ノ問題ヲ惹起シ我カ國ヲシテ不幸ノ位地ニ陷ラシムル事

第五 外國人ニ關スル行政上ノ取扱殊ニ警察上ノ取扱ハ總テ我カ法律命令ニ遵由セシムル事

第六 本條約ノ定メタル實施期限卽チ明年二月十一日ハ切迫スルヲ以テ假令各國ニ於テ上文ノ修正ヲ承諾スルモ到底此期間マテニハ實施ノ運ヒニ至ラサルヘキヲ以テ上文ノ修正ヲ商議スルト同時ニ更ニ双方ノ全權委員カ商定シタル日マテ延期セサルヲ得サル事

以上ハ旣ニ條約ノ成立シタル國ニ對シテ修正ヲ求メ又轉シテ批准ヲ拒ム理由ノ要領ナリ而シテ今修正ヲ求ムルノ要ハ所謂變例批准ヲ爲サンコトヲ欲スルニ在リ蓋變例批准トハ條件ヲ附シテ批准シ或ハ條項ヲ削除シ若クハ修正シテ批准スルモノヲ謂フ例ヘハ千八百年ニ於テ佛米兩國ノ間ニ締結シタル條約ヲ批准スルニ當リ米國ハ變例ノ批准ヲ爲シ條約中第二條ヲ削除シ別ニ一條ヲ加ヘタリト雖佛國ハ之ヲ承諾批准シタルカ如キ又千八百二十四年米英兩國間ノ條約ニ於テ米國ハ調印濟ノ案ヲ變更シタリ當時英國ノ外務大臣「カンニング」氏ハ一時其批准ヲ拒マントシタリシカ別ニ得ル所ノ利益アルヲ以テ終ニ批准シタルカ如キ卽チ是レナリ

旣ニ談判結了シテ未タ調印ニ至ラサル國及今尙ホ談判中ニ係ルモノニ對シテモ亦上文ノ主義ニ基キ是マテ談判シタル要領ハ到底行フ能ハサルノ理由ヲ敍シ更ニ其期ヲ定メタル延期ノ申込ヲ爲ササルヘカラス而シテ前三類ノ國ニ對シ其場合ノ如何ニ拘ハラス均シク我カ國現時ノ情勢ヲ詳悉附說シ今回ノ改正案ノ國民ノ輿論ニ背反スルコトヲ附說セサルヘカラス

前ニ擧示シタル三類ノ各國ニ對シテ上文ノ主義ニ基キ之カ挽回策ヲ施スニハ政府ノ代表トシテ主務大臣ヨリ各國政府ニ公文ヲ發セサルヘカラス而シテ其公文ニ於テ上來ノ理由ト今日ノ國情トヲ明言シ我カ政府カ各國ニ對スル交際上ノ情誼ハ未來ニ於テモ過去ニ於ケルト均シク變更スルコトナク又完全ナル條約ヲ締結スルノ冀望ハ益々之ヲ增進スルモ減退スルコトナキノ意ヲ明ニスヘシ此公文ノ立言及體式ハ主務者定リテ後更ニ案ヲ具ヘテ閣議ニ提出シ全內閣ノ同意ヲ求ムルヲ要ス

此公文ヲ發スルト同時ニ主務大臣ハ各國公使ニ對シ圓滑周到成ルヘク穩和ノ談判ヲ遂ケ又ハ我カ派遣公使ニ詳明ナル訓條ヲ付與シ或ハ新任公使ヲ派遣シテ政府ノ主意ヲ得了セシメ以テ各國政府一樣ノ感通ヲ求メシムルコトヲ勉ムヘシ若シ各國ハ之ニ依テ不快ノ感情ヲ惹起シ意外ノ要求ヲ彼レヨリ提出スルコトアルモ我ハ唯退テ舊條約ノ位地ヲ守ルヘキノミ或ハ又各國ハ之ニ依テ連合强制ノ手段ヲ用ヒルコトアルニ至ルモ我カ初議ハ之ヲ確保シテ決シテ變動スルコトナク倘シ止ムヲ得サルトキハ正當防衛ノ方法ニ依ルノ外ナカルヘキナリ

大體ノ廟議一決シタル上ハ其範圍內ニ於テ實際ニ便宜運用スルハ全權ヲ委任サレタル其人ノ裁酌スル所ニ任スヘシ

   二、

 二十二年十二月十日閣議ニ附セラレタル意見書撮要

  意見書撮要

今ヤ條約改正ノ問題ハ內非常ニ民心ノ激昂ヲ招キ外列國ニ對シテ至難ノ地步ニ逹シ或ハ斷行セント云ヒ或ハ忍テ中止スヘシト云ヒ議論兩端ニ岐レ內外共ニ容易ナラサルノ情勢ニ到レリト雖唯一槪ニ斷行シ或ハ中止シ得ヘキニ非ラス宜シク其道ヲ求メ其法ヲ講セサルヘカラス善後ノ策ニ至テハ別紙意見書ニ於テ粗ホ其詳細ヲ記シタリト雖尙ホ之ヲ簡明ニスル爲メ更ニ其要綱ヲ擧示ス

一、外國ノ法律家ヲ大審院ノ法官ニ任用スルハ我憲法ニ係屬スル裁判官ノ法律上ニ具有スヘキ公民權ノ資格ニ違フモノナリ凡ソ國家ノ主權ヲ施行スル官ヲ條約上ノ關係ヨリ外國人ニ授クルハ國權傷害ノ甚タシキモノタルコトヲ免レス

二、法典ヲ早ニ及テ編成公布スルコトヲ約束スルハ將來ニ我立法權ヲ束縛スルノミナラス凡ソ立法ノ事憲法ノ明條ニ基キ帝國議會ノ協贊ヲ要スル今ノ時ニ當リ如斯ノ約束ヲ將來ニ負フハ國家ノ長計ニ非ルナリ

三、五箇年ノ準備期限ハ單ニ內地通商土地建物ノ貸借ノミヲ許スニ止メ全ク不動產ヲ所有スルノ權ヲ許與スルノ約ハ相互均當ノ主義ニ基キ領事裁判ヲ撤去スルノ日ニ於テ之ヲ履踐スヘシ彼ニ於テ領事裁判撤去セサル間ハ我ニ於テモ亦抵償物トシテ不動產所有權ヲ與フヘカラス

四、外人取扱上ニ付テハ法律上又ハ經濟上ニ內國人ト同一視スルコト能ハサルモノアリ隨テ或ル場合ニ於テハ外人ノ爲ニ特ニ制限ヲ設ケサルヲ得サルモノアルヲ以テ之カ爲ニ將來ニ我立法上及行政上ニ充分ノ自由餘地ヲ存有セサルヘカラス

以上列擧シタル要綱ニ基キ旣成ノ案ヲ改メンカ爲メニハ公文ヲ取消シ又條約ノ條款ニ涉リ照合修正スルヲ要ス

五、上文ノ挽回策ヲ施スハ先ツ英伊兩國ノ內ヨリ始ムルヲ可トス今日ハ調印濟ノ國談判結了未調印ノ國及談判中ノ國ノ三類ニ分カルト雖更ニ懇談ヲ試ミントスルノ意ヲ示シタルモノアリ殊ニ英ノ如キハ彼ヨリ開談ヲ促セルヲ以テ同國ト開談シテ修正ノ要求ヲ爲スト同時ニ調印濟ノ國ニ對シテモ縱橫表裏ヨリ再ヒ開談スルノ機會ニ至ラシムルヲ要ス但シ英伊執レヲ先ニシテ執レヲ後ニスルカハ實地ニ臨ミ應變處理スル所ニ任スヘシ

六、談判ハ特別ノ方法ヲ取ルモ修正調印ハ歐洲ノ五大國及淸國ノ如キ關係重大ナルモノハ同時ニ行フヲ要ス又其實施ノ期モ同一ニ商定セサルヘカラス

七、茲ニ尙ホ一ノ問題ノ存スルモノハ日墨條約ナリ同條約第四條ハ直ニ墨人ハ內地雜居ノ許讓ヲ得タルモノニシテ他ノ外國人ト其權利待遇ヲ異ニスルモノナリ然ルニ英國ハ最惠國約款ニ付公然我ニ照會スル所アリ我ヨリハ日墨條約ハ卽チ約束付ノモノニ付對方ニ於テ之ト同一ノ許讓ヲ爲ササレハ我ヨリモ同一ニ許與セスト答ヘタリト雖今後各國ヨリ同問題ヲ提出スルニ於テハ豫メ我ニ於テ其連衡ノ勢ヲ防制スルノ方法ヲ講究セサルヘカラス而シテ我ニ於テ約束付ノ釋定ヲ維持スルハ將來改正ノ事業ニ於テ大ナル利益アルヲ以テ飽マテ此解義ニ依リ彼ノ問題ニ當ルニ如カス若シ萬止ムヲ得サル勢ニ逹セハ日墨間ニハ別ニ機密條約ノ存スルアリテ何時ニテモ第四條ヲ取消スノ自由アルニ因リ其時ニ於テ墨國政府へ電信ヲ發シテ他國ノ故障ヲ排クヘシ

以上ノ主義ニ據リ修正ヲ加ルトキハ尙ホ餘ス所ハ領事裁判ヲ五ケ年間存續シ我ニ於テ其代償トシテ不動產所有權ヲ許與セサルノ一事ノミニシテ他ハ大凡均當ナル對等條約トナルヘシ而シテ對方ニ於テ幸ニ我要求スル所ノ修正ヲ容ルレハ談判其局ヲ結了シ條約茲ニ改締シ二十年來ノ我計畵ト希望ヲシテ完カラシムヘシ若シ對方ニ於テ我要求ヲ容ルヽニ躊躇スルコトアルモ我要求ノ各點ニ就キ引續キ往復談判ヲ試ミ以テ不知不識ノ間ニ談判繼續ノ新地步ヲ占ムルヲ得ハ是レ外ニ向テハ異日我國權ヲ完全ニ恢復シ內ニ向テハ目下ノ困難ヲ排除シ得ヘキノ道ナリ矧ヤ五星霜ノ日子短少ニ非スト雖一國政治上ノ經歷ニ於テハ一瞬時ノミナルニ於テヲヤ若シ此一瞬時間タモ領事裁判ノ檢束ヲ忍フ能ハストセハ今日復タ何ソ條約改正ヲ言フヲ得ンヤ