[文書名]　日英同盟締結ニ關スル小村外相意見書（日英同盟締結に付小村外相意見書）

　　明治三十四年十二月七日

淸韓兩國ハ我邦ト頗ル緊切ナル關係ヲ有シ、就中韓國ノ運命ハ我邦ノ死活問題ニシテ、頃刻ト雖モ之ヲ等閑ニ附スヘカラス。故ニ帝國政府ニ於テハ、從來屢々韓國ニ關シ露國ト協商ヲ試ミタルモ、露ハ韓國ト境ヲ接シ且滿洲經營ノ關係アルカ故ニ、常ニ我希望ニ反對シ、爲メニ今日ニ至ル迄未タ韓國問題ノ滿足ナル解決ヲ見サルヲ遺憾トス。

然ルニ一方ニ於テ、露ノ滿洲ニ於ケル地步ハ益々固ク、縱令今回ハ撤兵スルニ於テモ、尙彼レハ鐵道ヲ有シ、且之レカ護衞ナル名義ノ下ニ駐兵ノ權ヲ有ス。故ニ若シ時勢ノ推移ニ一任セハ、滿洲ハ遂ニ露ノ事實的占領ニ歸スヘキコト疑ヲ容レス、滿洲旣ニ露ノ有トナラハ、韓國亦自ラ全フスル能ハス。故ニ我邦ハ今ニ於テ速ニ之ニ處スルノ途ヲ講センコト極メテ緊要ニ屬ス。

蓋シ之ヲ過去ノ歷史ニ徵シ、現下ノ事態ニ鑑ミルニ、露ヲシテ我希望ノ如ク韓國問題ノ解決ニ應セシムルハ、純然タル外交談判ノ能クスル處ニ非ス。之ヲ爲スノ方法唯二アルノミ。卽チ一ハ我希望ヲ貫徹スルカ爲メニハ交戰ヲモ辭セサルノ決心ヲ示スコトト、二ハ第三國ト結ヒ、其ノ結果ニ依リテ露ヲシテ己ムヲ得ス我希望ヲ容レシムルコトナリ。然レトモ露國トノ交戰ハ常ニ出來得ル限リ之ヲ避ケサルヘカラサルノミナラス、滿洲ニ關スル彼レノ要求モ大ニ溫和化シタルヲ以テ、我ヨリ進ンテ最後ノ決心ヲ示スヘキ正當ノ口實ヲ有セス。故ニ結局第二ノ方法ニ依リ他ノ强國例ヘハ英ト結ヒ、其ノ共同ノ勢力ヲ利用シ、以テ露ヲシテ已ムナク我要求ニ應セシムルノ外良策ナシト思考ス。

假リニ純然タル外交談判ヲ以テ露ト協約ヲ結ヒ、彼我ノ交誼ヲシテ大ニ親密ナラシメ得ルトスルモ、其ノ得失如何ヲ稽フレハ實ニ左ノ如クナルヘシ。

一、東洋ノ平和ヲ維持スルモ單ニ一時ニ止マルヘキコト。

　日露協約ハ一時東洋ノ平和ヲ維持スルコトヲ得ヘシ、然レトモ露ノ侵略主義ハ到底之ニ滿足セス、進ミテ支那全國ヲモ其勢力ノ下ニ置カンコトヲ期スルモノナルカ故ニ、露國トノ協約ハ固ヨリ永ク和局ノ維持ヲ保證スルニ足ラス

二、經濟上ノ利益少ナキコト。

　滿洲鐵道及西比利亞鐵道ハ今日ト雖モ之ヲ利用シ、少ナカラサル便益ヲ享クルヲ得ヘシ。然レトモ該地方ハ將來其人口大ニ繁殖シ諸般ノ事態進步スル迄ハ、貿易上左シテ有望ノ地ト認ムル能ハス。而シテ右ノ如キ時代ハ猶頗ル遠シト云ハサルヘカラス

三、淸國人ノ感情ヲ害シ其結果我利益ヲ損スル少ナカラサルヘキコト。

　近時淸國ハ上下擧ツテ我邦ニ親シミ、我邦ニ信賴スルノ風ヲ長シ來レリ。之レ實ニ乘スヘキノ機ニシテ、或ハ通商ニ、或ハ工業ニ、或ハ文武ノ顧問敎育等淸國ニ於テ我邦人カ爲スヘキ事業ハ一ニシテ足ラス。而シテ之ヲ爲スニハ淸國上下ノ感情ヲ今日ノ如ク良好ニ維持センコト極メテ緊要ナリ。然ルニ若シ露國ト協約セハ、此ノ趨勢ハ忽チ一變シ、所謂千仭ノ功ヲ一簀ニ缼クノ憾アルヘシ。

四、英ト海軍力ノ平衡ヲ保ツ必要ヲ生スヘキコト。

　此ノ如ク日露間ノ協商ハ經濟上利益少ナキカ上ニ、露ト親シミ英ノ感情ヲ害スルノ結果ハ、常ニ我海軍力ヲシテ英ト權衡ヲ保タシメサルヲ得サルニ至ラシム。

之ニ反シテ若シ英ト協約ヲ結フニ於テハ左ノ如キ利益アルヘシ。

一、東洋ノ平和ヲ比較的恒久ニ維持シ得ルコト。

　英ハ東洋ニ於テ領土上ノ責任ヲ增スコトヲ好マス、彼レノ希望ハ寧ロ現狀ヲ維持シ、而シテ專ラ通商ノ利益ヲ圖ルニ在ルモノノ如シ。故ニ英ト協約ノ結果ハ露ノ野心ヲ制シ、比較的ニ永ク東洋ノ平和ヲ維持スルヲ得ヘシ。

二、列國ノ非難ヲ受クル恐レナク、帝國ノ主義ニ於テモ一貫スヘキコト。

　日英協約ノ性質ハ平和的、防守的ニシテ、其直接ノ目的ハ淸韓兩國ノ保全ト淸國通商上ノ門戶開放トニ在リ。故ニ毫モ列國ノ非難ヲ受クル恐レナク、又屢次宣言セラレタル帝國ノ主義トモ符合ス。

三、淸國ニ於ケル我邦ノ勢力ヲ增進スルコト。

　日英協約ヲ成セハ淸國ハ今日ヨリ一層深ク我邦ニ信賴スヘク、隨ツテ同國ニ於ケル我利益ノ擴張、其他諸般ノ計畫ヲ一層容易ニ行ハルルニ至ラン。

四、韓國問題ノ解決ヲ資スルコト。

　露國ヲシテ我希望ノ如ク韓國問題ノ解決ニ同意セシムルノ方法ハ、結局第三國ト結ヒ、露ヲシテ已ムヲ得ス我希望ニ應セシムルノ外ナキコトハ旣ニ陳ヘタルカ如シ、而シテ英ハ卽チ最モ適當ナル第三國ニシテ、之レト結ハハ韓國問題ノ解決上我邦ノ利益ニ歸スルコト尠ナカラサルヘシ。

五、財政上ノ便益ヲ得ルコト。

　日英協約ノ結果ハ一般ノ經濟界ニ於ケル我信用ヲ厚クスヘキノミナラス、我國力ノ發達增進ハ卽チ協約對手タル英ノ利益ニ外ナラサルヲ以テ、英國人民ハ寧ロ喜ンテ我邦ノ爲メニ財政上及經濟上ノ便宜ヲ謀ルヘク、政府ト民間トヲ問ハス爲メニ便益ヲ得ルコト少ナカラサルヘシ

六、通商上ノ利益少ナカラサルコト。

　英ノ殖民地ハ五洲ニ洽ネキカ故ニ、若シ日英ノ關係大ニ親密ナルニ至ラハ、我邦ハ殖民ニ於テ、通商ニ於テ、其利益ヲ享クルコト滿洲及西伯利亞トハ同日ノ論ニアラサルヘシ。

七、露國ト海軍力ノ權衡ヲ保テハ可ナルコト。

　露國ト海軍力ノ權衡ヲ保ツコトハ、之レト反對ニ英ト對抗シテ常ニ英ヨリ優勢ノ海軍力ヲ維持スルニ比スレハ遙ニ容易ナルへシ。

以上述フルカ如クナルヲ以テ、日英協約ハ日露協約ニ比シ大ニ我邦ノ利益タルコト疑ヲ容ス。

終リニ臨ミ、今ヤ歐洲列强ハ或ハ三國同盟ト云ヒ、或ハ二國同盟ト稱シ、各合縱連衡ニ依リテ己レノ利益ヲ保護竝ニ擴張シツツアリ、此間ニ處シテ獨リ孤立ヲ守ルハ策ノ得タルモノニアラス。現ニ英ノ如キ、多年中立ヲ以テ其國是ト爲セル邦國スラ尙且他ト協議センコトヲ希望スルニ至ル。時勢ノ變遷亦推シテ知ルヘキノミ。故ニ我邦ニ於テモ此際斷シテ協約ヲ結フノ得策ナルヲ信ス。

尤モ英ノ國勢ハ旣ニ全盛時代ヲ經過シ多少衰頽ニ傾ケル觀ナキニアラス故ニ同國トノ協約ハ一定ノ期限ヲ設置スルヲ以テ得策ト信ス。