[文書名] 第二回日英協約締結の件
明治三十八年五月二十四日閣議決定
同日御裁決
今回戰爭ノ結果トシテ露國ノ極東經營ハ其根底ヨリ打破セラルルモ彼カ全然其素志ヲ放擲セサル以上再ヒ恢復ヲ圖ルヘキハ必然ナルカ故ニ我ニ於テモ之ニ應スルノ覺悟ト準備ナカルヘカラス而シテ又一方ニ於テ我邦ハ假令滿足ナル條件ヲ以テ和局ヲ結フモ尙戰後經營ヲ全フスル爲メ數年ヲ要スヘク此期間ハ飽迄無事ヲ保タサルヘカラス此目的ヲ達スル一手段トシテ曩ニ日英同盟ヲ繼續スルコトニ廟議一決シタルカ其要旨ハ同盟協約ヲ現今ノ儘ニ繼續シ卽チ其性質ト適用ノ範圍トヲ變更セス單ニ一定ノ期限間確定不動ノモノトナスニ在リタルナリ然ルニ今般英國政府ノ意向ヲ窺ヒ得タルニ彼ハ一步ヲ進メテ啻ニ協約ノ適用範圍ヲ擴張スルノミナラス其性質ヲモ一變シ防守同盟ヲ更メテ攻守同盟トナサンコトヲ希望セリ右ハ素ヨリ極メテ重大ナル變更ナルモ深ク國家ノ前途ヲ慮ルニ於テ寧ロ斷然現今ノ協約ヨリ進ンテ攻守同盟ニ移ルヲ得策ナリト思惟ス其理由ハ
一、將來ニ向ツテ平和維持ノ目的ヲ達センカ爲メニハ攻守同盟ノ現協約ニ比シ遙ニ有效ナルハ縷說ヲ俟タサル所ニシテ英政府ノ精神モ決シテ事ヲ好ムニアラス以テ平和ノ維持ヲ一層鞏固ナラシムルニ在ルカ故ニ此點ニ關シテハ兩國ノ意思互ニ合致スルモノナリ
二、露國ハ他日復讐ノ目的ヲ以テ極東ニ於ケル其軍備ヲ著シク增加スヘキカ故ニ將來平和ノ擔保ノ爲メニハ之ニ對シ豫メ制限ヲ加フルノ必要アルモ今回戰爭ノ結果トシテ右ノ目的ヲ達スルコトハ到底不可能ニ屬ス然レトモ若シ我邦ニ於テ英國ト攻守同盟ノ約ヲ結ヒ且露國ノ極東ニ於ケル軍備擴張ニ對シ我亦必要ノ程度ニ我軍備ヲ擴張センニハ露國ト雖モ復仇ヲ試ミルノ餘地ナク隨テ平和ノ維持ヲシテ頗ル鞏固ナラシムヘキヤ必セリ
三、今回ノ戰爭ニ因リ我邦ノ眞價ハ列强ニ認メラレ其嘆賞ヲ博シタルト同時ニ畏懼猜疑ノ念モ亦裏面ニ存在スルコトヲ覺悟セサルヘカラス此念ハ戰後我國力ノ發展ト共ニ益々增長スヘキカ故ニ或ハ我邦ヲシテ孤立ノ地位ニ立タシムルノ虞ナキ能ハス然レトモ若シ英國ト攻守同盟ノ約ヲ訂センニハ此憂ヲ防キ他ノ排擠ヲ免カルルヲ得ヘシ
英國トノ攻守同盟ハ斯ノ如ク我ニ有利ナリ然ラハ其方法ハ如何ニスヘキ乎惟フニ同盟ノ目的ハ東洋ニ於ケル全局ノ平和ヲ維持シ兩國共通若クハ各自ノ利益ヲ擁護シテ平和ナル發達ヲ圖ルニ在リ而シテ同盟ノ活動ハ同盟國ノ一方カ正當ノ理由ナクシテ他國ヨリ攻擊ヲ受ケ又ハ前記ノ利益カ他國ノ侵略的行動ニヨリテ侵迫セラレ之ヲ擁護スル爲メ戰端ヲ開キタル場合ニ生スヘシ而シテ右ノ場合ニ於テ兩同盟國カ相互ニ兵力的援助ヲ與フル區域ハ明ニ之ヲ協定シ置クノ必要アルヘク右ハ先ツ極東竝ニ印度以東ニ限ルコト然ルヘシ仍チ尙ホ具體的ニ協約ノ大綱ヲ擧クレハ
第一 兩締約國ハ東洋ニ於テ全局ノ平和ヲ維持シ且淸國ニ於ケル兩國共通ノ利益(卽チ同國ノ領土保全門戶開放ノ主義ヲ維持スルコト)及極東並ニ印度以東ニ於ケル各自特殊ノ利益ヲ擁護スルヲ目的トスルコト
第二 英國ハ日本カ韓國ニ於テ有スル政治上軍事上及經濟上ノ特殊利益ヲ擁護スル爲メ適宜必要ト認ムル措置ヲ執リ得ルコトヲ承認スルコト
第三 兩締約國ノ一方カ正當ノ理由ナクシテ一國若クハ數國ヨリ攻擊ヲ受ケタル時又ハ前記共通若クハ各自特殊ノ利益カ他國ノ侵略的行動ニ依リテ侵迫セラレ之ヲ擁護スル爲メ戰端ヲ開クニ至リタル時ハ他ノ一方ノ締約國ハ直ニ兵力ヲ以テ援助ヲ與フルコト
第四 本協約ニ因リ相互ニ兵力的援助ヲ與フル區域ハ極東及印度以東ニ限ルコト
第五 本協約ノ有效期限ヲ十ケ年トナスコト
第六 現時ノ日露戰爭ニ對シテハ英國ハ嚴正中立ヲ維持シ若シ他ノ一國又ハ數國カ日本ニ對シ交戰ニ加ハル時ハ兵力ヲ以テ日本ヲ援助スルコト
同盟協約ノ條文ハ大體右ニ止メ尙此以外ニ秘密約款ヲ以テ左ノコトヲ規定スヘシ
一、兩締約國ハ孰レモ東洋ニ於テ最大海軍力ヲ有スル別國ノ海軍力ニ比シ實力上優勢ナル海軍ヲ常ニ東洋ニ維持スルコトヲ努ムルコト
二、兵力的援助ノ程度及方法ハ兩國軍事當局者ニ於テ之ヲ協定スルコト
三、日本カ韓國ニ對スル別國ノ侵略的行動ヲ豫防シ竝ニ同國ノ國際關係ヨリ紛擾ノ發生スルコトヲ杜絕スル爲メ同國ニ對シ保護權ヲ確立スルトキハ英國ハ之ヲ章認スルコト
大要右ノ如クニシテ新ニ協約ヲ訂立スルヲ得ハ極東ノ平和ハ永遠ニ確立セラレ帝國ノ安全ト康寧トハ茲ニ完全ナル擔保ヲ得將來ノ発展亦期シテ俟ツヘシ思フニ今日ハ協約締結ノ爲メ實ニ逸スヘカラサル好時機ニシテ我邦ハ連戰連捷ノ結果目下頗ル優勝ナル地位ヲ占メ而シテ英國ハ終局ノ勝利亦我ニ在ルヲ確信スルコト彼カ前陳ノ如キ希望ヲ表示シタル事實ニ徵シ明白ナルカ故ニ此確信ノ動搖セサル間ニ於テ將又英國內閣ノ交迭セス內外ノ情勢變化セサル間ニ於テ迅速ニ協約ヲ訂立スルコト頗ル緊要ナリト信ス