データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 帝国国防方針(日本帝国ノ国防方針,日本帝国の国防方針)(1907年4月4日)

[場所] 
[年月日] 1907年4月4日
[出典] 大本營海軍部・聯合艦隊<1> −開戦まで−(大本営海軍部・連合艦隊<1> −開戦まで−),防衛庁防衛研修所戦史室著,朝雲新聞社,112-115頁.
[備考] 「日本帝国ノ国防方針」:山縣元帥用「帝国国防方針、国防ニ要スル兵力及帝国軍用兵綱領策定顚末」(参謀本部総務部庶務課保管「明治四十年日本帝国ノ国防方針」綴、参謀本部において総務部庶務課用の関連文書と山縣有朋元帥用の関連文書とを合本した文書綴、宮崎周一史料)
[全文] 

一 帝国ノ政策ハ明治ノ初メニ定メラレタル開国進取ノ国是ニ則リ実行セラレ 曽テ其軌道ヲ脱シタル事無キハ論ヲ俟タサル所ニシテ 今後ハ益々此国是ニ従ヒ国権ノ振張ヲ謀リ国利民福ノ増進ヲ勉メサルへカラス

 国権ヲ振張シ国利民福ヲ増進セント欲セハ 世界ノ多方面ニ向テ経営セサル可カラスト雖 就中明治三十七、八年戦役ニ於テ幾万ノ生霊及巨万ノ財貨ヲ抛テ満州及韓国ニ扶植シタル利権ト 亜細亜ノ南方並太平洋ノ彼岸ニ皇張シツツアル民力ノ発展トヲ擁護スルハ勿論 益々之ヲ拡張スルヲ以テ 帝国施政ノ大方針ト為ササルへカラス

 果シテ然ラハ帝国軍ノ国防ハ此国是ニ基ク所ノ政策ニ伴フテ規画セラレサルへカラス 換言スレハ我国権ヲ侵害セントスル国ニ対シ 少クモ東亜ニ在リテハ攻勢ヲ取リ得ル如クスルヲ要ス

二 我帝国ハ四面環ラスニ海ヲ以テスト雖 国是及政策上其国防ハ固ヨリ海陸ノ一方ニ偏スルヲ得ス 況ンヤ海ヲ隔テテ満州及韓国ニ利権ヲ扶植シタル今日ニ於テオヤ 故ニ一旦有事ノ日ニ当リテハ島帝国内ニ於テ作戦スルカ如キ国防ヲ取ルヲ許サス 必スヤ海外ニ於テ攻勢ヲ取ルニアラサレハ我国防ヲ全ウスル能ハス

三 帝国軍事上ノ歴史ヲ閲スルニ往昔ヨリ今日ニ至ルマテ 退嬰ノ主義ヲ取リタルハ德川時代ノミ 其他ハ皆進取的ナラサルハナシ 乃チ近ク明治二十七、八年、同三十三年及同三十七、八年戦役ニ於テハ悉ク 攻勢ヲ取リテ以テ戦局ノ大捷ヲ占メ得タリ 此歴史ハ日本人ノ性格ヲ明ニ表証スルモノニシテ 他日再ヒ干戈ヲ動カスノ巳ムヲ得サルニ当リテモ亦 此性格ヲ益々発揮*1*スル如クセサルへカラス 蓋シ国民ノ性格ニ背ク戦法ハ古来其良成績ヲ得タルコト稀ナリ

四 国防ヲ策定セントスルニハ須ラク先ツ我敵手タルヘキモノヲ想定スルヲ要ス

 我国是ニ従フ所ノ政策ヲ遂行スルニ当リ之ニ対シ一国利害ノ関係上樽俎{ソンソとルビあり}ニ依リテノミ其解決ヲ見ル能ハサルハ論ヲ俟タサル所ナリ然ルニ露国ハ明治三十七、八年ノ敗戦後国内ノ大紛擾アルニモ拘ラス 戦役前ニ於ケルヨリモ尚優勢ノ兵力ヲ極東ニ配置シ 且ツ沿黒龍鉄道ノ布設ヲ計画シ又営々トシテ海軍ノ再建ヲ謀リツツアリ是レ他日機ノ乗スヘキアレハ報復戦ヲ敢テシ満鮮ニ於ケル我利権ヲ侵害シ以テ数百年来ノ国是ヲ貫徹セント欲スルモノニ非スシテ何ソヤ故ニ最モ近ク有リ得へキ敵国ハ蓋シ露国ナルヘシ

 米国ハ我友邦トシテ之ヲ保維スヘキモノナリト雖モ地理、経済、人種及宗教等ノ関係ヨリ観察スレハ他日劇甚ナル衝突ヲ惹起スルコトナキヲ保セス

 清国ハ満韓ニ於ケル我利権ニ対シ利害ノ関係ヲ有スルコト大ナリト雖モ清一国ヲ以テ単独我ト戦ヲ交ユヘシトハ殆ント想像シ得サル所ナリ如何トナレハ清国ハ殆ント全ク海軍ヲ有セス其陸軍ノ如キモ亦名アリテ実無キニ等シケレハナリ是レ清国ハ根本的改革ヲ断行シ而カモ尚幾多ノ星霜ヲ経ルニアラサレハ健全ナル軍国タル能ハサル所以ニシテ 周環列国ノ視線ヲ等シクスル所ナルヘシ清国ノ国情如此ナルニモ拘ラス我ニ対シテ単独ニ戦端ヲ開カンカ我ハ必勝ノ算ヲ以テ之ニ当ルヲ得へシ 既ニ我ニ必勝ノ算アラハ誰カ之対シテ起ツモノアランヤ然レトモ清国内ニハ近時利権回収、排外、革命、等ノ暗流奔騰シアルヲ以テ何時勃発シテ団匪事件ノ如キ変乱ヲ生スルヤモ測ラレス之ニ応シテ取ルヘキ我帝国軍ノ処置ハ列国トノ関係上頗ル複雑ナル問題ニ属スルヲ以テ予メ之ヲ策定シ置ク能ハサルヘシ

 一国ト一国トノ関係ハ前述ノ如ク夫レ然リ然レトモ日英同盟新協約締結ノ結果 同盟ヲ以テ同盟ニ対スル関係ハ列国利害ノ繋ル所何時戦端ヲ開クノ動機ヲ惹起スルヤ測ラレサルモノアリ是レ帝国ノ国防ニ重大ナル関係ヲ及ホスモノニシテ慎重ナル考慮ヲ要ス

 日英同盟新協約ヲ研究スルニ 英露釁{キンとルビあり}*2*ヲ開クニ方リ其戦争ノ発源東亜及印度ハ勿論其以外ノ何レニ在ルモ我ハ常ニ起テ英国ヲ援助スルノ義務ヲ生スヘキモノト覚悟セサルヘカラス如何トナレハ英露開戦ニ当リ戦争ノ基源孰レニ在ルヲ問ハス露国ハ随意ニ印度ニ向ヒ威圧ヲ加へ得ヘク従テ我ハ直ニ協約上ノ義務ヲ負担セサルヘカラサルニ至ルヘケレハナリ

 又方今欧洲ノ形勢ヲ観察スルニ 独国ハ新鋭ノ勢力ヲ以テ商工業上、勿論海軍力ニ於テモ英国ニ拮抗セントスルノ概アリ是レ英国ノ決シテ軽々ニ看過スル能ハサル所ナルヘク加之「バクダッド」鉄道ノ経営並土耳古、波再斯{ペルシヤとルビあり}ニ於ケル英独露関係等何時其衝突ヲ惹起スルヤモ測ラレス果シテ其衝突ヲ現実ニスルコトアランカ独国ハ露国ト手ヲ携ヘテ起ツコトヲ謀ルナルヘク其結果我モ亦起テ日英同盟ノ義務ヲ分担セサルヘカラサルニ至ルへシ 而シテ此同盟ハ我国防上帝国軍ノ用兵ニ影響ヲ及ホスコト頗ル大ナリ若シ露独同盟スルニ至ランカ独国ノ兵ヲ以テ東亜ノ戦地ニ莅{ノゾとルビあり}ムカ如キコトハ之無カルヘシト雖露国ハ西方国境ニ顧慮スルコトナク東亜ニ作戦スル兵力及鉄道ノ最大力ヲ使用スルヲ得ヘク其他武器、糧食、材料並戦費等ノ補給ニ於テ偉大ノ利益ヲ戦争ニ賦与スルヲ得ヘク又海上ニ於テモ多大ノ戦勢ヲ発展スルヲ得ン故ニ国防上ノ見地ヨリスレハ我国ノ外交政策ハ露独ヲシテ同盟セシメサル如ク調理セラルルヲ必要トス然レトモ独国目下ノ海軍ハ仮令露国ト同盟スルモ尚日英同盟ノ海軍ニ対シ有利ナル戦ヲ為スノ算アリト認メ難ク従テ独国ハ其東西洋ニ跨カル洪大ノ利益ヲ抛擲{ホウテキとルビあり}シテ迄モ敢テ起ツヤ否ヤ 是レ外交上利害ノ緩急ヲ策スルノ好資料トシテ 帝国政府ノ常ニ注意スヘキ要件ナランカ

 日露再ヒ戦場ニ相見ユルノ秋ニ於テ清国若シ我ニ聯合センカ我軍ノ享有スヘキ作戦上ノ利益即チ物資ノ供給及後方勤務ノ便易等ニ於テ 実ニ偉大ナルモノアラン 是レ明治三十七、八年戦役ニ於テ清国カ稍好意的中立ヲ保チタルニ於テスラ尚且ツ経験シタル所ナリ故ニ清国若シ露国ニ聯合センカ彼我利害ノ関スル所当サニ之ト正反対ナラサルヘカラス 是レ露国ノ夙ニ洞見スル所ナクヘク従テ彼ハ外交政策上有事ノ日ニ当リ清国ヲシテ露国ニ聯合セシムルコトヲ謀ルハ自然ノ勢ナリ故ニ我外交政策ハ露清聯合ヲ成立セシメス反テ清国ヲシテ依然我好意ヲ表セシムル如ク調理セラルルヲ要ス然レトモ日英ノ同盟ヲ以テ露清ノ聯合ニ対抗シ得ヘカラスト云フニハアラサルナリ況ンヤ日英同盟ノ海軍ハ露清同盟ノ海軍ニ比シ著シク優勢ヲ占メ得ヘキニ於テオヤ

 露仏同盟ノ活動範囲ハ蓋シ主トシテ欧洲ニ局限セラルヘク又英仏海上勢力懸隔ノ現況ト仏ノ陸軍ヲ以テ満洲方面ノ作戦ニ直接行動ヲ為ス能ハサルノ事情トヲ鑑ミ 且近時英仏両国間ニ於ケル親近ノ情勢ヲ考察スル時ハ 仏国タルモノ自カラ進ンテ東亜ニ於ケル露国ノ活動ヲ援クルカ如キハ蓋シ稀有ノ事タルヘシ  然レトモ由来露国ハ苟モ自利ノ為ニハ他ノ利害ヲ顧ミサルノ手段ニ出ツルコト過般ノ戦役ニ於テモ屢々経験セルトコロナレハ他日日露有事ノ暁露国カ安南沿岸ノ港湾ニ占拠シテ 以テ浦塩斯徳ノ地理上ノ不利ヲ補ハントスルカ如キハ蓋シ有リ得へキ事ニ属ス 露国ノ策果シテ此ニ出ツルニ於テハ仏国ハ已ムヲ得スシテ起チ玆ニ東亜ニ於ケル露仏同盟ノ活動ヲ現出スルニ至ルヘシ此同盟ハ露独同盟ト等シク帝国ノ国防ニ重大ノ影響ヲ及ホスヲ以テ 我外交当局者ノ深ク留意スヘキ所ナランカ

 若シ夫レ数国聯合ノ場合ヲ顧慮シ 之ニ対シ悉ク本国防方針ニ従ヒ兵力ヲ養フハ一国ノ能ク堪ユル所ニアラサルナリ 於是乎外交政策ノ調理ニ依リ敵ノ聯合ヲ破リ 我同憂与国ノ同盟ヲ締結スルノ要益々大ナラン

五 右ノ如ク論シ来ル時ハ 帝国軍ノ兵備ハ左ノ標準ニ基クヲ要ス

 陸軍ノ兵備ハ想定敵国中我陸軍ノ作戦上最モ重要視スヘキ露国ノ極東ニ使用シ得ル兵力ニ対シ攻勢ヲ取ルヲ度トス

 海軍ノ兵備ハ想定敵国中我海軍ノ作戦上最モ重要視スヘキ米国ノ海軍ニ対シ東洋ニ於テ攻勢ヲ取ルヲ度トス

 若シ夫レ露国ノ極東ニ使用シ得ヘキ陸軍ノ全兵力ヲ計算シ之ニ匹敵スル我陸軍ノ兵力ヲ養ハントスルハ我国力ノ能ク堪ユル所ニアラス 之ヲ補フ為メニハ海上交通及満洲ニ現在スル交通網ヲ益々発達スルハ勿論 満韓ニ新ニ交通線ヲ施設経営シ 且ツ韓国北関地方ニ防禦陣地ヲ構成スルノ必要アルヘシ

 黄海ニ於ケル海上輸送ハ情況ニ因リ安固ヲ欠クノ虞アルヲ以テ韓国縦貫鉄道ヲシテ満洲ニ於ケル作戦軍ノ主ナル交通線タラシムル如ク可成速カニ経営セラルルヲ要ス

六 以上述フル所ヲ総合スレハ左ノ要旨ニ帰ス

 甲 帝国ノ国防ハ攻勢ヲ以テ本領トス

 乙 将来ノ敵ト想定スヘキモノハ露国ヲ第一トシ米、独、仏ノ諸国之ニ次ク

  日英同盟ニ対シ起リ得へキ同盟ハ露独、露仏、露清等トス而シテ日英同盟ハ確実ニ之ヲ保持スルト同時ニ務メテ他ノ同盟ヲシテ成立活動セシメサル如クスルヲ要ス

 丙 国防ニ要スル帝国軍ノ兵備ノ標準ハ 用兵上最重要視スヘキ露米ノ兵力対シ東亜ニ於テ攻勢ヲ取リ得ルヲ度トス

{*1* 右綴の参謀本部総務部庶務課用の筆写史料によると「発輝」とある。}

{*2* 「間隙」「不和」などを意味する。}