[文書名] 用兵綱領(帝国ノ用兵綱領,帝国の用兵綱領)
一 我国防方針ニ従テ作戦スル帝国軍ハ攻勢ヲ以テ本領トス乃チ海軍ハ敵手ニ対シ努メテ機先ヲ制シ其海上勢力ヲ殲滅スルコトヲ目的トシ 陸軍ハ敵ニ先チテ所望ノ兵力ヲ速カニ一地方ニ集合シ以テ先制ノ利ヲ占ムルヲ目的トシテ作戦 ス 故ニ海軍ヲ以テスル我沿海都市島嶼及一般商船航路等ノ防護ハ 此要旨ニ背馳セサル範囲内ニ於テ実施セラルルモノトス 但シ下関海峡ト釜山、馬山浦間ハ常ニ確実ニ之ヲ防護センコトヲ期ス
台湾、樺太ニ於テハ其守備隊ヲシテ通常独立ノ防禦ニ任セシメ 又諸要塞ハ通常海軍ノ防備部隊ト相待テ{原文に[ママ]とルビあり}防禦配備ヲ取ルモノトス
二 将来衝突ノ危険最モ多キ露国ヲ敵トスル場合ニ於テ 帝国軍ノ作戦ハ左ノ要領ニ従フヘシ
海軍ハ先ツ東亜ニ在ル敵ヲ求メテ攻撃シ 且ツ朝鮮海峡ヲ制扼センコトヲ期ス
敵ノ海上兵力浦塩斯徳方面ニ引退スルトキハ 我ハ其間接封鎖ヲ励行シ 以テ黄海ニ実施セラルヘキ我陸兵ノ輸送ヲ防護セントス
黄海方面ニ於ケル陸兵ノ輸送ハ開戦ノ初期ヨリ実施セラルルモノナリ 然レトモ情況因リテハ多少ノ安固ヲ欠クコトアルモノトス
注意 輸送ノ安全ヲ謀ル為メ韓国西岸ニ於ケル避泊地ノ施設並海陸通信機関ノ整備ヲ要ス
陸軍ハ満洲、烏蘇利及韓国ヲ作戦地ト為シ 本作戦ヲ満洲ニ支作戦ヲ烏蘇利方面ニ誘ク 之レカ為メ勉メテ速ニ陸軍ノ大部ヲ南満洲ノ一地方ニ 一部ヲ韓国咸鏡道ノ北部ニ集合シ 後敵ヲ求メテ之ヲ攻撃ス 而シテ如何ナル場合ニ在テモ韓国ハ敵ノ蹂躙二委セサルコトヲ期ス
韓国咸鏡道北部ニ陸兵ヲ輸送スルコトハ 陸上交通機関ノ完備セサル間ハ海戦ノ進捗ヲ待タサルヘカラス 故ニ平時ヨリ該方面ニ適当ノ施設ヲ為シ以テ 敵ノ進入ヲ防止スルノ方法ヲ講セサルヘカラス
作戦ノ進捗ニ応シ浦塩斯徳ヲ攻略セントスル時ハ 陸海両軍相策応シテ成効ノ速カナランコトヲ期ス
三 米、独、仏ノ各一国ヲ敵トスルノ已ムヲ得サル場合ニ遭遇セハ 先ツ敵ノ海上勢力ヲ撃滅スルヲ主眼トシ嗣後ノ作戦ハ臨機之ヲ策定ス
四 日英同盟協約ニ基キ英国ト協同シテ戦争スル場合ニ在テハ 共同ノ敵ニ対シ互ニ相策応シ友軍全体ノ利*1*ヲ謀ルヲ目的トシテ作戦スヘシト雖モ 相互ノ計画ニ於テハ直接ノ聯合作戦若クハ陸兵或ハ艦艇等ヲ以テスル直接ノ援助ヲ期待セサルヲ要ス
五 日英同盟協約ニ依リ露国ニ対シテ日英互ニ援助スルノ作戦ハ 左ノ要領ニ従フモノトス
我ヨリ英国ニ援助ヲ与フル場合ニ在テハ 帝国軍ハ第二項ノ要領ニ従テ作戦スルモノトス
英国ヨリ我ニ援助ヲ与フル場合ニ在テハ其陸軍ヲシテ印度方面ヨリ土耳其斯坦{トルキスタンとルビあり}方面ニ向テ牽制ノ作戦ヲ為サシムルコトヲ期待シ 其海軍ニ向テハ第四項ノ要領ニ従テ作戦スヘキコトヲ要求ス
六 日英同盟ヲ以テ露独、露清若シクハ露仏聯合ニ対スル時ハ 左ノ要領ニ従フモノトス
我海軍ハ第二、第四項ノ要領ニ従ヒ敵ノ東洋艦隊ニ対シテ攻勢ヲ取ルヲ期スト雖モ 黄海ニ於ケル陸兵ノ輸送ハ常ニ為シ得ヘキモノト期待スヘカラス
我陸軍ハ概ネ第二項ノ要領ニ従テ作戦スヘシト雖モ
咸鏡道方面ニ作戦スル兵力ヲ減シテ他ニ使用スルコトアルヘシ
七 帝国陸海両軍ハ本綱領ニ基キ毎年作戦ニ関スル計画ヲ策定シ 参謀総長、軍令部長互三協議シテ 案ヲ具シ裁可ヲ奏請ス
附言
本綱領ハ将来形勢ノ変遷ニ応シ改定セラルヘキモノトス
{*1* 参謀本部総務部課用の筆写史料によると「友軍全体ノ和」とある。}