データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米紳士協約 第三號 明治四十年十二月三十日林外務大臣ヨリ在本邦米國大使「オブライエン」氏ニ手交セル「プロメモリア」(日米紳士協定 第三号 明治四十年十二月三十日林外務大臣より在本邦米国大使「オブライエン」氏に手交せる「プロメモリア」)

[場所] 
[年月日] 1907年12月30日
[出典] 日本外交年表並主要文書上巻,外務省,291‐294頁.
[備考] 
[全文]

  第三號 明治四十年十二月三十日林外務大臣ヨリ在本邦米國大使「テイー・ジエー・オブライエン」氏ニ手交セル覺書

帝國政府ハ過般旣ニ開陳シタルカ如ク日本國勞働者ノ合衆國移住ニ關シ新ニ何等ノ條約ヲモ締結スル能ハスト雖モ米國大使カ注意ヲ促カサレタル事態ニ關シテハ更ニ有效ナル行政上ノ措置ニ出テンカ爲腹藏スル所ナク誠意力ヲ協セテ之ニ處セント欲ス然レトモ大使ノ書中ニ示サレタル所ニ據レハ日本國勞働者ノ米國本土移住ヲ防止センカ爲兩國政府ノ現ニ實施セル行政上ノ措置ハ全ク失敗ニ歸シタリトセラルル如キ觀アルモ是レ帝國政府ノ絕對的ニハ認ムル能ハサル所ナリ其ノ所信ニ依レハ右措置カ十分ニ其ノ希望ヲ達スル能ハサリシハ故アルコトニシテ茲ニ便宜上之カ因ヲ成セシモノヲ二種ニ別タン卽チ其ノ一ハ一時的ノモノニシテ其ノ二ハ旣得ノ經驗ニ依リ今後更ニ嚴密ノ豫防ヲ施セハ除去スルコトヲ得ヘキモノナリ

右第一種ニ屬スヘキモノハ勞働者ノ布哇諸島ヨリ英領哥倫比亞ヲ經テ合衆國ニ移住スルモノ竝ニ墨西哥ヨリ其ノ接壤ノ米領ニ移住スルモノ是レナリ帝國政府ノ深ク信スル所ニ據レハ此ノ移動ハ全然一時的ノモノニシテ行政上始メテ現行ノ措置ヲ施スコトトナリシ當時ニ於テハ之ニ思ヒ到ラサリシモ刻下考案中ニシテ遠カラス採用セラルヘキ新制ニ依ルトキハ事實上斯ル移動ノ繼續シ難キコトハ之ヲ明示シテ米國政府ヲ滿足セシムルヲ得ヘシ

第二種ハ商人及學生ト稱スル日本國臣民ニシテ米國本土ニ往クノ旅劵ヲ下附セラレタルモノニ係レリ此ノ如キ場合ニ於テ右特權ヲ享受スルノ權利ナキモノ卽チ勞働者ノ陽ニ商人又ハ學生ヲ裝ヒタルモノカ時トシテ旅劵ヲ得タルコトハ今ヤ帝國政府ノ知ル所トナレリ然レトモ細心ノ調査ヲ要スル行政上ノ措置ヲ施スノ初ニ當リ若干ノ過失アリシコトハ又已ムヲ得サル自然ノ勢ナレハ此事ハ職ニ旅劵ヲ發給スルノ任ニ在ル者ノ爲茲ニ一言辯セサルヲ得ス公平ニ之ヲ斷スレハ右ノ過失ハ未タ經驗ノ足ラサルニ基因スルモノニシテ毫末モ當該官吏ニ於テ故意ニ其ノ職ヲ懈リタルニアラサルナリ帝國政府ノ所見ニテハ今日ノ狀態ニ在リテモ尙旣得ノ經驗ヲ以テスレハ本件ニ關スル其ノ嚴命ヲ遵守セラルヘキハ必然ニシテ苦情ノ原因ハ除カルルニ幾カルヘシ然レトモ帝國政府ハ右陳フル所ニ就キ何等ノ疑ヲモ存セシメサランカ爲更ニ豫防ノ處置ヲ施サントスレハ本書中追テ論シテ之ニ及フヘシ

本件ニ關シ茲ニ注意ヲ促スノ允當ナルカ如キモノアリ卽現行行政上ノ措置ニ違反シテ合衆國ニ入リタリト稱セラルル日本國勞働者ノ數ニ至リテハ其ノ實ニ過キタルノ觀アルコト是ナリ斯ク述フルハ右等ノ記事ニ對シ責任アル有司蓋シ「移民局」ノ心意ヲ咎ムルノ主旨ニ出テタルニアラサルモ官府ノ統計ハ明ニ右所載ノ數ノ多キニ過クルヲ示セリ英領哥倫比亞及墨西哥ヨリ移住スル勞働者ニ關スル記事ニ至リテハ其ノ槪算ヲ揭クルニ止マルコト顯然タリ右所載ノ其ノ他移民ニ至リテハ違反ノ例ヲ擧ケタル比較的僅少ノ場合ヲ除クトキハ縱ヒ其ノ所揭ノ數ヲ正確ナリトスルモ禁止移民ノ部類ニ当然入ルヘキモノナルコトヲ毫モ證明セサルナリ然レトモ帝國政府ハ此ノ種ノ過誤ニ乘シテ自ラ爲ニスル所アラント欲スルニアラス又之ヲ理由トシテ爲ス所ナカランコトヲ欲スルニアラス時局カ兩國ノ利益ノ爲ニ有力ナル救濟手段ニ出ツルヲ要スルコトハ其ノ全ク同感トスル所ナリ帝國政府カ前記ノ點ニ注意ヲ促ス所以ノモノハ他ナシ此ノ如キ實ニ過クルノ記事ハ縱ヒ故意ニアラスシテ全ク善意ニ出ツルモ其ノ結果ハ兩國政府ノ間ニ橫ハル難局ノ愼重ニ處スヘキモノヲシテ益紛糾セシムルニ外ナラストノ所見ニ米國政府ノ同意セラレムコトヲ確信スレハナリ

左ニ論スル所ハ去十一月二十六日附米國大使ノ來信ト同封ノ覺書中ノ事項ニ及ヘルモノナリ

 布哇諸島

日本國勞働者ノ布哇移住ハ從來同島ニ存スル實際ノ勞働狀態ニ由リテ之ヲ節制セリ各種ノ耕作地ニ於ケル右狀態ハ時々耕作者組合ヨリ日本國總領事ニ報吿シ該總領事ハ所要勞働者ノ數ヲ槪算シテ之ヲ日本國政府ニ報吿シ而シテ日本國政府ハ之ニ應シ右ノ數ヲ限リトシテ旅劵及許可ヲ與フルノミ此ノ措置ハ需要供給ノ經濟的法則ニ率由シタルモノニシテ大體其ノ功ヲ奏セリ而シテ同島ノ最モ顯著ナル產業ナル製糖業ニハ米國勞力ノ曾テ用ヒラレタルコトナク今日モ猶用ヒラレサルハ世ノ共ニ知ル所ナルヲ以テ去十一月十六日附米國大使閣下來示中ノ所論ハ一方ヲ壓倒スルニ足ルヘシト稱セラルル勞力競爭ノ存スルモノトシテ立テラレタレハ該島勞働狀態ノ上ヨリ觀ルトキハ之ヲ適切ナリト謂フヲ得サルナリ

此等及其ノ他ノ事情ニシテ布哇諸島ト合衆國本土トハ經濟上地理上及歷史上ニ於テ根底ヨリ相違アルニ基ク所ニ鑑ミ日本國政府ハ布哇諸島ノ地ハ之ヲ本論ノ範圍外ニ措カレムコトヲ切望スルモノナリ

然レトモ同島ニ對シ現制度ノ永久持續ヲ主張セントスルハ決シテ帝國政府ノ意思ニアラサルノミナラス何等特殊ノ事情アリテ之カ爲ニ日本人ノ同島ノ移住ヲ節制スルノ措置ヲ施スコトヲ望マシカラシムルニ於テハ何時ニテモ鄭重ニ之ヲ熟慮セントス唯布哇諸島ニ關スル問題ハ之ヲ刻下審議中ノ問題ト之ヲ別タント欲スルノミ

第一 米國官憲ニ於テハ日本國旅劵制度ニ關シ誤解セラルル所アルカ如シ此ノ誤解ハ其ノ手續ヲ說明セハ自ラ除カルルニ至ラン抑モ旅劵ハ元ト皆外務省ヨリ發シ外務大臣ハ之ニ署名セスト雖モ其ノ官印ヲ捺ス移住セントスル者ニ下附スル旅劵ハ其ノ需要ニ隨ヒ各其ノ府縣ノ知事ニ發送シ順ヲ追テ之ニ番號ヲ附シ其ノ發送シタルモノハ悉ク其ノ目錄ヲ備ヘ府縣廳ヲシテ期ヲ定メテ報吿ヲ爲サシメ其ノ下附濟ノ旅劵ハ悉ク之ニ載セ不用ニ屬シタルモノハ必ス之ヲ還付セシム而シテ移民ノ乘船港ニ着シタルトキ地方官憲ハ再ヒ陸上及船內ニ於テ之ヲ檢査シ一切ノ事妥當ナラハ其ノ旅劵ニ裏書シ穿孔印形ヲ以テ出發ノ日附ヲ劵面ニ刻ス以上數種ノ檢査證明及其他ノ豫防的措置ハ悉皆愼重ニ之ヲ行フヲ以テ旅劵ノ濫用ヲ極メテ困難ナラシム然レトモ此以上ノ豫防的措置ニシテ調査ノ上實際ニ施シ得ヘキモノアルヲ知ラハ又之ヲ行フコトアルヘシ

第二 日本國政府ハ日韓勞働者ノ熟練ヲ要スル者ニモ然ラサルモノニモ合衆國本土行ノ旅劵ヲ發給セサルコトヲ曾テ聲明セシカ此ノ方針ハ舊ニ仍テ之ヲ繼續スルコトニ決セリ但以前ニ合衆國ニ居住シタルモノ及同國ニ居住スル日本人ノ父母妻子ハ此ノ限ニアラストス然レトモ定住ノ農業者卽去五月二十六日附ヲ以テ「オブライエン」氏ノ前任者ニ通知シタルカ如キ監督ヲ受ケテ農地ヲ所有シ又ハ農產物若クハ農作物ノ利ヲ分チ享クル農夫ニ至リテハ帝國政府ハ引續キ之ニ旅劵ヲ下附セントスルコト勿論ナリトス第二項後半卽合衆國ニ入リテ勢ヒ勞働者ト爲ルノ虞アル者ニハ一切右旅劵ノ發給ヲ拒ムノ提議ニ關シテハ帝國政府ハ學生若ハ商人若ハ勞働者以外ノ階級ニ屬スル者ヨリ旅劵ヲ請求スル場合ニハ一々最モ嚴密詳細ノ取調ヲ爲スコトニ決シテ旣ニ其ノ旨ヲ地方官憲ニ訓令セリ此ノ訓令ニ由リ勞働者ニ於テ更ニ詐僞ノ事例ヲ生スルコト能ハサルヘキハ帝國政府ノ深ク信スル所ナリ

第三 本項ハ專ラ布哇諸島ニ關スルカ故ニ刻下討議中ノ問題トハ別ニ之ヲ論究センコトヲ提供ス

第四 米國大使閣下ノ必ス知悉セラルルカ如ク日本國政府ノ發給スル旅劵ノ本文ハ之ヲ所持スル日本國皇帝陛下ノ臣民ニハ其ノ通過シ若ハ滯留スヘキ外國ニ於テ之ニ相當ノ保護ヲ與ヘラレンコトノ希望ヲ記載セリ是現行條約ノ規定ニ依リ日本國臣民ニ確保セラルル普通ノ權利ナリ而シテ此ノ權利ハ何レノ國ノ政府モ皆其ノ在外ノ臣民又ハ人民ノ爲ニ主張スルヲ常トスル所ノモノニシテ縱ヘ該臣民又ハ人民カ法律違反ノ故ヲ以テ吿訴セラレタル時ト雖モ猶且然リトス國內ニ在テ移住ヲ監督シ及制限スルコトハ全ク行政上ノ作用ニシテ國內ニ於ケル右監督及制限ノ逃避ノ爲又ハ外國ニ於テ之ニ關スル法律若ハ規則違反ノ爲其ノ有罪人ノ條約上擔保セラレタル保護ノ褫奪セラルヘキコトヲ豫メ約束スルハ帝國政府ノ能ハサル所ナリ

 第五及第六

(一)在紐育日本國總領事館ハ十七州一區ヲ管轄シ在市俄古領事館ハ二十州一區在桑港總領事館ハ四州二區在「シヤトル」領事館ハ六州ヲ管轄ス而シテ此等諸州及諸區ハ槪ネ皆數百哩ニ亙リ合衆國ニ居住スル十萬以上ノ日本人ハ此等廣漠タル面積ノ處々ニ碁布シ日本國領事ハ此等日本居留民ノ所在ヲ詳悉スルヲ得ス又咸ク之ト消息ヲ通スルニ由ナシ是ヲ以テ閣下ノ提供セラルル登錄方ニ由ルトキハ右居留民ハ其ノ全部ニ非ストモ槪ネ皆千九百八年一月ヨリ一箇年後ニハ自ラ毫末ノ過失ナキニ法律上合衆國ニ留ルノ資格ヲ喪フノ境遇ニ陷リ隨テ又之ニ準スル處分ヲ受クルニモ至ルヘキ結果ヲ生スヘシ

(二)規則違反トセラレタル日本國又ハ韓國臣民ハ日本國政府ニ於テ其ノ費用ヲ負擔スルコトナク汽船會社ヲシテ之ヲ送還セシメントセハ法律ヲ制定スルノ必要ヲ生スヘシ而シテ右ノ送還ハ其ノ罪ヲ犯シタリト稱セラルル日ヨリ數箇月若ハ數箇年ヲ經タル後ニ行ハルルヤモ計ルヘカラス日本國政府ニ於テ此ノ如キ法律案ヲ議會ニ提出スルモ到底其ノ協賛ヲ得ルノ望ナキナリ

(三)是ノ故ニ第五及第六項ニ出ツル米國政府ノ提議ハ絕對ニ不可能ナリトセサルマテモ全ク實行シ難キモノナルニ似タリ此ノ外又右提議ニ由ルトキハ合衆國ニ在ル日本國居留民ハ何レノ時ヲ問ハス輕蔑屈辱ヲ加ヘラルルノ虞ナシトセサレトモ此事ハ姑ク措テ論セス又日本國政府ハ合衆國ニ入リタル日本人ノ安穩ニ生計ヲ營ム者ニシテ入國ノ際ニ於ケルト均シキ苛嚴ナル人身檢査ト厭フヘキ誰何トヲ受クルモノトセハ殆ト堪フヘカラサル權利侵害ト屈辱トヲ勞働者以外ノ日本國居留民ニ加ヘラルルニ至ランコトヲ恐ル從來日本國ノ紳士及時トシテハ大使館員ト雖モ米國ノ移民官ヨリ全ク不條理ナル待遇ヲ被リタル例ニ乏シカラサレハ日本國政府ニ於テ右ノ如キ疑惧ノ念ヲ懷クモ亦宜ナリトス是レ日本國勞働者ノ移住ヲ制限センカ爲船客上陸ノ際ニ施ス嚴酷ナル處置ヲ廢シ詐僞ヲ豫防スルハ之ヲ日本國行政ノ有効ナル措置ニ一任セラレンコトヲ切望スル所以ナリ