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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米紳士協約 第七號 林外務大臣ヨリ在本邦米國大使「オブライエン」氏宛明治四十一年二月十八日附書翰竝覺書(日米紳士協定 第七号 林外務大臣より在本邦米国大使「オブライエン」氏宛明治四十一年二月十八日付書翰並覚書)

[場所] 
[年月日] 1908年2月18日
[出典] 日本外交年表並主要文書上巻,外務省,302‐305頁.
[備考] 
[全文]

  第七號 林外務大臣ヨリ在本邦米國大使「テイー・ジエー・オブライエン」氏ニ致セル明治四十一年二月十八日附書翰竝覺書

以書翰致啓上候陳者日本移民合衆國へ渡航取締方ニ關スル十二月三十一日附拙信ニ對シ客月二十五日附貴翰ヲ以テ附屬書相添へ御回答ノ趣致敬承候

合衆國政府ハ右拙信中表明シタル意見ト提議トニ依リ互ニ相助ケ隔意ナク誠意協力スルノ精神アルノ證左ヲ了得セラレタルコトヲ承知致候處右ハ全ク本件ヲ解決スヘキ唯一ノ良法ハ雙方同心協力ノ方針ヲ固守スルニ在リトノ帝國政府ノ信念ヲ林大臣ニ於テ明白ニシ得タルコトヲ證明スルモノニ有之本大臣ノ頗ル滿足トスル所ニ有之候殊ニ前記貴答ニ依リ合衆國政府ハ右ノ意見ト相一致シ且ツ帝國政府ノ最モ適當ト認ムル主義ニ遵依シ以テ本件交涉問題ノ解決ヲ見ントスル御希望ナルコトヲ判然證明セラレタルモノト拜察セラレ本大臣ノ特ニ一層滿足トスル所ニ有之候

前記貴信及其附屬書ニ對スル卑見ヲ抱有セル覺書一通爰ニ及御送附候條御査收相成度尙ホ該覺書ニ依リ閣下ハ帝國政府カ其管掌ニ係ル利益ヲ適當ニ保護スル上ニ於テ差支ナキ限リ合衆國政府ノ希望ニ應スルノ考ヘナルコトヲ更ニ明白ニ御了知相成ルヘキ儀ト確信致候

右申進旁本大臣ハ爰ニ閣下ニ向テ重ネテ敬意ヲ表シ候 敬具

  覺書

十二月三十一日附林伯爵ノ書翰ニ添附スル處ノ覺書中同氏ハ帝國政府カ將ニ實施セントスル移民規則及制裁ニ對シ更ニ制定スヘキ行政上處分法ノ槪要ヲ擧示シタリシカ右方法ヲ有効ニ實施センカ爲メ目下必要ノ手段執行中ナリ就テハ右處分方法ハ十一月二十六日附貴大使ノ書翰ト共ニ御送付アリタル覺書中御協議第一ヨリ第三迄ノ分ニ對シ十分其ノ趣旨ヲ達スルコトハ林伯爵ノ確信スル處ニシテ且同時ニ帝國政府ハ北米大陸ニ對シテハ嚴重ニ移民ヲ制限シ又布哇諸島ニ對シテハ當分移民ノ新渡航者ヲ停止シ以テ右方法ノ實施ヲ希望セルコトハ旣ニ閣下ノ御諒知セラルル處ナルヘク前述貴大使ノ覺書中第四及ヒ第五ノ御協議ニ關シテハ右覺書中ニ提言セル方法ヲ全然採用スルコトノ件不可能ナルコトヲ相認メ申候、米國政府ハ日本旅劵方法ニ關シ稍誤解セルモノノ如シ之レ旅劵其物ニ條件ヲ有シ之レニ違背スル場合ニハ處分セラルルモノトノ確信ヨリ自然生シタルモノナルヘケレトモ右ノ如キ事實ニハアラスシテ旅劵ハ都テノ場合ニ於テ一定制限ノ下ニ發給セラルルモノナリ之レヲ反言セハ旅劵ハ或ル特殊ノ資格ヲ有スルモノニ對シテノミ發給セラレ亦其資格ハ責任ヲ有スル官憲ノ滿足スヘキ樣確證セサルヘカラスシテ該官憲ハ調査上最モ注意ヲ加フヘキ旨ヲ訓示セラレ居リ且今後ハ新行政處分法ニ據リ出願者ノ現實ノ位地判定上從前ニ比シ更ニ手數ヲ加へ從テ猶右方法ノ一層有効ナルコトヲ希望ス尤モ右方法ニヨレハ違反者ノ數ノ最少數迄ニ減少セラルヘキコトハ切實ニ期待スル處ナルモ旅劵其物ニ於テハ之レニ違背スルモノアリト雖モ其違背者カ帝國ノ管轄外ニ出テタル後ニ於テ帝國政府カ之レニ對シ加刑スルノ條件ヲ有シ居ラサルナリ又假令之レニ加刑シ得ルトスルモ斯カル處分ハ却テ事實不公平ナル行爲タル場合モアルヘシ例ヘハ誠實ニ留學生若ハ商人ノ旅劵ヲ得タルモノニシテ一朝不測ノ不幸ニ遭遇シ勞働ヲナスノ必要ヲ生スルニ至リタルモノアルヘク猶其他ニモ斯カル宣言ニ依リテ却テ紛糾ヲ招クノ虞アル場合アリ彼ノ米國在留日本人ニシテ布哇諸島、「ブリチツシユ・コロンビヤ」及ヒ墨西哥行キノ旅劵ヲ有シ千九百七年三月十四日附行政命令發布前ニ於テ入米シタルモノ多數アレハナリ亦貴大使ノ覺書中ニアル提議ハ前議ヲ撤囘スルモノニアラス從テ右樣ノ場合ト關聯スヘキモノナラサルコトハ全ク明瞭ナリ然ルニ該命令發布後ニ生起セル事實竝ニ爾後新聞紙上ニ多數ノ潜入者アリタルモノノ如ク非常ニ誇大ナル記事ノ記載セラレタルカ爲メ自然入米ノ際何等法令ニ違反シタルコトナキ勞働者ト他ニ同樣ノ旅劵ヲ有スルモ行政命令ト行政規則ノ制禁ニ違犯シタル一層少數ノ輩トノ兩者ヲ混合シ爲ニ紛雜ヲ生シタルハ事實ナリ帝國政府ハ右樣ノ結果トシテ紛雜ノ生起シタルコトヲ深ク遺憾トスル處ナルモ假令政府カ其旅劵中或ルモノヲ無効トナスノ權力ヲ有シタリトスルモ猶之レヲ無効トナスノ宣言ヲナスニ於テハ現在ノ事態ヲ匡濟スルニアラスシテ却テ一層紛雜ヲ增長セシムルニ至ルヘキヲ懸念ス左レハ目下考案中ニ係ルモノ及ヒ現ニ執行中ノ豫防方法ヲ實施スルニ於テハ右同樣ナル苦情ノ生起スルハ最モ稀有ナルヘキヲ豫期スルノ理由ヲ有シ亦其他ノ豫防手段トシテハ旅劵發給方ノ制限ニ違反シタル場合ヲ知覺スル場合ニハ行政官廳ハ右樣詐欺ヲナシタル者ヨリ旅劵ノ請求アルモ再ヒ下付スルコトナク猶其者ノ父母妻子ニ對シ同樣旅劵下付ヲ禁止スヘキ目的ニシテ之亦唯一ノ實行シ得ヘキ制裁方法ナレハ之ヲ他ノ制裁方法ト同時ニ實施セハ詐欺手段ヲ防遏スルニ於テ有効ナルコトヲ確證スルニ至ルヘシ

右樣ノ理由ナレハ旅劵下付願ノ際ニ於テ表明セシ處ノ事實ニ違背スル行動ハ恰モ條約其他ニ據テ確保セラレタル權利ヲ喪失スルト同樣ナルヘシトハ帝國政府ノ前以テ言明スルヲ躊躇スルニ於テ十分ノ根據ヲ有スト確信スル處ナリ旅劵ナルモノハ從來說明シタルカ如ク單ニ日本人タル所有者ニ對シ上記ノ權利ヲ附與セラレタシトノ日本政府ノ要求ヲ言明スルニ過キサレハナリ林伯爵ハ在外國米國市民ノ登錄ニ關スル行政命令寫ニ關シ謝意ヲ表シ米國政府カ右協議ニ關シ特ニ御注意ノ廉ヲモ了承シタリ帝國政府ハ本問題ヲ研究ノ上合衆國在留ノ日本人ニ對シ場合ノ許ス限リ貴大使ノ書翰ニ記載セラレアルモノト幾ト同樣ノ登錄方法制定ノ見込ナリ尤右實施上困難ナル點ニ對シ旣ニ注意ヲ喚起セルコトアリシモ之亦排除セサルヘカラス其困雜ノ所以ハ例ヘハ合衆國ニ於ケル帝國領事館管轄區域ノ廣漠ナルコト日本人ノ居住地ノ四方ニ散在スルコト就中勞働者ノ住所不定ノ習慣ヲ帶フルコト及ヒ右登錄法ヲシテ義務的ナラシムルニ於テ何等法律上ノ制裁ナキコト等トス尤モ後段ノ故障ノ如キハ不登錄者ニ對シテハ許否自在ナル或ル權利ヲ拒否スルモノトセハ之ヲ排除シ得ヘシト雖右等ノ帳簿ヲ制定シ之ヲ保存スルコトハ最モ便宜ナル場合ト雖モ尙其ノ執行上困難ナルヘシ亦帝國政府ヲシテ最初右御協議ニ應スルコト能ハサルヘシトノ傾意ヲ起サシメタルモノハ獨リ前述ノ故障アルノミナラス右方法ヲ採用スル場合ニハ日本臣民ニシテ登錄セラレサルモノハ假令合衆國內ニ居住ノ權利ヲ有スルニモ拘ハラス其ノ權利ヲ喪失セシモノト自認セルト同樣ノモノト認定サレサルヤ又少ナクトモ本人等ハ之レカ爲メ手數ト費用ニ堪フルコト能ハサルニ至ルヘキ懸念アリ之レヲ反言セハ帝國政府ハ其主義トシテ過去及ヒ現在ニ於テ右樣ノ日本人ニ對シ旣ニ種々ノ義務ヲ負擔セシメタル以上ニ猶他ノ義務ヲ加擔セシムルコトヲ好マサルノミナラス或ハ之レカ爲メ容易ニ事實ヲ假定セラレ却テ無辜ノ災害ヲ被ルコトアルヘシ尤モ同時ニ帝國政府ハ本件ハ勿論移民ニ關スル都テ他ノ事項ニ於テモ詐欺手段ヲ豫防シ又過テ違反者ト看做サレタルモノノ權利ヲ擁護スル上ニ於テ兩國政府ノ官吏ノ互ニ腹藏ナク協同一致スルノ價値アルコトヲ十分確認スル處ナリ合衆國政府カ爰ニ注意ヲ喚起シタル處置ニ對シ特ニ重要視セラルルコトハ閣下ノ御說示ニ於テ承認スル處ニシテ貴大使ノ附言スル處ノモノ亦誠實融和的ノ精神ナルコトハ我政府ノ大ニ賞讃スル處ナルニヨリ從テ前記ノ通リ其意見ヲ變更シタル次第ニシテ登錄法ノ如キモ實施シ得ヘキ次第速カニ制定スヘク尤モ右登錄法ヲシテ出來得ヘキ丈ケ完全ナラシムルコトニ於テ全力ヲ注クモ右登緑ヲ受ケサルヲ以テ居住權喪失ノ理由ヲ構成セルモノト我政府ハ思惟セサルヘシ

第六項ノ御協議ニ關シテハ帝國政府ハ汽船會社ヲシテ不合格移民ヲ送還セシムルコトニ於テハ合衆國政府ト協力スヘキモ日本法律中ニ合衆國ニテ現行中ノモノト同樣其執行權ヲ行政官廳ニ附與スルモノノ如キモノナク且今日ノ場合右樣ノ方法ヲシテ議會ヲ通過セシメントスルヘカラサル點アリ從テ本問題ニ對シ別個ノ考案ヲ與フルコトハ理論上並ニ相互希望スヘキモノナルコトヲ信用スルニ足ルヘシ又旣ニ說明セルカ如ク布哇島行キ日本移民ハ幾ト全然同島カ今日ノ如キ富ト財產ノ高度ニ達シタル實業上ノ需要ニ應シテ發達スルモノニシテ之ヲ反言セハ需要供給ノ働作ノ結果ナリ帝國政府ハ如斯滿足ニ繼承シ來リタル相互的利益ノ價値ヲ十分承認スル以上ハ布哇島行キ移民ハ今後同一ノ方法ニ於テ進行スヘキ外ニ希望ヲ有セス尤モ移民ハ如何ナル場合ニ於テモ自然ニシテ且正當ナル需要ニ超過セシメサルヘシ移民ノ超過ハ他ノ者ニ於ケルヨリハ寧ロ移民其ノ者ノ利益ニ對シ有害ナルハ事實ノ自證スル所ナレハナリ

註、紳士協約ノ實効問題

一九〇八年六月十二日在米高平大使大統領ト面謁ノ節大統領ハ移民問題ニ言及シ紳士協約ノ協定アリタル後ニ於テモ尙多數ノ日本勞働者ノ渡來アリ其中ノ大部分ハ定住農夫ト稱スルモ實際勞働者ノ階級ニ屬スルコトヲ指シ日本政府ニ於テ旅劵發給ニ關シ更ニ嚴重ナル取締ヲ爲ス必要アリト述ヘタルカ之ニ對シテ六月十九日高平大使ハ政府ノ訓令ニ基キ統計的數字ヲ擧ケ次ノ趣旨ヲ囘答說明セリ

(一)帝國政府ハ曩ニ聲明シタル主旨ニ依リ地方長官ニ嚴訓シテ渡航ノ制限ヲ實行セシメツツアルカ尙一層有効ニ之ヲ勵行スル爲渡米者ニ對スル旅劵下付ノ當否ニ付外務省ニ於テ直接裁斷ヲ行フコトトシ一九〇八年四月ヨリ修學商用等移民(勞働者)以外ノ者トシテ旅劵出願アル時ハ一々地方長官ヨリ外務省ニ協議セシムルコトトセリ(此結果ハ五月以後ノ統計ニ現ハルヘシ)

(二)移民渡航許可ノ範圍ハ領事發給ノ在留證明書ヲ有スル再渡航者該證明ヲ有スル米國在留者ノ父母妻子及外務省ニ於テ特ニ承認ヲ與ヘタル定住農夫ニ限定セルヲ以テ地方長官ノ取扱ニ錯誤アルカ如キハ稀有ノコトナルモ尙其間些ノ遺漏ナキヲ期スル爲移民(勞働者)ノ渡航ニ付テモ五月下旬ヨリ旅劵下付前外務省ニ協議セシムルコトトセリ

在本邦米國大使「オブライエン」ハ六月末其賜暇歸國前右外務次官ニ對シ移民取締ノ結果カ極メテ不滿足ナルコトヲ談話シ更ニ六月二十八日附公文ヲ以テ移民制限ニ關スル彼我ノ取極ニ基ク實績甚タ不滿足ニシテ此狀態ノ儘ニ於テハ終ニ移民制限法ノ成立ヲ阻止スルコト至難ナル旨ヲ附加セリ

依テ帝國政府ハ七月一日覺書ヲ以テ統計ヲ根據トシテ前顯ノ事情ヲ縷說シ米國側ノ不安ヲ排除スルニ努力スルト共ニ八月四日在本邦代理大使「ヂエー」宛公文ヲ以テ右「オブライエン」大使書面中ニ見エタル再渡航者呼寄家族ニ對スル旅劵下付等現行協定ニ付テノ誤解ヲ匡正スルニ努メタリ