[文書名] 日英同盟改締方針
明治四十四年四月五日閣議決定
日英同盟ノ帝國外交ノ骨髄タルハ復タ贅言ヲ要セス帝國政府ハ該同盟ノ旣往ニ於テ東洋平和ノ維持ト我利權ノ擁護トニ資スルコト甚タ多キヲ認ムルト同時ニ其將來ニ於テ此ノ目的ノ爲貢獻スル所極メテ大ナルヘキコトヲ確信シ今後永ク該同盟ヲ繼續シ且益々之ヲ鞏固ナラシムルノ方針ナルコトモ亦絮說ヲ待タサル所ナリ
然ルニ昨年ニ及ヒ英米兩國間ニ一般(卽チ無制限)仲裁裁判條約ヲ締結スヘシトノ計畫ヲ見ルニ至リタルヲ以テ英國外務大臣ハ右ノ場合ニ於テ該仲裁裁判條約ト日英同盟協約トノ關係如何ヲ考慮シ置クノ必要アリト認メ曩ニ在英加藤大使ヲ經テ右ニ關スル帝國政府ノ意見ヲ內聞セムコトヲ求メタリ
帝國政府ハ日英同盟締結ノ歷史ト英米兩國ノ關係トニ鑑ミ米國ニ對シ同盟協約ヲ適用セントスルモ英國ニ於テ極力米國トノ交戰ニ參加スルヲ避ケントシ該協約ハ事實上米國ニ對シ其實效ヲ生セサルコト必然ナルヘキヲ認メタルヲ以テ本年一月在英大使ヲシテ英國外務大臣ニ對シ帝國政府カ英米仲裁裁判條約ノ締結ニ何等ノ異議ヲ有セサル旨ヲ回答セシメタリ
爾來英米仲裁裁判條約締結ノ氣運漸ク熟シ何時之カ締結ヲ見ルヤモ料ルヘカラサル形勢トナリタル處日英同盟協約カ旣定期限ノ經過後果シテ繼續セラルヘキヤ否ヤニ關シテスラ世間往々之ニ疑ヲ挾ム者アルカ如キ次第ナルヲ以テ若シ英米仲裁裁判條約ニシテ之カ締結ヲ見ルニ至ランカ日英同盟ハ之カ爲メ不利ノ影響ヲ蒙ルヤノ感ヲ懷キ該同盟ノ前途ヲ危ム者ヲ生シ東洋ニ於ケル平和ノ確保ノ爲甚望シカラサル結果ヲ生スルノ虞アリト思考シタルヲ以テ帝國政府ハ英米仲裁裁判條約締約ノ議アルヲ機トシ日英同盟協約ノ改訂ヲ斷行シ一面米國ノ同盟協約適用ノ範圍外ニアルヲ明ニスルト同時ニ一面同盟協約ノ期限ヲ延長シ益々同盟ノ基礎ヲ鞏固ナラシムルヲ以テ時宜ニ適スルモノト認メ在英大使ニ訓令シ英國政府ノ內意ヲ叩カシメタルニ同政府モ亦帝國政府ト同一ノ意見ヲ有シ兩國政府ノ意志茲ニ全然相一致セルコト明瞭トナレリ
日英兩國政府ノ意見旣ニ此クノ如ク合致セル上ハ此ノ機ヲ逸セス同盟協約ヲ更新シ東洋平和ノ基礎ヲ確立スルコト最必要ナリト思考スルヲ以テ前記ノ趣旨ニヨリ米國ヲ協約適用ノ範圍外ニ置クコト竝ニ協約期限延長ノ件ニ關シ適當ノ條項ヲ決定スルノ外尙現行協約締結以來東洋ノ局面ニ生シタル機轉ニ適應スル爲現行協約ノ規定ニ適當ノ修正ヲ加フルコトトシ大體左記ノ方針ニ依リ英國政府トノ間ニ改訂談判ヲ開始スルヲ以テ適當ナリト思考ス
一、新同盟協約ノ期限ヲ調印ノ日ヨリ十ケ年トナスコト
今回協約改訂ノ大目的ハ期限ノ延長ニ在ルヲ以テ新協約ノ期限ハ調印ノ日ヨリ起算シ改メテ十ケ年トナスコトヲ必要トス
二、同盟協約カ締盟國ノ一方トノ間ニ一般仲裁裁判條約ヲ有スル國ニ對シ適用ナキ旨ノ規定ヲ追加スルコト
本條項ノ目的ハ米國ヲ協約適用範圍外ニ置クノ主旨ナルコト勿論ナリト雖協約文中ニ於テ特ニ米國ヲ指定スルハ形式上穩ナラサルノミナラス同盟協約ノ改訂ハ或ハ英米仲裁裁判條約ノ成立ヲ豫期シ其締結前ニ之ヲ行フコトトナルヤモ料リ難キヲ以テ行文上一般的ノ規定トナシ置クコトヲ得策トス
三、現行協約第三條及第六條ヲ削除スルコト
現行協約第三條ハ韓國ニ關スル規定ニシテ併合終了ノ今日ニ於テ最早其必要ナク第六條ハ日露戰爭ニ關スル規定ニシテ是亦必要ナキニ付之ヲ削除スルヲ當然トス
四、英國ニ於テ帝國カ其國境附近ニ於テ有スル特別利益ヲ承認スル旨ノ規定ヲ追加スルコト
現行協約第四條ニ揭ケタル印度國境附近ノ特殊利益ニ關スル規定ハ本來英國カ帝國ノ韓國ニ於ケル特殊ノ地位ヲ承認スルノ代償トシテ設ケラレタルモノナル處韓國合併ノ爲最早韓國ニ關スル規定ヲ要セサルコト同時ニ併合ノ結果帝國ハ亞細亞大陸ニ於テ領土ヲ有シ英國ノ印度ニ於テ有スル地位ニ酷似スル關係ヲ生シタル次第ナルヲ以テ印度國境ニ關スル規定ノ對照トシテ出來得ル限リ英國ヲシテ我國境地方ニ於ケル特殊利益ヲ承認セシムルヲ努ムルコトヲ通當トス然レトモ本件ハ英國政府ニ於テ或ハ之ヲ困難トスル事情アルヤモ計リ難キノミナラス今回同盟協約ヲ改訂セントスル大目的ノ期限ノ延長ニアルコト前記ノ如クナルヲ以テ英國政府ニ於テ到底本件ニ同意スルコト能ハサルコト明白ナルニ至ルトキハ我ニ於テ之ヲ固執セサルコト得策ナリ
以上記述ノ方針ニシテ廟議ノ決定ヲ經タル上ハ在英大使ヲシテ適當ノ時期ニ於テ英國政府トノ間ニ同盟協約改訂ノ交涉ヲ開始セシメ尙隨時之カ爲必要ナル措置ヲ取リ以テ此際是非共我目的ヲ貫徹スルヲ努ムヘシ