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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 巴里講和首相會議報吿(巴里講和首相会議報告)

[場所] 
[年月日] 1919年4月29日
[出典] 日本外交年表竝主要文書上巻,外務省,484‐487頁.
[備考] 
[全文]

四月二十九日ノ首相會議

(五月三日本省着電)

○前記四月二十六日午前ノ牧野珍田兩委員ト「バルフオア」トノ會見ノ結果「マツクレー」ハ右會見ノ要領ヲ覺書ニ作成シ持參シ牧野珍田兩全權ニ示シタルヲ以テ前電報吿(前揭(六)四月二十六日午前ノ牧野珍田兩委員ト「バルフオア」トノ會見四月二十八日巴里發電參照)ト異ル點ニ付訂正シ急キ持歸リ「バルフオア」ニ示シタル處多少修正ノ點アリトテ其儘トナリ右覺書ノ寫モ我方ニ送リ來ラサリシカ「バルフオア」ハ二十八日英佛米三首相ニ右會見ノ結果ヲ語リタルモノト見エ四月二十九日午前十一時「ウヰルソン」宿舍ニテ再ヒ首相會議ヲ開クコトトナレリ然ルニ「ウヰルソン」ヨリ右會議一時間前ニ我全權ニ會見ヲ求メ來リタルヲ以テ牧野珍田兩全權大統領ニ會見シタル處大統領ハ頗ル打解ケタル態度ニテ『山東問題ニ付日本ハ膠州灣租借地ニ於ケル獨逸ノ租借權其他ヲ支那ニ還附シ只居留地ヲ留保スルノミ租借地外ニ於テ經濟的特權ヲ取得スルモノト了解シテ可ナリヤ』ト尋ネタルヲ以テ大體其通リナリト答ヘタルニ

大統領ハ然ラハ靑島及濟南ニ日本軍ヲ置クコト及支那警察ニ日本ノ顧問ヲ置クコトヲ强制スル權ヲ取得セルハ如何ト突込ミ來リシヲ以テ

我全權ハ右日本軍駐屯ノ問題ハ戰時占領ニ基ク權利ニシテ講和成立租借地還附ノ上ハ兵ヲ撤退スルコト事ノ性質上言ヲ俟タサル處ナリ右ハ一時的過渡的規定ナリト言明シタルニ

大統領ハ警察問題ニ至リテハ租借地外ニ於テ獨逸カ支那ヨリ得居リタル權利以外ノ權利ニシテ經濟的ノ權利ニモアラスト思考ス且右ハ支那ノ主權ヲ害ストノ趣旨ニテ强硬ニ反對シ所謂ル二十一ケ條ニ基ク日支條約ハ之ヲ認メサル趣旨ヲモ仄メカシタルヲ以テ

我全權ハ右警察敎官ノ問題ハ何等支那ノ主權ヲ害スルモノニアラス單ニ支那警察訓練補助ニ止マリ鐵道ノ安全ヲ保護スル爲ニハ鐵道ノ關係上敎官又ハ顧問ヲ支那鐵道警察ニ入レ置ク必要アルコトヲ極力辯明シタルニ

大統領ハ鐵道ニ付テハ日支共同ノ「コントロール」(管理)トナル筈ノ處警察ニ付テモ日本ノ政府ニ一種ノ管理權ヲ與フルモノナリ是實ニ支那ノ主權侵害ナリト論シタルヲ以テ

我全權ハ支那ニ於テハ中央政府ニスラ顧問ヲ入ルルコトハ他ニモ幾多ノ例アリ未タ之カ爲ニ主權侵害ノ非難アリシヲ聞カスト駁シタルニ

大統領ハ更ニ顧問敎官ト稱スルモ近年獨逸カ土耳其軍港內ニ到處獨逸敎官ヲ入レ實權ヲ握リ土耳其ヲ其ノ意ノ如ク爲セシト同樣ナル印𧰼ヲ世界ニ與フルハ必然ナリトハ米國ノ輿論ニ鑑ミ默スルヲ得スト主張シ

警察問題ニ其ノ討論未タ盡ササル折英首相及外相佛首相來會シ「ウヰルソン」ヨリ上記大統領ト我全權ト會談ノ要點ヲ說明シ愈首相會議トナリシ處

大統領ハ尙警察問題ニ强硬ニ反對セシヲ以テ我全權ハ獨逸カ鐵道警察ニ關スル權利ハ治外法權ノ結果トシテ鐵道及獨逸人ニ對シテ支那ハ警察權ヲ及ホスヲ得ス卽チ鐵道其ノ物ハ獨逸ノ鐵道ニシテ支那ノ支配權外ニ存スルコトニアリト說明シタルニ

「バルフオア」及「ウヰルソン」ハ我主張ハ獨逸カ支那ヨリ鐵道ノ讓與(「コンセツシヨン」)ト同時ニ鐵道地帶ニ治外法權ヲ取得セリ從テ警察權ハ其ノ內ニ含ムト誤解セルニヤ兩氏ハ盛ニ鐵道上ニ治外法權ナキコトヲ主張シテ止マス

依テ我全權ハ實際上獨逸ノ鐵道會社及獨逸人其ノモノニハ治外法權ノ結果トシテ支那ハ何等ノ權力ヲ及ホスヲ得ス從テ鐵道警察ニ付テモ之ヲ支那ニ任カスルモ事實上痛痒ヲ感セス進ンテ支那人ヲ警察官トシテ任用シ重要ナル獨逸官使{前2文字の右横に「(マヽ)」の字あり}ヲ敎官トシテヨリハ寧ロ忠吿者トシテ支那警察內ニ入レ警察ノ實權ハ事實上其ノ掌中ニ在リタルナリ然ルニ日本ハ單ニ「インストラクター」(敎官)トシテ之ヲ支那鐵道警察內ニ入ルルモノニシテ獨逸ノ行使セシヨリ少ナキ權利ヲ要求スルニ過キスト辯シタルニ其ノ誤解漸ク解タルモノノ如ク

大統領ハ轉シテ日本カ斯ル警察ニ關スル權利ヲ要求スルコトハ意トセサルモ其ノ反對スルハ斯ル日本人ヲ警察內ニ入ルル權利ヲ日本政府カ支那ニ强要スル(Impose)點ニアリ獨逸カ事實上如何ナル權利ヲ有セシヤヲ問フニアラス日本カ繼承セムトスル警察ニ關スル權利ハ支獨間ノ如何ナル條約取極ニ基クヤト云フ點ニアリト述へ

「バルフオア」モ亦二十六日ノ會見ニ言及シテ獨逸ノ警察權ナルモノカ支獨合辦ノ鐵道ナルコトヨリ當然發生ストハ信セスト述へ

我全權ハ獨逸カ事實上享有セシ權利ニ基クモノニシテ日支間ニ協定シ支那カ任意ニ與ヘタルモノナリト說明シタルモ

「ウヰルソン」ハ容易ニ承認セス討論稍々行詰ノ姿トナリシニ「ロイド、ジョージ」氏ハ調停ノ態度ニテ英國ニテハ鐵道又ハ「ドツク」ニテハ其警察ハ會社ノ手ニアルノ例乏シカラス此警察ハ會社ノ取締役ノ手ニ任ス本件モ鐵道會社ノ取締役ヲ通シテ支配スルモノトセハ必スシモ支那ノ主權ヲ害セサルハ尙ホ倫敦「ノースウエスターン」鐵道ノ警察カ英國ノ主權ヲ害セサルト同樣ナルヘシトノ「サジエスシヨン」ヲナシタルニ

「ウヰルソン」氏ハ英國鐵道ハ本件ト異リ外國政府ノ所有スルモノニアラス米國ニモ之ニ類スル例アレトモ法理上ハ鐵道警察權ハ地方政府又ハ中央政府ニ屬スル分ノ(脫)反對スルハ結局本件ハ外國政府カ鐵道會社取締役ノ多數ヲ通シテ支那ノ警察ヲ「コントロール」スルコト又警察ニモ外國{前2文字の右横に「(ママ)」の字あり}ヲ用フルト云フ點ニアリト論シ

我全權ハ鐵道警察ニ日本警官ヲ入ルルコトハ畢竟鐵道ノ安全ヲ保護スル爲メ支那ノ如キ國柄ニテハ必要ナルコトニシテ用心(「プレコーシヨン」)ノ問題ナリト說明シタルモ

「ウヰルソン」ハ我二十一ケ條要求中ノ警察顧問ノコト(註)ヲ引出シテ本件モ其一變形タルモノニシテ米國トシテハ飽迄支那主權侵害トシテ反對セサルヲ得スト息卷キ辭色稍々昻奮ノ態ナリシヲ以テ

(註)所謂日支交涉ノ二十一箇條要求中ニ左ノ一條アリ(第五號ノ三)

從來日支間ニ警察事故ノ發生ヲ見ルコト多ク不快ナル論爭ヲ讓シタルコトモ尠カラサルニ付此際必要ノ地方ニ於ケル警察ヲ日支合同トスルカ又ハ是等地方ニ於ケル警察官廳ニ日本人ヲ傭聘シ以テ一面支那警察機關ノ刷新確立ヲ圖ルニ資スルコト

我全權ハ二十一ケ條中ノ顧問ハ支那ノ廣キ地方全部ニ亘ル問題ナルモ本件ハ一鐵道沿線ノ挾キ地帶ノ問題ニシテ性質全然異ル所以ヲ辨シ警察敎官ナルモノハ何等政治的問題ニ及フモノニアラス獨逸ハ或ハ之ヲ濫用シテ政事的干涉ニ至リシヤモ計ラレサレトモ日本ノ關スル限リハ純然タル鐵道安全ニ關スル一取極ニ過キスト述ヘタルニ

「ウヰルソン」ハ稍々本問題ヲ離レテ支那問題ニ關スル米國ノ輿論ニ說及ホシ日本ノ要求カ獨逸ノ旣得權利ヨリ大ナルニ之ヲ承認セリト思ハルルニ於テハ自分ノ立場ノ困難ナルコトヲ述へ「ロイド、ジヨージ」ハ飽迄調停者ノ地位ニ立チ日米間何等カ妥協ノ途ヲ見出ス爲メ曩ニ「サツジエスト」(慫慂)セシ例ニ傚ヒ本件鐵道警察ヲ會社ノ取締役ノ手ニ歸シ支那モ亦右警察組織ニ參加スルコトトシ日本ノ敎官ノ使用選定モ亦會社重役ニ委ネテハ如何斯クセハ日本モ其欲スル所ヲ得支那ノ面目モ立ツヘシト述ヘシヲ以テ

我全權ハ右ハ日支取極第四項警察官使用ニ關スル條項ヲ變スルコトナク其解釋トシテ將又其手續ノ問題ニ過キサルヲ以テ反對スルノ要ナシト認メタルヲ以テ右ノ方法カ日支取極ヲ變更スルモノニアラサル限リ同意スヘキ旨ヲ答ヘタリ

「バルフオア」氏ハ後揭C號ノ案ヲ作リ我ニ示シ「ウヰルソン」氏ハ後揭D號ノ案ヲ示シ尙「バルフオア」案ノ(二)(三)ト自分ノ案トヲ希望シ何レノ途是等宣言ヲ發表セムコトヲ求メ

我全權ニ於テ斯ル宣言ヲナスコトニ不同意ヲ唱ヘタルニ

「バルフオア」ハ單ニ誤解ヲ防クノ趣旨ニテ新聞記者ノ會見談トシテ右ノ旨ヲ發表シテハ如何ト唱へ

「ウヰルソン」モ右ニ同意シ兎ニ角右案(不明)ナラハ同日夜迄ニ電話ニテ返事ヲ請フコト竝ニ右ニ修正ヲ要ストセハ翌三十日再ヒ會議ヲ開クヘシトテ懇々兩人ヨリ我全權ノ同意ヲ求メタルヲ以テ一應引取リ熟考ノ上回答スルコトトシ散會セリ

○C號 宣言發表ニ關スル「バルフオア案」

「バルフオア」氏提案

一、日本ノ聲明セル政策ハ速ニ山東半島ノ主權ヲ支那ニ還附シ獨逸ノ有シタル經濟的特權ノミヲ保有スルニアリ

二、鐵道警察ニ關スル條項ノ趣旨ハ單ニ鐵道所有者ニ對シ運輸ノ保障ヲ與フルニアリ同警察ハ何等他ノ目的ノ爲ニ使用セラルルコトナシ

三、鐵道警察補助ノ爲必要ナルヘキ日本ノ敎習ハ會社ニ於テ之ヲ選定スルヲ得

○D號 宣言發表ニ關スル「ウヰルソン」案

大統領「ウヰルソン」ノ提案

支那ニ一切ノ主權ヲ還附シ鐵道竝ニ鑛山ニ關スル特權享有者ノ經濟上ノ權利ノミ保有シ併セテ靑島ニ於ケル獨占的ナラサル居留地ヲ設クル特權ヲ保有ス