データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 二十一箇條問題に關する幣原全權陳述(二十一箇条問題に関する幣原全権陳述)

[場所] 
[年月日] 1922年2月2日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,2‐3頁.
[備考] 
[全文]

千九百十五年ノ日華交涉(所謂二十一箇條問題)ニ關シ千九百二十二年二月二日極東總委員會ニ於テ日本國委員幣原男爵ノ爲シタル陳述(本陳述ハ同月四日ノ總會議ニ於テ記錄ニ留ムルコトト爲レリ)

本委員會ノ前回會議ニ於テ支那國委員ハ陳述書ヲ提出シテ千九百十五年ノ日支諸條約及諸公文ヲ再議シ之ヲ廢棄スヘキコトヲ切望セリ日本國委員ハ支那國委員ノ困難ナル立場ヲ諒トスルモ支那カ自由ナル主權國トシテ締結シタル國際約定ヲ廢棄セムカ爲現ニ執ラムトスル手段ニ付テハ同意ヲ表スルヲ得サルモノナリ

惟フニ支那國委員ハ正當ニ全權ヲ委任セラレタル兩國代表者ノ正式ニ署名調印シ且國際通義タル慣例ニ依リ批准書交換ヲ了シタル千九百十五年ノ約定ニ付其ノ法律的効力ヲ問題トセムトスルノ意思ヲ有スルニ非サルヘシ蓋シ右文書ヲ廢棄セムトスル支那ノ主張ハ卽チ支那モ亦右約定カ現ニ効力ヲ有シ其ノ廢棄セラレサル限リ有効ニ存續スヘシトノ見解ヲ持スルコトヲ證スルモノナリ

何國ト雖領土權其ノ他重大ナル權利ノ讓與ヲ容易ニ承諾スルモノニ非サルコトハ言ヲ俟タス若シ條約ニ依リ儼然許與セラレタル權利カ許與者ノ自由意思ニ出テサリシトノ理由ヲ以テ何時ニテモ之ヲ廢棄シ得ヘキモノトスルノ原則一旦承認セラレムカ是亞細亞、歐羅巴其ノ他到ル處ニ於ケル現存國際關係ノ安定ニ重大ナル影響ヲ及ホスヘキ極メテ危險ナル先例ヲ開クモノナリ

支那國委員ハ前記陳述書ニ於テ支那カ千九百十五年ノ日本國ノ要求ヲ承諾シタルハ後日之ヲ再議シ且廢棄スヘキ機會ノ來ルヘキコトヲ庶幾シタルニ因ル旨述ヘタルモ該論斷タルヤ其ノ眞意ヲ捕捉スルニ由ナシ勿論支那國委員ノ意思ハ支那カ條約ニ付テハ何時ニテモ之ヲ破棄スルノ豫想ヲ以テ締結スルヲ得ルコトヲ述ヘタルモノト解スヘキニ非サルヘシ

支那國委員ハ右諸條約及諸公文ハ支那ノ主權及獨立ニ關シ本會議ノ採用シタル原則ニ背馳スルモノナルコトヲ主張スルモ本會議ハ却テ支那カ其ノ主權ノ行使ニ依リ爲シタル契約上ノ讓與ハ支那ノ主權及獨立ト牴觸スルモノト認ムヘカラスト解シタルコト一再ニ止ラス

尙千九百十五年ノ諸條約及諸公文ヲ呼フニ所謂「二十一箇條要求」ナル辭句ヲ用ヰルハ不精確ナルノミナラス甚シク誤解ヲ惹起スルモノナルコトヲ指摘セサルヲ得ス右ハ日本國ノ原提案全部カ日本國ノ壓迫ニ依リ支那ノ承諾ヲ得タリトノ誤レル印𧰼ヲ與フルノ虞アルヲ以テナリ然ルニ事實ニ於テハ所謂第五項ノミナラス日本國最初ノ提案中他ノ數箇ノ事項ハ最終要求ヲ支那ニ提出スルニ當リテ支那國政府ノ希望ヲ尊重シ或ハ全然削除セラレ或ハ甚シク變更セラレタリ更ニ本件交涉ニ關シ兩國政府ヨリ公表シタル記錄ニ依レハ署名濟ノ本件諸條約及諸公文中ノ最重要ナル諸條項ハ最後通牒交付前旣ニ支那國委員ニ依リ實際上同意セラレタルモノナルコト判明スヘシ而シテ右最後通牒ハ當時遷延ヲ重ネタル交涉ヲ速ニ決了セシムル爲日本國政府ニ於テ唯一ノ方法ト思量セラレタルモノナリ

日本國委員ハ本會議ニ於テ參加國ノ一カ他ノ一國ニ對シ有スル舊來ノ不滿ヲ穿鑿シ再ヒ之カ審査ヲ行フモ何等益スル所ナカルヘク互ニ希望ト信賴トヲ以テ將來ニ處スルノ却テ本會議ノ崇高ナル目的ニ合スル所以ナルヲ信スルモノナリ

然リト雖千九百十五年ノ日支諸條約及諸公文締結以後ニ於ケル事態ノ變遷ニ鑑ミ日本國委員ハ此ノ機會ニ於テ茲ニ左ノ聲明ヲ爲スヲ欣幸トスルモノナリ

一 日本國ハ(一)南滿洲及東部內蒙古ニ於ケル鐵道敷設ノ爲ノ借款(二)右地域ニ於ケル各種稅課ヲ擔保トスル借款ニ關シ獨占的ニ日本側資本家ニ與ヘラレタル選擇權ヲ最近ノ組織ニ係ル國際財業團ノ共同事業ニ開放セムトス但シ此ノ聲明ノ如何ナル事項ト雖前記財業團ノ共同事業ノ範圍ニ關シ同團ニ代表セラルル諸國政府ノ間及同團ヲ組織スル諸國資本家團體ノ間ニ互ニ交換セラレタル公表ノ文書又ハ覺書中ニ記錄セラレタル了解ヲ變更シ又ハ無効ナラシムルモノト解スヘカラサルモノトス

二 日本國ハ南滿洲ニ於ケル政治、財政、軍事又ハ警察ノ事項ニ付日本人ノ顧問又ハ敎官ヲ支那ニ於テ傭聘スルノ件ニ關スル日支取極ニ依リ日本國ノ有スル優先權ヲ主張スルノ意思ナシ

三 尙日本國ハ千九百十五年ノ日支諸條約及諸公文ノ署名ニ際シ日本國政府ノ原提案中ノ第五項ハ他日ノ商議ニ讓ルヘシトノ趣旨ヲ以テ記錄中ニ留メタル留保ヲ撤回セムトス

右諸條約及諸公文中ニ含マルル山東省ニ關スル一切ノ事項カ今回確定的ニ調整解決セラレタルコトハ茲ニ之ヲ附言スルコトヲ要セサルヘシ

日本國カ余ノ茲ニ宣明スルノ光榮ヲ有スル前記ノ決定ヲ爲スニ至レルハ終始支那ノ主權及機會均等主義ヲ顧念シ公正及寛容ノ精神ニ遵由シタルニ因ルモノナリ