[文書名] シベリア撤兵に關する件(シベリア撤兵に関する件)
大正十一年六月二十三日閣議決定
西伯利撤兵ハ之ヲ中外ノ形勢ニ顧ミ遷延シ難キ狀況ニアリ殊ニ萬一外國ヨリ撤兵ヲ强要スルカ如キ提議ヲ見ルニ於テハ帝國政府ノ立場ハ益々困難トナルノ外ナキニヨリ此際撤兵ニ議ヲ決シ遲クモ本年十月末日迄ニ沿海州ヨリ撤兵スヘキ旨速ニ之ヲ中外ニ宣明スルコト
尙過般大連會議斷絕後齊多ニ歸還中ナリシ「ダリタ」通信員「アントーノフ」ハ本月十二日松平歐米局長ヲ來訪シ「齊多側ハ誠心誠意日本トノ交涉再開ヲ希望シ自分ハ右交涉ノ性質、場所及時期ニ關シ日本側ト豫備的交涉ヲ爲スヘキ權限ヲ委任セラレタリ但シ交涉開始ニ先チ(一)勞農政府代表者ノ交涉參加(二)撤兵完了ノ時期明示ニ付日本側ノ承諾ヲ得タシ」トノ旨申出タル處右撤兵豫定期日內ニ齊多側トノ交涉成立スルニ於テハ極メテ好都合ナルヲ以テ右「アントーノフ」ノ提議ニ對シテハ左記方針ニヨリ措置スルコト
一、前記撤兵期日ハ之ヲ「アントーノフ」ニ通告シ尙ホ齊多側ニシテ左記第二項所載ノ趣旨ニヨル我方提案ヲ八月十五日迄ニ調印スルニ於テハ浦潮ニ於テ我軍押收中ノ武器彈藥ハ我撤兵期日ニ支障ヲ生セシメサル限リ之ヲ齊多側ニ引渡スヘシ
二、大連會議ニ於テハ基本協約ニ關スル分ハ我提案第五條及第十條ヲ除キ全部齊多側ノ承諾スル所トナリ又其附屬文書トシテ外國人私有財產權ヲ多數文明國ノ慣例ニヨリ保障スルコト黑龍江松花江航行權問題ニ付テハ後日協議スルコト漁業問題及尼港事件解決ヲ第ニ次交涉ニ移スコトニ就キ雙方意見合致シタルニヨリ右意見相違セル分ノミニ付迅ニ之ヲ纒ムルコト
三、勞農政府代表者ニ就テハ極東共和國カ勞農露國ト特殊緊密ノ關係アルニヨリ我方ト齊多政府トノ間ニ協定成立スル場合ニハ莫斯科政府ヲシテ之ヲ承認セシメ置クヲ得策トシ之レカ爲メニハ這回ノ交涉ニ之ヲ參加セシメ直ニ事態ヲ確定スルヲ便宜トスルノミナラス勞農露國對列國近時ノ狀勢ニ顧ミルモ之ヲ忌避スヘキ理由ニ乏シキヲ以テ右代表者ノ交涉參加ヲ許容スルコト
四、交涉ノ場所ニ就テハ齊多側ニシテ前顯第一次我方提案ヲ承諾スルニ於テハ調印迄多大ノ日子ヲ要セサルニヨリ之ヲ大連ニテ行フコトトス
五、交涉ノ時期ハ齊多側カ右我方ノ提案ヲ承諾シタル場合直ニ之ヲ開始スルコト
尙右交涉ノ成否ニ拘ラス居留民中引揚ヲ希望スルモノニシテ資力ナキ者ニ對シテハ相當ノ便宜ヲ與フルモ可成人心ノ動搖ヲ鎭壓スルニ努ムルト共ニ居留民保護ノ任ニ當ラシムル爲メ當分浦潮ニ軍艦ヲ碇泊セシムルコト
將又薩哈嗹占領軍中樺太對岸ニ在ル軍隊ハ沿海州撤兵ト同時ニ之ヲ撤退スルコトトシ右ニ就テハ撤退後ノ居留民保護等ニ付尙考究ヲ要スルモノアルニ付右等ノ詮議出來次第別ニ右撤兵ノ儀ヲ中外ニ宣明スルコトト致シタシ