データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 帝国国防方針(1923年2月28日)

[場所] 
[年月日] 1923年2月28日
[出典] 大本營海軍部・聯合艦隊<1> −開戦まで−(大本営海軍部・連合艦隊<1> −開戦まで−),防衛庁防衛研修所戦史室著,朝雲新聞社,197-199頁.
[備考] 河合参謀総長から大正十二年十二月一日、山下軍令部長にあてられた「大正十三年度陸軍作戦計画に関スル件照会」参照
[全文] 

一 帝国国防ノ本義ハ 帝国ノ自主独立ヲ保障シ国利国権ヲ擁護シ 帝国ノ国策ニ順応シテ国家ノ発展ト国民ノ福祉増進トヲ図ルニ在リ

 凡ソ国防ノ安固ヲ期センニハ 内国礎ヲ鞏固ニシテ国力ノ充実ヲ図リ 外列国トノ交誼ヲ敦厚ニシテ海外ノ発展ヲ策シ 武備ヲ厳ニシテ外侮ヲ防キ 常ニ正義公道ニ立脚シ列国ト協調シテ紛争ノ禍因ヲ除キ 以テ戦争ヲ未発ニ防遏スルニ努ムルト共ニ 一朝有事ニ際シテハ国家ノ全力ヲ挙ケテ敵ニ当リ 速ニ戦争ノ目的ヲ達スルノ用意アルヲ要ス

二 帝国国防ノ方針ハ 国際的孤立ヲ避ケ 帝国ト衝突ノ機会最多キ外国ニ対シテ特ニ警戒ヲ厳ニシ 敵国ノ結合ヲ破リ与国ノ聯盟ヲ密ニシ 以テ戦争ノ遂行ヲ有利ナラシムルニ努メ一旦緩急アラハ攻勢作戦ヲ以テ敵ヲ帝国ノ領土外ニ 撃破シ 速ニ戦争ノ局ヲ結フニ在リ 之ト同時ニ海外物資ノ輸入ヲ確実ニシテ 国民生活ノ安全ヲ保障シ以テ長期 ノ戦争ニ堪フルノ覚悟アルヲ要ス

三 熟{ツラツラとルビあり}世界ノ大勢ヲ按スルニ 大戦後国際ノ政情未タ安定セス 曩ニ国際聯盟ノ締結ヲ見タルモ 米国カ加盟ヲ拒否シタル為其効力頗ル疑ハシク 今ヤ新ニ太平洋及極東ニ関スル諸協約ヲ重ネタルモ 未タ東亜ノ全局ニ伏在スル禍根ヲ 芟除{芟にサンとルビあり}スルヲ得ス 是レ蓋シ国際関係ノ複雑シ列国利害ノ錯綜セル現代政局ノ齎ス自然ノ結果ニシテ 条約ヲ以テ戦争ノ滅絶ヲ望ムカ如キハ到底不可能ト謂ハサルヘカラス 而シテ政局紛糾禍機醞醸ノ起因ハ主トシテ経済問題ニ在リ

 惟{オモとルビあり}フニ大戦ノ創痍癒ユルト共ニ 列強ノ経済戦ノ焦点タルヘキハ東亜大陸ナルヘシ 蓋シ東亜大陸ハ地域広大資源豊富ニシテ 他国ノ開発ニ俟ツヘキモノ多キノミナラス 巨億ノ人口ヲ擁スル世界ノ一大市場ナレハナリ 是ニ於テ 帝国ト他国トノ間ニ利害ノ背馳ヲ来シ 勢ノ趨クトコロ遂ニ干戈相見ユルニ至ルノ廣ナシトセス 而シテ帝国ト衝突ノ機会最多キヲ米国トス

四 米国ハ輓近国力ノ充実ニ伴ヒ 無限ノ資源ヲ擁シテ経済的侵略政策ヲ遂行シ 特ニ支那ニ対スル其経営施設ハ悪辣ナル排日宣伝ト共ニ 帝国カ国運ヲ賭シ幾多ノ犠牲ヲ払ヒテ獲得シタル地位ヲ脅シ 遂ニハ帝国ノ隠忍自重ヲ許ササラントシ 又西伯利{シベリアとルビあり}方面ニ対スル経済的発展ハ近年露国政情ノ変態ニ乗シテ益々露骨トナリ 亦帝国ノ発展ト相容レス 加之加州ノ邦人排斥ハ漸次諸州三波及シテ兪々根底ヲ鞏カラシメ 布哇{ハワイとルビあり}ニ於ケル邦人問題亦楽観ヲ許ササルモノアリ 是等経済問題ト人種的偏見トニ根サセル多年ノ紛糾ハ其解決至難ニシテ 利害ノ背馳感情ノ疎隔ハ将来益々大ナルモノアラン 太平洋及極東ニ拠点ヲ有シ強大ナル兵備ヲ擁スル米国ノ対亜政策ニシテ此ノ如クンハ 早晚帝国ト衝突ヲ惹起スヘキハ蓋シ必至ノ勢ニシテ 我国防上最重大視スヘキモノナリトス

 露国ハ革命以来産業荒廃シ経済紊乱シテ著シク国力ヲ消耗セルノミナラス 国内ノ統一尚未タ全カラス 今ヤ専心之カ恢復ニ努メツツアリ 蓋シ経済復興ト国内統一ト露国現下ノ最大急務ニシテ 此問題ヲ先決スルニアラサレハ 其復活到底望ミ難ケレハナリ 労農政府カ列国ノ承認ト経済的援助トヲ得ルニ腐心スル所以亦玆ニ在リ 従テ東亜方面ニ於テモ速ニ帝国ト適当ナル協定ヲ遂ケテ親善ノ促進ヲ望ムヘク 我ト干戈相見ユルカ如キハ現在及近キ将来ニ於テ 彼ノ国力及国情ノ共ニ許ササル所ナルヘシ 故ニ帝国ノ対露政策ニシテ親善ヲ基調トセハ 彼我衝突ノ機会ハ大ニ減少スヘシ 然レトモ其政体ト国民性トハ往々常軌ヲ逸脱スルモノアリ 従テ将来若シ帝国カ他国ト開戦シ此方面ニ対スル威力ノ微弱トナルニ際シテハ 帝国ノ辺疆ニ脅威ヲ及ホスヘキ虞サシトセス

 支那ハ国家ノ統一ヲ欠キ国勢萎靡振ハス 且独力我ニ抗スルノ実力ナキヲ以テ 帝国ノ国防上大ナル顧慮ヲ要セサルカ如キモ 其豊富ナル資源ハ我経済的発展並国防上緊要欠クヘカラサル要素ナルカ故ニ 我対支政策ハ親善互助共存共栄ヲ旨トシ 平戦両時ヲ通シテ彼カ資源ノ確実ナル利用ヲ期セサルヘカラス 然レトモ其不安定ナル政情ト以夷制夷利権回収ノ伝統政策トハ 遽ニ我期待ノ実現ヲ許ササルモノアリテ 或ハ日米ノ紛争ニ乗シ米結ヒテ 我ト抗争ヲ企図スルナキヲ保セス 之ニ依リ帝国ハ強力ナル威力ヲ以テ之ニ臨ムノ必要アリ

 日英同盟ハ四国協商ノ成立ト共ニ終ヲ告ケタルモ 両国ノ親善ハ経済上並国防上相互ニ有利ナルノミナラス 世界平和ノ大局上貢献スルトコロ鮮{スクナとルビあり}カラサルヲ以テ 一局部ニ於ケル利害背馳ニ依リ衝突ヲ惹起スルノ虞少シ 若シ夫レ独逸及其他ノ列国ニ至リテハ 近キ将来ニ於テ帝国ノ国防上特ニ之ヲ考慮置クノ要ナカルヘシ

五 之ヲ要スルニ近キ将来ニ於ケル帝国ノ国防ハ 我ト衝突ノ可能性最大ニシテ且強大ナル国力ト兵備トヲ有スル米国ヲ目標トシテ主トシテ之ニ備へ 我ト接壌スル支露両国ニ対シテハ親善ヲ旨トシテ之カ利用ヲ図ルト共ニ 常二之ヲ 威圧スルノ実力ヲ備フルヲ要ス

 之ニ依リ帝国ノ国防ニ要スル兵力ノ標準別紙ノ如シ

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