[文書名] 日ソ非公式豫備交涉ニ關スル交換文書(日ソ非公式豫備交涉ニ關スル川上ヨツフエ交換文書、交換文書日ソ非公式予備交渉に関する交換文書)
目次
一、露國代表ヨツフエ氏ヨリ帝國代表川上公使宛書翰・・・一
二、同附屬日露非公式豫備交涉議事要錄・・・三
三、帝國代表川上公使ヨリ露國代表ヨツフエ氏宛書翰・・・一九
四、同附屬日露非公式豫備交涉議事要錄・・・二一
一、露國代表「ヨツフエ」氏ヨリ帝國代表川上公使宛書翰
一九二三年七月二十六日 ア、ヨツフエ
露日非公式交涉日本代表
川上俊彦殿
以書翰致啓上候
雙方提議ノ審議點ハ交涉ノ發議者カ豫想セシカ如キ精神ヲ以テ卽各自ノ名ヲ以テ然モ可成各自政府ノ豫期スル所ニ接近シテ全部審議シ盡シタルヲ以テ余ハ約束ニ基キ此ニ露日正式代表ニヨリテ行ハレタル露日非公式交涉ノ結果總括ヲ茲ニ添送ス
露國代表ニ於テハ此ノ事全部ヲ前記ノ趣旨ニ依リ履行シ日本代表ニ對シテナスヘキ何等ノ豫備問題ナク又日本代表ニ於テモ旣ニ交涉ノ非公式時代ニ相當スル何等ノ問題ヲ之レ以上露國代表ニ提示スルコト能ハサルヲ以テ極東諸邦駐派露西亞社會主義聯邦「ソヴイエト」共和國特命全權代表ハ今後引續キ前記非公式交涉ヲ爲スコト不可能ト認メ且六月二十八日乃至七月二十四日ニ亙リ行ハレタル非公式交涉ニ於テ兎ニ角正式代表ニヨリテ採決セラレタル決定ヲ基礎トシ且長春ニ於テ決裂點ナリシ露領「サガレン」ノ卽時撤兵ヲナス用意アル旨ノ日本側自主的聲明ヲ以テ正式交涉ヲ開始スルコト必要ナリト思惟ス「サガレン」ハ現在迄不法ニ日本ノ手中ニ抑ヘラレアリ(況ンヤ非公式交涉ニ於テ兩大國間眞實ナル善隣關係ノ創造ヲ阻止スルコト甚タシキ占領ナクシテ「サガレン」問題ヲ解決スルノ可能旣ニ判明セルニ於テヲヤ)
而シテ未解決ノママナル問題ハ來ル會議ニ於テ解決スヘキモノナリ日本側カ今ヤ將ニ結了セムトスル非公式交涉中表示セルヨリモ更ニ大ナル「誠意」ヲ以テスルニ於テハ旣ニ四回善隣關係ニ關スル正式條約ノ締結ニ着手セムトスル雙方ハ遂ニ相互ノ協定ニ到逹スヘキ總テノ望アリ
恐ラク貴下ハ記臆セラルルナラムカ余ハ之ヲ容易ニセンカ爲本書翰中屢々記載セラレタル非公式交涉ニ於テ採決セラレ又ハ採決セラレサル決議全部ヲ總括スルコトヲ約セリ
余ハ茲ニ貴下ニ對シ完全ナル敬意ヲ致スト共ニ今回ハ露日間ノ決裂カ成立セサル樣全力ヲ盡スヘキ用意アルコトヲ證言ス 敬具
二、ヨツフエ氏來翰附屬日露非公式豫備交涉議事要錄
露日正式代表ニ依リテ行ハレタル露日非公式交涉ノ結果總括
正式代表
露西亞側 極東諸邦駐派露西亞社會主義聯邦「ソヴイエト」共和國特命全權代表
全露中央執行委員會委員 ア、ア、ヨツフエ
日本側 日本國皇帝陛下特命全權公使 川上俊彦
日本側提議
一、「サガレン」問題ニ關シ
(イ)露西亞ハ相當價格ヲ以テ露領「サガレン」ヲ日本ニ賣却スルコトニ同意ス
日本ハ一億五千萬圓ヲ相當價格ト認ム
*1*
(ロ)又ハ露國ハ日本政府又ハ日本會社ニ對シ北「サガレン」ニ於ケル石油、石炭及森林ニ關スル富源開發ノ長期利權ヲ供與スルコトニ同意ス
(ろ)利權ノ根本及利權ノ形式一般ニ關シ長キ論議ノ後日本代表ハ日本ニトリ最モ望マシキ利權ハ石油、石炭及森林富源ノ開發ニ關スル五十五ケ年乃至九十九ケ年ノ長期利權ニシテ第一ニ日本政府自身ニ第二ニ當該日本會社ニ與ヘラルヘキモノナルコトヲ聲明セリ
而モ日本代表ハ露國代表ニ於テ直ニ本國政府ニ問合スヘキコトヲ頻リニ主張セリ
二、尼港問題ニ關シ
(イ)露西亞ハ在尼港日本領事日本領事館員及居留民ノ殺害ニ付遺憾ノ意ヲ表ス
(ロ)露西亞ハ尼港事件ニ際シ日本人ニ與ヘタル損害ヲ賠償スル義務アルヲ認ム
*2* 日本側ハ問題第二ヨリ損害賠償ニ關スル(ロ)項ヲ全然削除シ(イ)項ヲ唯一ノ審議事項トシテ殘シ置クコトトナル新提議ヲナセリ{*3*へ矢印}
*4* 本提案ハ日本代表ニヨリテ拒否セラレタリキ{*5*へ矢印}
*6* 之ニ對シ日本側代表ノ同意アリ
三、露國ハ日本人ニ對シ在極東領土內ニ於ケル森林及鑛產開發ノ利權ヲ供與スルコトニ同意ス
四、國際義務問題ニ關シ
(イ)露國ハ奮條約ヲ認ム
(ロ)露國ハ日本ニ對スル其債務ヲ承認ス
(ハ)露國ハ沒收シタル私有財產ヲ舊所有者ニ返還シ又ハ其損害ヲ賠償スルコトニ同意ス
五、以上ノ外双方ハ通商條約ノ締結ニ際シ他ノ一方ノ人民ニ對シ生命ノ安全ヲ保障シ私有財產權ヲ尊重シ可成廣汎ナル範圍ニ於テ商工業ノ自由ヲ保障スルコトヲ互約ス
六、一方當事國ノ安寧秩序ヲ脅威スル有害ナル宣傳及侵略行爲ノ禁止
一ノ(ろ)附錄(一九二三年七月三十一日)
日本側提議
一ノ(ろ)ニ關シ誤解ヲ生シ日本代表ニ於テハ之ヲ以テ露國代表カ第一ニハ日本政府自體ニ次ニ始メテ日本會社ニ供與スヘキ石油石炭及森林富源開發ニ關スル五十五ケ年乃至九十九ケ年ニ互ル長期利權ノ許與ヲ可能トスルコトヲ否定スルモノトナシタルヲ以テ{*7*へ矢印}
露西亞側回答
一、「サガレン」問題ニ關シ
(イ)露西亞代表ハ露領「サガレン」ヲ日本ニ賣却スルノ事實其ノモノハ露國ニ於テ應諾シ得ルモノト思惟ス但シ提示ノ案文ハ之ヲ變更スヘキモノト思考ス
露西亞代表ハ經濟上、政治上及軍事戰略上ノ考量ヨリ見テ賣價ハ十五億金留以下ナルコト能ハサルモノト思惟ス
*1*
(ロ)露國代表ハ本提議ヲ以テ根本ニ於テ應諾シ得ヘキモノト思考シ得ヘキコト但何等賠償ノ形式タラサルコトヲ聲明セリ
(ろ)露國代表ハ之ニ回答シテ抑々右利權ノ形式カ露西亞ノ希望スルコト最モ少ク且應諾シ得ルコト最モ少キモノナルコトヲ指摘シタリシカ尙之ヲ問合ハスヘキコトヲ約束シ且此約束ヲ履行セリ回答今日迄到著セス
二、尼港問題ニ關シ
(イ)本問ハ議論多キ爲最初各項ニ付別別ニ審議シ後一括審議セリ
露西亞側ハ日本ノ見解ニ反對ナル總テノ證據書類ヲ指示セリ其結果{*2*へ矢印}
*3* 之に對シ露國代表ハ同意ノ旨回答スルト共ニ本問題ノ煽動的意義ハ露國ニ於テ夙ニ理解セル所ニシテ露國政府ハ日本ト速ニ平和ヲ逹成センカ爲他人ノ罪ヲ自ニ負フコトニ同意スルハ大イニアリ得ヘキコトナル旨ヲ指摘セリ且本問題ハ「プレスチージ」問題トナルヲ以テ一ニ懸リテ文案ニ在ルコトヲ附言セリ
露西亞側ハ幾多ノ案文ヲ提議シタルモ總テ日本側ヨリ拒否セラレタリ露國側ハ幾多ノ讓步ヲナセリ日本側ヨリ回答アルヘカリシ露西亞側最終提議ハ次ノ如シ
(注意{前2文字○○と強調あり} 露西亞及日本側ニ於テ應諾スルコトアルヘキ讓步ハ赤線ヲ附セリ)
第 條
露西亞國ハ千九百二十年三月十二日ヨリ同年五月二十七日ニ至ルノ間「アムール」河畔「ニコラエフスク」市ニ於テ發生セル殘忍ニシテ罪惡的ナル事件ニ付「日本國ニ對シ」最モ深甚ナル遺憾ノ意ヲ表ス
當時日本軍人三百五十一名ノミナラス「領事ヲ始メ」平和ノ日本居留民三百八十四名男女小兒ノ別ナク「「トリヤピーツイン」ノ率ユル部隊」ノ兇手ニ斃レ續イテ「ニコラエフスク」全市ハ約八千ノ露西亞住民ト共ニ「トリヤピーツイン」ノ爲焦土ニ歸セシメラレタリ「トリヤピーツイン」及其部下ハ露國正當裁判所ニ於テ最高刑罰卽チ死刑ニ宣吿セラレ右「一九二〇年七月九日附」宣吿ハ直ニ執行セラレタリ
前記兇行後「トリヤピーツイン」ハ其ノ部隊ト共ニ日本軍隊ノ駐屯セサル地域ニ逃レタルカ露國正當裁判所ニ於テモ之ヲ假借スルコトナク彼等ハ最高刑罰卽チ死刑ニ宣吿セラレ右一九二〇年七月九日附宣吿ハ直ニ執行セラレタリ{前102文字横線有り}
露西亞ハ同國ニ反對ナル封鎖及干涉歷史ニ屢々有リシ{前20文字横線有り}前記ノ事實卽チ自國ノ犯罪者ニ{前4文字横線有り}對シ充分峻嚴ナリシト共ニ眞實平和ヲ切念シツツモ如何ナル惡運ノ爲ニヤ到ル處自國及革命ノ成果ヲ武力ヲ以テ{前5文字横線有り}擁護スルノ已ムヲ得サリシ事實ヲモ摘示セント欲スルモノナリ
露西亞ハ尼港事件ニ關スル本條ニ依リ日露ノ相互關係上最モ重大且困難ナル問題カ完全ニ解決セラルルノミナラス同事件ハ旣ニ兩大國間ニ於テ自然ニ成熟シツツアル接近ヲ阻止スルコト能ハサルヘク而カモ右接近ハ早晩兩國ヲ善隣關係ニ導クヘキノミナラス或ハ兩國民中ノ幾千人カ今日旣ニ切望シツツアル親善ニ導クモノナルコトヲ信シ且望マント欲スルモノナリ{*4*へ矢印}
*5* 茲ニ於テ露國代表ハ本項ハ問題第一(イ)項同樣トスルコト卽問題ヲ未決ノママトシテ留保シ次ノ問題ノ審議ニ移ルコトノ提議ヲナセリ{*6*へ矢印}
三、之レニ對シ露國代表ハ露國ハ如何ナル場合ニ於テモ日本ニ對シ他ノ外國ニ比シ惡シキ待遇ヲ爲サントスル意志ナク故ニ此等日本ノ希望カ滿足ヲ得サルヘシト思惟スル根據ヲ有セサルコトヲ回答セリ
四、國際義務問題ニ關シ
(イ)露國代表ノ辯明ニヨレハ舊條約ハ國際信義ノ表章ニシテ國際關係ノ根本原則ナリト云フコトハ甚タ眞ニ非ス
如何トナレハ舊條約カ進步シツツアル時勢ニ適合セス從テ雙方其變更ヲ利益トスル時代常ニ來ルモノナレハナリ總テノ戰爭ハ舊條約ヲ變更セシムルモノナリテフ單ナル理由ヲ以テスルモ此等舊條約ハ旣ニ國際信義ノ表章タルコト能ハサルモノナリ此等ノ理由ニヨリ(露國代表ハ勿論此ノ點ヲ更ニ詳細論說セリ)露國ハ本項ニ同意スルコトヲ拒絕セリ
(ロ)勞農政府ハ一般ニ從前政府ノ締結セル如何ナル債務ヲモ承認スル義務アリト思考セス如何トナレハ露國ノ諸民族ハ約十年ノ間此等ノ債務ヲ締結シ又露國民ニ對シ敵意ヲ有シタル此等政府ニ反對シテ激烈ナル鬪爭ヲナシタレハナリ殊ニ露國ハ徳義上ノ見解ヨリ如何ナル戰時債務ヲモ支拂ハサル充分ナル權利ヲ有スルモノト認ム如何トナレハ此等債務ハ何等露國民ニ對シテ利益ヲ齎ラササリシノミナラス全ク戰爭ノ爲メノ供給ニシテ同一戰爭ニ依リテ直ニ消滅セラレタルモノニシテ從テ露國及同盟諸國ノ共同企業卽戰爭ノ爲ニ使用セラレタルモノナレハナリ此ノ戰爭カ共同企業ナリシコトハ良好ナル一般商企業ニ於ケルト同樣本件ノ場合モ豫メ各參加者ノ爲戰勝ノ場合ニ於ケル分配ノ步合ヲ計算シアリタルニ見テ明ナリ然ルニ同盟國及聯合國中露國ノミハ何物ヲモ取得セサリキ企業ノ最モ主要ナル契約者カ其共同經營者ニ對シ收益ノ步合ヲ支拂ハサル場合ハ右共同經營者ヨリ損害ノ步合ヲモ要求スルコト能ハサルハ何人モ知ル所ナリ加之露國ハ前記ノ期間前其債務ヲ忠實ニ支拂ヘリ如何トナレハ露國ハ戰爭最初ノ四ケ年間ニ於テ戰爭遂行ノ爲同盟諸國ヨリモ遙カニ多クノ額ヲ費シタレハナリ右ハ戰前ニ於ケル露國ノ正貨準備カ現在ニ於ケル日本ノ正貨準備ニ等シカリシトノ實證ニヨルモ充分明白ナリ(一九一四年ニ於ケル露國ノ正貨準備ハ二十億以上ニシテ日本ノ正貨準備ハ約十億ナリキ)現在日本ノ正貨準備ハ二十億以上ナルニ露國ノ正貨準備ハ殆ト何モノモナシ最後ニ露國ハ何人モ知ル如ク最早戰爭ヲ繼續スルコト能ハスシテ之ヨリ脱失セリ不可抗力ハアラユル國際法ノ認ムル原則ナリ總テ此等ノ理由ニヨリ露國ハ舊債務ヲ支拂フヘキ何等根據ヲ有セス況ヤ日本ニ對スル債務ハ「ケレンスキー」時代ニ締結セラレタルモノナルニ於テオヤ同人ハ多少之ヲ利用シタリトスルモ殆ント聯合國全部ノ支持ヲ受ケタル同人カ約八ケ月ノ把權後ニ於テ勞農政府ノ爲ニハ何等殘サレサリシコト全然明白ナリ
(ハ)本項ハ日本ニトリ何等問題トナスニ足ラス如何トナレハ極東ニ於テハ其ノ主要部分ニ於テ「ソヴイエト」政權ナルモノナク從テ個々ノ場合ニ於テノミ此ノ革命ノ措置アリ得タレハナリ然ルニ本項ハ露國ニトリ重大ナル主義上ノ意義ヲ有スルモノニシテ露國ハ如何ナル處如何ナル時ニ於テモ本項ヲ讓步シタルコトナシ如何トナレハ之レ「ソヴィエト」革命ノ最モ重要ナル成果ナレハナリ露國革命ニ捷テル國民ハ決シテ復歸ニ同意セサルヘシ如何トナレハ復歸ハ殆ト常ニ復古ノ初ナルコトヲ知レハナリ「ゼノア」ニ於テ何等ノ妥協點ヲ見出シ得サリシ唯一ノ點モ結局此ノ點ナリシナリ日本カ單ニ主義上ノ見地ヨリ露國ニトリ主義上及實際上斯クモ重大ナル意義ヲ有シ且常ニ有セル本項ヲ主張スルハ果シテ日本ノ爲賢明ナリヤ露國代表ハ本項カ抑々他ノ孰レノ問題ヨリモ遙カニ決裂ノ點トナリ得ヘキコトヲ疑ハス何レニセヨ露國代表ハ本項カ革命露國ニトリ重大ナル意義アルコトヲ日本代表ニ豫吿スルヲ自己ノ義務ト思考ス
五、勿論多少文案ヲ訂正シ且主トシテ露國ノ國內法ヲ遵守スル條件ヲ以テ露國代表ハ大體ニ於テ本項ハ何等重大ナル反對ヲ惹起セスト思考ス
六、露國代表ハ本項ヲ著シク廣汎詳細トナシ又說明ヲ附スルヲ條件トシテ受諾シ得ヘキモノト思考ス
露國側回答
*7* 露國代表ハ本交涉中此等條件ヲ以テ利權ニヨリ程度ヲ異ニスヘキモ日本ニ與フヘキ利權ノ總テニトリ應諾シ得ルモノト思考シ且思考スル旨再言セリ
三、帝國代表川上公使ヨリ露國代表ヨツフエ氏宛書翰
以書翰啓上致候
陳者客月二十六日附貴翰並本年六月二十八日以降貴下トノ間ニ行ヒタル會談ノ結果ニ就キ貴方作製ニ係ル議事要錄御送附相成客月二十七日正ニ受領致候
右非公式豫備交涉ニ於テ兩國代表ハ前後拾貳回ニ互ル會議中相亙ニ隔意ナキ意見ノ交換ヲ行ヒ諸般ノ問題ヲ審査討議シタル結果双方ノ主張及希望ハ大體ニ於テ明瞭トナリタルモ未タ意見ノ一致ヲ見サル點尠シトセス殊ニ尼港問題及之ニ關聯スル諸案件ノ具體的解決方法及國際義務問題ノ解決方法ニ就テハ引續キ充分ナル意見ノ交換ヲ行ハンコトヲ豫期シタルニ拘ラス貴方ノ都合ニ依リ急ニ貴下トノ會談ヲ打切ラサルヲ得サルニ至リタルハ余ノ遺憾トスル所ナリ
貴信中所載ノ北樺太撤兵ニ就テハ日本政府ハ尼港問題及之ト關聯スル問題カ解決セラルル場合右ニ關スル聲明ヲ爲スニ躊躇セサルヘシト雖北樺太ニ於ケル我軍ノ駐屯ハ尼港事件ニ對スル保障占領ニ外ナラサルヲ以テ是迄屢次開陳シ置キタル通前記諸問題ノ解決ニ關シ完全ナル了解ニ達セサル限リ之ヲ如何トモスル能ハサルヘシ尙北樺太占領カ前記ノ目的以外他意ヲ包藏セス從テ日本ハ不法且不當ニ他國ノ領土權ヲ侵害スルモノニ非ルコトハ予ノ屢次聲明シタル所ニシテ今猶貴下ノ記憶ニ新ナルヘキヲ信ス
貴下作製ノ議事要錄中予ノ了解シタル所ト相違スル所アルノミナラス右ハ貴方ノ立場ノミヲ明カニシ我方主張ノ記載不充分ナルヲ以テ是等ノ點ニ精確ヲ期スル爲當方作製ニ係ル議事要錄ヲ茲ニ添附送附ス
茲ニ非公式豫備交涉ニ於ケル貴下トノ會談ヲ終了スルニ當リ予ハ貴下トノ腹藏ナキ會談カ將來日露間ニ一層良好ナル了解ヲ齎スニ資スル所アルヘキヲ期待シ且可成速ニ日露善隣修好關係ノ樹立セラルルニ至ラムコトヲ衷心希望スルモノナリ
終リニ臨ンテ貴下ニ對シ完全ナル敬意ヲ表シ候 敬復
大正十二年八月三日
川上俊彦
日露會議ニ關スル非公式豫備交涉
露國代表
ア、ア、ヨツフエ殿
四、川上公使書翰附属日露非公式豫備交涉議事要錄
日露會議ノ開催ニ關スル非公式豫備交涉千九百二十三年六月二十八日乃至七月三十一日議事要領
代表
日本側 特命全權公使 川上俊彦
露國側 極東諸邦駐派露西亞社會主義聯邦ソヴイエツト 共和國特命全權代表 ア、ア、ヨツフエ
日本側提議
一、「サガレン」問題ニ關シ
(イ)露國ハ相當價格ヲ以テ露領「サガレン」ヲ日本ニ賣却スルコトニ同意ス、日本ハ一億五千萬圓內外ヲ以テ相當價格ト認ム
日本代表ハ「サガレン」ノ如キ一島ヲ二國ニテ領有スルコトハ將來種々ノ紛爭ヲ惹起スル虞アルヲ以テ此際露西亞ニ於テ相當價格ヲ以テ其ノ領土タル北「サガレン」ヲ日本ニ譲渡セラレンコトヲ希望シ且日本學者專門家ノ調査ニヨレハ同島ノ經濟價値斯ク大ナラサルノミナラス同島ノ富源ヲ開發スルニハ多額ノ投資必要ナルニ付買收價格ハ一億五千萬圓內外ヲ以テ相當ト認ムル旨聲明セリ
日本代表ハ露國ヨリ北「サガレン」ヲ買收シタル場合日本ハ「サガレン」島ノ無防備並韃靼海峡及宗谷海峡ノ自由航行ニ關シ「ポーツマス」條約第九條第二項ノ趣旨ニ準シ約スルニ異議ナカルヘキ旨並露國ハ「サガレン」對岸ノ自國領土ニ堡壘ヲ築造セサルコトヲ約スルコト必要ナル旨附言セリ *8*
(ロ)北「サガレン」ノ賣買成立セサル場合露國ハ日本政府又ハ日本會社ニ對シ北「サガレン」ニ於ケル石油、石炭、森林ニ關スル富源開發ノ長期利權ヲ許與スルコトニ同意ス
日本代表ハ北「サガレン」ノ利權ハ單ニ同島ノ一定地域ニ於ケル一定富源ノ開發ニ關スル經濟的利權ニシテ露國カ曾テ旅順大連ヲ租借シタル時ノ如ク全島ヲ租借セムトスル政治的利權ニアラサルコトヲ指摘シ築港及鐵道布設等利權ニ關聯スル施設權ヲ必要トスルコトヲ述へ露國側ノ提議セル露國政府ノ利權參加カ利權收益ノ一定步合(例ヘハ純益ノ五分乃至六分)ヲ同政府ニ支拂フ意味ナルニ於テハ之ニ異議ナカルヘキコトヲ聲明セリ尙利權ノ期限ハ九十九ケ年少クトモ五十五ケ年ヲ希望セリ
二、尼港問題ニ關シ
(イ)露國ハ在尼港日本領事、領事館員及居留民ノ虐殺ニ付遺憾ノ意ヲ表ス
(ロ)露國ハ尼港事件ニ際シ日本人ニ與ヘタル損害ヲ賠償スル義務アルコトヲ認ム
日本代表ハ尼港問題ニ關シ大要次ノ聲明ヲ爲セリ
「日本カ聯合諸國ト共ニ西伯利ニ出兵シタルハ聯合國共同ノ決議ニ基キ當時露國ノ政情混沌タル爲窮迫ノ狀態ニ陷リタル與軍「チエツコ、スロワク」軍ヲ救援セムカ爲ニシテ又之カ安全ナル輸送ヲ保障スル爲西伯利鐵道ヲ守備スルニアリタリ
「チエツコ、スロワク」軍ハ曾テ露國政府ヨリ與軍ト認メラレ露軍ト共ニ對墺戰線ニ戰ヘリ
日本軍ハ黑龍鐵道全線及烏蘇里鐵道ノ一部ヲ守備スル任務ヲ負ヒタルカ最モ忠實ニ其ノ任務ヲ遂行シ曾テ露國地方民ノ內政ニ干涉シタルコトナシ又西伯利ヲ占領シタルコトナシ日本軍ハ其後西伯利政情ノ惡化ト共ニ居留民ノ保護ニ當ラサルヘカラサルニ至レリ
日本ハ其ノ守備ノ任ニ當レル「ウスリ」鐵道ノ交通杜絕スルノ虞アリシヲ以テ水路黑龍鐵道トノ交通ヲ保障シ且尼港ニ於ケル居留民保護ノタメ同地ニ一部隊ヲ派遣スルノ必要ヲ認メタリ右軍隊ハ其後三百五十一名ニ減セラレタルカ露國側ノ「プロヴオケーシヨン」ニヨリテ「トリヤピーツイン」ノ率ユル露國軍隊ト戰鬪スルニ至レリ、一九二〇年三月十二日ヨリ同年五月二十七日ニ互ル期間ニ於テ「トリヤピーツイン」ノ軍隊ハ最モ殘忍ナル方法ヲ以テ日本軍人三百五十一人ノミナラス領事及領事館員ヲ始メ婦女子ノ別ナク日本居留民三百八十四名ヲ虐殺セリ斯ル殘忍ナル行爲ハ歷史上類例ナキ所ニシテ全日本國民ノ憤怒激昂ヲ招致セサルヲ得サリキ、平和ノ日本居留民ヲ殺害シタルコトハ日本軍ニ何等關係ナキ平和ノ露國人數千人ヲ殺害シタルト同樣何等軍事上ノ必要ニ依ルモノト辯護シ能ハサルナリ
露國側ヨリ出テタル諸種ノ證據(例ヘハ一九二〇年三月二十三日附內田外務大臣宛「チチエリン」電報一九二〇年七月九日附「ケルビ」村國民裁判所判決文等ノ如シ)ニ見ルモ「トリヤピーツイン」ノ軍隊ハ獨リ「モスコウ」ト關係ヲ有シタルノミナラス「ハバロフスク」及浦潮ニ於ケル赤衛軍司令部トモ關係ヲ有シ「トリヤピーツイン」ハ公ニ赤軍司令官ト認メラレ其ノ軍隊ハ赤軍ト認メラレ居レリ故ニ露國政府ハ前記虐殺カ匪徒又ハ「パルチザン」ニ依リテ行ハレ「トリヤピーツイン」カ露國裁判所ノ判決ニヨリ處刑セラレタリトノ單ナル理由ヲ以テシテハ尼港事件ニ對スル責任ヲ免ルル能ハサルナリ」
日本代表ハ尼港事件カ日露親善ノ道程ニ横ハル最大難關ノ一ナルコトヲ說明シ之カ圓滿解決ヲ希望セリ{*9*へ矢印}
*10* 露國第一案ニ對シ日本代表ハ次ノ對案(第一)ヲ提議セリ「露西亞社會主義聯邦「ソヴイエト」共和國政府ハ一九二〇年三月十二日ヨリ同年五月二十七日ニ至ルノ間「アムール」河畔「ニコラエフスク」市ニ於テ發生セル殘忍ニシテ罪惡的ナル事件卽チ日本軍人三百五十一名ノミナラス日本領事及平和ノ日本居留民三百八十四名男女小兒ノ別ナク「トリヤピーツイン」ノ率ユル部隊ノ兇手ニ斃レタルコトニ付日本政府ニ對シ最モ深厚ナル遺憾ノ意ヲ表ス
尙露西亞社會主義聯邦「ソヴイエト」共和國政府ハ前記「トリヤピーツイン」以下多數ノモノニ對シテハ千九百二十年七月九日露西亞裁判所ニ於テ死刑ヲ宣吿シ直ニ執行セラレタル旨茲ニ聲明ス」{*11*へ矢印}
*12* 日本側ハ露西亞側ノ希望ヲ考量シ妥協的精神ヲ以テ作成セラレタル次ノ如キ第二對案ヲ提議セリ
「露西亞國ハ千九百二十年三月十二日ヨリ同年五月二十七日ニ至ルノ間「アムール」河畔「ニコラエフスク」ニ於テ發生セル殘忍ニシテ罪惡的ナル事件ニ付日本國ニ對シ最モ深甚ナル遺憾ノ意ヲ表ス當時日本軍人三百五十一名ノミナラス領事ヲ始メ平和ノ日本居留民三百八十四名男女小兒ノ別ナク「トリヤピーツイン」ノ率ユル部隊ノ兇手ニ斃レ續イテ「ニコラエフスク」全市ハ約八千ノ露西亞住民ト共ニ「トリヤピーツイン」ノ爲焦土ニ歸セシメラレタリ「トリヤピーツイン」及其部下ハ露國正當裁判所ニ於テ最高刑罰卽チ死刑ニ宣吿セラレ右一九二〇年七月九日附宣吿ハ直チニ執行セラレタリ
總テ此等ノ事實ハ痛嘆ノ至リナレトモ露西亞社會主義聯邦「ソヴイエト」共和國政府ハ赤軍ノ規律アル部隊中ニハ最早此ノ如キ事實ナク又有リ得サルコトヲ誠意ヲ以テ確信スルノ權利ヲ有スルコトヲ誇トスルモノナリ」{*13*へ矢印}
*14* 露國第三案第一及第二節ニ關シテハ双方ノ意見一致シタルモ露國第三案第三及第四節ニ關シ日本側ハ同意ヲ表スルコトヲ得サリキ{*15*へ矢印}
*16* 日本側ハ之ニ同意セリ
日本代表ハ困難ナル露國現下ノ財政狀態ニ鑑ミ同國ニシテ北「サガレン」問題ヲ日本ノ爲有利ニ解決スルニ於テハ尼港事件ニ對スル物質的賠償ハ可成之ヲ要求セスシテ處理スルコトニ努力スル旨聲明セリ
三、露國ハ日本人ニ對シ「バイカル」以東ノ露領ニ於ケル森林及鑛山等開發ノ利權ヲ供與スルコトニ同意ス
*17* 日本代表ハ之ニ同意シ本件提議ヲ次ノ如ク訂正セリ
「露國代表ハ日本人ニ對シ其ノ極東領土ニ於ケル森林及鑛山等開發ノ利權ヲ供與スルコトニ同意ス」{*18*へ矢印}
四、國際義務問題ニ關シ
(イ)露國ハ舊條約ヲ認ム
本件ニ關スル日本側論據次ノ如シ
「國際法ノ根本原則ニ從ヘハ一國カ舊來ノ領土及住民ヲ基礎トシテ存在スル限リ國內ニ政變アルモ其ノ國際的地位ニハ變化ナシ故ニ革命ニ依リ樹立セラレタル新政府ハ從前政府ノ權利義務ヲ完全ニ繼承スヘキモノニシテ從前政府カ外國政府ト締結セル國際條約ノ効力ヲ否定シ一方的ニ之ヲ廢棄スルコトヲ得ス依テ勞農政府ハ今日迄日露間ニ締結セラレタル總テノ條約ノ効力ヲ認メサルヘカラス
日露間ノ條約カ戰爭ノ爲效力ヲ失ヒタリトノ論據ハ兩國間ニ戰爭ナルモノナカリシテウ單簡明瞭ナル理由ニヨリテ成立セス日本ノ西伯利出兵ハ與軍タル「チエツコ、スロウアク」軍ノ救援及救援ニ必要ナル鐵道ノ守備ヲ全ウセンカ爲ニシテ其ノ後引續キ駐兵シタルハ日本居留民ノ保護ヲ必要トシタルニ依ル、日本軍ハ上記ノ任務ヲ誠實ニ遂行シタルモノニシテ曾テ露國地方民ノ內政ニ干涉シタルコトナク又戰爭當事國トシテノ權利ヲ行使シタルコト卽軍事占領又ハ戰爭ト稱スヘキ行爲ヲナシタルコトナシ
然レトモ吾人ハ日露間ノ國際條約中、時勢ノ變遷ニ伴ヒ改訂ヲ要スルモノアルコトヲ否定スルモノニ非ス吾人ハ後日正式交涉ニ於テ從來ノ條約又ハ協定ニヨリ我方カ獲得セル權利又ハ利益露國側ニ於テ尊重シ旣成事實ニ就キ變更ヲ加ヘス從前ノ條約又ハ協約ニヨル我方ノ地位ヨリ不利ナラサル樣新條約ヲ締結シタル後ニ於テハ舊條約ヲ廃棄スルコトニ同意ス但日露兩國ヲ含ム多數當事國間ノ條約ノ存廃又ハ改訂ニ關スル問題ハ他日關係諸國間ノ共同決定迄留保スルモノトス
日本代表ヨリ露國ハ如何ナル法律ヲ以テ國際條約ノ無效ヲ發表シタリヤト尋ネタルニ{*19*へ矢印}
(ロ)露國ハ日本ニ對スル其ノ債務ヲ承認ス本件ニ關スル日本側論據次ノ如シ
「國際法ニ依レハ如何ナル國家モ革命ヲ理由トシテ外國ニ對スル其ノ債務ヲ廢棄スルコトヲ得ス債務ノ原因又ハ用途ハ之ヲ問フ所ニアラス從テ露國カ日露間ニ現存スル國際債務ヲ認メスト云フコトヲ得ス
露國ハ戰爭ノ分配ニ與ラス故ニ戰爭ニ使用セラレタル債務ヲ認ムル理由ナシト云フモ之レ露國カ與國ヲ賣リ且單獨講和ヲ爲サストノ約ニ背キテ「ブレスト、リトウスク」平和ヲ締結シ自ラ戰勝ノ分配ヲ抛棄セルモノニシテ露國自身ノ罪ナリ
若シ露國ニシテ困難ナル財政狀態ノ爲前記債務ノ支拂ヲ不可能ト爲シ其ノ支拂猶豫又ハ一部ノ免除ヲ得ンコトヲ希望スルニ於テハ日本政府ハ斯カル問題ノ解決ニ關シテ露國ト交涉ニ入ルコトヲ拒ムモノニアラス然レトモ其ノ債務ヲ廢棄スルコトハ假令右債務カ戰時債務ナリトスルモ之ヲ認ムルコトヲ得ス
(ハ) 露國ハ沒收シタル私有財產ヲ舊所有者ニ返還スルカ又ハ其ノ損害ヲ賠償スルコトニ同意ス
本件ニ關スル日本側論據左ノ如シ
「如何ナル國家ト雖其ノ制度又ハ國內法ノ變化ニヨリ外國人ニ屬スル權利及財產ヲ不當ニ侵害スルコトヲ得サルハ國際法上確立セラレタル所ナリ
故ニ露國ハ日本人ノ權利及財產ニ加ヘタル侵害ニ對シ責任ヲ負ヒ旣ニ沒收セル權利又ハ財產ヲ返還スルカ又ハ賠償ヲ爲ササルヘカラス露國カ日本臣民ノ有セル私有財產ニ加ヘタル侵害ニ付日本カ露國ニ對シ其ノ責任ヲ免除スルニ於テハ日本政府ハ當該自國民ニ對シ右免除ニヨル損害ノ賠償ヲ自ラ負擔セサルヘカラサルニ至ルヘシ
五、以上ノ外通商條約ノ締結ニ際シ露國ハ日本臣民ニ對シ生命ノ安全ヲ保障シ私有財產權ヲ尊重シ可成廣汎ナル範圍ニ於テ商工業ノ自由ヲ保障スルコトヲ約ス
六、兩當事國ハ他ノ一方ノ安寧秩序ヲ脅威スル有害ナル宣傳及侵略行爲ヲ禁止スルコトヲ互約ス
露西亞側回答
一、「サガレン」問題ニ關シ
(イ)露國代表ハ露領「サガレン」ヲ日本ニ賣却スル事夫レ自體ハ露國ニ於テ應諾シ得ルモノト思惟スルコト但シ國民ヲ納得セシムルタメニハ其ノ價格ノ大ナルコトヲ要スル旨ヲ述へ最初經濟上、政治上、軍事戰略上ノ考量ニ基キ拾億金留以下ナルコトヲ得サルヘシト聲明シタルカ後拾五億金留以下ナルコトヲ得サル旨仄セリ
*8*
(ロ)露國代表ハ本提議ヲ以テ根本ニ於テ應諾シ得ヘキモノト思考スルモ利權ニ關シ知ル所少キ故ヲ以テ日本代表ノ陳述ヲ基礎トシ
「日本ハ北「サガレン」ニ於ケル石油、石炭、森林ノ富源開發ニ關スル長期(五十五ケ年乃至九十九ケ年)利權ヲ希望スルコト、右利權ハ第一ニ日本政府第二ニ日本當該會社名義トスルコト、露國勞働法其ノ他ノ法令ヲ尊重スルノ問題ハ日本側ニ於テ之等法令ヲ承知セサルニ付留保スルコト」ヲ本國政府ニ電報シ其ノ意向ヲ確ムヘキコトヲ約セリ
同代表ノ言ニ依レハ右電報ハ卽時(七月九日)「モスコウ」ニ發送セラレ一週間目ニ回答アルヘキ筈ノ處最近會議迄同代表ハ何等之ニ關スル報道ヲ爲シ得サリキ露國代表ハ七月三十一日ノ會議ニ於ケル日本代表ノ質問ニ對シ右諸條件ハ利權ニヨリ程度ヲ異ニスヘキモ日本ニ與フヘキ總テノ利權ニ取リ懸諾シ得ルモノト思考シ且思考スル旨ヲ聲明セリ
北「サガレン」ノ利權問題ニ關シ意見ノ交換ヲ行ヒタル際同島ニ於ケル「シンクレア」契約ニ言及シ露國代表ハ最初右契約ハ今後若干年限內ハ之ヲ破棄スルコトヲ得ルモ破約料ヲ支拂フ必要アリト述へ後本國政府ヨリノ報道ニ基キ破約料ノ規定ナキコトヲ聲明セリ尤モ運動費及其他ノ費途ニ對スル損害ヲ支拂フ必要ヲ生スヘケレトモ其ノ價額ハ極メテ些少ナルヘシト附言セリ
二、尼港問題二關シ
*9*
(イ)露國代表ハ日本ト速ニ平和ヲ逹成センコトヲ切望シ尼港事件ニ付日本ニ對シ遺憾ノ意ヲ表スルコトニ同意セリ露國側ハ遺憾表示ニ付逐次三個ノ案文ヲ提示セリ
露國側第一案
露西亞ハ一九二〇年三月十二日乃至同五月二十八日「アムール」河畔「ニコラエフスク」市ニ發生セル殘忍ニシテ罪惡的ナル事件ニ付最モ深甚ナル遺憾ノ意ヲ表ス
當時日本人ハ軍人三百五十一名ノミナラス平和ノ住民三百八十四名男女小兒ノ別ナク「パルチザン」團ノ兇手ニ斃レ續イテ「ニコラエフスク」全市ハ約八千ノ露西亞住民ト共ニ該團匪ノ爲焦土ニ歸セシメラレタリ
同地方ハ當時日本ノ軍事占領地帶ナリシモ露西亞裁判ハ露西亞領內ニ逃レタル匪徒ヲ假借スルコトナク團匪ノ首領「トリヤピーツイン」ハ多數ノ徒黨ト共ニ最高刑罰卽チ死刑ニ宜吿セラレ此宣吿ハ直ニ執行セラレタリ
事情右ノ如クナル上露西亞赤軍ハ當時同シク占領軍ト戰爭ノ爲遠ク南方ニ在リタルモ勞農政府ハ戰鬪員タルコト能ハサル婦女子ニ至ル迄戰爭ノ渦中ニ誘致セラレタルノ事實ニ對シ遺憾ノ意ヲ表スルノミナラス更ニ一層深甚ナル痛憤ノ情ニ堪ヘサルナリ
露西亞社會主義聯邦「ソヴイエツト」共和國政府ハ尼港事件ヲ想起スル每ニ露西亞ヲ激動スル有ユル感情ヲ表示スルト同時ニ赤軍ノ規律アル部隊ニハ最早斯クノ如キ事實發生シ得サルコトヲ各人ニ了解セシメ得ルヲ誇トシ且斯ノ如キ事件カ何レノ時何レノ場所ニ於テモ發生スルコト不可能ナル時期ノ到来ハ遼遠ナラサルヲ期待シテ止マサル所ナリ{*10*へ矢印}
*11* 露國側ハ之ニ同意セス次ノ如キ第二案ヲ提出セリ
露西亞國ハ千九百二十年三月十二日ヨリ同年五月二十七日ニ至ルノ間「アムール」河畔「ニコラエフスク」市ニ於テ發生セル殘忍ニシテ罪惡的ナル事件ニ付日本國ニ對シ最モ深甚ナル遺憾ノ意ヲ表ス
當時日本軍人三百五十一名ノミナラス領事ヲ始メ平和ノ日本居留民三百八十四名男女小兒ノ別ナク「トリヤピーツイン」ノ率ユル部隊ノ兇手ニ斃レ續イテ「ニコラエフスク」全市ハ約八千ノ露西亞住民ト共ニ「トリヤピーツイン」ノ爲焦土ニ歸セシメラレタリ
前記兇行後「トリヤピーツイン」ハ其ノ部隊ト共ニ日本軍隊ノ駐屯セサル地域ニ逃レタルカ露國正當裁判所ニ於テモ之ヲ假借スルコトナク彼等ハ最高刑罰卽チ死刑ニ宣吿セラレ右千九百二十年七月九日附宣吿ハ直チニ執行セラレタリ
事情前述ノ如クナル上露西亞國ハ到ル處平和ヲ念トシツツモ猶諸所ニ於テ自己及革命ノ成果ヲ防衛スルノ已ムナキニ至レリ然レトモ婦女子ニ至ル迄悲慘ナル事件ノ渦中ニ誘致セラレタル疑ナキ事實ニ對シ旣ニ再三表示シタル遺憾ノ外更ニ深甚ナル憤怒ノ情ニ堪ヘサルモノアリ全文明人類社會ノ觀念ニ依レハ婦女子ノ如キハ斯ル事件ヲ一瞥スルコトサへ有リ得サル樣擁護セラルヘキモノナリ
總テ此等ノ事實ハ痛嘆ノ至ナレトモ露西亞社會主義聯邦「ソヴイエト」共和國政府ハ赤軍ノ規律アル部隊中ニハ最早此ノ如キ事實ナク又アリ得サルコトヲ疑ナキ誠意ヲ以テ確言スルノ絕對權利ヲ有スルコトヲ誇リト爲スト共ニ斯ル事件カ總テ何レノ時何レノ場所ニ於テモ發生スルコト能ハサルヘキ時期ノ遼遠ナラサルコトヲ喜ンテ期待スルモノナリ{*12*へ矢印}
*13* 日本側第二對案ハ露國側ノ同意スルトコロトナラス露國代表ハ更ニ次ノ第三案ヲ提議セリ
第 條(注意、露西亞側及日本側ニテ應諾スルコトアルヘキ讓步ハ横線ヲ附セリ)
露西亞國ハ千九百二十年三月十二日ヨリ同年五月二十七日ニ至ル間「アムール」河畔「ニコラエフスク」市ニ於テ發生セル殘忍ニシテ罪惡的ナル事件ニ付「日本國ニ對シ」最モ深甚ナル遺憾ノ意ヲ表ス
當時日本軍人三百五十一名ノミナラス「領事ヲ始メ」平和ノ日本居留民三百八十四名男女小兒ノ別ナク「トリヤピーツイン」ノ率ユル部隊ノ兇手ニ斃レ續イテ「ニコラエフスク」全市ハ約八千ノ露西亞住民ト共ニ「トリヤピーツイン」ノ爲焦土ニ歸セシメラレタリ
「トリヤピーツイン」及其部下ハ露國正當裁判所ニ於テ最高刑罰卽チ死刑ニ宣吿セラレ右「一九二〇年七月九日附」宣吿ハ直ニ執行セラレタリ
前記兇行後「トリヤピーツイン」ハ其ノ部隊ト共ニ日本軍隊ノ駐屯セサル地域ニ逃レタルカ露國正當裁判所ニ於テモ之ヲ假借スルコトナク彼等ハ最高刑罰卽チ死刑ニ宣吿セラレ右一九二〇年七月九日附宣吿ハ直ニ執行セラレタリ
露西亞ハ同國ニ反對ナル對鎖及干涉、歷史ニ屢有リシ{前102文字横線有り}前記ノ事實卽自國ノ犯罪者{前3文字横線有り}ニ對シ充分峻嚴ナリシト共ニ眞實平和ヲ切念シツツモ如何ナル惡運ノ爲ニヤ到ル處自國及革命ノ成果ヲ武力ヲ以テ{前5文字横線有り}擁護スルノ已ムヲ得サリシ事實ヲモ摘示セント欲スルモノナリ
露西亞ハ尼港事件ニニ{前2文字ママ}關スル本條ニ依リ日露ノ相互關係上最モ重大且困難ナル問題カ完全ニ解決セラルルノミナラス同事件ハ旣ニ兩大國間ニ於テ自然ニ成熟シツツアル接近ヲ阻止スルコト能ハサルヘク而カモ右接近ハ早晩兩國ヲ善隣關係ニ導クヘキノミナラス或ハ兩國民中ノ幾千人カ今日旣ニ切望シツツアル親善ニ導クモノナルコトヲ信シ且望マント欲スルモノナリ{*14*へ矢印}
*15* 露國代表ヨリ遺憾表示ノ文案日本側第二對案第一節及第二節卽露國側第三案第一節及第二節ニ就テハ雙方ノ意見一致シタルモ第三及第四節ニ就キ意見一致セサルニ付之ヲ未決ノ儘トシテ留保スルコトトシ他ノ問題ノ審議ニ移ルヘキコトノ提議アリタルヲ以テ{*16*へ矢印}
三、之ニ對シ露國代表ハ露國ハ如何ナル場合ニ於テモ日本ニ對シ他ノ外國ニ比シ惡シキ待遇ヲナサントスルノ意志ナシ故ニ此等日本ノ希望カ滿足ヲ得サルヘシト思惟スル根據ヲ有セサル旨回答セリ
露國側ヨリ日本側提議中「「バイカル」以東ノ露領」ハ「其ノ極東領土」トナサンコトヲ希望シタルニ依リ{*17*へ矢印}
*18* 露國側ハ日本側提案ニ同意セリ
四、國際義務問題ニ關シ
(イ)露國ハ本項ニ同意スルコトヲ拒絕セリ
*19* 露國代表ハ秘密條約ハ之ヲ公表シ且廢棄スル旨宣言シタルコトアルモ一般國際條約ハ之カ廢棄ヲ宣言シタルコトナキ筈ナリト答ヘタリ
(ロ)露國代表ハ
勞農政府ニ於テハ一般ニ從前政府ノ締結セル如何ナル債務ヲモ承認スル義務アリト思考セサルコト殊ニ戰時債務ハ之ヲ支拂ハサル完全ナル權利アルコトヲ主張シ且ツ露國カ戰爭ヲ脫退シタルハ不可抗力ニヨルモノナルコトヲ論シタリ
(ハ)露國代表ハ
「露國代表ハ本項ヲ承認スルヲ拒絕シ殊ニ日本人ノ財產及權利ハ主トシテ極東ニアリタルトコロ同方面ニハ國有制度實施セラレサリシニ依リ日本人ハ本項ニ關シ利害關係ヲ有スルコト少シ」ト述ヘタリ
五、之ニ對シ露國代表ハ主トシテ露國ノ國內法ヲ遵守スル條件ヲ以テスレハ本項ハ大體ニ於テ何等重大ナル反對ヲ惹起セサルヘシト思考スル旨回答セリ
六、露國代表ハ本項ヲ著シク廣汎詳細ト爲シ又說明ヲ附スルヲ條件トシテ受諾セリ
{*1* 本問題ハ未決ノママ留保セラレタリ}
{*8* 本問題ハ未決ノ儘留保セラレタリ}