[文書名]　戰爭抛棄條約の締結に關する田中外務大臣の談話（戦争放棄条約の締結に関する田中外務大臣の談話）

（六月二十八日公表）

戰爭抛棄條約ハ一昨二十六日樞密院ノ審議終了シ昨日御批准相成リタルニヨリ御批准書ハ早速米國ニ送リ寄託ノ手續ヲ執ルコトトナルヘク、斯テ条約ハ遠カラス效力ヲ發シ將來長ク世界平和ノ礎石トナルコトト信スル。私ハ此機會ニ本條約ノ創意者タル「ブリアン」氏及之ヲ各國ニ提議シテ世界ニ平和ノ新時代ヲ劃スルニ至ラシメタ「ケロッグ」氏ニ對シ、改メテ滿腔ノ敬意ヲ表スル者テアル。

條約カ成立スルニ至ツタ交涉ノ顚末ハ、旣ニ關係文書カ公表セラレ居ルヲ以テ之ヲ詳說スルコトヲ避ケ、唯我國カ本條約ニ調印スルニ至ツタ經緯ヲ槪言シタイト思フ。

昨年四月十三日米國政府ヨリ條約案ノ提示ヲ受クルヤ、帝國政府ハ其ノ提案カ世界平和ノ確立ニ資スル所大ナルヲ認メ直チニ趣旨トシテ賛同スルコトニ決定シタルカ、次ノ三點ニ就テハ特ニ愼重ナル考慮ヲ加ヘタノテアル。卽チ

　（一）　戰爭ヲ抛棄スルト云フモ國家ノ存立ハ犠牲ニスルコトハ出來ヌ、從テ本條約ハ國家ノ自衞權ヲ否認スルモノテハナイコト、

　（二）　國際聯盟規約、「ロカルノ」條約等ニハ戰爭ヲ豫想スルカ如キ規定ヲ有スルモ、本來此等ノ條約ハ國際平和ノ保障ヲ目的トスルノテアルカラ本條約ト牴觸スルモノテナイコト、

　（三）　以上ハ條約ノ本質ニ關スル問題テアルカ、別ニ形式ノ問題トシテ特ニ考慮ヲ加ヘタノハ條約文ノ字句ノ修正テアツテ、其ノ最モ重要ナルモノハ第一條中ノ字句ヲ如何ニ修正スヘキカノ問題テアツタ。

帝國政府ハ此等ノ點ニ就テ考究ヲ重ネタ結果、昨年五月二十六日附ヲ以テ米國政府ニ對シ左ノ趣旨ノ回答ヲ發シタ。

　（一）　米國提案ノ目的ニ衷心同感テアルカラ其目的逹成ノ爲最モ誠實ニ協力セムトスルモノテアル、

　（二）　米國提案ノ條約ハ獨立國家ニ對シ自衞ノ權利ヲ拒否スルモノテナク、又國際聯盟規約、「ロカルノ」條約等ノ如キ一般平和保障ノ約定ニ含マルル義務ト何等牴觸スルモノテナイト了解スル、

　（三）　仍テ關係國間ノ討議ニ依ツテ各國カ互ニ受諾スルコトノ出來ル條約文ヲ協定スルコトトシタイ

右ノ回答ヲ發シタ當時ニアツテハ、佛米兩國政府間ニハ戰爭ノ抛棄ヲ侵略戰爭ニ限ルコト其他二三ノ重大ナル點ニ付意見ノ一致ヲ見ルニ至ラス、他ノ關係國政府ハ何レモ趣旨トシテ米國提案ニ賛成シタルモ條約文ノ細目ニ付テハ必スシモ意嚮明確ナラサル實情テアツテ、帝國政府ハ未タ案文ノ討議ニ入ル時期ニ逹シ居ラサルモノト考ヘ、回答文中ニハ將來關係國間ノ討議ニ依リ案文ヲ決定スヘキ旨ヲ明示シテ我意見ヲ留保シテ置イタノテアル。然ルニ其後米國政府ニ於テ關係國代表者ノ會商ヲ催スコトヲ爲サス、各國ニ對シ個々ニ交涉ヲ進ムル方針ヲ採ルニ至リタル爲我國モ亦機ヲ失セス條約文ニ關スル修正要求ヲ提出スルコトニ決シ、六月上旬ヨリ七月中旬ニ亙リ米國政府ニ對シ交涉を繼續シタノテアル。

帝國政府ノ提出シタ修正要求ハ條約前文中ニモ一個所アツタカ、最重要視シタノハ第一條中ノ「其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ」ト云フ字句ニ關スルモノテアツテ、該字句ハ單ニ修辭上ノ目的ヲ有スルモノニ過キスト解釋セラルルモ、帝國憲法ノ條章ニ關聯シテ疑義ヲ生スル虞カアルカラ、之ヲ修正若クハ削除シヨウト云フノテアル。之ニ對シ米國政府ハ一度條約本文ニ變更ヲ加ヘルコトトモナラハ、勢ヒ他ニ多クノ修正意見ヲ誘發シ到底收拾スルコトヲ得ナイ情態トナツテ、遂ニハ條約ノ成立ヲ阻礙スル結果ヲ見ルヤモ知レヌ。本來該字句ニハ日本國政府ノ憂フルカ如キ憲法上ノ意義ハナイモノテアルト確言シテ我要求ヲ撤回セムコトヲ希望シタ、尤モ前文中ノ字句ニ付テハ我要求ヲ容レ第二次米國提案ニ適當ノ修正カ加ヘラレテ居ル。

斯ノ如ク數週日ニ亙ツテ日米間ノ交涉カ行ハレテ居ル中ニ、他ノ各國何レモ本條約ニ賛同スル情勢トナツタノテ、本來憲法上ノ意義ナキモノト解釋セラルル字句ニ付此上我國獨リ對米交涉ニ時日ヲ費シ、國際平和ノ確立ヲ目的トスル條約ノ成立ヲ遲延セシムルカ如キコトハ大局上面白カラスト考ヘ、該字句カ代理關係ヲ表ハスモノテナイト云フ解釋ヲ明確ニスル文書ヲ米國政府ト交換シテ其交涉ヲ打切リ、七月二十日米國政府ニ對シ其提議ニカカル條約案ノ調印ヲ受諾シタルモノテアル。

當時米國政府ト交換シタル文書ハ左ノ通テアル。

　（一）　一九二八年七月十六日在米澤田臨時代理大使ヨリ「ケロッグ」合衆國國務長官ニ交付シタル覺書（譯文）

　『不戰條約案第一條中ノ「其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ」ナル字句ハ「其ノ人民ノ代理者トシテ」ノ意ニ非ス卽チ本條約ヲ締結スル者ハ人民自身ニ非ス又右字句ハ人民ニ對シ戰爭抛棄ノ重要性ヲ印象セシムルノ目的ヲ以テ本條約ニ挿入セラレタルモノナリト了解ス』

　（二）　一九二八年七月十六日「ケロッグ」合衆國國務長官ヨリ在米澤田臨時代理大使ノ受領シタル覺書（譯文）

　『本官ハ今朝日本國代理大使ヨリ覺書ヲ受領シタルカ右覺書ニ於テ同代理大使ハ戰爭抛棄ニ關スル條約第一條中ノ「其ノ各人民ノ名ニ於テ」ナル字句ハ日本國皇帝陛下カ「其ノ各自ノ人民ノ代理者トシテ」署名セラルルノ意ニ非サルモノト了解セラルヘキ旨ヲ述ヘタリ本官カ一九二八年七月六日日本國代理大使ニ與ヘタル覺書中ニ於テ述ヘタルカ如ク「人民ノ名ニ於テ」ナル字句ハ「人民ノ爲ニ」ナル字句ト同意義ナリ日本國憲法ニ依レハ日本國皇帝陛下ハ自ラノ名ニ於テ署名セラレ其ノ人民ニ代リテ署名セラルルモノニ非サルカ故ニ日本國ニ於テハ右字句ハ如何ナル種類ノ代理ヲモ意味シ得サルコト極メテ明瞭ナリ本官ノ右ニ延ヘタルカ如キ解釋ニ依ル日本語譯文ハ完全ニ正確ナルヘシ』

戰爭抛棄條約ノ調印カ昨年八月二十七日巴里ニ於テ盛大ニ行ハレ我國ヨリ內田伯爵カ之ニ列席セラレ帝國ノ平和ニ誠實ナル態度ヲ中外ニ宣揚スルニ貢獻スルコト大ナルモノアツタコトハ世人ノ記憶ニ新ナル所テアル。

然ルニ前述ノ條約第一條ノ字句ニ關シ其後我國ニ於テ議論ヲ生シ、之ヲ憲法ニ牴觸ストスルモノト然ラストスルモノト國民ノ間ニ說カ分ルルニ至ツタ。政府ハ旣ニ說キタル如ク此字句ニ就テハ提案國タル米國政府當局ノ意見ヲモ質シ十分ナル考査ヲ盡シテ、代理關係ヲ有スルモノニアラサルコトヲ確信スルニ至リ始メテ條約ニ調印シタルモノナリト雖、現ニ斯ノ如キ憲法上ノ議論ヲ生スルニ至リタル以上更ニ進テ此重大ナル疑惑ヲ一掃スル措置ヲ執ルノカ適當テアルト認メ、且又條約本來ノ性質カ精神的效果ヲ主トスルモノテアルコトニ𥡴ヘ、之ニ對シ國民全部ノ支援ヲ與フルコトヲ必要トシ其ノ爲ニハ憲法ニ牴觸ストノ說ヲ採ル者ト雖安ンシテ之ニ賛同スルコトヲ得ル方法ヲ講シ、國論ノ統一ヲ期スルコトカ施政上ノ緊要事テアルト考ヘ、今回該字句ハ我憲法ノ條章ヨリ觀テ我國ニ限リ適用ナキモノト了解ストノ趣旨ノ宣言ヲ發シ、此宣言ヲ存シテ本條約ノ御批准相成ルヤウ奏請スルニ至ツタモノテアル。

終ニ臨ンテ本條約ニ付テハ我國ニ於テ種々論爭アリタルニ拘ハラス、戰爭抛棄ナル條約ノ本體ニ對シテハ總テノ論者カ滿腔ノ賛意ヲ表シ一人ノ例外モナク擧國一致世界ノ平和ニ貢獻スルヲ得タコトヲ全國民ト共ニ慶賀シタイト思フ。