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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 北支停戰關係政治協定に關する內田外相訓令(北支停戦関係政治協定に関する内田外相訓令)

[場所] 
[年月日] 1933年5月29日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,273-274頁.
[備考] 
[全文]

  電送第一〇〇三二 一〇〇三三號

   五月二十九日後九、二〇發

   內田大臣

 在北京

  中山書記官

   北支停戰關係政治協定ノ件

 第八一號

貴電第二二七號ニ關シ

一、停戰協定ト併行シテ取極ムヘキ政治事項ノ內容ニ付テハ往電第七八號ヲ以テ一應申進メ置キタルカ此ノ際餘リ細目ニ亙リタル要求ヲナスコトハ却テ事態ヲ紛糾セシムルノ虞アルニ付大體別電第八二號ノ如キ大綱丈ケヲ約束セシメタル上(但シ右別電ノ四停戰區域ニ於ケル治安維持ニ付テハ多少トモ細目ニ亙リ具體的ニ決定シ置ク要アルヘシ)一方停戰協定ノ遵守ヲ監視スル關東軍ノ威力ト他方我方ノ外交手段其ノ他ノ方法ニ依ル北支政權指導トヲ以テ此等約束ヲ誠實ニ實行セシムル樣仕向クルコト時宜ニ適スルモノト存ス

二、右政治事項取極ノ時期ニ付テハ(イ)塘沽ニ於ケル停戰交涉ノ際一氣ニ取纒ムル案ト(ロ)停戰協定成立直後北平ニ於テ黃郛トノ間ニ取極ムル案トヲ考慮シ得ヘキ處右(イ)案ニ付テハ支那側停戰交涉委員ニ於テ黃郛ヨリ其ノ權限ヲ附與セラルルモ尙ホ斯種政治事項取極ノ責任ヲ執リ得ヘキヤ疑ハシキ恨アリ又(ロ)案ニ付テハ多少トモ時機ヲ失シ我軍ノ威力ヲ充分ニ利用シ得サルカ如キ恨アル次第ニテ右(イ)(ロ)何レノ案ニ依ルヘキヤハ現地ノ狀況ニ依ルコトト致度尙ホ(イ)案ニ依ル場合ニハ豫メ黃郛ヲシテ支那側首席委員又ハ他ノ委員中ノ適當ノモノニ斯種政治事項取極ヲナスノ全權ヲ附與セシムル樣手配方必要ナリ又(イ)案實行ノ爲メ停戰協定ノ締結ヲ遲延若クハ困難ナラシムルカ如キコトナキ樣配意方必要ナリ

三、右政治事項取極ノ形式ニ付テハ樞密院ニ對スル關係ニ顧ミ條約又ハ協約等ノ形トスルコトナク(從テ政治協定ノ辭句ノ使用ヲ避クルコトヲ要ス念ノ爲メ)了解事項ヲ記錄ニ止メ日支双方ノ責任者(卽チ我方ハ貴官又支那側ハ黃郛又ハ同人ヨリ全權ヲ附與サレタルモノ)ニ於テ署名調印セル形トスルコト可然(支那側ニ對スル效力ニ於テハ兩者何レニテモ同等ナル次第ナリ)該形式ハ支那側ノ面目上モ適當ナルヘク將又右書面ハ差當リ極秘ニ附スルコトトシ差支ナカルヘシ

 就テハ敍上ノ趣旨御含ノ上可然御措置相成度本電陸海軍ト打合スミ

 電送第一〇〇四二號 五月二十九日後一〇、發

   內田大臣

 在北平

  中山書記官

   北支停戰關係政治協定ノ件(別電)

 第八二號

一、駐平政務整理委員會ハ其ノ管轄區域內ニ於ケル黨部ノ排日的活動其ノ他一切ノ排日運動ヲ彈壓スルコト

二、同委員會ハ其ノ管轄區域內ヨリ義勇軍其ノ他ノ方法ニ依リ關外ノ治安ヲ攪亂スル一切ノ策動ヲ彈壓スルコト

三、同委員會關內ト關外トノ間ノ適法ナル平和的交通ニ對スル一切ノ障碍ヲ除去スルコト

四、(停戰協定ニ含マルルコトトナルヤモ知レス)同委員會ハ停戰區域ニ於ケル治安維持ノ爲日本側ノ同意スル施設ヲナスコト