[文書名] 華府海軍軍備制限條約廢止通吿文及外務當局談(華府海軍軍備制限条約廃止通告文及外務当局談)
以書翰啓上致候。陳者本使ハ本國政府ノ訓令ニ依リ左ノ通閣下ニ通報スルノ光榮ヲ有シ候。
日本國政府ハ千九百二十二年二月六日「ワシントン」ニ於テ署名セラレタル海軍軍備制限ニ關スル條約第二十三條ニ從ヒ茲ニ「アメリカ」合衆國政府ニ對シ右條約ヲ廢止スルノ意思ヲ通吿ス依テ右條約ハ千九百三十六年十二月三十一日後ハ效力ヲ有セサルモノトス
本使ハ茲ニ閣下ニ向テ重ネテ敬意ヲ表シ候。 敬具
千九百三十四年十二月二十九日
「ワシントン」ニ於テ
齋藤博
在「ワシントン」
國務長官「コーデル・ハル」閣下
華府海軍軍備制限條約廢止通吿ニ關スル外務當局談
(十二月三十日公表)
帝國政府ハ今次海軍軍縮豫備交涉ニ際シテ、關係國ト協力シ、帝國國防ノ安固ヲ期シ、且軍縮ノ實ヲ十分發揮スル公正妥當ナ新協定ノ成立ヲ圖リ、以テ大海軍國間ニ脅威侵略ノ虞ヲ除キ、同時ニ成ルヘク國民ノ負擔ヲ輕減センコトヲ期シテ居ル。
帝國政府ハ此ノ見地カラ、新軍縮協定ノ根幹トスヘキ點ニ付愼重攻究ヲ遂ケタ結果
一、旣存海軍條約ハ大海軍國間ノ兵力ノ差等ヲ認メル方式ニ依ツタモノテアルカ、艦船、兵器及航空機等ノ進步ノ現狀ニ照シ、右方式ハ到底今後國防ノ安固ヲ確保シ難イカラ、新軍縮協定ニ於テハ右比率主義ニ代フルニ各國ノ保有シ得ヘキ兵力量ノ共通最大限度ヲ協定スル方式ニ依ラシメルコト
二、(イ)而シテ軍縮ノ精神ヲ發揮スル爲、右限度ハ成ルヘク之ヲ
小ナラシメルト共ニ
(ロ)各國ヲシテ攻ムルニ難ク守ルニ不安ナカラシメル爲、攻擊的兵力ハ之ヲ全廢若クハ極力縮減シ、防禦的兵力ハ之ヲ整備スルコト
ノ要旨ニ依ツテ新協定ノ締結ヲ圖ルコトヲ最軍縮ノ本義ニ合致スルト共ニ、各國國防ノ恒久的安固ヲ確保スル所以テアルトシ、之ヲ我方ノ根本的主張トシテ關係國ニ說示シ來ツタ。
然ルニ華府海軍軍備制限條約ハ、帝國政府カ最攻擊的ナ艦船トシテ全廢ヲ企圖スル艦種ノ保有ヲ認メルモノテアルノミナラス、比率主義ニ依リ大海軍國間ノ兵力ノ差等ヲ規定スルモノテアルカラ同條約ノ存續ハ帝國政府ノ根本方針ニ照シ到底容認シ得ナイモノニ屬スル、且劣等比率ヲ以テ律セラルルコトハ我國民ノ自尊心ヲ傷クルモノテ、永遠ニ國民ニ對シ滿足ヲ與フル所以テナイ。從テ帝國政府ハ同條約ヲ昭和十一年末、卽チ同條約ニ規定セラルル最初ノ有效期限到來ト共ニ廢止セシムルコトヲ適當ト認メ、同條約ノ規定ニ從ヒ本年末迄ニ右廢止ノ意思ヲ通吿スルヲ必要トシタ。右帝國政府ノ意嚮ハ夙ニ大體英米側ニモ豫吿セラレタ所テアル。尙我方ハ今次ノ豫備交涉ヲ成ルヘク友好的且效果的ニ行フコトヲ希望シタノテ、出來得レハ關係國ト共同シテ右廢止通吿ヲ行ヒ、然ル後更ニ協力シテ新條約ノ成立ニ努メルコトヲ適當ト認メタ。仍テ帝國政府ハ先般來關係諸國全部ニ對シ右趣旨ヲ說示シ、共同廢止通吿方ヲ勸說シタ處、何レノ國モ之ニ同意シナカツタノテ、茲ニ帝國單獨ニテ今回華府海軍條約廢止ノ意思ヲ同條約第二十三條ノ規定ニ基キ書面ヲ以テ米國政府ニ通吿スルニ決シタ次第テアル。右廢止ノ通吿ハ該條約ノ規定ニ已ニ明瞭ニ豫見シテアル所テアツテ、各締約國カ條約上有スル權利テアルコトハ言フ迄モナイ。
右ニ依テ明カナル如ク、華府條約廢止ニ關スル帝國政府今回ノ措置ハ、同條約ニ代リ最公正妥當ニシテ軍縮ノ精神ニ合致スル新協定ノ締結ヲ期スル前記我方根本方針ノ當然ノ歸結ニ過キナイ。
帝國政府ハ右條約廢止通吿後ト雖勿論關係諸國トノ友好的商議ヲ爲スノ用意アルモノテ、公正合理的ナ新協定ノ成立ヲ見ルコトハ其ノ衷心ヨリ冀望スル所テアル。進テ軍擴ヲ行ヒ、或ハ國際平和ヲ害スルカ如キハ、全然帝國ノ夢想タニモシナイコトハ、我方カ攻擊的艦船ノ全廢又ハ大縮減ヲ要望シ、不脅威不侵略原則ノ確立ヲ期シ居ルニ鑑ミ明白テアルカラ、關係諸國ニシテ虛心坦壤ニ此ノ點ニ思ヒヲ致スナラハ、必スヤ我提案ノ妥當ナル所以ヲ諒解スルテアラウ。斯クテ各國カ攻擊的艦船ノ全廢又ハ大縮減ニ依テ現有勢力ノ大縮少ニ同意スルト共ニ、其ノ保有シ得ヘキ兵力量ノ共通最大限度ヲ協定スルニ至レハ、各國ハ何國ヨリモ脅威サレナイ安全感ヲ確保セラレ、茲ニ創メテ恒久的平和關係ノ確立ヲ見ルヘキコトハ帝國政府ノ確信スル所テアル。