データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 通商擁護法發動に關する當局談(通商擁護法発動に関する当局談)

[場所] 
[年月日] 1935年7月20日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,296-298頁.
[備考] 
[全文]

   (七月二十日)

  一、

現下世界ノ各國ハ凡ユル手段ヲ以テ貿易ノ制限方法ヲ講シテ居ルニ拘ラス、日本ハ自由通商ノ主義ヲ堅持シ、對外貿易ノ障害トナル手段ノ實施ヲ避ケルト同時ニ關係諸國ニ對シテハ友好的交涉ニ依テ反省ヲ求メ、以テ國際通商ヲ軌道ニ復セシメ、人類ノ幸福增進ニ寄與セントシテ居ルコトハ今更說明ヲ必要トシナイテアラウ。

今次ノ勅令ニ依ル措置ハ右ノ樣ナ帝國政府ノ公正寬大ナル政策ニ依テ本邦ニ對スル貿易上非常ナ利益ヲ得テ居ルニ拘ラス、本邦品ノ輸入ニ對シテ不當ナ措置ヲ講シ、我方カラ條理ヲ盡シテ交涉スルモ如何シテモ改メナイ國ヲシテ自ラ反省セシメントスル目的ニ出テタモノテアル。換言スレハ、右ハ我國ノ根本方針タル自由通商政策擁護ノ爲已ムヲ得ス執ツタ例外的手段テアツテ、我通商政策ノ變更ヲ意味スルモノテハナイ。

從テ前記勅令中テハ之カ適用ヲ受クヘキ國ノ條件ヲ極メテ嚴重ニ規定シテ居ル。而シテ現在右ニ該當スルノハ加奈陀ノミテ、同國ニ對シ通商擁護法ヲ發動スルノ止ムナキニ至ツタノハ遺憾テアル。今茲ニ其ノ所以ヲ明ニシテ置キタイト思フ。

  二、

加奈陀ハ現行日英通商條約ニ加入シ居ル關係上、日加兩國ハ相互ニ最惠國待遇ヲ許與シナケレハナラナイコトニナツテ居ル。然ルニ加奈陀ハ本邦貨幣伊ノ低落ヲ理由トシテ、凡テノ本邦品ニ對シテ各種從價稅ヲ賦課スルニ當リ、圓建ニ依ル輸出價格ヲ從來ノ兩國貨幣法定平價(百圓對四十九弗八十五仙)ニ依テ加貨ニ換算シ之ヲ課稅標準トシ、且加奈陀ノ生產品ト「同級同種」ト看做サレル物品ニ付テハ、法定平價ニ依ル換算價格ト現實爲替相場(百圓對約二十九弗)ニ依ル實際價格トノ差額ヲ所謂爲替「ダンピング」稅トシテ賦課シテ居ル。

加奈陀ノ法規ニハ右ノ樣ナ課稅價格及爲替「ダンピング」稅ハ加貨ヨリモ五%以上多ク爲替相場ノ下落シタ貨幣ヲ有スル諸國(此ノ條件ニ該當スル國ハ殆ト二十ケ國モアル)ノ產品ニ適用スル旨規定セラレテ居ルカ、現ニ之カ適用ヲ受ケテ居ルノハ日本外五ケ國ノ產品ニ限ラレル。而モ日本以外ノ五ケ國ノ對加貿易ハ微々タルモノテアリ、且爲替「ダンピング」稅ヲ賦課セラルル商品ハ極メテ少數テアルカラ、結局本邦品カ最不利益ナ待遇ヲ受ケテ居ルノテアル。

又加奈陀政府ハ國內產業保護ノ理由ニヨリ、多數ノ外國品ニ對シ各商品別ニ課稅標準價格ヲ一定シ之ヲ一般從價稅賦課ノ基礎トシ、且右標準價格ト現實價格トノ差額ヲ特別稅トシテ徵收シテ居ルカ、本邦ニ關係アル商品ニ對スル標準價格ハ法外ニ高ク決定サレテ居ル。我當業者ノ調査シタ所ニ依ルト爲替「ダンピング」稅又ハ前記特別稅ヲ賦課セラレル本邦品ノ加奈陀ニ於ケル諸稅込輸入價格ハ、同種加奈陀品ノ工場原價ニ比シ倍額以上ニ逹スルモノモ少カラス、且之ヲ日本ニ於ケル輸出價格ニ比スレハ其ノ三倍乃至六、七倍ニ相當スル趣テアル。之カ爲此ノ種日本品ノ加奈陀輸出ハ減少シタカ、其ノ內ニハ此ノ兩三年間ニ十分ノ一以下ニ激減シタモノモアリ、長年加奈陀ニ在留シテ日加間ノ取引ニ從事シテ居タ邦人商社テ取引不能ノ爲最近同國ヲ引上ケテ歸國シタモノモ少クナイ狀態テアル。

  三、

本邦品ノ對加輸出ハ、昭和五年加奈陀ニ於テ一般關稅ノ引上カ行ハレテ以來漸次困難トナツタカ、殊ニ昭和七年初頭前記ノ爲替「ダンピング」稅等カ賦課セラレテカラ非常ナ障碍ニ遭遇シタノテ、帝國政府ハ爾來「オタワ」及東京ニ於テ本邦品ニ對スル不當ナ課稅方法ノ是正方ニ就キ交涉ヲ續ケタノテアルカ、加奈陀政府ハ毫モ反省スル所カナカツタ。

元來帝國政府ノ希望スル所ハ、必シモ近年久シク我方ニ不利トナツテ居ル日加間ノ貿易ヲ均衡セシメントスルノテハナイ。唯日本力加奈陀品ノ好顧客テアル事實ニ鑑ミ、衡平ノ見地カラ加奈陀政府ニ於テモ其ノ隣邦タル米國或ハ同シ英帝國ノ一員タル濠洲ノ如ク、友誼的態度ヲ以テ本邦品ノ輸入ニ對シ名實共ニ公正ナル取扱ヲ爲サンコトヲ要求シテ居ルノテアル。

又帝國政府ハ英本國政府ト同樣爲替「ダンピング」稅ヲ以テ最惠國條款違反テアルトノ見解ヲ持シテ居ルカラ、同稅ノ賦課ニハ絕對ニ反對シテ居ルノテアルカ、殊ニ加奈陀政府カ近年本邦品ノ輸出價格カ著シク騰貴シタ事實ヲ全然無視シテ法定平價ヲ基準トスル課稅標準及右稅ヲ繼續シ、且多數ノ爲替下落國產品ノ待遇ニ付國別ニ差別ヲ設ケ、更ニ產業保護ニ名ヲ藉リ極メテ高率ナル特別稅ヲ課シ本邦品輸入ヲ防壓シテ居ルノハ甚シク不當テアルト言ハネハナラヌ。

依テ帝國政府ハ、現實爲替相場ヲ基礎トスル課稅方法ヲ採用シ、爲替「ダンピング」稅ノ適用ヲ全廢スルコト、產業保護ノ爲ノ公定課稅價格及特別稅ノ適用ニ妥當ナル改廢ヲ加ヘルコト、稅關ノ課稅振ヲ公正且明確ニスルコト等ヲ希望スルノテアルカ、我方ハ加奈陀側カラノ要求ニ依リ客月初旬右ノ趣旨ノ具體的要望ヲ提示スルト同時ニ、同政府カ右要望ヲ受諾實行スル結果トシテ同國ノ產業保護上支障ヲ來ス惧ノアル商品ニ付テハ、先方ト商議ノ上我方ニ於テ適當措置ヲ執ルコトニ吝カテナイト云フ誠意ヲモ披瀝シタノテアル。之ニ對シテ我方カラ數次ノ督促ノ結果漸ク本月十日附ノ回答ヲ得タノテアルカ、加奈陀政府ノ意嚮ハ我方ノ根本的要求ヲ去ルコト遙ニ遠ク又實際問題トシテモ右回答程度ノ讓步テハ依然我カ對加輸出ノ困難ヲ除去シ得ナイモノテアルコトカ明カトナツタ。

  四、

之ヨリ先我國內ニハ、加奈陀ノ如キ措置ヲ此ノ儘放任シテ置クコトハ我カ一般通商擁護上ニモ弊害カアルカラ、速ニ通商擁護法ノ發動ニ依テ同國政府ヲ反省セシムヘシトノ輿論カ擡頭シタカ、本月八日關稅調査委員會モ愼重攻究ノ結果、通商擁護法ニ依テ加奈陀ノ產品ニ附シテ從價五割ノ附加稅ヲ賦課スヘキ旨滿場一致決議シタ。他方日加外交交涉ハ前述ノ通到底速急ニ圓滿妥結ニ到達スル見込ノ無イコトカ明カニナリ、且通商擁護法發動ノ見込カラ生シタ日加貿易關係ノ不安狀態ヲ何時迄モ放置スルコトハ兩國市場ニ益惡影響ヲ及ホス惧カアル爲、遂ニ帝國政府ハ右委員會ノ決議ノ趣旨ヨリ成ル勅令ノ公布ヲ奏請スルコトヲ餘儀ナクセラレタノテアル。

要スルニ我方ノ執ラントスル措置ハ、加奈陀側現行措置ノ己ムヲ得サル反映テ、先方ノ採レル措置ノ範圍並程度ヲ逸脫セス、又加奈陀國又ハ加奈陀人ニ對スル從來ノ友好的精神ニ於テハ何等渝ルトコロハ無イノテアル、帝國政府トシテハ今後モ加奈陀政府ト交涉ヲ續ケテ飽迄先方ノ反省ヲ求メ、其ノ目的ヲ達シタ場合ハ直ニ今ノ勅令ヲ撤廢スル用意ヲ有スルノテアル。我々ハ加奈陀政府カ善ク日本政府ノ眞意ヲ諒得シ速ニ現行措置ヲ是正シ、以テ兩國ノ通商關係ヲ常軌ニ復シ、日加國民雙方ノ幸福增進ニ資センコトヲ希望スル。