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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 倫敦軍縮會議日本全權と英竝米全權會談要旨(倫敦軍縮会議日本全権と英並米全権会談要旨)

[場所] 
[年月日] 1935年12月13日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,309-310頁.
[備考] 
[全文]

昭和十年十二月十三日倫敦軍縮會議日英全權會談

昭和10  倫敦 十二月十四日前發

     本省 十二月十四日夜着

      軍縮全權

 廣田外務大臣

縮第二四號ノ一(極秘、館長符號扱)

十二日午後「スタンホープ」(外務政務次官、英側全權ニシテ外相不在中外相代理)ノ希望ニ應シ永井同人ヲ外務省ニ往訪シタル處會議進行振ニ付懇談アリ其ノ際更ニ日英會談ヲ續行スルコトヲ可トスヘシト申出テタルニ依リ我方之ヲ諾シ十三日午後海相室ニ於テ會談ス兩全權(岩下、寺崎帶同)英側海相「チヤツトフイールド」、「ジエームス」(軍令部次長)「フイツシヤー」、「クレーギー」出席ス會談要領左ノ通

(中略)

四、「チヤ」、度々申上ケタル通リ世界ニ亘ツテ領域ノ分散セル英帝國ノ「バルネラビリテイー」ハ大ニシテ英ハ特定艦種ニ就テハ絕對的所要量ヲ要ハ但シ之ト同時ニ他ニ相對的所要量ヲ要スコト勿論ナリ然ルニ共通最大限度ノ下ニ於テハ英ノ地位ハ極メテ困難トナルカ永野全權ハ右英國ノ特殊絕對所要量ヲ認メラルルヤ或ハ不當ナリトシテ反對セラルルヤト問ヒ永野ハ詳細ノ硏究ハ別トシ常識的ニ考ヘ英ノ「パルネラビリテイー」ノ極メテ大ナルヲ知ル從テ「アヂアストメント」ヲ行フ際ニハ英ニ大ナル「アヂアストメント」ヲ加フヘキト思フ但シ其ノ程度ハ硏究ヲ待ツヲ要スト答ヘ「チヤ」ハ貴方ニ於テハ眞實英全海軍力ヲ一點ニ集中シ得ルト考ヘラルルヤト問ヒ永野ハ御互ニ海軍軍人トシテ凡ソ必要ナル戰略地點ニ集中シ得ル勢力ノ如何ナルモノナルカハ見當カ着ク次第ニテ要ハ地球上ノ如何ナル場所ニ如何ナル場合ニモ絕對的ニ他ヲ壓倒シ得ルカ如キ兵力ヲ認ムルヲ得ストスルニアリト酬ヒ「チヤ」カ英ノ立場ヲ充分御了解願度シ英ハ英本國防備ノ必要上其ノ全兵力ヲ一海面例ヘハ太平洋ニ集中スルヲ得サルヲ以テ日英均等ノ場合ニハ如何相成ルヘキヤト訴ヘ永野ハ吾人ハ英ノ立場ヲ能ク了解シ居ルカ故ニ之ト同一兵力ヲ吾人ノ「フオーミユラ」ニ依ルモ日英均等トハナラスト述フ

五、「チヤ」ハ英ノ欲スル所ハ太平洋ニ於ケル優位ヲ望マサルモ均等ヲ欲ス然ラスンハ現ニ懸念アリトノ趣旨ニハアラサルモ英帝國內各邦ノ安全感ヲ確保シ得ス共通最大限ノ下ニ於テハ日英均等ナレハ英ハ其ノ全兵力ヲ太平洋上ニ集中セサレハ右均等ヲ得ルヲ得ス而シテ右集中ノ不可能ナルハ閣下ノ認メラルル所ナリ果シテ然ラハ日本ハ太平洋ニ於ケル英ノ劣勢ヲ恒久的タラシメントセラルルヤト問ヒ永野ハ英ノ「バルネラビリテイー」ノ大ヲ認メ從テ英ハ日本ニ比シ大ナル兵力ヲ有スルコトトナルヲ以テ「アクチユアル」ノ問題トシテハ大シタコトニアラスト答ヘ「チヤ」ハ然ラハ共通最大限ノ下ニ於テ如何ニシテ英ハ日本ニ比シ大ナル海軍兵力ヲ有シ得ルヤト問ヒ永野ハ再三繰返シタル如ク「アヂアストメント」ニ依ルト答フ

六、此ノ時「フイツシヤー」ハ共通最大限度及「アヂアストメント」ノ双方共合意成ルトセハ前者ハ單ナル理論的價値ヲ有スルニ過キサルコトトナル處右「アヂアストメント」ハ拘束力ヲ有スル次第ナリヤト口ヲ挾ミ又「チヤ」カ右限度ハ條約ニ依リ定メラルルヤト問ヒ永野ハ右兩者ニ對シ然リト答ヘタル處「チヤ」ハ然ラハ比率ト同一ニアラスヤト述ヘタルモ永野ハ各國ノ威信ヲ傷ケス又其ノ國民感情ヲ激發セサル方比率ノ名ヲ廢シ適當ナル「フオーミユラ」ヲ見出セハ可ナルヘシト酬ヒ「チヤ」ハ山本提督ハ先般ノ豫備交涉ニ於テ共通最大限度以下ニ止マルモ何時ニテモ右限度迄自國兵力ヲ增加スルヲ得ト述ヘラレ此ノ點難點トナリ居リタルカ右ハ如何ニ承知スヘキヤト確メタルニ對シ永野ハ理論上ハ右ノ通ナルモ余ハ今申述ヘタル通リ一定年間不動ノモノト爲スヘキモノナリト思ヒ居レリ夫レ以上ハ「フオーミユラ」ノ問題ナリト答フ

七、次テ「クレーギー」ヨリ共通最大限度ノ定メ方如何ニ依リテハ特定國ハ右限度以上ノ兵力ヲ要スルコトアルヘキコトヲ御承知ナリヤト述ヘタルニ對シ永野ハ英ノ兵力量ヲ最大限度トスレハ可ナリ但シ關係國民ノ昂奮ヲ避クルコトノ肝要ナルコトハ御互ニ留意シ度ク國民ハ自國國防ニ必要ナル兵力保持ノ權利ヲ有スト爲スモノナルカ故ニ右權利無シトスルカ如キ約束ヲ條約中ニ記載スルヲ得スト述ヘ「チヤ」ハ英ノ立場ヲ御了解賜ハリ感謝ニ堪ヘスト唯日英間ニ合意成ルトスルモ之ヲ他ノ關係國ニ提示スルニ付大ナル困難ヲ感セサルヲ得サル次第ナルカ日本側ヨリ「バルネラビリテイー」專門委員會設置方ヲ提議セラレテハ如何、右提議カ受諾セラレタル場合ニ於テモ他ノ關係國カ貴方ノ申述ヘラレタルカ如キ兵力ノ再設置ニ同意スルヤ否ヤ疑無キ能ハサル處反對ノ場合如何ニセラルル御意嚮ナリヤト尋ネ永野ハ「バルネラビリテイー」ノ硏究ハ困難且ツ比率ノ繼續ハ不可能何レノ途非常ナル困難ヲ豫期セサルヲ得サルモ御互ニ出來得ル限リ努力シ度シ但シ「バルネラビリテイー」ノ硏究ハ方法トシテ最公平ナリト確信スト述ヘ「チヤ」ハ比率主義ノ廢止ハ今ヤ確定事實ナリ日本ハ前述委員會設置ノ「イニシアチーヴ」ヲ取ラルルヤト重ネテ促セルニ依リ永井ハ共通最大限ニ關スル日本提案採擇セラルレハ右ヲ「サジエスト」スル用意アリト應シタルニ「チヤ」ハ先ツ「バルネラビリテイー」ノ硏究ヲ求ムト主張スル者アリシ場合ニハ如何ト問ヒ永野ハ吾人ハ「バルネラピリテイー」ハ共通最大限度ヲ求メタル後ノ修正材料ト爲シ度ク思ヒ居ルモ他ノ關係國カ是非共「バルネラビリテイー」硏究ノ要アリト爲スニ於テハ兩者ヲ同時ニ硏究スルモ可ナルヘシト答フ

八、「チヤ」ハ吾人ハ英現有兵力縮減ノ理由ヲ何處ニモ見出シ得サルカ他方共通最大限度採用ノ場合英米(カ日)本以上ニ必要トスル兵力ハ日本ノ兵力水準ヨリモ小ナルヘキ歐洲國兵力ト日本ノ兵力トノ差ニ依リ左右サルルモノト御承知置キ願度シト述ヘ次テ「ク」ハ十六日委員會ニ於テ日本側カ引續キ共通最大限度ニ關スル主張ヲ縷說セラレ他ノ國カ之ニ反對セル場合貴方ハ「バルネラビリテイー」專門委員會設置ヲ提議セラルルヤ佛伊側カ之ニ難色ヲ示スコト想像ニ難カラサレハ右提議ニ先立チ他代表部ト豫メ折衝セラルルヲ可トセスヤト述ヘタルニ對シ永野ハ貴方ニモ硏究ヲ要スヘキ點アルヘク我方ニ於テモ同樣ナレハ硏究ノ上回答スヘシト答ヘ會談二時間餘ニシテ終レリ

尙新聞側ノ質問アリタル場合ニハ第一委員會附議中ノ問題ノ討議ヲ續行セリト爲スニ止メ又他代表部ニ對シテハ討議時間ノ節約上第一委員會討議補足ノ爲英國側ヨリハ「バルネラビリテイー」、日本側ヨリハ「アジヤストメント」ニ關シ會談セリト述フルニ止メ本日會談內容ノ詳細特ニ日英兵力量ニ關スル部分ハ嚴秘ニ附スルコトニ了解濟(了)


  倫敦軍縮日米兩國全權會談

     倫敦 十二月十八日前發

     本省 十二月十八日後着

  廣田外務大臣   軍縮全權

縮第三〇號ノ一(極秘)

十七日午前兩全權(岩下、寺崎帶同)米全權宿舍往訪「デヴイス」「スタンドレー」、「フイリツプス」ト會談ス要領左ノ通

(中略)

四、永野ハ日本ノ眞ニ欲スル所ハ不脅威不侵略ノ狀態ニシテ均等ニ依リテノミ之ヲ實現シ得ルモノト確信シ居レリ日本ハ軍擴ノ意嚮ナク關係國軍備ノ水準ヲ低下シ以テ安全感ノ平等ヲ實現セントス先刻日本案ノ內示方ヲ求メラレタルモ何ヲ作ルカカ先決問題ナリト答ヘ「デ」ハ吾人ハ現ニ右ヲ實現セリト爲スモノニシテ防備現狀維持ヲモ含ム華府條約ニ依リ不脅威ノ狀態ヲ作リ又不侵略ニ對シテハ九國條約カ其ノ政治的基礎ヲ爲スモノト認メ居レリ余ハ何故ニ日本側カ「メネアス」ヲ感スルニ至レリヤヲ了解スルニ苦ムト述ヘ「ス」カ華府會議議事錄中加藤全權及幣原全權ノ所言ヲ讀上クルヤ永野ハ加藤全權ノ日本カ米ト均等ノ海軍ヲ作ル意思ナシトノ言ハ今日ノ日本人ノ考方トハ異ル「ヒユーズ」全權モ當時ハ潜水艦存置ヲ唱ヘ後ニ倫敦會議ニ於テ其ノ廢止ヲ主張シタル如ク考方カ時ニ應シ異ルハ已ムヲ得ス吾人ハ華府條約ヲ以テ日本ニ安全ヲ與ヘタリトハ思ハス日米間ニ右ノ如キ不當ナル差異ノアルコトカ安全ノ均等ヲ來ササル理由ナリト信ス日米均等ハ米ニ取リ果シテ「メネアス」ナリヤ攻ムルニ足ラス守ルニ易キ兵力ヲ定メハ遠ク大洋ヲ距テテ相互ニ攻擊不可能トナルカ故ニ兩國共ニ安全ヲ保チ得ルニ至ルヘシ此ノ際余ハ倫敦會議ノ結果ニ關シ當時ノ貴國海相「アダムス」カ兩院ニ於テ米ハ日本ニ取リ殆ト「インポシブル」ノモノヲ承諾セシメタリト言ヘルコトニ御注意願度シト述ヘ(「デ」ハ右樣ノコトヲ承知セスト呟キ居タリ)「ス」ハ華府條約ハ日米相互ニ正常ニ「オペレート」スル「エリア」ニ於ケル安全ヲ確保スル樣鹽梅セラレタルハ疑無キ所ニシテ若シ日本ニ均等ヲ與フトセハ比律賓「エリア」ノミナラス「アラスカ、エリア」ニ於テモ日本ニ優越ヲ與フルコトトナリ日本ニ比律賓攻略ノ意アリト爲ス米國人多數アル此ノ際右ノ如キハ到底受諾シ得サル所ナリ右ハ理窟ニハァラスシテ現實ノ問題ナリト言ヒタルニ付永野ハ劣勢ナル日本海軍カ米ヲ進攻シ得サルコトハ明カナルモ吾人ハ米海軍カ東洋海面ニ來リ「オペレート」シ得ル力アリト信スルモノニシテ現ニ貴國海軍中ニモ之ト同意見ノ人アリ比律賓カ東洋ニアルコトハ事實ナルモ他方英カ西印度及加奈陀ヲ有シ又佛カ西印度ニ領地ヲ有スルニ拘ラス米ハ歐洲ニ何物ヲモ有セサルニアラスヤ海軍軍人トシテ戰鬪ノ實際ヲ考フルニ最モ必要ナル戰略地點ニ勢力ヲ集中シ得ルモノカ戰爭ヲ左右シ得ルコト明カナリ「アラスカ」カ危險ニ瀕スルト同樣ニ東京方面ニハ幾多ノ防禦無キ島ヲ有スルニアラスヤ他方比島ハ米ノ領地ナルモ日本ノ交通線上ニアルノミナラス對日作戰ノ基地トシテ日本モ脅威シ得ルモノナリ日本ハ比島攻略ノ意思無キモ吾人ノ立場ヨリスレハ比島ノ存在ニ依リ益々米ニ優勢ヲ與フルコトトナルヲ指摘セサルヲ得スト駁ス

五、「デ」ハ貴方提案ヲ「フエア」ナリトハ考ヘラレス華府條約前ニハ何等ノ制限無ク海軍競爭行ハレ居リ同條約ニシテ無カリセハ近二、三年ノ內ニ英ヨリモ更ニ優勢ナル海軍ヲ持チ得タリシナラン然ルニ米ハ何國ヨリモ大ナル犧牲ヲ拂ヒ關係國間ノ平和理解及安全ヲ增加シタリト確信シ居レリ英ハ米ニ均等ヲ「グラント」セルニアラス米カ之ヲ「アクセプト」セルハ英米相互カ「コンフオータブル」ニ感スヘシト信セルニ依ル日本提案ハ米ヨリ「アラスカ」及比島等ノ防護力ヲ奪フモノニシテ安全ノ平等トハナリ得サルニアラスヤト述ヘ永野ハ米カ大ナル犧牲ヲ拂ヘルハ貴見ノ通ナルモ日本モ英ニ比シテハ大ナル犧牲ヲ拂ヘリ吾人ハ決シテ華府條約カ安全ノ平等ヲ來セリトハ思フ能ハス同條約ハ建艦競爭ヲ止メ爾來引續キ平和ヲ得タルハ平和ヲ愛好スル貴國カ總テヲ世界平和ノ爲ニ盡サレタル結果ニシテ吾人ハ米國カ永ク同シ態度ヲ執ラレンコトヲ望ムト答フ(後略)