データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米新通商條約締結に關する第四次東京會談(日米新通商条約締結に関する第四次東京会談)

[場所] 
[年月日] 1939年12月22日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,418-421頁.
[備考] 
[全文]

   昭和十四年十二月二十二日午後五時半ヨリ約一時間

   大臣官邸ニ於テ

先ツ「グルー」大使ハ日米關係打開ノ爲ニ日本側ノ爲シタル努力ヲ多トスル旨ヲ述ヘ次イテ前會談ニ於テ日本側ノ爲シタル新條約締結交涉開始ノ提議ニ關シテハ米國政府ハ日本政府ノ參考迄ニ其ノ立場ヲ明ニセル「ステートメント」ヲ用意セル旨ヲ述ヘ別添ノ如キ非公式書物(別添甲號參照)ヲ野村大臣ニ手交セリ右ハ米國政府ハ「通商上ノ權利及機會ノ均等原則」ヲ通商條約締結ノ基礎條件ト爲スモノニシテ從テ右原則確立カ新通商條約締結ノ先決要件ニテ又夫レニハ單ニ相手國ノ政策及措置カ問題ナルノミナラス相手國ノ勢力下ニ存スル第三國ニ於ケル米國人ノ取扱ニ關スル點モ問題視セラルルモノナル處目下日本軍ノ占領治下ニ於テハ種々ノ通商居住移動等ニ關スル制限存在シ米國ノ商業上ノ權益ニ對スル均等待遇ヲ不可能ナラシメ居ルヲ以テ右ハ新條約締結ニ對スル障碍ナルモノナルコトヲ指摘セルモノナリ

尙同大使ハ右「ステートメント」ニ關聯シ前任諸大臣ノ米國側ニ對シテ與ヘタル種々ノ保障カ實行セラルルコトヲ希望スル旨附言セリ次イテ同大使ハ暫定協定締結ノ件ニ關シテハ米國政府ハ本問題カ茲暫ラク未決定ノ儘殘サレル(ビーレフト、オープン)コトヲ提議スル旨ヲ述ヘ且米國政府ノ見解ハ日米兩國間ニ新通商條約又ハ協定締結問題ニ關係シ種々考慮ノ要アル事項ニ關シ野村大臣ト同大使トノ間ニ進行中ナリシ本討議ヲ續行スルコトヲ適當ト認ムルモノナル旨述ヘ(別紙乙號參照)更ニ一九一三年關稅法ノ規定ニ從ヒテ米國ニ入ル日本船ノ載貨ニ對シ賦課セラルヘキ從價一割稅ニ關シテハ更ニ何分ノ命令ノ發セラルル迄右賦課ヲセサルヘキコトヲ大藏省ハ關稅徵收官ニ對シ間モ無ク指令スヘク且日本船ニ對スル差別的噸稅ノ賦課ニ關シテハ商務省カ同樣措置ヲ執ルヘキ旨述ヘタリ(別紙丙號照參)

右ニ對シ野村大臣ハ米國カ無條約狀態ニ入ルトモ日米間ノ貿易ヲ「ノーマル」ナラシムル處置ヲ講スルコトハ之ヲ多トスルモ本來通商條約ハ單ニ貿易關係ノミニ關スルモノニ非スシテ一般關係ニモ影響ヲ持ツモノナレハ兩國關係ヲ安定セシムル見地ヨリ暫定協定締結ニ關シ米國側ノ再考ヲ促ス旨述ヘタル處「グルー」大使ハ右ヲ本國政府ニ正確ニ取次キタキニ依リ非公式書物ヲ得タキ旨述ヘタルヲ以テ別添丁號ノ通ノ書物ヲ後刻送付セリ

次イテ野村大臣ハ「ライト、オブ、エスタブリシュメント」ノ點ニ關スル米國政府ノ態度ヲ質問セルニ對シ「グルー」大使ハ右ニ關シテハ返答スルノ地位ニアラサル旨應酬セリ

最後ニ「グルー」大使ハ先般ノ吉澤「ドウマン」會談ニ言及シ華府ニ於テ日本側カ具體的ナル暫定協定案ヲ用意シアルコトハ承知シ居レル旨ヲ述ヘタル上本日ノ會談ノ結果ヲ本國政府ニ報吿スヘキ旨述ヘタリ

尙發表振リニ關シテハ「グ」大使ヨリ日米國交打開ノ爲ニ引續キ建設的態度ヲ以テ會談ヲ續行シ進展ヲ見タリト云フ程度ノ發表ニ止メ從價一割稅及噸稅等ノ點ニ付テハ外部發表ヲ差控ヘラレタキ旨ヲ希望シ野村大臣ニ於テ右ヲ應諾セリ

別紙甲號

  「プロメモーリア」

一、米國政府ハ各國ニ對シ米國カ國際關係ヲ「サウンド」スル爲ノ基礎條件トシテ周知一定ノ諸原則及手續ニ依リ通商條約及協定ノ商議ニ入ル意嚮ナル旨ヲ屢次表明セリ

二、米國政府ハ無差別待遇ヲ以テ其ノ通商政策ノ基調ト見做シ且ツ通商上ノ權利平等竝ニ機會均等ノ原則ヲ新通商條約及協定締結上ノ唯一且ツ望マシキ基礎條件ナリト思料セリ世界主要貿易國家ノ通商政策ノ歷史ヲ通觀スルトキ通商交涉ニ於テ各國ハ例外ナク遂ニ紛爭ヲ惹起シ其ノ結果被害第三國ヲシテ對抗措置ヲ採ルノ止ムナキニ至ラシメ其ノ結果國際通商關係ノ混亂ヲ齎ラセルニ至レルカ如キ諸原則ヲ採用セリ過去ニ於テ通商上ノ主要ナル制限カ關稅率ニ存シタル時代ニハ均等待遇ノ一般的相互的誓約ニ依リ事足リタルモ近年ノ如ク割當、獨占、爲替管理、輸出入制限等ニ依ル貿易調整手段カ重要視セラレタル以上其間均等待遇確保ノタメ從來ノ一般的保障ヲ補足スヘキ新規定ヲ必要トスルニ至リタリ例之割當制限ニ對シ均等待遇ヲ確立センカ爲メニハ商品輸出國ニ對シ輸入國ハ輸入許可數量總計ノ內ニ、當該輸出國ニ對スル「公正ナル分ケ前」ヲ與フル機會ヲ確定スル明確ナル手續ヲ規定スルコトヲ要スヘシ爲替管理ニ付キテモ亦之レト同樣ニ通商及差別待遇實施防止シ外國爲替補給確保ノ爲メノ手段ヲ確立スル要アリ右ノ如キ近年ノ經驗ニ鑑ミ米國政府ハ新通商條約又ハ協定締結ノ爲メ一國ト商議セントスルニ當リテハ其ノ代償條件トシテ先ツ以テ通商上ノ無差別待遇カ保障サレ且ツ右待遇ヲ確保スヘキ措置ノ講セラルルコトヲ要求ス

三、一國ト新通商條約又ハ協定交涉ヲ目論ムニ當リ米國政府トシテハ單ニ相手國政府カソノ領域內ニ適用シ居ル政策及措置ヲ檢討スルノミナラス同國カ第三國內ニ於テ若ハ第三國ニ關シ米國人ニ影響アルヘキ政策及措置ニ付キテモ檢討セサルヲ得ス卽チ第三國ノ領土內ニ於テ右相手國又ハ其ノ出先機關カ米國ノ通商上ノ權益ニ反スル實質的且ツ繼續的ノ差別待遇モ亦明カニ米國ニ執リテ有害ナルモノナレハナリ第三國ノ意向ニ反シ第三國ニ於テ斯ル差別待遇ノ課セラレタル際ニ於テハソノ差別待遇ハ斯カル待遇ヲ爲セル國家又ハ斯ル待遇ノ賦課ヲ惹起セル國家自體ノ執置ヲ以テ最モ效果的ニ且ツ迅速ニ除去シ得ル次第ナリ然ルニ現在日本軍ノ占領スル支那ノ廣大ナル地域ニ亙リ斯ル差別待遇ハ行ハレ居リ而シテソノ差別待遇タルヤ日本政府ノ指令ニ從フ出先官憲又ハソノ代理機關ニ依リ行ハレ且ツ是等ノ機關ハ支那各地ニ於テ爲替及通貨管理輸出入ニ對スル課稅竝ニ制限、獨占竝ニ航運、旅行居住及貿易ノ制限手段ヲ以テ斯ル地域ノ經濟生活上、日本人ノ特殊利益ヲ企圖シツツアリ

四、右ノ如ク支那ノ廣汎ナル地域ニ亙リ日本政府ノ出先官憲ソノ他カ事實上米國ノ通商權益ニ對スル均等待遇ヲ不可能ナラシムルカ如キ措置ヲ講シ居ル限リ日本トノ新通商條約又ハ協定締結ノ障碍存在ス、現行ノ條約上ノ取極及權利ヲ全然考慮ニ容レサル際ニ於テモ新通商條約協定締結上ノコノ障碍ハ現在支那占領地域ニ現ニ行ハレツツアル差別待遇ノ措置アル限リ依然除去セラレサルヘシ

五、一國ト通商調整ニ關スル新條約乃至協定締結問題ヲ考慮スルニ當リテ米國政府行政及立法當局ハ共ニソノ相手國內及相手國ノ支配下ニアル地域內ニ於テ米國商品及事業ニ對シ相手國カ與ヘツツアル待遇ノミナラス當該地域內ノ米國國民、米國商社、米國投資及米國ノ經濟的文化的活動一般ヲ含ム米國商業全般ニ對シ相手國政府ノ執レル待遇ニ付キ考慮スルノ要アリ然而均等待遇ノ原則カ全地域ニ亙リ適用セラレ且ツ無差別公平待遇ノ原則カ是等地域內ニ現實ニ實施セラルルコトヲ要ス

六、米國政府ハ以上ヲ以テ日米兩國間ニ新通商條約又ハ協定締結問題ニ關聯シ最モ重要視居ル事項ヲ提示セル處日本政府ニ於テモ亦右問題ノ重要性ヲ認メラレンコトヲ希望シ且ツ日本政府カ其ノ方針ノ實效ヲ示スヘキ具體的ノ證據ヲ提示セラルルコトヲ欣幸トナスモノナリ

  一九三九年十二月二十二日

別紙乙號

  「オーラルステーツメント」

 日本政府カ其ノ努力ヲ傾倒シテ日米兩國關係ニ不幸ナル影響ヲ及ホシツツアル事態ノ改善ヲ企圖シ且ツ將來ニ亙リ此種努力ヲ繼續セントセラレツツアルコトハ米國政府ノ深ク感銘スルトコロナリ

 新條約締結ノ商議促進問題ニ關スル貴大臣ノ「ステーツメント」ニ付キテハ米國政府ハ日本政府ノ「インフオーメーシヨン」及考慮ニ資センカ爲メ米側ノ立場ニ關スル「ステーツメント」ヲ作成セリ假條約締結ニ關シテハ米國政府ハ茲暫ク之ヲ未決定ノ儘ニ殘サルルコトト致度

 米國政府ハ目下ノ處日米兩國間ニ新條約若ハ取極ノ締結方ニ關シ貴大臣ト在京米國大使トノ間ニ進行中ノ討議ヲ繼續スルコト最モ時宜ニ適スヘシトノ見解ヲ有ス

  一九三九年十二月二十二日

別紙丙號

 米國大藏省ハ近ク米國稅關長及關係官憲ニ對シ條約消滅後ニ於テ一九一三年關稅法ニ規定ノ從價一割ノ差別的關稅ノ徵集方ニ關シテハ更ニ追加訓令ヲ發出スル迄ハ日本船舶ニ積載ノ上米國ニ輸入セラルル貨物ニ對シ適用セサル旨ノ通牒ヲ發スヘシ

 尙船舶ニ對スル差別的噸稅ニ付キテモ商務省ハ前記貨物ト同樣措置ヲ講スヘキ旨ノ商務省ノ決定成立セリ

  一九三九年十二月二十二日

別紙丁號

 米國政府ニ於テ日米通商條約失效後ト雖モ兩國間ノ通商カ平常通行ハレンカ爲必要ナル措置ヲ執ルニ決定セラレタルコトハ洵ニ多トスル所ニシテ又右ニ對スル貴大使ノ御盡力ヲ深ク感謝スル次第ナリ

 但通商條約ノ問題ハ單ニ兩國通商關係ノ問題タルニ止マラス一般的國交ニ關スル所大ナルヲ以テ日米間カ無條約狀態トナリタル時假令通商關係カ大體平常通リ維持セラルト雖モ暫定的ニテモ何等取極ナキ場合ニハ兩國間ノ通商カ明日ヲモ測ラレサル不安ノ觀ヲ呈スヘク惹イテ兩國ノ國交カ如何ニモ不安定ナル印象ヲ與フルコトトナルヲ以テ日米關係改善ノ大局的見地ヨリ暫定協定締結方ニ付貴國政府ノ深甚ナル御考慮ヲ得ル樣致度

 日本側ニテハ夙ニ此ノ見地ヨリ研究ノ結果暫定協定ニ付一案ヲ得テ之ヲ在華府堀內大使ニ電報シアルコトハ曩ニ吉澤局長ヨリ「ドーマン」參事官ニ申上ケアル通ナルカ華府ニ於ケル談合ノ都合ニ依リ右案ヲ國務省側ニ提出スルコトトナリ居ル次第御含置アリ度