[文書名] 須磨情報部長談
須磨情報部長談
四月一日
ハル長官聲明ニ付テハ有田外相カ旣ニ其ノ車中談テ見解ヲ述ヘテ居ルカ、大體今次ハル聲明ハ米國從來ノ態度カラ觀テ當然ノ歸結ト觀ルヘキテアル。
然シ余ハ茲ニ二ツノ點ヲ指摘シテ置キ度イ。
第一ニハ米國大使グルー氏ハ昨年野村外務大臣トノ會談ニ於テ、米國政府ハ日米間ノ問題ニ付建設的精神ヲ以テ交涉スル用意カアルト言明シタノテアルカ、今回ノハル長官聲明ハ東亞ノ新秩序ヲ齎シ平和ヲ確立スル目的ヲ以テ樹立サレタ汪精衞以下ノ新中國中央政府ヲ否認シ、又現ニ我カ日本ト戰鬪ヲ繼續中ノ重慶政府ヲ認メ、之ヲ使嗾シ援助スルノ擧ニ出タモノテアツテ、斷シテ建設的精神トハ相容レス、相互矛盾撞着シタモノテアル。ハル聲明ハスチムソン氏一派ノ日本侵略不參加委員會ノ連中ノ反日的策動ヲ刺戟シ、同時ニ重慶政府ニ對シテ相當大ナル援助ヲ與ヘル行爲テアル。
第二ニハ我方ハ日米間ノ問題ヲ解決シ、兩國國交改善ノ爲從來終始一貫シテ最善ノ努力ヲ拂ヒ來ツタモノテアルニ不拘、ハル聲明ハ我方ノ斯カル努力ノ成果ヲ見極メルタケノ忍耐ト雅量トヲ示サス、反對ニ我方ノ誠意アル努力ヲ無視シ、如何ニモ日本カ日滿華ブロツクヲ形成シテ米國ノ經濟的活動ヲ排除スルモノテアルカノ如ク獨斷的ニ考ヘテヰル點テアル。我方トシテハ日米間ノ種々ナ問題解決ノ爲ニハ一切ノ可能ナル方途ヲ講シ盡シテ居ルノテアルカラ、米國トシテハ今少シ辛棒シテ其ノ具體的成果ヲ見守ルヘキカ當然テアルト思フ。斯カル忍耐ヲ缺イテハル聲明ノ如キモノヲ出シタコトハ遺憾千萬テアル。
尙ハル長官ハ重慶政府カ如何ニモ有力ナ勢力テアルカノ如キ口吻ヲ示シタカ、事實ハ決シテ左樣ナモノテハナイ。新中央政府ノ抱擁スル地域コソ重慶勢力下ノ未占據區域ト比較スレハ狹少テアルカ、中國關稅總收入ノ約九割ハ汪精衞氏等ノ政府ノ把握スルトコロテアリ、其ノ他重要行政地域ハ悉ク新政府ノ範圍內ニ屬スル。斯樣ナ現實ノ事態ニ對シテハ何人ト雖眼ヲ蔽フコトハ出來ヌ筈テアル。
更ニ東亞ノ新事態ニ就テハ、米國政府ハ一昨年十二月末ノ對日通牒ニ於テ米國ハ「事態ノ變化シツツアル事實ハ充分認識スル」旨ヲ明記シテヰルノテアルカラ、東亞ニ於テ發生シタ此ノ現實ノ新事態ヲ無視シ得ル道理ハナイノテアル。ハル聲明ニ對スル意見ヲ質サレタ此ノ機會ニ、以上ノ諸點ヲ明確ニシテ置ク。