データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 石澤總領事提出の對蘭印要求竝回答(石沢総領事提出の対蘭印要求並回答)

[場所] 
[年月日] 1941年1月16日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,474-478頁.
[備考] 
[全文]

   我方第一次要求(昭和十六年一月十六日)

(邦譯文)

 覺書

天然資源ニ富ム蘭印ノ廣大ナル領域ノ大部分ハ人口甚タ稀薄ニシテ未開發ノ儘ナルヲ以テ廣範圍ニ亘リ開發ヲ必要トスル狀態ニアリ是等地域ノ開發カ啻ニ蘭印ノミナラス日本ニ對シテモ利益ヲ齎ラスト共ニ世界ノ福祉ニ寄與スヘキコトハ言フヲ俟タサル所ナリ事實上日本及蘭印ハ經濟的ニ相互依存ノ關係ニ在リ且日本ハ地理的ニ歐米ノ列强ヨリモ蘭印ニ近接シ居レリ從テ兩國間ノ經濟的關係ヲ調整スル必要ニ大ナル重要性ヲ置カサルヘカラス日本ハ蘭印ニ於ケル天然資源ノ開發ニ對スル參加竝ニ蘭印トノ貿易其ノ他ノ經濟的關係ノ增進ヲ切望スルモノナリ蘭印政府ニシテ日本ノ要望ニ應シ日本國民ノ蘭印ニ於ケル經濟的活動ニ對シ便宜ヲ供與スルコトヲ承諾セラルルニ於テハ右ハ蘭印自體ノ繁榮ニモ亦大イニ寄與スヘキモノナルコトハ日本ノ堅ク信スル所ナリ

上述ノ見解ニ基キ日本政府ハ蘭印政府ニ對シ次ノ如キ提案ヲ爲サントスルモノナリ

一、日本人ノ入國及ヒ其他ノ事項

 (一)、入國制限ノ緩和

  (A)、(B)及(C)項記載ノ者ヲ除キ日本政府ノ發給シタル旅劵ヲ所持スル日本人ノ入國ニ對シ蘭印入國法ニ規定セラレタル最大限例ヘハ一九四〇年初頭ニ於テ定メラレタル一、六三三人ニ達スル迄許可セラルル樣外國人勸勞條令ノ手續ヲ簡易ナラシムルコト

  (B)、多數日本人ノ入國ナクシテハ急速ナル開發ヲ殆ント期待シ得サル外領殊ニ「スマトラ」、「ボルネオ」及ヒ大東亞ニ於ケル開拓事業ノ爲ニ必要ナル日本人ニ對シ入國ヲ許可スルコト

  (C)、一時的滯在ノ爲ニ入國ヲ許可セラルル日本人ハ(A)項記載ノ人數ニ包含セラレサルヘキコト

  (D)入國稅ヲ廢止セラルヘキコト

 (二)、開發上ノ障碍除去

事業ノ遂行及ヒ其他ノ經濟的活動上必要アル場合之ヲ阻害スルカ如キ如何ナルモノモ之ヲ除去セラルヘキコト

 (三)、日本人醫師ノ診療自由

日本ニ於テ醫師(齒科醫ヲ含ム)トシテ資格ヲ有スル日本人カ蘭印ニ於テ診療ノ許可ヲ與ヘラルル爲開業醫ニ對スル制限ヲ緩和セラレ度コト

 (四)、日本人企業經營ノ增進

日、蘭印合辨事業カ企業ノ經營形態トシテ要望セラルル場合ハ其實現ニ對シテ必要ナル援助ヲ與ヘラルヘク且智的竝ニ技術的勞働者ノ雇傭、運輸施設(鐵道、港灣、船舶等)及其他建設上必要トスル取極メニ關シ凡テノ日本人企業者ニ對シ好遇ヲ與ヘラルヘキコト

 (五)、總テ日本人ノ申請又ハ要求ハ友好的精神ヲ以テ取扱ハルヘキコト

二、各種ノ事業

 (一)、鑛業

   或地方(蘭印政府保留地域ヲ含ム)ニ於テ日本人ノ要望スル各種ノ鑛產物ノ開發ニ對スル許可ハ可及的急速ニ且廣範圍ニ亘リ與ヘラルヘキコト

 (二)、漁業

   土人漁業トノ競爭ヲ惹起セサル限リ領海內ニ於ケル日本人漁業ヲ許可セラルルコト、之カ爲ニ必要ナル漁船、漁夫及ヒ使用人ノ增加ヲ許可セラルルコト、且深海漁業ニ於テモ同樣許可セラルルコト、漁業根據地又ハ其ノ附近ニ於テ漁業及ヒ其經營ノ爲必要ナル施設(漁市場、製氷工場、冷藏庫、油槽、魚類製造工場、漁船修理工場等)ヲ許可セラルルコト、魚類輸入港ニ對スル制限ノ撤廢、蘭印ニ於テ日本人漁業者ノ捕獲セル魚類ハ輸入稅ヲ免除セラルヘキコトヲ要望ス

三、交通及通信

 (一)、日、蘭印間航空事業ノ開始

   日本機ニヨル日、蘭印間直通航空事業ノ開設ヲ許可シ且之ニ關シ日本ノ航空士ニ對シテ無線通信上必要ナル便宜ト無線ニヨル氣象通報トヲ與ヘラレ度キコト

 (二)、日本船舶ニ對スル各種制限ノ撤廢

   (A)、蘭印政府カ旣ニ日本人ニ許可シタル沿岸航海ニ關シテハ日本船舶數ノ增加ヲ許可シ、且日本船舶ニ對スル噸數及ヒ航行範圍ノ制限ヲ廢止セラルヘキコト

   (B)、日本人企業ノ爲ノ日本船舶ニ沿岸航海ノ許可ヲ與ヘラルヘキコト

   (C)、日、蘭印間ノ交通及貿易促進ノ爲日本トノ直通ヲ必要ナリトスル港ハ開港場トシテ指定セラルヘキコト

   (D)、日本向貨物積込ノ爲不開港地ヘノ日本船ノ寄航ヲ必要トスル場合ハ其手續ヲ簡便ニシ且出來得ル限リ迅速ニ取扱ハルヘク又其ノ不開港地寄航船舶ノ噸數ニ對スル制限ヲ撤廢セラルヘキコト

 (三)、日、蘭印間通信ノ改善

  (A)、日、蘭印間ニ安全且能率的ナル通信ヲ建設スル爲技術的ニ最新式ナル海底電線ヲ日本ノ管理下ニ敷設スルコトニ對シ承認ヲ與ヘラルヘキコト

  (B)、日、蘭印間ノ電信ニ於ケル日本語使用ノ禁止ヲ解クコト

四、營業制限

營業制限令ノ下ニ在ル倉庫業、印刷業、織布業、製氷業、護謨燻製業等ニ關スル日本人ノ請願ニ對シテハ可及的許可セラルヘキコト

五、商業及貿易

 (一)、日本商品ニ對スル輸入割當ハ別表記載ノ通リ規定セラルヘキコト

 (二)、日本ハ別表記載ノ通蘭印物產ノ買付ヲ爲ス用意ヲ有ス

 (三)、輸入割當ノ增加セル分ハ蘭印ニ於ケル日本輸入商ニモ下附セラルヘキコト

 (四)、蘭印ニ於ケル日本輸入商ハ第三國品ヲ輸入スヘキ義務ヲ免除セラルヘキコト

 (五)、蘭印ニ輸入セラルヘキ日本商品ニ對シテハ關稅及ヒ通關手續ニ於テ友好的ナル措置ヲ執ラルヘキコト

  蘭側對案(昭和十六年二月三日)

(假譯) 覺書

今次經濟交涉ニ關スル蘭印政府ノ地位ヲ明カニシ且起リ得ヘキ誤解ヲ避クル爲蘭側代表ハ蘭印ノ經濟政策ヲ決定スヘキ考慮ヲ茲ニ再ヒ簡單ニ聲明ス

中立國又ハ非交戰國ト相互ノ通商ヲ促進スル爲經濟關係ヲ改善シ且調整セントセハ、友好的精神ヲ以テ實行セラルヘキ不斷ノ關心ヲ要スル次第ナルモ之ニ關シテ採ラルヘキ措置ハ左ノ如キ原則ニ從ハサルヘカラス

第一、ニ蘭印住民ノ福祉、進步及解放ハ蘭印政府ノ政策ノ主要目的ナルカ故ニ住民ノ利益ト相容レサルカ或ハ彼等將來ノ發展限界ヲ不當ニ狹小ナラシムルカ如キ措置ハ之ヲ避クルコトヲ考慮セサルヘカラス

第二、ニ蘭印ノ利益ハ外國トノ經濟的關係カ嚴正ナル無差別主義ノ上ニ維持セラルヘキコトヲ必要トス、而シテ經濟的開發ニ對スル外國ノ參加ハ和蘭王國ノ大ナル領域內ニ於ケル自給的經濟單位トシテ蘭印カ漸次形成セラルルコトヲ妨害セサルモノナルコトヲ要ス從テ如何ナル經濟的活動ノ分野ニ於テモ外國權益ノ優越的地位ノ發生ヲ許スヘカラス

第三、ニ和蘭王國ノ捲込マレタル戰爭中ハ貿易其他ノ經濟的活動カ直接又ハ間接ニ敵國ノ利益トナルコトノ防止及蘭印國防ノ安全ノ爲ニ制限ヲ受クルコトハ不可避ナルコトヲ認メサル可ラス更ニ日本側代表ノ覺書ニ於テ第一ニ蘭印資源ノ開發ハ未タ不充分ナリ第二ニ日、蘭印間ノ經濟的關係ハ「相互依存」ナル言辭ノ使用ヲ正當ナラシムル程重要性ヲ有スルモノナルコトヲ意味セルモノノ如クナルモ蘭側代表ハ斯カル主張ハ事實ニ依テ立證セラレタルモノニ非ル如ク思惟セラルルコトヲ指摘セント欲ス、所謂外領ノ大部分カ人口稀薄ナリトノ事實ハ尤ナレトモ外領ノ開發セサルコトハ資金勞力及企業心ノ乏シキコトニ因ルモノニ非スシテ主トシテ其包藏スル資源ノ不足ト散在的ナル性質ニ起因スルモノニシテ卽チ外領ニ於ケル內國及外國資本ニ依ル若干ノ農、林、鑛業ノ成績不良ナルコトハ幾多ノ科學的開發ニ依リテ示サレタル經驗ニ徵シ右見解ヲ堅持スルモノナリ、槪言スレハ蘭印ハ實際食料ノ自給ヲ爲セルノミナラス熱帶農企業ノ殆ント凡ユル方面ニ於テ世界市場ニ於ケル供給過剩ヲ防止スヘキ生產制限ヲ爲スコトヲ必要トスル程生產ノ發達ヲ見タリ、又鑛產物ノ生產高ハ鑛產物埋藏量ニ比シ割合ニ多ク而シテ發見セラレタル鑛物カー鐵鑛ノ如ク其品質劣等ナル場合ニ於テモー該鑛物ニ對スル需要ノ起ルコトヲ期待シ得ヘキ時ハ直チニ之カ開發ニ着手セリ然シ是レ以上開發ノ餘地ナキコトヲ意味スルモノニ非ス、然レトモ假令善意ノ外國民間資本ト智識トノ協力カ上述ノ限界內ニ於テ歡迎セラルルト雖モ其開發ハ合理的經濟ノ線ニ沿フテ行ハルヘク且主トシテ蘭印ノ他ノ地方ニ於ケル稠密ナル人口ト其中ニ於テ急速ニ增加シツツアル敎育アリ且訓練アル者ノ援助ニ依リ且彼等ノ利益トナル如ク實現セラルヘキモノナリ

政府ノ組織下ニ行ハルル爪哇ヨリノ農業移民ノ數カ一ケ年五萬人ノ水準ニ達シ然モ其數急速ニ增加シツツアル事實ハ蘭印カ外國ヨリノ移民ヲ必要トスルモノニ非スシテ寧口經濟的ニ有望ナル外領ノ全地方ハ爪哇其他ニ於ケル人口壓力ノ緩和ノ爲ニ必要ナリトノ確信ヲ與フルモノナリ蘭印ト日本帝國トノ間ノ通商關係ノ重要性ニ關シテハ蘭印總輸出額ニ於ケル日本帝國ノ割合カ一九三〇-一九三二年ニ於ケル平均四、二一%ヨリ一九三七−一九三九年ニ於ケル平均三、七四%ニ減少シタルコトヲ注意セラルヘカラス而シテ蘭印輸入ニ於テ日本ノ割合カ增加シタルコトハ事實ナルカ右ハ蘭印ノ第三國向輸出ニ依ル購買力ノ起生ニ俟ツ所大ナルコトヲ看過スヘキニ非ス

蘭印輸出額ニ於テ支那(香港ヲ含ム)及滿洲國ノ占ムル割合ハ一九三〇ー一九三二年ノ八、一五%ヨリ一九三七ー一九三九年ノ三、五五%ニ減退セルカ如ク更ニ逆調ヲ示セルコト及今次戰爭ニ依リ大部分ノ歐洲市場ハ失ハレタリト雖モ前記ノ狀勢ニ殆ント變化ナク一九四〇年一月ヨリ十一月ニ至ル間ノ對日本帝國輸出割合ハ五、一八%對滿支ハ三、九四%トナレルニ過キサルコト茲ニ斯ル輸出ノ狀勢ハ蘭印ノ福利ハ對全世界貿易ニ依存スルモノニシテ單ナル地理的近接ハ大量貿易ノ原因トナリ又ハ之ヲ維持スル上ニ於テ支配的要素ニ非ルコトヲ證明スルモノナルコトハ銘記スヘキ事實ナリ

事實上輸入國ノ繁榮及其結果生スル需要カ距離ヨリモ遙カニ重要ナル要素ナリトス

數字ハ明カニ經濟關係改善ノ餘地アルコト及能フ限リ今後經濟的關係ノ更ニ平常ナル發達ヲ計ルヘク凡ユル理由アルコトヲ示シ居レリ而シテ之ニ關シ蘭側代表ハ日本政府ノ「イニシヤチヴ」ヲ取リタル此經濟交涉ノ機會ヲ利用シ左ノ如ク提案ス

一、日本ノ蘭印物產輸入

 經濟的ニ蘭印ニトリ重要ナル蘭印物產ニシテ現在金融上其他ノ措置ニ依リ日本ヘノ輸入カ阻害ヲ受ケ居ルモノヲ日本國內消費ノ爲ニ購入セラレ度右ハ就中左記物產ニ關スルモノトス

 A、砂糖

  日本及滿、支ノ中從來日本ノ製糖業者ニ依リテ供給セラレタル地方ニ於テ蓍シク不足ス

 B、珈琲

  蘭印ニ對シ相當ナル輸入割合ヲ許與セラレ度

二、圓ノ自由使用

 在日和蘭商社ニ屬スヘキ圓勘定殘高ハ日、蘭間ノ經濟關係ニ於テハ合法的ナル如何ナル取引ニモ利用シ得ルコトトスルコト

三、營業ノ自由

 在日和蘭國民及商社ハ支障ナク其業務ヲ執行スル爲必要ナル自由ヲ與ヘラルヘキコト