[文書名] 松岡大臣の野村大使に對する訓令(松岡大臣の野村大使に対する訓令)
(昭和十六年一月二十二日野村大使ノ赴任ニ際シ手交セルモノ)
一、我國策ヲ相當思ヒ切ツテ變更スルニ非サレハ米ト了解ヲ付ケ以テ太平洋上ノ和平ヲ確保シ進ンテ世界平和克服ノ爲メ提携策動スル事所詮不可能也
二、シカモ此ノ儘ニ推移セハ或ハ遂ニ米ノ歐洲參戰若クハ對日開戰ヲ見ルニ至ルナキヲ保シ難シ
三、若シ斯カル事トモナラハ眞ニ戰慄スヘキ世界戰爭トナリ其ノ慘禍前大戰ニ幾倍スヘク或ハ遂ニ現代文明ノ沒落トナルヘシ
四、已ニ日米間直接了解提携ノ途ナシトセハ英米以外ノ國ト聯結協力タトヘ之ヲ壓迫脅威シテモ其ノ對日開戰又ハ歐洲參戰ヲ豫防セサル可ラス是獨リ皇國自衛ノ爲ノミナラス實ニ全人類生存ノ爲ナリ
五、我國ヲ守ルニモ將又世界大戰ヲ防クニモ最早此ノ途ヲ取ル外ナシト斷シタル爲メ遂ニ日獨伊同盟ヲ訂スルニ至レリ
六、苟モ右同盟ヲ訂シタル以上我國ノ外交ハ將來コノ同盟ヲ樞軸トシテ運用サルルコト恰モ往年日英同盟ニ於ケルカ如シ
七、而シテ苟モ三國同盟條約第三條ニ規定セル第三國ニ依ル攻擊發生セリト三國政府ニ於テ認メタルトキハ日本ハ當然同盟ニ忠ナルヘシ
此ノ點聊カノ疑ヲ存スヘカラス日本カ重大ナル決意ヲナスニ付極メテ愼重ナル廟議ヲ遂クヘキハ申迄モナイ事也
八、現在日本ノ支那ニ於ケル行動中動モスレハ不當不正若クハ侵略ト見ユルモノアルヘシト雖モ是一時ノ現象ニシテ我國ハ終局ニ於テ必ス日支平等互惠ノ主義ヲ實行シ八紘一宇ナル肇國以來ノ傳統的大理想ヲ如實ニスルノ日アルヘシ
九、大東亞共榮圈樹立亦實ニコノ八紘一宇ノ大理念ニ因ルモノニシテ no conquest, no oppression, no exploitation ハ予ノ「モツトー」也
要ハ國際的隣保互助ノ天地ヲ先ツ大東亞ニ造出シ以テ世界大同ノ範ヲ垂レントスルニ在リ
十、斯カル理想ハ暫ク措キ現實卑近ノ問題トシテモ我國ハ大東亞圈ニ自給自足ノ道ヲ講スルノ必要ニ迫ラレ居レリ西半球ニ君臨シ、更ニ大西太平ノ兩大洋ニ延ヒツツアル米國ヨリ見テ右日本ノ理想乃至慾望ヲ不當ナリト稱シ得ヘキ乎此位ノ事ハ日本ニ許シテ可ナルニ非サル乎我國ノ考フル所ハ斷シテ排他的ニ非ス米モ來ツテ大東亞圈ノ開發ニ協力スヘシ、其ノ要スル「ゴム」、錫等ノ供給ヲ絕タルヘシトスル疑惧ノ如キ笑フニ堪ヘタリ
予ノ過般日米協會ニ於ケル卓上演說及今般帝國議會ニ於ケル外交演說等ニ示シタル所ト併セテ右諸點米大統領國務長官始メ米國朝野有力者ニ徹底ヲ期セラレ度
昭和十六年一月二十二日
松岡外相
野村特命全權大使閣下