[文書名]　イーデン英外相の重光大使宛申入れ

（假譯）

一、近衛內閣成立後ノ外務大臣トノ第一回會見ニ於テクレーギイ大使ハ新內閣モ前內閣ト同樣協力ノ精神ニ依リ友誼的手段ヲ以テ兩國ノ關係ニ對處セラレンコトノ希望ヲ述ヘタルニ對シ松岡外相ハ目下將來ニ關スル全體ノ御方針ヲ愼重考究中ナルコトヲ答ヘラレ其ノ際非公式ノ意思トシテ日英間ニ於テハ日英關係ノ全般的改善ヲ希望スルコトヲ得ス日英關係ノ今後ノ緊張ハ已ムヲ得サル旨ヲ述へラレタリ。

　右會見ノ後二日ヲ經テ日本及朝鮮ニ於ケル多數英人逮捕ノ問題起リ之ニ對シ陸相及法相ノ共同聲明發セラレ一般ニ英國ノスパイ網日本ニ存スルノ印象ヲ與ヘタルカ裁判ノ結果ハ其ノ罰セラレ居ルコトハ些細ナルコトニテ眞ニスパイノ事ハナカリキ。

　以上ハ七、八月ノ槪況ナルカ九月ニ至リ日本ハ三國同盟ヲ締結シ公然英ノ敵タル獨伊ノ側ニ投スルニ至リ政治家ノ公ノ演說及新聞論調モ英國側ニ對シテ益々疑惑（アンクサイエテイ）ヲ深カラシムルニ至レリ。

二、松岡外相ノ公ノ聲明ハ三國同盟ハ平和ノ爲ノ「アクト」ナリト言ハレ貴大使モ支那問題ノ困難ヲ克服シテ東亞ニ於ケル秩序ヲ回復スルコトカ日本ノ主タル方針ナリト言ハレタルカ其ノ後發生セル事實ヨリ判斷シ尙日本ヲ「ドミネイト」セン爲ニ其ノ勢力範圍ヲ擴張シツツアル總テノ兆候ヨリ見テ以上ノ說明ハ率直ニ諒解ニ苦シム所ナリ。

　此ノ點ニ關シ英國政府ハ松岡外相カビルマニ對シ日本ノアスピレイシヨンニ付不適當ナ言辭ナリト思考シ居ル點注意ヲ喚起シ度シ。次ニ印度支那及タイ國ノ問題ニ付テモ最近ノ事態ハ何等極東ニ於ケル緊張ヲ緩和スルニ至ラス松岡外相ハ極東ニ於ケル紛爭ハ日本ノミカ調停スルノ權利アリト言ハレタルカ、右ノクレイムハ英政府ノ承認シ得サル所ナリ。

　若シ仲裁ノ目的カ單ニ紛爭ノ解決ヲ齎スモノナラハ勿論英國モ總テノ他ノ國ト同樣歡迎スヘキナリ。然レトモ日本カ佛印及タイニ壓迫ヲ加ヘタリトノ不穩ナル報吿アリ。此ノ調停カ此等兩國ヨリ遠大ナル政治上及軍事上ノコンセッションヲ確保スル口實ニ用ヒラレ居ルニ非スヤトノ疑惑ヲ持ツニ至レリ。例へハ新聞情報カカムラン灣及總テノ現存飛行場ハ日本ノ使用ニ供セラルト報セルカ如シ。

三、最モ重要ナル點ハ最近ク大使ノ報吿ニシテ同大使ハ「日本ニ於テハ極東ノ危局カ茲二三週間中ニ發生セントノ一般的感想アリ」ト、報吿シ來タレリ。

　右ハ如何ナル事ヲ意味スルヤ何人カ何人ニ對シ挑戰スルモノナリヤ日本ニ依リ企テラレ居ル或ル種ノ前進カ英本國ニ對スル獨ノ攻勢ト同時ニ行ハルル事ト信スヘキヤ若シ然リトセハ英國ハ極東ニ於ケル英ノ領土カ日本ノ攻擊ノ危險ニ瀕シ居レリト認ムヘキヤ、事態ハ自分ノ諒解ニ苦ム所ナリ日本ハ地理的ニ有利ナル位置ヲ有シ、若シ欲スルニ於テハ戰禍ヨリ全然離レ得ル譯ニテ又日本ハ何人ヨリモ特ニ英國ヨリハ脅迫ヲ受ケ居ラス。

　若シ自分ニ忌憚ナキ言ヲ許サルルナラハ日本カ支那事變四年ノ後更ニ他ノ戰爭ニ介入セサルヲ可トスルノ多クノ理由ヲ持ツ樣思ハル。自分ノ考ニテハ日本ハ英國及米國ト非友誼的ノ間柄ニ在ルノ理由ハ之ヲ認メサルニ非サルモ歴史ノ證明スルカ如ク日本ノ繁榮ハ英米ト良好ノ關係ニアル場合最モ著シカリシコトハ爭ハレサル所ナリ。クレーギー大使カ日本ニ於テ危機ノ範圍增加シツツアルコトヲ報吿シ來レル理由ヲ了解スルニ苦ム位ナリ。日本政治家ノ目的トスル所ハ或大ナル混亂カ迫リ居ルコトヲ示サントスルモノノ如ク見ユ。

四、上記ノ如キ徵候及警報ヲ無視スルコトノ不可能ニシテ其ノ立場ヲ明瞭ニ御話スルノ必要モ了解セラルヘシ。英國ハ極東ニ於テ領土ヲ有スルカ英國ハ何等侵略的行爲ノ意圖ヲ有セサルモ如何ナル他ノ國ノ指令ニヨリテモ之等領域ヲ犧牲ニスルノ意圖ヲ有セス、尙日本ノミカ極東ニ於ケル凡テノ住民（英人ヲモ含ム）ノ運命ヲ管理支配スルノ權利ヲ有ストノ原則ヲ容認スルコトハ不可能ナリ。英ハ極東ニ於ケル領域ニ於テ住民ノ安全及福祉ニ對シ英ノ領土ニシテ攻擊ヲ受クル場合何人モ吾人カ極力（ウイズ・アトモスト・ヴイガー）防禦スルモノナルコトヲ疑フヘカラス。

五、尙更ニ二ツノ點ヲ述ヘタシ

　第一ノ點ハ日本カ日本自身ノ政策ヲ決定スヘキコトハ素ヨリ異存ナキカ若シ舊友且昔ノ同盟國トシテ次ノ如キ事ヲ言フモ日本ノ怒ヲ買フコトナカルヘシト存ス。卽チ自分ハ日本ノ行ハントスル政策カ恐ルヘキ不幸（テリブル・ディザスター）ニ進マサランコトヲ希望シ祈願スルモノナリ。尙日本カ獨伊ト協力スルコトニ於テ過去ニ於テ莫大ナル國力ト繁榮トヲ作リ上ケタル其ノ賢明ナル用意健全ナル判斷ヲ喪失セサランコトヲ希望シテ止マス。

　第二ノ點ハ戰局ニ關シ英國ニ有利ナル報道カ日本ニ於テハ押ヘラレ英ハ沒落ニ瀕セルデカダンナリトノ思想カ唱道セラルルトノコトナルカ貴下ノ御承知ノ通リ今日ノ英國人ノ眞ノスピリツトハ左樣ナモノニ非ス英帝國全部ニ亘リ絕對的ニ擧國一致ノ强キ決意ヲ有シ居ルノミナラス英國ハ大ナル資源ヲ有シ且米國ノ制限ナキ援助ヲ得居リ、如何ナル場合ニ於テモ此ノ鬪爭ニ失敗スルコトナキハ明瞭ナリ。獨逸側ハ此ノ島帝國ヲ征服シ得ルコトヲ誇張シ居ルモ吾人ハ其ノ失敗ヲ確信シ居レリ。昨年九月ニモ吾人ハ危機ヲ避ケ得タリ。今日ハ陸上海上空中ニ於テ英ノ力ハ其ノ當時ヨリモ遙ニ威力ヲ增シタリ。獨カ英征服ノ企圖失敗シ戰爭ニ敗ルルコトハ英國民ノ確信スル所ナリ。