データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米兩國諒解案(日米両国諒解案)

[場所] 
[年月日] 1941年4月16日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,492-495頁.
[備考] 
[全文]

     四月十六日

日本國政府及米國政府兩國間ノ傳統的友好關係ノ回復ヲ目的トスル全般的協定ヲ交涉シ且之ヲ締結センカ爲茲ニ共同ノ責任ヲ受諾ス

兩國政府ハ兩國國交ノ最近ノ疎隔ノ原因ニ付テハ特ニ之ヲ論議スルコトナク兩國民間ノ友好的感情ヲ惡化スルニ至リタル事件ノ再發ヲ防止シ其ノ不測ノ發展ヲ制止スルコトヲ衷心ヨリ希望ス

兩國共同ノ努力ニ依リ太平洋ニ道義ニ基ク平和ヲ樹立シ兩國間ノ懇切ナル友好的諒解ヲ速カニ完成スルコトニ依リ文明ヲ覆沒セントスル悲シムヘキ混亂ノ脅威ヲ一掃センコト若シ其ノ不可能ナルニ於テハ速カニ之ヲ擴大セシメサランコトハ兩國政府ノ切實ニ希望スル所ナリトス

前記ノ決定的行動ノ爲ニハ長期ノ交涉ハ不適當ニシテ又優柔不斷ナルニ鑑ミ茲ニ全般的協定ヲ成立セシムル爲兩國政府ヲ道義的ニ拘束シ其ノ行爲ヲ規律スヘキ適當ナル手段トシテ文書ヲ作成スルコトヲ提議スルモノナリ

右ノ如キ了解ハ之ヲ緊急ナル重要問題ニ限局シ會議ノ審議ニ讓リ後ニ適宜兩國政府間ニ於テ確認シ得ヘキ附隨的事項ハ之ヲ含マシメサルヲ適當トス

兩國政府間ノ關係ハ左記ノ諸點ニ付事態ヲ明瞭ニシ又ハ之ヲ改善シ得ルニ於テハ著シク調整シ得ヘシト認メラ〓

一、日米兩國ノ抱懷スル國際觀念竝ニ國家觀念

二、歐洲戰爭ニ對スル兩國政府ノ態度

三、支那事變ニ對スル兩國政府ノ關係

四、太平洋ニ於ケル海軍兵力及航空兵力竝ニ海運關係

五、兩國間ノ通商及金融提携

六、南西太平洋方面ニ於ケル兩國ノ經濟的活動

七、太平洋ノ政治的安定ニ關スル兩國政府ノ方針

前述ノ事情ヨリ茲ニ左記ノ了解ニ到達シタリ右了解ハ米國政府ノ修正ヲ經タル後日本國政府ノ最後的且公式ノ決定ニ俟ツヘキモノトス

一、日米兩國ノ抱懷スル國際觀念及國家觀念

 日米兩國政府ハ相互ニ其ノ對等ノ獨立國ニシテ相隣接スル太平洋强國タルコトヲ承認ス

 兩國政府ハ恒久ノ平和ヲ確立シ兩國間ニ相互ノ尊敬ニ基ク信賴ト協力ノ新時代ヲ劃サンコトヲ希望スル事實ニ於テ兩國ノ國策ノ一致スルコトヲ闡明セントス

 兩國政府ハ各國竝ニ各人種ハ相據リテ八紘一宇ヲ爲シ等シク權利ヲ享有シ相互ニ利益ハ之ヲ平和的方法ニ依リ調節シ精神的竝ニ物質的ノ福祉ヲ追求シ之ヲ自ラ擁護スルト共ニ之ヲ破壞セサルヘキ責任ヲ容認スルコトハ兩國政府ノ傳統的確信ナルコトヲ聲明ス

 兩國政府ハ相互ニ兩國固有ノ傳統ニ基ク國家觀念及社會的秩序竝ニ國家生活ノ基礎タル道義的原則ヲ保持スヘク之ニ反スル外來思想ノ跳梁ヲ許容セサルノ鞏固ナル決意ヲ有ス

二、歐洲戰爭ニ對スル兩國政府ノ態度

 日本國政府ハ樞軸同盟ノ目的ハ防禦的ニシテ現ニ歐洲戰爭ニ參入シ居ラサル國家ニ軍事的連衡關係ノ擴大スルコトヲ防止スルニ在ルモノナルコトヲ闡明ス

 日本國政府其ノ現在ノ條約上ノ義務ヲ免レントスルカ如キ意思ヲ有セス尤モ樞軸同盟ニ基ク軍事上ノ義務ハ該同盟締約國獨逸カ現ニ歐洲戰爭ニ參入シ居ラサル國ニ依リ積極的ニ攻擊セラレタル場合ニ於テノミ發動スルモノナルコトヲ聲明ス

 米國政府ハ其ノ歐洲戰爭ニ對スル態度ハ現在及將來ニ於テ一方ノ國ヲ援助シテ他方ヲ攻擊セントスルカ如キ攻擊的同盟ニ依リ支配セラレサルヘキコトヲ闡明ス米國政府ハ戰爭ヲ嫌惡スルコトニ於テ牢固タルモノアリ從ツテ其ノ歐洲戰爭ニ對スル態度ハ現在及將來ニ亙リ專ラ自國ノ福祉ト安全トヲ防衛スルノ考慮ニ依リテノミ決セラルヘキモノナルコトヲ聲明ス

三、支那事變ニ對スル兩國政府ノ關係

 米國大統領カ左記條件ヲ容認シ且日本國政府カ之ヲ保障シタルトキハ米國大統領ハ之ニ依リ蔣政權ニ對シ和平ノ勸吿ヲ爲スヘシ

 A、支那ノ獨立

 B、日支間ニ成立スヘキ協定ニ基ク日本國軍隊ノ支那領土撤退

 C、支那領土ノ非併合

 D、非賠償

 E、門戶開放方針ノ復活但シ之カ解釋及適用ニ關シテハ將來適當ノ時期ニ日米兩國間ニ於テ協議セラルヘキモノトス

 F、蔣政權ト汪政府トノ合流

 G、支那領土ヘノ日本ノ大量的又ハ集團的移民ノ自制

 H、滿洲國ノ承認

蔣政權ニ於テ米國大統領ノ勸吿ニ應シタルトキハ日本國政府ハ新タニ統一樹立セラルヘキ支那政府又ハ該政府ヲ構成スヘキ分子ヲシテ直ニ直接ニ和平交涉ヲ開始スルモノトス

日本國政府ハ前記條件ノ範圍內ニ於テ且善隣友好防共共同防衛及經濟提携ノ原則ニ基キ具體的和平條件ヲ直接支那側ニ提示スヘシ

四、太平洋ニ於ケル海軍兵力及航空兵力竝ニ海運關係

 A、日米兩國ハ太平洋ノ平和ヲ維持センコトヲ欲スルヲ以テ相互ニ他方ヲ脅威スルカ如キ海軍兵力及航空兵力ノ配備ハ之ヲ採ラサルモノトス右ニ關スル具體的ノ細目ハ之ヲ日米間ノ協議ニ讓ルモノトス

 B、日米會談妥結ニ當リテハ兩國ハ相互ニ艦隊ヲ派遣シ儀禮的ニ他方ヲ訪問セシメ以テ太平洋ニ平和ノ到來シタルコトヲ壽クモノトス

 C、支那事變解決ノ緒ニ着キタルトキハ日本國政府ハ米國政府ノ希望ニ應シ現ニ就役中ノ自國船舶ニシテ解役シ得ルモノヲ速カニ米國トノ契約ニ依リ主トシテ太平洋ニ於テ就役セシムル樣斡旋スルコトヲ承認ス但シ其ノ噸數等ハ日米會談ニ於テ之ヲ決定スルモノトス

五、兩國間ノ通商及金融提携

 今次ノ了解成立シ兩國政府之ヲ承認シタルトキハ日米兩國ハ各其ノ必要トスル物資ヲ相手國カ有スル場合相手國ヨリ之カ確保ヲ保證セラルルモノトス又兩國政府ハ嘗テ日米通商條約有效期間中存在シタルカ如キ正常ノ通商關係ヘノ復歸ノ爲適當ナル方法ヲ講スルモノトス尙兩國政府ハ新通商條約ノ締結ヲ欲スルトキハ日米會談ニ於テ之ヲ考究シ通常ノ慣例ニ從ヒ之ヲ締結スルモノトス

 兩國間ノ經濟提携促進ノ爲米國ハ日本ニ對シ東亞ニ於ケル經濟狀態ノ改善ヲ目的トスル商工業ノ發達及日米經濟提携ヲ實現スルニ足ル金「クレヂツト」ヲ供給スルモノトス

六、南西太平洋方面ニ於ケル兩國ノ經濟活動

 日本ノ南西太平洋方面ニ於ケル發展ハ武力ニ訴フルコトナク平和的手段ニ依ルモノナルコトノ保障セラレタルニ鑑ミ日本ノ欲スル同方面ニ於ケル資源例へハ石油、護謨、錫、「ニツケル」等ノ物資ノ生產及獲得ニ關シ米國側ノ協力支持ヲ得ルモノトス

七、太平洋ノ政治的安定ニ關スル兩國ノ方針

 A、日米兩國政府ハ歐洲諸國カ將來東亞及南西太平洋ニ於テ領土ノ割讓ヲ受ケ又ハ現存國家ノ併合等ヲ爲スコトヲ容認セサルヘシ

 B、日米兩國政府ハ比島ノ獨立ヲ共同ニ保障シ之カ挑戰ナクシテ第三國ノ攻擊ヲ受クル場合ノ求援方法ニ付考慮スルモノトス

 C、米國及南西太平洋ニ對スル日本移民ハ友好的ニ考慮セラレ他國民ト同等無差別ノ待遇ヲ與ヘラルヘシ

  日米會談

 (A)日米兩國代表者間ノ會談ハ「ホノルル」ニ於テ開催セラルヘク合衆國ヲ代表シテ「ルーズヴエルト」大統領日本國ヲ代表シテ近衛首相ニ依リ開會セラルヘシ代表者數ハ各國五名以內トス尤モ專門家書記等ハ之ニ含マス

 (B)本會談ニハ第三國「オブザーバー」ヲ入レサルモノトス

 (C)本會談ハ兩國間ニ今次了解成立後成ルヘク速カニ開催セラルヘキモノトス(本年五月)

 (D)本會談ニ於テハ今次了解ノ各項ヲ再議セス兩國政府ニ於テ豫メ取極メタル議題ハ兩國政府間ニ協定セラルルモノトス

  附則

本了解事項ハ兩國政府間ノ秘密覺書トス本了解事項發表ノ範圍性質及時期ハ兩國政府間ニ於テ協定スルモノトス