[文書名]　野村大使手交の五月十二日日本側對案（野村大使手交の五月十二日日本側対案）

日本國政府及米國政府ハ兩國間ノ傳統的友好關係ノ回復ヲ目的トスル全般的協定ヲ交涉シ且之ヲ締結センカ爲茲ニ共同ノ責任ヲ受諾ス

兩國政府ハ兩國國交ノ最近ノ疎隔ノ原因ニ付テハ特ニ之ヲ論議スルコトナク兩國民間ノ友好的感情ヲ惡化スルニ至リタル事件ノ再發ヲ防止シ其ノ不測ノ發展ヲ制止スルコトヲ衷心ヨリ希望ス兩國共同ノ努力ニ依リ太平洋ニ道義ニ基ク平和ヲ樹立シ兩國間ノ懇切ナル友好的了解ヲ速カニ完成スルコトニ依リ文明ヲ覆沒セントスル悲シムヘキ混亂ノ脅威ヲ一掃センコト若シ其ノ不可能ナルニ於テハ速カニ之ヲ擴大セシメサランコトハ兩國政府ノ切實ニ希望スル所ナリトス

前記ノ決定的行動ノ爲ニハ長期ノ交涉ハ不適當ニシテ又優柔不斷ナルニ鑑ミ茲ニ全般的協定ヲ成立セシムル爲兩國政府ヲ道義的ニ拘束シ其ノ行爲ヲ規律スヘキ適當ナル手段トシテ文書ヲ作成スルコトヲ提議スルモノナリ

右ノ如キ了解ハ之ヲ緊急ナル重要問題ニ限局シ會議ノ審議ニ讓リ後ニ適宜兩國政府間ニ於テ確認シ得ヘキ附隨的事項ハ之ヲ含マシメサルヲ適當トス

兩國政府間ノ關係ハ左記ノ諸點ニ付事態ヲ明瞭ニシ又ハ之ヲ改善シ得ルニ於テハ著シク調整シ得ヘシト認メラル

一、日米兩國ノ抱懷スル國際觀念竝ニ國家觀念

二、歐洲戰爭ニ對スル兩國政府ノ態度

三、支那事變ニ對スル兩國政府ノ關係

四、兩國間ノ通商

五、南西太平洋方面ニ於ケル兩國ノ經濟的活動

六、太平洋ノ政治的安定ニ關スル兩國政府ノ方針

前述ノ事情ヨリ茲ニ左記ノ了解ニ到達シタリ

一、日米兩國ノ抱懷スル國際觀念及國家觀念

　日米兩國政府ハ相互ニ其ノ對等ノ獨立國ニシテ相隣接スル太平洋强國タルコトヲ承認ス

　兩國政府ハ恒久ノ平和ヲ確立シ兩國間ニ相互ノ尊敬ニ基ク信賴ト協力ノ新時代ヲ劃サンコトヲ希望スル事實ニ於テ兩國ノ國策ノ一致スルコトヲ闡明セントス

　兩國政府ハ各國竝ニ各人種ハ相據リテ八紘一宇ヲ爲シ等シク權利ヲ享有シ相互ノ利益ハ之ヲ平和的方法ニ依リ調節シ精神的竝ニ物質的ノ福祉ヲ追求シ之ヲ自ラ擁護スルト共ニ之ヲ破壞セサルヘク且後進民族ノ抑壓又ハ搾取ヲ排擊スヘキ責任ヲ容認スルコトハ兩國政府ノ傳統的確信ナルコトヲ闡明ス

　兩國政府ハ相互ニ兩國固有ノ傳統ニ基ク國家觀念及社會的秩序竝ニ國家生活ノ基礎タル道義的原則ヲ保持スヘク之ニ反スル外來思想ノ跳梁ヲ許容セサルノ鞏固ナル決意ヲ有ス

二、歐洲戰爭ニ對スル兩國政府ノ態度

　日本及米國政府ハ世界平和ノ招來ヲ共同ノ目標トシ相協力シテ歐洲戰爭ノ擴大ヲ防止スルノミナラス其ノ速カナル平和克復ニ努力ス

　日本國政府ハ樞軸同盟カ防禦的ニシテ現ニ歐洲戰爭ニ參入シ居ラサル國家ノ戰爭參加ヲ防止スルニ在ルモノナルコトヲ闡明ス日獨伊三國條約ニ基ク軍事的援助義務ハ同條約第三條ニ規定セラルル場合ニ於テ發動セラルルモノナルコト勿論ナルコトヲ闡明ス

　米國政府ハ其ノ歐洲戰爭ニ對スル態度ハ現在及將來ニ於テ一方ノ國ヲ援助シテ他方ヲ攻擊セントスルカ如キ攻擊的施策ニ出テサルヘキコトヲ闡明ス

　米國政府ハ戰爭ヲ嫌惡スルコトニ於テ牢固タルモノアリ從ツテ其ノ歐洲戰爭ニ對スル態度ハ現在及將來ニ亙リ專ラ自國ノ福祉ト安全トヲ防衛スルノ考慮ニ依リテノミ決セラルヘキモノナルコトヲ闡明ス

三、支那事變ニ對スル兩國政府ノ關係

　米國政府ハ近衛聲明ニ示サレタル三原則及右ニ基キ南京政府ト締結セラレタル條約及日滿支共同宣言ニ明示セラレタル原則ヲ了承シ且日本政府ノ善隣友好ノ政策ニ信賴シ直ニ蔣政權ニ對シ和平ノ勸吿ヲ爲スヘシ

四、兩國間ノ通商

　今次ノ了解成立シ兩國政府之ヲ承認シタルトキハ日米兩國ハ各其ノ必要トスル物資ヲ相手國カ有スル場合相手國ヨリ之カ確保ヲ保證セラルルモノトス又兩國政府ハ嘗テ日米通商條約有效期間中存在シタルカ如キ正常ノ通商關係ヘノ復歸ノ爲適當ナル方法ヲ講スルモノトス尙兩國政府ハ新通商條約ノ締結ヲ欲スルトキハ日米會談ニ於テ之ヲ考究シ通常ノ慣例ニ從ヒ之ヲ締結スルモノトス

五、南西太平洋方面ニ於ケル兩國ノ經濟活動

　日本ノ南西太平洋方面ニ於ケル發展ハ平和的手段ニ依ルモノナルコトノ闡明セラレタルニ鑑ミ日本ノ欲スル同方面ニ於ケル資源例ヘハ石油、護謨、錫、「ニツケル」等ノ物資ノ生產及獲得ニ關シ米國側ハ之ニ協力スルモノトス

六、太平洋ノ政治的安定ニ關スル兩國ノ方針

　A、日米兩國政府ハ比島ヲシテ永久中立ヲ保持セシムルコト及同島ニ於テ日本國民ニ對シ差別待遇ヲ爲ササルコトヲ條件トシテ其ノ獨立ヲ共同ニ保障ス

　B、米國ニ對スル日本移民ハ友好的ニ考慮セラレ他國民ト同等無差別ノ待遇ヲ與ヘラルヘシ

　　　附則

本了解事項ハ兩國政府間ノ秘密覺書トス本了解事項發表ノ範圍性質及時期ハ兩國政府間ニ於テ協定スルモノトス（了）