データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米交涉九月六日我方提案及十月二日米覺書(日米交渉九月六日我方提案及十月二日米覚書)

[場所] 
[年月日] 1941年9月6日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,545-549頁.
[備考] 
[全文]

一、七月二十四日米大統領ノ提案、八月十七日米申入レニ對シテハ帝國政府ハ旣ニ夫々委曲ヲ盡シタル回答ヲナセルノミナラス之ニ加フルニ總理ノ「メツセーヂ」アリ我方トシテハ言フヘキヲ盡シタリト云フヘク最早今日ニ於テハ左ノ諸點ヲ率直ニ言明シ以テ後記政治的措置(卽チ共同聲明)ニ移行セムトス

 (一)日本ハ左ノ諸項ヲ約諾ス

  (イ)日米豫備的非公式會談中旣ニ一應日米合意ヲ見タル事項ニ付テハ日本トシテ同意ナリ

  (ロ)佛印ヲ基地トシテ近接地域ニ武力的進出ヲナサス北方ニ對シテモ同樣故ナク武力的進出ヲナサス

  (ハ)日米ノ對歐洲戰爭態度ハ防護ト自衛ノ觀念ニ依リ律セラルヘク、又米ノ歐洲戰參入ノ場合ニ於ケル三國條約ニ對スル日本ノ解釋及之ニ伴フ實行ハ專ラ自主的ニ行ハルヘシ

  (ニ)日本國ハ日支間ノ全面的正常關係ノ回復ヲ努メ右實現ノ上ハ日支間ノ協定ニ遵ヒ支那ヨリ出來得ル限リ速カニ撤兵スルノ用意アリ

  (ホ)支那ニ於ケル合衆國ノ經濟的活動ハ公正ナル基礎ニ於テ行ハルル限リ制限セラレサルヘシ

  (ヘ)南西太平洋地域ニ於ケル日本ノ活動ハ平和的手段ニ依リ且國際通商關係ニ於ケル無差別待遇ノ原則ニ遵ヒ行ハルヘク合衆國カ必要トスル同方面ニ於ケル天然資源ノ生產獲得ニ協力ス

  (ト)日本國政府ハ日米間ニ正常ナル通商關係ヲ恢復セシムルニ必要ナル措置ヲ講スヘシ右ニ關シ日米兩國相互ニ「レシプロケート」スヘキコトヲ條件トシテ凍結令ノ撤廢ハ直ニ實施セラルヘキモノトス

 (二)合衆國ハ左ノ諸項ヲ約諾ス

  (イ)前顯(ニ)ニ揭クル日本ノ約諾ニ對應シ合衆國ハ右日本ノ支那ニ關スル努力ニ支障ヲ與フルカ如キ措置及行動ニ出テサルヘシ

  (ロ)前顯(ヘ)ニ揭クル日本ノ約諾ニ合衆國ハ(レシプロケート)スヘシ

  (ハ)極東及南西太平洋地域ニ於ケル軍事的措置ヲ停止スヘシ

  (ニ)前顯(ト)ニ揭クル日本ノ約諾ニ「レシプロケート」シ右ニ於テ言及セラレタル對日凍結措置ヲ直ニ撤廢シ又日本船舶ニ對スル巴奈馬運河通航禁止ヲ解除スヘシ

  十月二日合衆國政府覺書(譯文)

千九百四十一年九月六日日本國大使カ國務長官ニ通達セラレタル日本國政府ノ提案及右ニ關シ其後日本國政府ノ當政府ニ通達セラレタル聲明書ニ付言及ス、合衆國政府ハ右通牒(複數)ニ對シ愼重ナル檢討ヲ行ヒ且右檢討ニ關聯シ同一問題ニ付之ヨリ先キ日本國政府ノ提出セラレタル他ノ通牒ニ付テモ愼重ナル再檢討ヲ加ヘタリ、右檢討ニ基キ次ノ如キ所言ヲ爲サントス

合衆國政府ハ八月上旬當地ニ於テ日本國大使ヲ通シ合衆國及日本國間國交調整ヲ實現スル手段ヲ協議センカ爲日本國政府及合衆國政府ノ責任アル首腦者ノ會合ヲ開催センコト及太平洋ノ全局ニ亙ル平和的解決ニ關スル交涉ノ基礎アリヤ否ヤヲ確カメンカ爲曩ニ兩國間ニ進行中ナリシ非公式會談ヲ再開セントノ日本國政府ノ提議ハ平和ノ「プログラム」ノ高遠ナル目的及原則ヲ促進シ得ル機會ヲ提供スルモノトシテ之ヲ歡迎ス

從ツテ千九百四十一年八月十七日大統領ヨリ日本國大使ニ爲サレタル回答ニ於テ斯カル非公式會談ハ平和的手段ニ依リ達成シ得ヘキ進步的「プログラム」ノ立案ヲ當然豫見スヘキモノナル旨斯カル「プログラム」ハ通商上ノ機會及待遇ノ均等原則ヲ太平洋全地域ニ適用シ以テ一切ノ國家ニ依ル原料品及其他一切ノ必需物資ノ獲得ヲ可能ナラシムヘキ旨ノ見解披瀝セラレ且斯カル「プログラム」ノ採擇カ日本國ヲ含ム一切ノ國家ニ齎スヘキ利益ニツキ敍述セラレタリ、要スルニ若シ日本國政府カ合衆國ノ遵守シ居ル「プログラム」及原則ノ「ライン」ニ沿ヒテ太平洋ニ關スル平和的「プログラム」ニ著手シ得ルニ於テハ合衆國政府ハ非公式豫備會談ノ再開ヲ考慮スルノ用意アルヘキ旨竝ニ意見交換ノ爲適當ナル時期及場所ノ打合ニ欣然努力スヘキ旨言明セラレタリ

當政府ノ抱懷スル廣汎ナル目圖及根本原則ニ照ラシ合衆國國民及政府カ堅持スル根本原則ニ合致スル平和方針ヲ遂行セントスル日本國ノ希望及意圖ヲ表明セル千九百四十一年八月二十八日ノ日本國首相ノ「メツセーヂ」及日本國政府ノ聲明書ヲ接受セルハ合衆國大統領及政府ノ大イニ欣幸トセル所ナリ、日本國政府ハ其聲明書ニ於テ近接諸國ニ對シ挑發ナクシテ武力ヲ用フル意圖ヲ有セストノ總括的保障ヲ含ム廣汎ナル平和的意圖ノ保障ヲ或種ノ制限附ニテ與ヘタリ又日本國政府ハ大統領ノ略述セル「プログラム」及原則カ單ニ太平洋地域ニ適用セラルルノミナラス全世界ニ對スル「プログラム」トシテ之ヲ支持スル旨言明セラレタリ

合衆國政府ハ兩國首腦者會見ノ打合ニ關スル考慮ヲ出來得ル限リ速カニ行ハンコトヲ欲スルト共ニ右會見カ所期目的ノ達成確保ノ爲特定原則(複數)ノ解釋及太平洋地域ニ於ケル具體的問題(複數)ニ對スル之カ適用ヲ明白ナラシムルヲ可ト認ム、細目ノ討議ハ當政府ノ意圖ニハ非サリキ、然レ共當政府ハ所要ノ說明(「クラリフイケーシヨン」)ハ意見ノ合致ニ到達セントスル吾人ノ努力ヲ促進スルノ一方法タルヘキヲ感シタリ

千九百四十一年九月三日日本國大使ヘノ回答ノ際日本國政府ノ言及セル諸原則ヲ實際的ニ有效ナラシムル努力ニ合衆國政府ハ衷心ヨリ協力セントスル希望ヲ表明シタリ、大統領ハ當政府カ國家間ノ關係ノ基礎ト目シ居ル四原則ヲ反覆敍述セリ

該原則ハ左ノ如シ

一、一切ノ國家ノ領土保全及主權ノ尊重

二、他國ノ國內問題ニ對スル不干與ノ原則ノ支持

三、通商上ノ機會均等ヲ含ム均等原則ノ支持

四、平和的手段ニ依リ現狀カ變更セラルル場合ヲ除キ太平洋ニ於ケル現狀ノ不攪亂

大統領ハ太平洋問題ノ滿足ナル解決ヲ招來センカ爲ニハ非公式會談中兩國政府間ニ根本的意見ノ相違ヲ生シタル諸點ニ關シ共通ノ見解及明確ナル合意ニ到達スルノ緊要ナルコトヲ指摘セリ、而シテ大統領ハ之等ノ根本問題ニ關スル日本國政府現在ノ態度ノ表示ヲ要請セリ、九月六日日本國首相ハ在東京米國大使トノ會談ニ於テ上述四原則ニ全面的ニ賛同スル旨言明セラレタリ

上述ノ推移及保障ハ日本國政府ノ爲サレタル他ノ諸聲明ト共ニ日本國政府カ全太平洋地域ニ亙ル廣汎、進步的ナル「プログラム」ニ同調シ且之ヲ實行セラルルモノト當政府カ結論スルヲ正當ナラシムルカ如シ

因テ日本政府カ明ニ討議ノ具體的基礎タルヘキモノト意圖シタル千九百四十一年九月六日日本國大使ニ依リ提示セラレタル日本國政府ノ提案カ兩國政府ノ見解ニ齟齬アルコトヲ明カニスルモノノ如ク思ハレシハ合衆國政府ニトリ失望ノ原因ナリキ卽チ當政府ノ意見ニ依レハ右諸提案及之ニ關聯シ爲サレタル其後ノ說明的諸聲明ハ旣述ノ兩國間非公式會談ノ基礎タル諸原則ノ適用ノミナラス全太平洋地域ニ於ケル平和及安定ノ確立及保持ヲ目的トスル廣汎ナル「プログラム」ヲ實施シ以テ合衆國ト同調セントスル日本國政府ノ希望ニ對シ日本國政府カ與ヘタル諸種ノ保障ヲモ縮少制限スルコトトナレリ

前述ノ通リ日本國首相及日本國政府カ與ヘタル各種廣汎ナル保障ハ極メテ滿足ナルモノナリ、然レ共日本國政府ハ他國家ニ對スル其ノ平和的意圖ニ關スル態度ヲ表明スルニ當リ其ノ必要ヲ容易ニ了解セラレサル如キ或種ノ辭句ヲ以テ其ノ保障ヲ制限シ居レリ、現在ノ事態ニ於テ佛領印度支那ノ隣接諸領域、「タイ」國若ハ「ソヴエツト」聯邦內ニ於テ日本國ニ對スル何等攻擊的脅威若クハ挑發カ發展シツツアリト想像スルコトハ困難ナリ、奪フ可カラサル自衛ノ權利ハ勿論一切ノ國家ニ依リ充分認メラレ居ルヲ以テ日本國政府カ平和的意圖ニ關スル其ノ保障ヲ不必要ナル制限的辭句ト思ハルル所ヲ以テ制限セラルルハ果シテ何ヲ意圖セラルルモノナリヤト疑問ヲ懷クモノモアリ得ヘシ

非公式會談ニ於テ太平洋地域ニ於ケル日本國及米國ノ活動ハ平和的手段ニ依リ且國際通商關係ニ於ケル無差別ノ原則ニ準據シテ行ハルヘキコトヲ規定スル經濟政策ニ關スル一方式(了解案第五章)ニ關シ暫定的合意ニ到達セリ

右方式ニ含マレタル誓約ハ九月六日附日本國政府ノ提案及其後ノ日本國政府ヨリノ通報ニ於テ南西太平洋地域(太平洋地域全體ニアラス)ノ諸國ニ局限セラレタリ、支那ニ關シ日本國政府ハ無差別ノ原則ヲ尊重スヘキ旨ヲ述ヘタルカ此點ニ關聯シ爲サレタル說明ハ日本國政府カ支那ニ對スル地理的近接ノ理由ニ基キ此原則ノ適用ニ對シ或ル制限ヲ意圖シ居ルコトヲ暗示シ居ルヤニ思ハル

若シ合衆國若クハ日本國ノ何レカカ或ル地域ニ於テハ一ノ針路又ハ政策ニ從フニ拘ラス同時ニ他ノ地域ニ於テハ之ト反對ノ針路又ハ政策ニ從フニ於テハ日本國政府又ハ當政府ノ確言セル目的ニ資スルコトナカルヘキハ明カナリ

當政府ハ不確定期間支那特定ノ地域ニ軍隊ヲ駐屯セシメントスル要望ヲ支持スルタメノ日本國政府ノ見解ヲ重視ス、斯カル提案ニ關スル理由(複數)ノ問題ハ之ヲ擱キ日本國カ支那ニ於テ廣大ナル地域ヲ軍事的ニ占領シ居ル秋ニ於テ日本間ノ平和的解決ニ付提議セラルル條件中ニ斯クノ如キ規定ヲ包含セシムルハ異議ノ餘地アリ、例之他國ノ領土ヲ軍事的ニ占領スル一國カ平和的解決及他ノ地域ヨリノ占領軍撤退ノタメノ條件トシテ特定地域ニ於ケル自國軍隊ノ駐屯繼續方ヲ提案ストセハ右ハ非公式會談ニ於テ討議セラレタル進步的且開化的針路及原則ト合致セサルモノト認ム、當政府ノ見解ニ依レハ斯カル方法ハ平和ヲ招來シ又ハ安定ノ期待ヲ提供スルコトナカルヘシ

日本軍隊ノ支那及佛領印度支那撤退ニ關スル日本國ノ意嚮ヲ明確ニ宣言スルハ日本國ノ平和的意圖及太平洋地域ニ於ケル將來ノ安定及進步ノタメノ健全ナル基礎ヲ確立スルコトヲ目的トスル針路ニ從ハントスル日本國ノ希望ヲ知ラシムルニ極メテ有效ナルヘク右ハ批評的ニ傾カントスル人々ニ對シ特ニ然ルヘシト信ス

歐洲戰爭ニ對スル日米各國ノ態度ニ關シ當政府ハ日米關係ノ本方面ニ附隨スル困難ニ對處スル爲更ニ日本國政府カ執ラレタル措置ヲ多トス日本國政府カ若シ其ノ立場ヲ此ノ上闡明シ得ルヤ否ヤニ付更ニ御檢討ヲ加ヘラルルニ於テハ有益ナルヘシ

政府首腦者ノ會見實現ノ素地ヲ準備センカ爲根本的問題ニ關シ原則上ノ合意ニ到達セントシテ兩國政府間ニ行ハレタル意見交換ニ際シ當政府ハ其ノ期スル所ハ自由且進步的原則ノ全太平洋地域ヘノ均等ナル適用ヲ要求スルカ如キ廣汎ナル「プログラム」ナルコトヲ明カニセント努力セリ

當政府ハ日本國政府カ其目的ニ關シ今日迄表示セラレタル所ニ徵シ日本國政府ハ之等原則ノ實際ノ適用ニ對シ制限及例外ヲ設クルコトニ依リ局限セラルルカ如キ「プログラム」ヲ考慮シ居ラルルヤノ印象ヲ得タリ

若シ此ノ印象ニ誤リナシトセハ日本國政府ハ斯カル事情ノ下ニ於ケル政府責任首腦者ノ會見ハ兩國カ相互ニ考慮シ居ルカ如キ高遠ナル目的ノ增進ニ寄與スヘシト思惟セラルルヤ

旣述ノ如ク當政府ハ日本國首相ノ合衆國大統領宛「メツセーヂ」ニ伴ヒシ日本國政府ノ聲明書ニ包含セラレ居ル保障卽チ日本國政府ハ當政府カ安定セル國際關係ノ爲ニスル唯一ノ健全ナル基礎トシテ久シキニ亙リ提唱シ來レル諸原則ニ賛同スル旨ノ保障ヲ歡迎セリ

當政府ハ之等根本的諸原則ヲ更メテ考慮スルハ吾人カ合意ヲ得ント企及シ居ル根本的諸問題ニ關スル意思ノ合致ヲ求メ且斯クシテ兩國政府首腦者ノ會見ニ對スル確固タル基礎ヲ供與セントスル吾人ノ努力ニ稗益スヘキコトヲ信ス

日本國首相ノ提議セラレタル會見ノ問題及希求セラルル目的ハ合衆國大統領ノ綿密且積極的關心ヲ惹キ來リ又現ニ惹キツツアリ斯カル會見カ行ハレ得ル樣根本的諸問題ニ付テノ討議カ進展セラルヘキコトハ大統領ノ眞摯ナル希望ナリ

日本國及合衆國政府カ右諸原則ニ實際的且包括的ナル適用ヲ加ヘンコトヲ決意スルニ於テハ兩國政府ハ合衆國及日本國間ニ於ケル關係ノ根本的恢復ヲ成就シ得且全太平洋地域ニ於ケル正義、衡平及秩序ヲ伴フ永續的平和ノ招來ニ貢献シ得ヘシトノ當政府ノ信念ヲ日本國政府ニ於カレテモ均シク抱懷セラレ居ルトハ又大統領ノ希望ナリ