[文書名] 木戸內府起草「時局收拾對策試案」(木戸内府起草「時局収集対策試案」)
六月八日
時局收拾ノ對策試案ヲ起草ス
記
一、沖繩ニ於ケル戰局ノ推移ハ遺憾ナカラ不幸ナル結果ニ終ルノ不得止ヲ思ハシム而カモ其ノ結果ハ極メテ近キ將來ニ顯ハルルコトハ略確實ナリ
二、御前會議議案參考トシテ添付ノ我國國力ノ硏究ヲ見ルニアラユル面ヨリ見テ本年下半期以後ニ於テハ戰爭遂行ノ能力ヲ事實上殆ント喪失スルヲ思ハシム
三、敵ノ今後採ルヘキ作戰ハ素ヨリ此方面ノ素人ナル余ノ適確ニ判斷シ得サルハ勿論ナルカ今日敵ノ空軍カ大量焼夷彈攻擊ノ威力ヨリ見テ全國ノ都市トイハス村落ニ至ル迄虱潰シニ焼拂フコトハ些シタル難事ニアラス又左迄ノ時ヲ要セサルヘシ卽チ住居ノ破壞戰術ニ出ラルル時ハ之ハ貯藏ノ衣服食糧ノ喪失ヲ同時ニ伴フ殊ニ農村方面ニテハ從來空襲ニ慣レ居ラサル故不意ニ此ノ種ノ攻擊ニ遭遇スルトキハ豫メ貯藏品ノ疎開等ハ到底實施困難ナルヘク結局ハ殆ト其ノ全部ヲ喪失スルモノト見サルヘカラス況ンヤ全國ノ小町村ニ至リテハ對空防禦ハ皆無トイフヘク地上ノ民防空ノ施設モ極メテ貧弱ナルニ於テヲヤ
四、以上ノ規定ニシテ大ナル誤リナシトセハ本年下半期以後ノ全國ニ亙ル食糧衣料等ノ極端ナル不足ハ寒冷ノ候ニ向フ季節的關係モアリ容易ナラサル人心ノ不安ヲ惹起スヘク事實ハ眞ニ收拾シ能ハサルコトトナルヘシ
五、以上ノ觀點ヨリシテ戰局ノ收拾ニツキ此ノ點果斷ナル手ヲ打ツコトハ今日我國ニ於ケル至上ノ要請ナリト信ス
然ラハ如何ナル方法ノ手段ニヨリ此ノ目的ヲ達スヘキヤ之最モ愼重ニ考究ヲ要スルトコロナリ
六、敵側ノ所謂和平攻勢的ノ諸發表諸論文ニヨリ之ヲ見ルニ我國ノ所謂軍閥打倒ヲ以テ其ノ主要目的トナスハ略確實ナリ
七、從ツテ軍部ヨリ和平ヲ提唱シ政府之ニヨリテ策案ヲ決定シ交涉ヲ開始スルヲ正道ナリト信スルモ我國ノ現狀ヨリ見テ今日ノ段階ニ於テハ殆ト不可能ナルノミナラス此ノ機運ノ熟スルヲ俟タンカ恐ラクハ時機ヲ失シ遂ニ獨逸ノ運命ト同一轍ヲ踏ミ皇室ノ御安泰國體ノ護持テフ至上ノ目的スラ達シ得サル悲境ニ落ツルコトヲ保障シ得サルヘシ
八、依ツテ從來ノ例ヨリ見レハ極メテ異例ニシテ且ツ誠ニ畏レ多キコトニテ恐懼ノ至リナレトモ下萬民ノ爲メ天皇陛下ノ御勇斷ヲ御願ヒ申上ケ左ノ方針ニヨリ戰局ノ收拾ニ邁進スルノ外ナシト信ス
九、天皇陛下ノ御親書ヲ奉シテ仲介國ト交涉ス
對手國タル米英ト直接交涉ヲ開始シ得レハ之モ一策ナランモ交涉上ノユトリヲ取ルタメニハ甯ロ今日中立關係ニアルソ連ヲシテ仲介ノ勞ヲトラシムルヲ妥當トスヘキカ
十、御親書ノ趣旨 宣戰ノ詔勅ノ御趣旨ヲ援用シ常ニ平和ヲ顧念被遊ルルトコロ今日迄ノ戰爭ノ慘害ニ鑑ミ世界平和ノ爲メ難キヲ忍ヒ極メテ寛大ナル條件ヲ以テ極ヲ結ハンコトヲ御決意アリタルコトヲ中心トス
條件ノ限度 名譽アル講和(最低限タルコトハ不得止ヘシ)
宣戰ノ目的ニ考ヘ太平洋ヲシテ眞ニ字義通リ太平洋タラシムルコトノ保障ヲ得レハ我占領地ノ處分ハ各國家及各地域ニ於ケル國家民族ノ獨立ヲ達成セシムレハ足ルヲ以テ我國ハ占領指導者ノ地位ヲ抛棄ス、占領地ニ駐屯セル陸海軍將兵ハ我國ニ於テ自主的ニ撤兵ス(此場合武裝ヲ現地ニ於テ抛棄スルノ必要ニ迫ラルルコトアルヘキモ之ハ交涉ノ結果ニ待ツコトトス)
十一、軍備ノ縮少ニツイテハ相當强度ノ要求ヲ迫ラルルハ覺悟セサルヘカラス之ハ國防ノ最小限度ヲ以テ滿足スルノ外ナカルヘシ
以上ハ余個人ノ意見ニシテ固ヨリ余ノ氣持ヲ率直ニ示シ根本ノ重大要件ノミヲ揭ケタルニ過キス交涉條件等ハ更ニ各方面ノ專門家ヲ持ツテ整正スルノ要アルハ勿論トス。