[文書名] ポツダム宣言受諾に關する御前會議記事(ポツダム宣言受諾に関する御前会議記事)
○保科善四郞手記
○御前會議(昭和二十年八月九日二十三時三十分 宮中防空濠ニ於テ)
「客月二六日附三國共同宣言ニ擧ケラレタル條件中ニハ天皇ノ國家統治ノ大權ニ變更ヲ加プル要求ヲ包含シ居ラサルコトノ了解ノ下ニ日本政府ハ之ヲ受諾ス」
(註)外務大臣原案ハ「客月二六日附三國共同宣言ニ擧ケラレタル條件中ニハ日本天皇ノ國法上ノ地位ヲ變更スル要求ヲ包含シ居ラサルコトノ了解ノ下ニ日本政府ハ之ヲ受諾ス」
○首相 議事ノ進行ニ當ル(思召ニヨル)
思召ニヨリ平沼樞府議長出席セシメラル、書記官長ポツダム宣言朗讀ス
首相ヨリ議題ノ原案ヲ朗讀、提案ノ理由ヲ說明ス
本朝、最高戰爭指導會議ノ大體ノ了解ヲ得タル
1、日本皇室ニ關スルコトヲ包含セス
2、在外日本軍隊ハ自主的ニ撤收ノ上復員ス
3、戰爭犯罪人ハ日本政府ニ於テ處理スヘシ
4、保障占領ハナササルモノトス
意見對立ノ儘閣議ニ付議ス
閣議ニ於テモ意見一致セス
本日ノ議題ハ外相ノ原案ニシテ六人同意ス
最高戰爭指導會議案主張者三人
第一項ハ當然他ノ項ハ成ルヘク少クス可シト言フ少數意見アリ仍テ多數ノ主張セラレタル外相意見ヲ原案トス
○外相 提案理由說明
過般提案ノ場合ハ受諾出來ヌト言フ事ナリシモ本日ノ事態ニ於テハ受諾已ムヲ得スト言フ閣議ノ結論也
其中ニ絕對受諾出來ヌモノ丈ケヲ擧クル事必要也
敵側米英ノ狀況及ソ連ノ參戰ニ依リ米英ノ地位ハ確實ニセラレ更ニ最後通牒ヲ緩メル事困難也
先方ノ側ニナツテ見ルニ交涉ニ依ル緩和ノ餘地ナキモノト思ハル
我方カ「ソ」ニ申入レタル條件ヲモ無視シテ參戰ニ至レル事情ヲ參酌シ、餘リ條件ヲ附セサルヲ可ト思フ
卽チ、在外日本軍隊自主的撤收ハ停戰ノ取極メニ際シテ申出ツル機會モアルヘク、戰爭犯罪人ハ受諾困難ナル問題ナルモ之ハ戰爭繼續シテモ達成セネハナラヌ絕對要件ニ非ス
但シ皇室ハ絕對問題也‐‐將來ノ民族發展ノ基礎ナレハ也
卽チ要望ハ此ノ事ニ集中スルノ要アリ
○海相 所見ヲ求メラル
全然同意ス
○陸相 所見ヲ求メラル
全然反對也
其ノ理由ハカイロ宣言ハ滿洲國ノ抹殺ヲ包含スルカ故ニ道義國家ノ生命ヲ失フコトトナル
少クトモ受諾スルニシテモ四條件ヲ具備スルヲ要ス
殊ニ「ソ」ノ如キ道義ナキ國家ニ對シ、一方申入ヲ以テセントスル案ニハ同意スル能ハス
一憶枕ヲ竝ヘテ斃レテモ大義ニ生ク可キ也、飽ク迄戰爭ヲ繼續セサル可カラス、充分戰ヲナシ得ルノ自信アリ
米ニ對シテモ本土決戰ニ對シテモ自信アリ、海外諸國ニアル軍隊ハ無條件ニ戈ヲ收メサルヘシ、又內國民ニモ飽ク迄戰フモノアル可ク斯クテハ內亂ルルニ至ルヘシ
○參謀總長
陸相ノ所見ニ全然同樣ノ所見ヲ有ス
本土決戰ニ對シテハ準備出來テ居ル、又「ソ」ノ參戰ハ我ニ不利ナルモ無條件降伏ヲナササル可カラサル狀態ニハ非ス
今、無條件降伏ヲシテハ、戰死者ニ相濟マス、少クトモ午前(編者註、最高戰爭指導會議)ノ四條件ヲ加味スルコトハ最小限ノ讓步也
○樞府議長
意見ヲ述フル前ニ質問シ度キコトアリ
四條件ヲ伺ヒ度シ
外相ニ伺ヒ度シ
「ソ」國ニ對スル交涉ノ經過及條件ヲ知リタシ
○外相
七月十三日大御心ヲ傳へ戰爭ヲ成ル可ク早ク終結セシムル爲ニ戰爭終結ノ斡旋ヲ賴ミ特派使節ヲ派シタシト申入ル其後督促セルモ返來ラス
八月七日來電八月八日一七・〇〇モロトフト會談ノ豫定ヲ傳フ昨夜モロトフハ日本側ノ協定ノ希望拒否、戰爭宣言トナル
○樞相
ソ連ニハ具體的ノコトニ申入レアルヤ
○外相
具體的ノ事ハ特派大使ヨリ說明サストハ言ヒアルモ、具體的ニハ申入レタルコトナシ
○樞相
然ラハソ連ノ日本ニ對スル宣戰ノ理由ハ如何
○外相
タス電ハ「ソ」ノ眞意ヲ示スモノト思フ
○樞相
ソ連ノ聲明ニ於テ七月二十六日ノ三國通牒ニ對シ日本政府ハ正式ニ拒否セルヤニ書キアルカ如何
○外相
拒否ノ手續ハ取リアラス
○樞相
ソ連政府ノ拒否ト言フ事ハ如何ナル根據カ
○外相
想像ニヨツテ斯クセリ
○樞相
三國共同宣言中ニアル俘虜ニ苛酷ナル取扱ヲナセル事、又戰爭犯罪者ノ引渡トハ何カ‐‐國內ニ於テ處理ス可シト見テ宜シキヤ
○外相
今迄ノ例ハ引渡セルモノ多シ
○樞相
外相ハ引渡シテモヨイト考ヘ居ラルルヤ‐‐
○外相
場合ニヨツテハ引渡シテモ仕方ナシト考フ
軍隊武裝解除ハ敵ハ强制的ノモノト考フ
○樞相
陸相、參謀總長ニ伺ヒ度シ
戰爭遂行ノ目算アリト謂ハルルカ、自分ノ疑ヲ有スルハ、空襲ハ連日連夜來リ、又原子爆彈ニ對スル防禦ニ自信アリヤ、又、空襲ニ依ル內地交通機關ノ障碍ニ關シ說明ヲ求ム
○參謀總長
空襲ニ對シ充分ノ成績ヲ擧ケ得サリシモ、今後ハ方法ヲ改メタル故戰果ヲ期待シ得ヘシ、併シ空襲ノ爲ニ敵ニ屈服セサルヘカラサルコトナシ
○樞相
海相ヘ伺ヒ度シ
艦砲射擊ニ對シ何カ手配サレシヤ(機動部隊ニ對シテ)
○軍令部總長
敵機動部隊ニ對シテハ專ラγ(編者註、航空機ノ符號)ニヨル計畫ナリシニ本土決戰配備ノ爲餘裕ナカリキ
今後ハ必要ニ應シ相當ノ兵力ヲ以テヤツツケル樣作戰ニ修正ヲ加フ
○樞相
首相へ‐‐內地ノ治安維持ハ大切ナルカ、今後執ラントスル處置如何、食糧ノ面ハ如何、隨分ヒトクナリツツアリ、今日ノ事態ハ段々憂慮スヘキ事態ニ向ヒツツアリ、戰爭ヲ止メルコトヨリモ續クル事ハ却テ國內治安ノ亂ルルコトモ考ヘ得ヘシ
○首相
全ク同感、心配シテ居ル
○樞相
充分考慮ノ餘地ナキモ、此ノ窮迫セル場合ナル故所見ヲ述ヘル外相原案‐‐趣旨ニ於テ斯クアラサルヘカラス
結局國體護持也‐‐之ハ同意也
唯此ノ原案ニ於テ字句ニ甚タ宜シクナイ點アリ
大義名分上工合惡シ‐‐天皇統治ノ大權ハ國法ニ依テ生スルモノニ非ス、天皇ノ統治ノ本體ハ憲法ニテ定マリタルモノニ非スシテ憲法ニ述ヘタルニ過キス
言葉トシテハ「天皇ノ國家統治ノ大權ニ變更ヲ加フルカ如キ要求ハ之ヲ包含シ居ラス」ナラハ差支ナシ
次ニ(一)(二)(三)(四)ノ條件ニ關シテテアルカ、外相ハ敵國ハ之ニ交涉ノ餘地ヲ認メスト言ハルルカ、私ハ陸相參謀總長ノ述ヘラルルノカ當然テ、交涉ハ望ナキニ至ランカ、作戰ニ確信アラハ戰爭繼續然ルヘシ
陛下ハ皇祖皇宗ニ傳ヘル責任アリ、之ニ動搖アランカ陛下ノ責任重大也、又輔翼ノ任ニアルモノノ責任萬死ニ値ス。故ニ今後ノ推移將來ノ見透ヲ見テ決ス可キ也。
今日ノ事態、之ニテ宜シキヤ充分檢討アル可キ也、單純ニ武力丈ケテ此ノ問題ヲ決スル事能ハス、又國民ヲ外ニシテ戰フ能ハサルヘシ
以上充分自信アラハ强ク突張レ、自信ナケレハ陸海ノ兵力カ如何ニ强キモ戰爭繼續ハ出來ヌ
唯國體ノ護持ハ皇室ノ御安泰ハ國民全部戰死シテモ之ヲ守ラサル可カラス
聖斷ニ依ツテ決セラル可キモノト認ム
○軍令部總長
海軍統帥部トシテハ陸相、參謀總長ノ意見ニ槪ネ同意也、必ス成算アリトハ申シ得サルモ、又相當敵ニ打擊ヲ與へ得ル自信アリ、國內ニ於テモ尙戰意ニ燃エ居ル人々アリ(戰意昂ラサルモノ亦相當多シ)
○首相
長時間ニ亙リ審議セラレ茲ニ意見ノ一致ヲ見サルハ甚タ遺憾也此ノ事タルヤ誠ニ重大ナル事柄ニシテ、誠ニ樞府議長ノ言ハルル通リノ重大問題也
意見ノ對立アル以上、聖斷ヲ仰クノ外ナシ(首相聖斷ヲ仰ク)
○聖上
外相案ヲ採ラル
理由
從來勝利獲得ノ自信アリト聞イテ居ルカ、今迄計畫ト實行トカ一致シナイ、又陸軍大臣ノ言フ所ニ依レハ九十九里濱ノ築城カ八月中旬ニ出來上ルトノコトテアツタカ、未タ出來上ツテ居ナイ、又新設師團カ出來テモ之ニ渡ス可キ兵器ハ整ツテ居ナイトノコトタ
之テハアノ機械力ヲ誇ル米英軍ニ對シ勝算ノ見込ナシ
朕ノ股肱タル軍人ヨリ武器ヲ取リ上ケ、又朕ノ臣ヲ戰爭責任者トシテ引渡スコトハ忍ヒサルモ、大局上明治天皇ノ三國干涉ノ御決斷ノ例ニ做ヒ、忍ヒ難キヲ忍ヒ、人民ヲ破局ヨリ救ヒ、世界人類ノ幸福ノ爲ニ斯ク決心シタノテアル
時ニ八月十日午前二時三十分
○陸軍大臣、參謀總長及ヒ軍令部總長ノ提案
客月二十六日附三國共同宣言ニ付連合國ニ於テ
1、日本皇室ノ國法上ノ地位ノ變更ニ關スル要求ハ右宣言ノ條件中ニ包含セサルモノトス
2、在外日本軍隊ハ速カニ自主的撤退ヲ爲シタル上復員ス
3、戰爭犯罪人ハ國內ニ於テ處理スヘシ
4、保障占領ハ爲ササルモノトス
トノ了解ニ同意スルニ於テハ日本政府ハ戰爭ノ終結ニ同意ス