[文書名] 東鄕外務大臣・マリク大使會談錄(東郷外務大臣・マリク大使会談録)
(八月十日午前十一時十五分‐十二時四十分)
マリク 政府ノ訓令ニヨリソ連政府ノ日本政府ニ對スル左ノ宣言ヲ傳達スヘシ
ヒットラー獨逸ノ壞滅及ヒ降伏後ニオイテハ日本ノミカ引續キ戰爭ヲ繼續シツツアル唯一ノ大國トナレリ、日本兵力ノ無條件降伏ニ關スル本年七月二十六日附ノ亞米利加合衆國、英國及ヒ支那三國ノ要求ハ日本ニヨリ拒否セラレタリ、コレカタメ極東戰爭ニ關シ日本政府ヨリソ連邦ニ對シナサレタル調停方ノ提案ハ總テノ根據ヲ喪失スルモノナリ
日本カ降伏ヲ拒否セルニ鑑ミ連合國ハ戰爭終結ノ時間ヲ短縮シ、犧牲ノ數ヲ減縮シ且ツ全世界ニオケル速カナル平和ノ確立ニ貢獻スルタメソ連政府ニ對シ日本侵略者トノ戰爭ニ參加スルヤウ申出テタリ
總テノ同盟ノ義務ニ忠實ナルソ連政府ハ連合國ノ提案ヲ受理シ本年七月二十八日附ノ連合國宣言ニ加入セリ
斯ノ如キソ連政府ノ政策ハ平和ノ到來ヲ早カラシメ今後ノ犧牲及ヒ苦難ヨリ諸國民ヲ解放セシメ且ツ獨逸カ無條件拒否後體驗セル如キ危險ト破壞ヨリ日本國民ヲ免ルルコトヲ得セシムル唯一ノ方法ナリトソ連政府ハ思考スルモノナリ
右ノ次第ナルヲモツテソ連政府ハ明日卽チ八月九日ヨリソ連邦ハ日本ト戰爭狀態ニアルモノト思考スルコトヲ宣言ス
大臣 只今ノ宣言ヲ了承セリ
日本側ニオイテハソ連邦トノ間ニ長キ期間ニワタリ友好ナル關係ヲ設定スル目的ヲモツテ進ミ來リ最近ニオイテモ五月(六月?)初メヨリ廣田元首相ヲシテ貴大使トノ間ニ話合ヲ進メシメタルカ右ニ對シ未タソ側ヨリ回答ニ接シ居ラス、ナホ六、七月中旬人類ヲ戰爭ノ慘禍ヨリ救フタメ成ルヘク速カニ戰爭ヲ終結セシメントノ陛下ノ大御心ニヨリ右ヲソ側ニ傳達シ日ソ間ノ關係强化及戰爭終結ニ關スル話合ヲ爲スタメ特使ノ派遣方ヲ申入レタルカ右ニ對シテモ未タ回答ナカリシ次第ナリ、卽チ我方ニオイテハ戰爭終結ニ關スルソ連政府ノ斡旋ノ回答ヲ待チ七月二十六日ノ英、米、重慶三國ノ共同宣言ニ對スル態度ノ決定ニ資シ度シト考ヘ居タル次第ナリ
貴方ニオイテハ三國ノ共同宣言ハ拒否セラレタリトナサレ居ル處右カ如何ナルソースニヨリテ知リ得ラレタルモノナリヤ承知セサルカ前述ノ事實ニ鑑ミ日本ニ何等ノ返事ヲスルコトナク突如トシテ國交ヲ斷タレ戰爭ニ入ラルルハ不可解ノコトナリ東洋ニオケル將來ノ事態ヨリモ甚タ遺憾ナリト言ハサルヲ得ス
マリク 大臣ノ述ヘラレタル總テノコトニ對スル回答ハ只今述ヘタル宣言ノ中ニ含マレ居レリ右以外ニ何等附言スヘキコトナシ
大臣 貴方ノ述ヘラレタルコトハ當方ニオイテハ不可解ナリト申上ケタル次第ニシテ今以テ不可解且遺憾トスルモノナリ
右ハ軈テ世界ノ歷史カ之ヲ裁判スヘク今本問題ニ付話スコトハ差控ヘ度シ只一ツ申上ケ度キコトアリ
マリク 歷史ハ公平ナル審判者ナリ歷史的必要ハ不可避ナリ
大臣 歷史ハ長キ間ニ作リ上ケラルルモノナリ、何レニスルモ今コレニツキ話スコトヲ欲セサルハ旣ニ申述ヘタル通リナリ
日本政府ニオイテハ人類ヲ戰爭ノ慘禍ヨリ免レシメ成ル可ク速カニ平和ヲ招來センコトヲ御祈念シ給フ天皇陛下ノ大御心ニ從ヒソ連政府ニ對シ斡旋ヲ依賴セルモ不幸ニシテ平和ヲ招來セントセル帝國政府ノ努力カ實ヲ結フニ至ラサリシハ御承知ノ通リナリシカシ帝國政府ハ天皇陛下ノ平和ニ對スル御祈念ニ基キ一般平和ヲ回復シ戰爭ノ慘禍ヲ速カニ除去センコトヲ欲シ左ノ通リ決定セリ
帝國政府ハ去月二十六日、米、英、支三國首腦者ニヨリ決定セラレソノ後ソ連政府ノ參加セル對本邦共同宣言ニ擧ケラレタル條件中ニハ天皇ノ統治者トシテノ大權ヲ變更セントスル要求ヲ包含シオラサルコトノ了解ノ下ニ右宣言ヲ受諾ス
從ツテ帝國政府ハソ連政府カ右ノ了解ニ誤ナキ旨速カニ正確ナル意思ヲ表明セラレンコトヲ希望ス
右ニ關シテハ旣ニ瑞典國ヲ通シ通告ノ手ハスヲ執レリ
日本ニオケル天皇ノ御地位カ日本國民ト不可分ノモノナルコト等日本皇族ノ地位ニツキテハ克ク御了解ノコトト思考ス、ヨツテ我方ノ此ノ了解ハ絕對ノモノナリ、從ヒテ連合國政府ニオイテモ右ヲ了解セラレ右ニ同意セラルルコトニ困難ナカルヘキヲ信スルモノナリ、世界ノ平和ノ速カニ克服セラルル見地ヨリ此ノ申入ニアル通リ速カニ明確ナル意思ヲ表示セラレ戰爭ヲ終結スルコト望マシ
貴方ニオイテ御異存ナクハ本國政府ニ電報セラレンコトヲ希望ス。貴方ニオイテ御異存ナケレハノコトナリ
マリク 右申入ヲ受理スル權限ナシ、シカレトモ自分ノ個人的責任ニオイテシカモ右ヲ本國政府ニ傳達スルコトノ爲ニ何等ノ困難ナキコトヲ條件トシテ右傳達ニ同意ス
大臣 瑞典經由ニ比シ當地ニオイテ貴方ヲ經由スル方迅速ナルヘク又貴大使ノ方カ當地ノ事情ニヨリ一層明ルキコトニモアリ貴方ニ御異存ナクハ御願ヒシタシト申上ケタル譯ナリ御異存ナシトノコトナルニツキ傳達方取リ計ラヒアリタシ茲ニ英文ニテ申入文ヲ作成シ置キタルニツキ差上クヘシ
附言スヘキカ英、米、重慶、ソ連各政府ニ傳達方下命濟ナリ
マリク 念ノタメ明ラカニ致シ置キタキカ日本側ノ提案文中ニハ平和ノ招來ニ對スル日本政府ノ努力ハ實ヲ結ハサリシ旨述ヘアリ、又貴大臣ハ只今ノ御話中ニモソ連ハ如何ナル根據ニ基キ日本カ三國共同宣言ヲ拒否セリトナサレ居ルヤ承知セスト述ヘラレタルカ我方宣言中ニモ日本カ降伏ヲ拒否セルコトニ鑑ミト述ヘアリ又アトミック爆彈使用ニ關シ米大統領トルーマンノナシタル聲明ノ中ニモ日本ハ拒否セリト述ヘ居レリ
貴大臣ノ御申出ニ從ヒ政府ニ傳達スヘシ
大臣 先程モ觸レタル通リ日本トソ連トノ間ニハ友好關係存續シ夫々大使ヲ相手國內ニ駐在セシメアリ戰爭終結ニ關スル交涉モ繼續中ナリシ次第ナレハソ連カ第三國ト斯ノ如キ重大ナル決定ヲナスニ當リテハ前以テ日本政府ニ何等カノ話合アリテ然ル可キモノナリシト思考ス
右モ歷史上ノ問題ノ一部ニ關スルモノナリ
若シソ連政府ニオイテ日本ノ申出ニ從ヒ斡旋ヲ進メコレニヨリ大ナル戰爭ヲ終結セシメ得ハ如何ニソ連ハ世界歷史ノ前ニ又現在ノ國際政局ノ前ニ愉快且有利ナル地位ヲ占メラレタルモノナラン然ルニ今度執ラレタルソ連ノ態度ハ遺憾ナリ、右ノ意味ニテ申述ヘタル次第ニシテコレ以上ハ申上ケス
マリク 歷史ハ如何ニソ連カ平和ノ强化ニ貢獻シテ居ルモノナルカヲ立證スヘシ