データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第8回主要国首脳会議における鈴木内閣総理大臣冒頭発言

[場所] ヴェルサイユ
[年月日] 1982年6月5日
[出典] 外交青書27号,393−397頁.
[備考] 
[全文]

1.基本認識と当面の課題

(1)基本認識

   私は,ただ今,ミッテラン大統領の御発言を深い感銘をもって伺いました。ミッテラン大統領が提起された問題は,困難な状況におかれている現下の世界経済をいかにして蘇らせ,これに活力を与えていくかという歴史的責務を負った我々に改めて真剣な思索を求めているものと考えます。そして,ここで私は,この問題提起を心から歓迎するとともに,今回のサミットにおいては,対立ではなく協調を旨とし,縮小ではなく拡大を求め,過去ではなく未来を語るとの精神で討議が進められ,実のある成果が得られるようにとの強い期待を表明するものであります。

 世界経済の現状は,極めて深刻であり,我々の意志の強力な結集なくしてこれ

の回復を望むことはできません。特に,低成長と失業の増大を背景とする保護主義的圧力の高まりは,過去の苦い経験を想起させるものであります。この際,我々にとり最も重要なことは,このような困難な状況にあっても,いやそれ故にこそ互いに手を相携えてこのような情勢の中に見られる明るい面を最大限に活かしつつ,将来への展望を切り拓{ひらとルビ}いていくことでありましょう。

(2)当面の課題

 (イ)期待と信頼の回復

    オタワ・サミット以来の我々を取り巻く状況には,厳しさの中にも明る

い面がない訳ではありません。例えば,多くの国々におけるインフレの鈍化傾向は,2年前のヴェニス・サミットの時を振り返ってみれば,大きな進歩であります。また,サミット国の経常収支は,本年は全体として若干の黒字になるものと見込まれております。

 かかる状況におきまして,私は,今後の道のりは長く苦しくとも,我々が一貫した政策目標を共に掲げて,強固な意志に裏付けされた行動を決意するならば,必ずや,明るい展望が開けてくるものと信ずるものであり,もって我々に寄せられた期待と信頼に応えることができるであろうと考える次第であります。このためには,適切なマクロ経済政策及び構造調整政策による各国の経済の活力の回復と健全な競争の原理に基づく自由貿易体制の維持・強化という相互に不可分の二大目標に向かって協力することが何よりも肝要と考えるものであります。

 (ロ)我が国の施策

    現在の困難な世界経済の下で各国は,自国の経済運営の改善を図る努力と共に,自国の施策が他国の経済に及ぼす影響に配慮しつつ応分の国際的協力を行うことを深く求められております。

 我が国といたしましても,世界経済の運営に参加する国際的責任と,各国より寄せられている期待とを十分に認識して,貿易,マクロ経済及び開発途上国との関係において次のような諸施策を強い決意をもって推進しつつあるところであります。

 まず,貿易について申せば,我が国の市場は,他の先進工業国に比し遜色{遜にそんとルビ}ない程に開放されていると考えておりますが,世界貿易の拡大的発展に寄与するため,昨年末以来自主的に一層の市場開放のための措置をとって参りました。そして,5月末には,コンピューター,工作機械等の関税撤廃を含む大幅な関税の引下げ,輸入手続の簡素化,先端技術分野における共同研究・開発の推進等の新たな総合的市場開放対策を決定いたしました。この決定に際し,

私は,自ら我が国国民に対し良質の外国製品は買うよう心がけ,外国からの投資については,これを開放的に受け入れるようにと訴えた次第でありました。我が国政府としては,これらの措置が所期の効果をあげるよう最大の努力を払っていく所存でありますが,同時に輸出国側の理解と協力をも強く期待するものであります。

 さらに,来るガット閣僚会議を成功に導いていくことは,自由開放貿易体制の維持・強化のため不可欠であり,我が国としては,セーフガード等の懸案や,新たな時代の要請であるサービス,投資,先端技術等の検討にあたり,積極的な協力を進めていく所存であります。

 次に,経済政策については大幅な赤字を続ける財政の健全化の努力を続けつつも景気の維持・拡大に配慮し,内需中心の成長を達成するべく努力を続けていく考えであります。このため,財政面では公共事業の思い切った前倒し等を行っており,また金融面については,海外の高金利という厳しい条件の下で景気刺激と適切な円レートの維持という相反する要請の間で難しい舵とりを強いられながら,国内景気の維持に努めております。

 開発途上国との関係については,これら諸国における経済・社会開発への支援が,世界経済の再活性化及び世界の平和と安定に不可欠であるとの考えから,南北間の建設的な対話の推進を重視するものであります。また,現在,我が国は,昨年設定した新たな中期目標の下に,援助の拡充に引き続き努めております。

2.世界経済の再活性化と科学技術

(1)経済成長への活路としての科学技術

   ミッテラン大統領もすでに指摘されたところでありますが,私も科学技術の発展が,停滞した世界経済に活力を与え,経済成長の回復をもたらし,拡大均衡達成の活路となりうることを重視すべきであると考えております。

(2)科学技術の人類への貢献

   科学技術は,経済,産業の発展を可能にし,ひいては人類社会の進歩に多岐にわたって貢献するものであります。例えば,ICを含む半導体は,技術的にも生産コストの面でも革命的な進歩を遂げ,これによるマイクロ・コンピューターの普及を通じて,経済,産業の生産性が格段と高められてまいりました。しかもこれに加えて,労働者の従事する仕事の質を単純労働からより人間的なものにまで高めることを可能にし,さらに,教育,文化の普及の方法をより豊かなものとするのに役立っております。

 また,将来電算機による翻訳が実用化すれば,言語の異なる諸国民の間の相互理解を深めていく上で膨大な労力が省かれることとなり,そのことは更に各国独自の伝統的文化と異る文化とのより豊かな交流が可能となりましょう。

 もとより,科学技術が人間を支配するものではなく,人間の英知が科学技術を人類共通の利益のために活用していくことが我々の究極の目的でなければなりません。この意味において,ミッテラン大統領の報告が科学技術の開発と雇用,労働条件あるいは職業教育との関係,さらに文化の問題を取り上げていることは重要な意義を有しているものと思います。

(3)我が国の姿勢

   ここで,科学技術の振興及びこれにかかわる国際協力の問題につき,我が国の基本的な考え方を若干申し述べたいと思います。

 (イ)第1に,科学技術の研究・開発は民間の活力に基本的に依拠すべきものと考えますが,同時に民間のイニシアティヴのみに依存するにはリードタイムの長さあるいは必要とする資金の巨額さからリスクがあまりにも大きい分野の技術

については政府が重要な役割を果たしていくべきものと考えております。

 (ロ)第2に,研究面の国際協力に積極的に取り組むとともに,先端技術の国際交流を促進するため,原則自由を国際ルールとし,その障害を可能な限り除去していかなければなりません。

 (ハ)第3に,先進国間のみならず,南北間における技術の移転の推進を積極的に図っていく必要があります。

 (ニ)さらに,新技術と労働との関係については,経済全体の円滑な拡大と発展のため,我が国の雇用情勢,慣行等に立脚して労使のコンセンサスを得ながら適応させていく努力を今後とも続けていくこととしております。例えば,我が国

においてロボットの導入による労使間の関係は比較的順調に推移しております。この背景には,ロボット導入による労働代替効果よりも新雇用創出効果が大きいという側面がある他,新技術導入による生産性の向上と雇用の安定がともに必要であるという労使共通の認識に立って,労使双方が円滑な適応に努力してきたことがある点を指摘したいと思います。

 なお,1985年に日本において「科学技術博覧会」が開催される予定であり,既に外交チャネルを通じ招請状をお出ししておりますが,「人類,居住,環境と科学技術」をテーマとするこの博覧会に皆様方の国が積極的に参加されることを強く期待しております。

(4)今後の協力

   私は,今回のサミットで何よりも我々首脳がこれら諸分野での協力をさらに推進していくとの方向をともに打ち出すこととするよう強く訴えたいと存じます。具体的にどのようにして協力を進めていくかについては,速やかに作業部会を設置して検討を進めるとの考えが的を得たものと考えます。先端技術の国際的な共同研究とその成果の交流,開発途上国への技術移転,技術革新と雇用あるいは文化との関係等,この作業部会が取り組むべき課題は多々あると考えますが,我が国としても,我が国の知識と経験をもってその作業に積極的に貢献して参る所存であります。例えば我々の検討に値する分野として,ライフサイエンス,原子力,宇宙開発,新再生可能エネルギー等が考えられます。

3.多様性の中の結束

(1)画一化の危険

   ミッテラン大統領は,技術革新とこれに伴う情報伝達手段の発達により各国固有の文化,社会制度,慣行等が画一化されてしまう危険を申されました。これは誠に傾聴に値する指摘であり,単に技術革新のみならず,広く他の分野につらなる深い意味合いを有しているものと思います。

(2)多様性の中の結束

   例えば,貿易の問題においても,不要な摩擦を避けるためには,まず相手の事情を十分に知り,自分と相手の本質的に異なるところは異なるものとして認め合う寛容さを持ち,その上で,相手の言い分で容れるべきことは容れるという,文化の多様性を前提とした上での話合いのための共通の枠組みを持つことが必要であります。

 このような考え方の下に,我々先進民主主義諸国は共通の理念,価値観を分か

ち合い,国際社会の行動規範の確立に努めつつ,相互の利益を増進していかなければなりません。しかし,だからといって我々は決して各国の文化とか社会制度とか行動様式の画一化を求めているわけではありません。むしろ我々は,各国固有の伝統や文化保持と,各国共通の理念,価値観の追求との適切なバランスを求めつつ行動すべきであります。このバランスがうまくとられれば,我々諸国の「多様性の中の結束」は一段と強固なものとなることを確信いたします。

(3)ASEAN等開発途上国との関係

   さらに,日本が位置しているアジアについて言えば,例えばASEANの国々の人種,宗教,文化,歴史等の多様性は,欧米の諸国間に見られるものに勝るとも劣らないものであります。それにも拘らずASEAN5か国がその潜在的発展力を現実のものとするべく,ダイナミックな結束を達成しつつあることは注目に値すると思います。私は,サミット諸国が,その協力の成果を日米欧加の枠にとどめることなく,開発途上国との間にも広めていくことをここで訴えたいと思います。

4.結び

  今日,我々は,世界経済の直面する諸困難から脱出する活路として科学技術の発展や技術革新が我々の経済,社会,文化にもたらす影響といった問題に取り組んでおります。我々はこのような今日及び未来の世界の要請にこたえていかなければなりません。

 私は,このための行動指針として,各国がその伝統を活かしつつ将来に立ち向かい,多様性の中の結束を固め,更にその結束の輪を世界の他の諸国にも広げて

いくことの必要性を今の世代のためだけではなく未来のために改めて強調したいと思います。