データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第23回主要国首脳会議における橋本総理大臣内外記者会見記録

[場所] デンヴァー
[年月日] 1997年6月22日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

I.冒頭発言

 ロッキーの麓、この素晴らしい気候に恵まれたデンヴァーにて、クリントン大統領の大変見事な議長ぶり采配のもと八カ国首脳による大変親密で有意義な議論を行うことが出来たことを私は大変幸せに思っています。色々な重要な問題につき幅広く議論をすることができましたが、アジアからの代表の私としては、まず第一にカンボディア、香港及び中国、朝鮮半島、ボスニア、中東和平などを扱った地域情勢につきご報告したいと思います。特にカンボディアについて、私は、最近の緊張の高まりを受けて、同国の政治的安定に向けて八カ国サミットとしての働きかけを行うことを提唱し、もし各国首脳の同意が得られるなら日本の総理特使を派遣する、そして何とかこれに対しての努力をしたい意向を紹介したところ、各首脳の支持を得、仏と共同で手助けを得ながら特使を派遣してこれに当たることとなりました。香港については、返還後も繁栄と安定を維持することが必要であることにつき、サミット八カ国の共通の認識が得られました。中国については我が国より、日中友好の精神及び中国の改革・開放の流れを支援し、中国がWTO加盟基準を満たし早期に加盟を果たすなど、建設的パートナーとしての国際社会における地位をめていくことが必要であるとの観点から発言しました。朝鮮半島については、私より、同地域の情勢が国際社会全体の安全、平和と安定に重要な意義を有している旨を強調して参りました。

 第二に、経済及び地球環境問題分野では、リヨン・サミットで私が提唱した「世界福祉構想」の具体化の一環として、高齢化と感染症の問題が本格的に取り上げられました。高齢化については、私より、高齢者を社会に依存した無力な存在としてとらえるのではなく、「アクティブ・エイジング」の考え方に立って、高齢者が雇用をはじめ様々な形で社会参加出来るよう環境整備に努めるべきことを強調する一方、経済活動と両立し得る持続可能な社会保障制度を確立するための構造改革の重要性を強調しました。また、感染症についての監視や緊急対応能力の向上に加え、寄生虫対策について、これを制圧してきた我が国の経験も含め、世界全体の現状と対策の方向などにつき世界保健機関や他の参加国の協力を得て、我が国が中心となって検討をすすめ、来年のサミットにおいて議論したい旨を述べ、合意を得たところです。地球上には約35億人の寄生虫の罹患者がいます。これをひとつひとつ退治しいくことは、地味ではありますけれども、我々が取り組む大切な課題と私は思っています。

 第三に、国連環境開発特別総会及び12月の地球温暖化防止京都会議の成功に向け、地球環境問題の重要性と国際的な協力強化の必要性についてサミット首脳自らの強い決意を示す政治的メッセージを出しました。特に地球温暖化問題に関しては、2010年までに温室効果ガスの「削減」をもたらすような、意味のある、現実的で衡平な目標に我々がそれぞれの利害を越えコミットする意志を明確にしたことは京都会議の成功に向けて大きな前進であったと評価しています。その上で私は、具体的な形で、環境教育の重要性を訴えると共に、中長期的な視点に立った地球温暖化防止のための技術開発と途上国への技術移転を国際協力の下に進めるグリーン・イニシャティブを提唱しました。環境関連ではその他、開発途上国の持続可能な開発に向けその主体的取り組みを促進するための環境開発支援構想(ISD)を打ち出しました。

 第四に、世界経済から疎外されかねない後発開発途上国、アジアにもありますけれども、特にアフリカに関し、開発援助、貿易・投資、平和構築等の面で如何なる政策手段を取るべきかについて議論が行われました。私は、特にアフリカにおける人造り・制度造りのための支援の重要性を強調し、来年東京で開催される第二回アフリカ開発会議(TICADII)への協力をも呼びかけながら、アジアを中心とする新興ドナー諸国による協力(南南協力)の促進を主張しました。

 第五にマクロ経済情勢についてですが、私は、財政の健全化、規制制度改革を始めとする構造改革を推進していくことが各国共通の課題であり、構造改革を通じて産業の活性化や雇用問題の解決を図ることが大切であること、そして、アジアを含む国際金融市場全体の安定化促進が更に重要性を増しつつあることを指摘し、各首脳で認識を共有しました。また、我が国が現在すすめつつある改革として財政構造改革、経済構造改革、等の六つの改革につき紹介しました。

 次に、今回のサミットで新たに取り上げた「民主主義」については、世界各地における民主化の進展を強化・促進することが国際社会の平和の強化につながることを説明した上で、テロに屈しないとの信念の下に国際社会と共にテロと闘っていく決意を改めて表明しました。さらに私は、人質事件に重点を置いたテロ対策強化の必要性を訴え、その一環として人質事件対策を主たる議題とする専門家会合の開催を提唱し、各国の支持を得たところです。また、ハイテク・コンピューター関連犯罪等の新たな挑戦が始まっている国際組織犯罪対策のため我々とその他諸国の協力関係の強化はますます重要になっています。

 最後に、今回のサミットはエリツィン大統領を迎え、殆どの議題についてロシアも参加する八カ国サミットと位置づけられたことが特筆されます。今後ロシアが更に経済構造改革を加速し、国際社会の建設的なパートナーとしての貢献を拡大していくことを期待しています。この関連で、今回のサミットの際に行われたエリツィン大統領との会談は多くの点で従来の雰囲気を超えるものであり、日露関係の完全正常化を目指して努力し、協力しあっていくことで一致するなど、日露関係の一つの壁を超えることができました。

 (私からご報告することは、以上です。)

II.質疑応答

Q:今後のサミットの運営に関し、ロシアは次回から、マクロ経済分野参加、完全G8入りをめざしているところ、これに対する総理のご意見如何。中国のサミット加盟に関する総理のご意見如何。

A:今回のサミットコミュニケのパラ2を呼んで頂ければ一番よくご理解頂けるが、今回ロシアに議論に参加して頂き、本当に良い形で進んだと思っている。コミュニケにもあるとおり、今後この形が続いていくと思われる。しかし、国際経済の問題、特に、通貨、マクロ経済、貿易、あるいは、開発などの問題については、引き続きしばらく7ヶ国で議論をしなければならない時期が続くものと思われる。中国に関しては、コミュニケの中で言及されていないことから分かるように、今回のサミットのプロセスの中で、中国のサミット参加についての話し合いは一切なかった。また、中国側からも、サミット参加への希望は自分の知る限りでは今まで表明されていない。しかし、APEC、ARF、国連などの場で、これまでも中国と我々は協力をしてきており、更に、中国のWTOへの早期加盟を通じて、中国が今後ともに、国際社会の中においていっそう建設的な役割を果たすことを願っており、これは、大切なことであると考えている。特に7月1日の香港返還は、中国にとっても、世界にとっても、歴史的な出来事である。一国二制度を維持した上で、香港返還の影響が中国国内において、同国が国際社会に向かって、より良い建設的なパートナーとしての役割を担っていくきっかけを作り出すことを願っている。

Q:貿易の不均衡に関し、コロラド州にとって、日本は最大の輸出市場であり、昨年の輸出も好調であったが、貿易の不均衡がおこる可能性は否定できない。また、日本の経済政策により、今後の日本経済の景気動向如何、また、対米貿易黒字の拡大等、不均衡の再発の可能性如何。

A:まず、申し上げたいことは、ローマ・コロラド州知事は親日家として、日本でも著名であるこいうこと。また、過日ミッキー・カンターが来訪の折り、コロラド・ロッキーズのユニフォームと帽子をプレゼントしてくれ、デンヴァーにきたときには、これを着てくれば人気が出ると言っていた。ロッキーズはウォーカー、ガララーガといった日本人にもなじみの深い選手のいる球団ではあるが、明日はドジャーズと対戦し、野茂が登板する予定であるところ、野茂を応援したくなるのは、申し訳ないが、コロラドの皆さんにもお許し頂きたい。しかし、ご質問の趣旨は理解する。コロラド州にとって日本が最大の貿易相手国であることは事実であり、コロラドからハイテク製品を中心として93年から95年の間に我が国の輸入は5億4千万ドル、約53%の増加。同時期のアメリカ全体からの輸入は15%の増加であるから、コロラド州の増加は素晴らしいものである。確かに、同州には「シリコン・マウンテン」としてハイテク産業が集積、食料品や伝統的な石炭産業、資源産業も広汎に立地している。尤も、食品産業の中で、昨日はじめて食したが、ラトル・スネークは日本人はあまり欲しいとは思わないのではないか。バッファローの方が美味であった。日本は、今後とも米国全体及び各州との貿易の増加を希望する。また、我が国における規制緩和の風潮は依然衰えていない。昨日のデンヴァー・ポストにもあった通り、コロラドに対する日本企業の進出も約70社と、きわめて好調であり、我々はその好調を維持していきたいと思っている。もう一点加えるならば、自分が前回ここを訪れたのは、エステス・パークにいくためであり、山登りが好きなので、ロッキーに行きたいと考えていた。日本人はこの地域が大変好きであり、我が国においてもやはり山と水の美しい高山市とデンヴァーは姉妹都市である。こういう関係を皆さんにも大事にして頂きたい。それが必ず良い結果を生むと考える。

Q:日露関係に関し、年内の極東での日露首脳会談の可能性如何。「領土問題」に関するクリントン大統領の仲介の可能性如何。

A:今回エリツィン大統領とは非常に率直な話し合いを行った。東京宣言を土台として、二人で日露関係を前進させようとの呼びかけに、エリツィン大統領も積極的に答えて頂いたと思う。この関係を大事にしたく、ご質問にあったような機会が出来るだけ早く来ることを希望する。訪露の時期に関しては、原則年一回の首脳会談開催につき一致をみたところ、今後、外交ルートで調整に入りたいと希望している。もし、エリツィン大統領が極東に出張する機会があれば、週末を利用して自分が極東を訪問し、二人で本気で話し合いをしようとの呼びかけに対し、エリツィン大統領も積極的に応対してくれた。双方の日程の調整が必要であるものの、この方法で、年内にも首脳会談の開催が可能ではないかと期待する。昨日、プリマコフ外相にも、首脳会談の機会を早く創るよう協力を要請した。領土問題に関しては、二国間で解決すべき問題と理解している。今回のサミットで、自分より、ロシアをG8として迎える機会を祝福すると同時に、日露間には解決を要する問題が存在することは、周知の通りであり、この問題は自分たちが責任を持って解決していくことで合意した。他のサミット参加国の首脳にも日露の努力に対する支援を要請したところ、クリントン大統領のみならず、他の首脳も積極的に喜び、賛意を表し、協力を約束してくれた。そうした協力を得ることにより、少しでも早くこの問題を解決することを希望している。

Q:貿易問題に関し、G7は大幅な日本の経常黒字がこれ以上増加するのは避けたいと欲しているが、為替レートの現状に鑑み、貿易黒字削減の目標は達成できるか。

A:問題をすり替えるわけではないが、もっと問題を正確にするために、貿易・サービス収支の黒字の幅で議論をしたい。GDP対比で貿易・サービス収支の黒字は1996年の数値で、日本は0.5%、G7の中で右数値で黒字を記録しているのが5ヶ国で、最も高いのがイタリアの5.3%、カナダは3.2%、フランスは2%、ドイツは1.2%であり、かかる統計を念頭に入れて欲しい。その上で確かに貿易収支黒字は4月、5月と大幅に拡大した。しかし、これは一つに消費税率の引き上げ直後といった特殊要因があること、そして、責任を転嫁するつもりはないが、ビッグ3がストライキをされたためにアメリカの消費者の方々、あるいはビッグ3がストライキをせず自動車を市場に供給していればビッグ3の自動車を購入されたであろう方が、この時期日本車を購入したのではないかといった一時的な要因もあったことは認めていただきたいと思う。いずれにせよ、我が国のサービス・貿易収支は、日本企業が海外に現地生産の拡大や製品輸入の拡大など構造変化を背景にして、94年以降ずっと低下を続けている。他のG7諸国と対比すれば、日本の黒字の規模は黒字の5ヶ国の中で一番低い。この変化の基調というのが当面大きく変化するとはおもわれず、短期的な変動があっても、貿易・サービス収支の黒字が中期的に大幅に拡大することはないと思う。 そして政府関係者が為替の水準に余りものを言ってはいけないと言われているが、その上で自分が言いたいことは、為替の水準が上昇する場合であれ、あるいは円が相対的に安くなる場合であれ、我々は極端な変化は受け入れることは出来ない。意図的に為替の水準が大幅に変動することを我々は好まない。

Q:地球温暖化問題に関連して2000年以降に二酸化炭素、温室効果ガスをどの程度削減していく方法につき、一部の国は数字を示して削減ことを約束しようと提唱しているが、日本と米国の間でかなり激しいやりとりがあったときいているが、この問題での首脳会議の雰囲気をお聞きしたい。また2010年までに意味のある削減する結果をもたらすような目標にコミットするというG8の宣言を受けて日本の対応如何。

A:質問の内容を一つ訂正いたしたい。真剣な議論をしたことと、もめたこととは違う、そして正に今日だけではなく、また気候変動枠組み条約に関連しただけではなく、例えば森林保護の問題等様々な分野で環境については大変真剣な議論が行われた。各首脳は環境問題に強い関心を有している。そして現時点で例えば気候変動枠組み条約の結論の部分、あるいは温室効果ガスの数値目標をどうするかということについて首脳間の意見が全て一致しているわけではない。しかしその上で我々が完全な一致を見ていることは、今年の末に京都で開催される気候変動枠組み条約第3回締結国会議では我々は実現可能性のある衡平な内容の結論をまとめなければならない、はっきりした目標を設定しなければならない、これは全員の共通の意見として確認されたことである。そしてこれは正に今回のコミュニケの中にあるように、サミット参加国がそれぞれの利害を越えて2010年までに温室効果ガスを削減する結果をもたらすような意味のある現実的且つ衡平な目標にコミットする意志がある、そうしたメッセージにようやく収めることができた。これは同時に明日からニューヨークで始まる国連環境特別総会に向けたメッセージでもある。今回参加して首脳のほとんどは今日から明日の間にニューヨークに移り右会議に出席し、それぞれに主張の違いはあってもなんとしても京都の会議までに結論を出そうという強い意志をそれぞれ表明することになっている。日本は京都での会議の議長国で、私たちは今回のコミュニケ、そして明日から開始される国連環境特別総会で示されるであろう他国の我々と同じ様な堅い決意というものを踏まえて、京都での会議が成功するように最大限の努力をしていくこととなる。これから我々が議論しなくてはならないこと、もう数ヶ月しか時間がないが、ただ単に具体的な数字だけを先行させるのではなく、併せて公平な負担のあり方、あるいは排出権取引など柔軟性の確保、対象年度などフレームワークについても合意を得る必要がある。我々は議長国としてそういう作業をしなくてはならない。昨日、今日と自分はそういう立場から議論し、そして我々の意見の違いを越えてまとめ上げ、強いメッセージを出したい、そういう結果が生まれたことを自分自身として喜んでいる。

Q:諫早湾干拓により国際的にも重要な湿地が被害を受けようとしている、そして右に対して日本でも歴史にないような大きな反対運動がおきている由であるが、今回の持続可能な成長の声明との関連で意見如何。

A:せっかくのご質問であるが、調査不足では無いかと思われる。その諌早という地域で過去どれぐらいの水害が起こり、そのためにどれだけの人が亡くなり、どれだけの田畑や人命が失われたかという歴史はどれだけ知られているだろうか。そしてそういう中でこの干拓の作業が計画され、そして今その作業が水門の締め切りの段階まで来た。たしかにこれは約7%の干潟を減少させることになり、そしてそこにおける干潟の生物の生命に影響を与えることは否定できないのも事実である。そこで取られる一番代表的な魚にムツゴロウという日本人に良く親しまれた魚があり、その漁獲量はこの数年間で非常に増加している。換言すれば、その干潟全体、むしろこのムツゴロウという魚が増えているという事実も知っていただきたい。そしてもう一つ問題が提起されるとすると、実は渡り鳥たちの羽をやすめるそうした干潟が減少してしまうのではないかとのことであるが、環境庁の調査では、現在その干潟を利用していた鳥達は近隣の他の干潟に移っているという報告がある。この問題については今後も我々は引き続きチェックを続けていく性格の問題であると思う。しかし同時に先日非常に大量の雨が降ったとき、今までであれば海水に浸かってしまったであろう田畑等には被害は全くと言っていいほど無かった。そうした事実も考えていただきたい。