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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] G8環境大臣会合(気候変動セッション)における鴨下環境大臣基調講演

[場所] 神戸
[年月日] 2008年5月25日
[出典] 環境庁
[備考] 
[全文]

はじめに

 気候変動セッションを開始するにあたり、G8環境大臣会合の議長として、また日本の環境大臣として、私の意見を申し述べたいと思います。

 ここ神戸は、古くから港町として、海外からの窓口として栄えてきました。新たな考え方や文化を吸収し、発展してきたこの場所で、今回は、19ヶ国・地域、国際機関及びNGO等の方々の叡智を結集し、全人類の課題である気候の安定化を実現するための国際的ルールは何か、また、持続可能で低炭素な、新たな社会をどのように作っていくのか、といった課題について、解決の糸口をつけ、我々、神戸に集った環境大臣から、洞爺湖のリーダー達に共通のメッセージとして発信していきたいと考えています。

 行先を決めるためには、これまで来た道を知る必要があります。昨年のCOP13で、バリアクションプランが合意されました。脆弱な途上国、新興国、先進国の締約国間の主張の隔たりにより、合意が危ぶまれたこともありましたが、私は、「今合意が得られなければ地球環境を守ることができない」という各国共通の信念が、合意をもたらしたと考えています。すべての国が同じ方向を向いた、大きな歴史的一歩であったと評価しています。そして、これから、その向いた方向に向かって実際に進まなくてはなりません。

 来年のCOP15に向けて、今後は更に集中的に交渉が行われると思いますが、各国がバリで見せた結束を再び実現すれば、必ずや最終的な合意に至れると確信しています。そして、今回の議論は、そうした合意に向けたプロセスを支援・加速するものとなれると信じています。

●長期目標を実現する低炭素社会への移行

(長期目標)

 議長として、今回焦点を当てるトピックの一点目は、長期目標を実現する低炭素社会への移行です。

 大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させるという「気候変動枠組条約」の究極目的を実現するためには、世界全体の排出量を早期に自然界の吸収量と同等のレベルに抑え込む必要があります。昨年のG8サミットでは2050年に世界全体で少なくとも半減といった長期目標を「真剣に検討する」こととされました。本年の洞爺湖サミットでは、この目標が目指すべきビジョンとして共有されることを期待しています。

 世界全体で半減するために、我々、先進国は、50%を大きく上回る削減目標を掲げ、率先して削減対策に取り組んでいかなければなりません。また、長期目標の実現にいたる道筋では、今後10から20年の間に、世界全体の排出量をピークアウトさせることも重要で、そのような共通認識がサミットで形成されることを期待しています。

(低炭素社会)

 排出削減の具体的方策の検討は、目標や認識の共有以上に重要です。我々の共通の将来に向けて、現在の社会経済構造を変革し、化石燃料に依存しない低炭素社会への移行を進めることが不可欠です。それには、技術のイノベーションはもちろん、ライフスタイルや社会インフラのイノベーションが同等に重要であり、不可欠であります。我が国は、英国などと協力して、低炭素社会の研究を進めて参りました。その成果は配付資料をご覧下さい。

 すべての国がこのような低炭素社会を目指すためには、低炭素社会のビジョンを明確に提示することが重要です。そこで、私は、ビジョンを確立するための研究協力と情報交換を推進するため、各国の低炭素社会の研究機関が連携して国際ネットワークを設立することを呼びかけます。

 低炭素社会の構築のためには、国民、産業界など全員参加が不可欠です。また、炭素に価格を付け、炭素排出量に応じてコストを払うことにより、自ら排出する炭素に責任を持つことが必要です。

 環境税や排出権取引などの経済的手法は、このための効果的かつ有効な手法です。国内排出量取引制度は、各国で導入や検討が進められていますが、我が国の場合、産業界をはじめとするステークホルダーを集めて検討を行い、5月20日に4つの制度オプションを示しています。詳細な検討結果は資料として配布していますのでご覧下さい。この検討結果を基に、我が国に相応しい制度を確立すべく、国内の議論を一層進めるとともに、各国との連携も図りたいと考えます。

 金融・資本市場における行動も低炭素化を図ることができます。新しい技術や新しい社会を生み出すためには資金が必要です。金融が果たすべき責任は非常に大きいものがあります。「カーボン・ディスクロージャー」は、気候変動がもたらす重要なリスクや機会について、投資家に対する情報提供を進め、これらの問題が企業価値に与える潜在的影響について、企業経営陣に対して株主の懸念を知らせることができる重要な取組です。また、カーボンオフセットは、市民、企業、政府等の幅広い主体が気候変動対策に貢献できる仕組みです。世界全体が低炭素社会へ向かう際には、カーボンオフセットに関する国際協力も重要な役割を果たすと考えられます。

●先進国と途上国の協力

(コベネフィット・技術移転)

 私が2点目に挙げたいのは、先進国と途上国の協力です。途上国においても緩和を進めていく鍵は、開発とのコベネフィットのある対策です。日本国環境省では、公害防止・森林保全・3Rといった分野において、コベネフィットに関する優良事例・技術マップ及び具体案件の発掘ツールを収集・作成しています。みなさんの国にもこうした実例は数多くあるでしょう。これらを共有し、途上国に広めていく協力を推進していきたいと考えます。我が国は、UNESCAP(ユーエヌエスキャップ)とも協力しており、本年4月には共同でアジア太平洋地域の情報共有や案件形成支援を行うことを目的とする「APゲートウェイ」を創設しました。我が国のコベネフィットの取り組みについては、資料として配布しておりますので、ご覧下さい。

 また、OECDの果たせる役割も、決して小さくありません。温暖化への適応を開発政策に統合する作業を拡大し、コベネフィットを如何に開発政策の主流としていくかについても検討することは有効と考えます。

 また、CDMは持続可能な開発へ貢献することが必要です。現行のCDMは開発のコベネフィットを考慮するよう見直さなければなりません。

(適応)

 昨年出されたIPCC第4次評価報告書は過去100年で気温が0.74°C上昇しており、今世紀末には1.1から6.4°C上昇することが予測されています。そのため、排出削減の取り組みと同時に、気候変動に伴う悪影響に如何に適応するかという課題にも対応しなければなりません。

 特に、最貧国や島嶼国は水資源や衛生、沿岸管理など、脆弱である分野において早急な対応が求められています。

 そのためには、適応を開発政策に主流化しなくてはなりません。この課題に取り組んでいるOECDの貢献を高く評価します。我々は、科学的な影響分析のキャパビルをさらに行っていくことが必要です。ミレニアム開発目標とも整合をとりながら、各国が協力して途上国を援助していくことが必要です。

(資金及びキャパシティビルディング)

 先進国による追加的支援として、我が国はクールアース・パートナーシップを創設し、5年間で100億ドル規模の支援を約束しています。さらに、米英とともに、多国間の新たな基金を創設することを目指し、他のドナーにも参加を呼びかけています。

 環境省における取組として、我が国は、クールアース・パートナーシップの下、途上国でより優良なプロジェクトが形成されるよう、案件形成支援を国際協力銀行と連携して進めています。特に、コベネフィットの案件形成を支援しており、地域の環境ニーズにも応える取組となっています。

 しかしながら、こうした政府の支援には限りがあります。途上国における気候変動対策を本格的に支援するためには、民間投資が不可欠です。民間投資を促進する方策として、炭素市場や官民協力(PPP)の活用のほか、国際的な視野に立った税制など革新的な資金メカニズムの検討も必要です。

 能力開発(キャパシティ・ビルディング)を進めていくことも、途上国支援の欠かせない要素です。2005年から始まった「ESDの10年」の中間年の会議を、来年ドイツが開催することを歓迎します。各国間での優良事例(ベストプラクティス)の共有などにより、世界における持続可能な開発に関する教育を推進していくことが重要です。また、国際機関との連携の下、途上国と先進国間の大学間の連携等による人材育成支援も有効です。

●2013年以降の枠組み

(クールアース推進構想)

 最後になりましたが、最も重要なトピックは、いかにして、ポスト2012年の枠組みを構築するか、という点です。我が国は、昨年5月及び本年1月に、「クールアース」と呼ばれるイニシアティブを発表しています。

 昨年5月の「クールアース50」は、次期枠組みの3原則として、(1)主要排出国が全て参加し、京都議定書よりも、世界全体での排出削減につながること、(2)各国の事情に配慮した柔軟かつ多様性のある枠組みとすること、(3)環境保全と経済発展とを両立すること、を掲げました。我が国としては、すべての国が共通だが差異のある責任と各国の能力の原則を踏まえながら、こうした新たな原則に関する理解と協力を進めるべく、引き続き努力していく考えです。

 本年1月のダボス会議において、福田総理は、日本が国別総量目標を掲げることを発表しました。公平な目標設定方法に関する議論を進め、今後の排出削減について、各国とともに最大限の努力を行いたいと考えています。また、2013年以降の枠組みの設計においては、公平さを確保し、カーボンリーケージや国際競争力の不必要な歪みを取り除くことが重要な課題です。

(削減ポテンシャル分析の有効性)

 公平な目標設定の方法論を検討することは、すべての主要経済国が長期的・継続的に排出削減を進めるために重要な要素です。日本は、今月の8日にパリで国際ワークショップを開催し、積極的に議論を深めようとしています。お手元に配布している議長サマリーにあるように、第一に、セクター別アプローチを用いた、ボトムアップの削減ポテンシャル分析は2013年以降の枠組み交渉に科学的な知見を提供し、実効性のある枠組み構築に貢献します。第二に、途上国に比較的安価で多くの削減ポテンシャルが存在します。その実現には先進国の援助に支えられた協力的セクター別アプローチが貢献すると考えられます。第三に、対策技術の特定、導入時期や普及率も含め、積み上げのためのデータ収集の拡大及び加速化が特に途上国において必要です。第四に、ピークアウトや長期大幅削減のために、世界全体の必要削減量とのギャップについても認識しつつ、政策措置、革新的技術や国民運動による行動の変革などによる更なる削減の模索も含め、削減ポテンシャルの積み上げを行っていく必要があります。

 今後ともこうした議論を促進するため、ワークショップにおいては、継続開催に賛同を得られたところであり、不確実性を可能な限り排した共通の分析結果をUNFCCCの交渉プロセスに提供することを目的に、サミット後に第2回ワークショップを開催することを呼びかけたいと思います。

(先進国と途上国の取り組み)

 公平な目標設定と同時に、今後10から20年の間に世界の総排出量をピークアウトさせるためには、共通だが差異のある責任と各国の能力の原則を踏まえつつ、先進国は国別総量削減目標を掲げ、率先して取り組むとともに、途上国の削減行動も必要で、特に排出量が急増している途上国は、その排出量増大のスピードを抑制することが必要です。

(途上国の削減行動の支援)

 途上国の削減行動には、これを支援するインセンティブが必要です。現行のCDMは大幅な改善が必要ですが、継続する必要があります。CDMをスケールアップする仕組みも必要です。

(測定・報告・検証可能性)

 バリ行動計画に基づき、各国は、測定・報告・検証可能で各国に適合する削減約束や削減行動をとることが必要です。そのための方法論の確立が求められており、環境政策の形成や推進のために各国が開発した手法を集約し、UNFCCCプロセスに提供していくことが重要です。

 とりわけ、途上国においては温室効果ガス排出データ整備が急がれます。G8諸国を始めとする先進国による途上国の能力向上支援を通じ、データ整備を行うことが重要です。

 環境省における取組で、国内制度(地球温暖化対策法)に基づき、一定規模以上の工場・事業場の温室効果ガス排出量の算定・報告を義務づけ、その結果を公表してます。同様の経験を有するG8各国で優良事例を共有するとともに、国単位や工場・事業場単位で温室効果ガス排出量を測定・報告・検証する手法を途上国に移転していくことが必要です。7月16-18日には、日本において、アジア各国の温室効果ガス・インベントリの精度を向上させることを目的とした、アジア・インベントリ・ワークショップを開催いたします。他の地域の国々からの参加も歓迎します。

(主要国の対話の重要性「神戸イニシアティブ」)

 実効ある次期枠組みの構築に向けた信頼醸成のために、引き続き主要国による対話を行い、国連プロセスへのインプットとすることは有効です。G8諸国とアウトリーチ国によって行われたG20対話は終了しましたが、そのような対話の機会をもつことは極めて重要です。特に、本日、環境大臣会合で議論する内容のうち、私はこの基調講演でお話した4つの事項が非常に重要だと考えます。第1に低炭素社会研究情報国際ネットワーク、第2にセクター別の削減ポテンシャルの積み上げに関する科学的分析、第3にコベネフィット・アプローチの促進と、第4に途上国のインベントリー・データ整備への支援(測定・報告・検証可能性)です。これら4つの事項については活動を進め、その議論のフォローアップを「神戸イニシアティブ」として行い、サミット後の適切な時期(今秋目途)にそのための会合を開催することを提案いたします。

(おわりに)

 本会合では、皆様のご協力を得て、実りの多い成果を得て、7月の洞爺湖サミットにインプットしてまいりたいと思います。それによって、洞爺湖サミットで国連の交渉を促進させるような結果を得られると確信しております。日本はG8サミットの議長国として、他の国々と連帯して国際交渉に貢献することをお約束して、私のスピーチを終わります。

{(1)は原文ではマル1}