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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 食料安全保障の永続的な解決(第35回ラクイラ主要国首脳会議‐G8サミット)

[場所] ラクイラ
[年月日] 2009年7月6日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

日本国総理大臣 麻生太郎

 今週金曜日、27か国の首脳と11の機関の長がG8ラクイラ・サミットの機会に集う際、食料安全保障は議論のハイライトとなる。私は、北海道洞爺湖サミットにおけるコミットメントが履行され、特に食料危機に苦しんでいる国々に対する援助について顕著な進展が達成されることを期待している。ラクイラで私は、責任ある海外農業投資を促進するための新たな提案を行うつもりだ。これは、いわゆる「農地争奪」‐途上国の農地への大規模投資の増大傾向‐を受けた提案である。

 この現象が世の関心事となってから既に1年が経つ。その間、新たな土地取引は継続的に新聞の見出しを飾り、国際機関は報告書を発表した。国連特別報告者は行動原則の必要性を主張し、アフリカ連合(AU)は先週のAUサミットで本件について議論を行った。今必要なのは、関係者を結集し、グローバルな共同対応を形作るためのリーダーシップである。迅速な行動が必要である。日本は、世界最大の食料純輸入国かつ農業援助の主要ドナーとして、果たすべき役割があると考えている。

 これまで、世界の食料安全保障は、主に「分配」の問題であると理解されてきた。過去数十年間、市場が比較的安定していたおかげで、先進国への食料供給は当然視された一方、途上国地域の大部分では、食料不足が積年の課題であった。

 しかし、最近の価格高騰とそれが世界中で引き起こした社会不安は、世界の食料需給に内在する不確実性をまざまざと見せつけた。穀物輸出国が実施した輸出規制は、輸入国において、もはや国際食料市場に頼ることはできないという不安を煽り、外国の土地の獲得に走るもっともな理由を与えた。同時に、未曾有の価格高騰は、人間の安全保障に対して深刻な脅威を与えている。世界の栄養不足人口は近く10億人の大台を超える見込みである。

 今回の食料危機は、これまでも起こったような市場の気まぐれだろうか?どちらかといえば、現在の状況は、経済、人口、気候、環境を巡る新たな世紀の現実を受けた、新たな均衡点への構造的な移行の最中であることを示唆しているものと思われる。

 もしそうだとすれば、食料安全保障はもはや飢餓救済や援助のみの問題ではない。問題は以下のように再設定されなければならない:持続可能な世界の実現のために、我々はいかにして食料生産を、経済的に、地理的に、従来の壁を超えて、拡大できるか。この観点から、日本とブラジルが30年かけて不毛の大地を世界有数の穀倉へと変貌させたセラード開発は、誇るべき先例である。

 途上国地域の農地への投資は、このような文脈の中で考えるべき。問題の核心は、これをゼロ・サムでなくウィン・ウィンの状況として捉えることである。日本は、国際農業投資に伴うリスクと機会に対し、包括的なアプローチをとるべきだと考える。これは、国際農業投資により生じ得る負の影響を緩和しつつ、投資の増大を通じた農業開発を促進するというアプローチである。規制的なアプローチは良い投資を抑制する可能性があり、望ましくない。

 この問題を考える上で、3つの基本的視点がある。第一に、持続可能な未来のための唯一の可能な解決策は、投資である。慈善活動や寛大な施しだけでは、食料安全保障の確保を永続的なものとすることはできない。セネガルのワッド大統領は、自助努力を手助けするよう求めている。ここで日本がいう農業投資は、まさに同じ哲学に根ざすものであり、途上国の自給率を高め、被援助国が農業という新しい産業を得て経済発展を遂げるための開発戦略に基づくものである。

 第二に、国際農業投資、特に政府が関与している場合には、透明性と説明責任が不可欠である。日本政府は、近く発表予定の官民連携戦略の一環として、日本としての行動規範の策定に取り組んでいる。

 第三に、我々は、市場と貿易への信頼の回復に取り組まなければならない。なぜなら、持続的な投資は最終的には市場によって実現するからである。その際には、相次ぐ輸出規制によって深まった食料輸入国の懸念を考慮に入れなければならない。

 これらの視点を踏まえ、日本は、国際農業投資に関する投資家及び被投資国の行動原則を策定する必要があると考えている。この原則は、法的拘束力はないが、遵守状況のモニタリングについての柔軟な方法を備え、以下の内容を含むべきである。

a)透明性と説明責任

 投資取引が大規模な土地取得又は賃貸を含む場合、投資家は、地域共同体を含む主要な関係者が、投資計画とその有り得べき帰結について、適切に情報提供を受けることを確保すべきである。合意事項は公開されるべきである。

b)地域住民の権利と恩恵の尊重

 投資家は、投資計画が影響を与える地域住民の権利、特に共同財産権を含む土地に関する権利を尊重しなければならない。投資家はまた、投資から生じる利益が、雇用、インフラ、技能・技術移転のかたちで地域社会と共有されることを確保すべきである。

c)開発・環境影響評価

 投資計画は、被投資国の開発戦略と環境政策に統合されるべきである。このために、影響評価とモニタリングが必要である。

d)食料安全保障

 投資家は、被投資国の食料需給の状況や農業・食料政策を考慮に入れなければならない。外国からの直接投資が現地の食料不安を悪化させるようなことはあってはならない。

e)市場原理

 土地や生産物の取引は、公正な市場価格を適切に反映すべきである。貿易措置は、WTOルールに従わなければならない。

 日本は、主要パートナーとの協力のもと、行動原則に合意し、関連情報と良き慣行を取りまとめるためのグローバルな協議体を立ち上げる。この協議体を形作るプロセスは、開放的かつ包含的で、世界銀行、国連食糧行動機関(FAO)、AU等の現行の取組みを基に更に拡大するものである。我々は、9月の国連総会の機会に関係者が集うことを提案する。我々の利益は相互に関連しており、共通のビジョンを有した大連合が必要である。