データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 藤山首席代表の国連第13総会における一般討論演説

[場所] 
[年月日] 1958年9月18日
[出典] 国際連合第十三総会の事業,1958,1‐5頁.
[備考] 
[全文]

 議長,代表諸君

 私は,第13回総会議長に選挙されたレバノン外相チャールズ・マリク博士に対し,わが代表団より心からなるおよろこびを申し述べたいと思います。私は,議長がその卓越せる識見と国連における豊富なる経験によつて困難な重責を立派に果されることを確信するものであります。同時に,私は第12会期および第3回緊急特別会期において議長の重責をすぐれた能率をもつて立派に果されたニュージーランドのレスリー・マンロー卿に対しわが代表団の感謝の意を表したいと思います。私は,同氏が今後いかなる方面で御活動されるかに拘らず将来とも国際平和と国際間の理解増進の為に努力されるよう希望するものであります。

 議長

 国連憲章の目的と原則の尊重をその外交の基本方針とすることは,わが国の一貫した態度であります。わが国は,この基本方針に則り,あらゆる機会において国連の権威を高めることに努力して来たのであり,今後ともこの努力を続ける覚悟であります。

 また,かかるわが国の努力は,日本国民の平和に対する強い願望により支持されているのであります。

 議長

 私は,第13回総会劈頭にあたり,国連の当面する諸問題に関し,わが代表団の基本的見解を明らかにしたいと思います。

 現下世界の当面する最も緊急な問題は,台湾海峡における事態であります。日本はその地理的近接関係から台湾海峡における最近の不穏な事態に重大な危惧を抱かざるを得ません。台湾海峡をめぐる問題については関係者それぞれの立場から種々の意見があり得るでありましよう。それは,その歴史的経緯を振返つてみれば当然のことであります。これら意見の当非は別として,台湾海峡の問題を武力に訴えて解決せんとすることは絶対に排斥せらるべきであるばかりでなく,大戦を誘発する憂いのある危険きわまりない方法であるといわねばなりません。われわれとしては,問題が平和的に解決されることがもつとも緊要であると信ずるが故に,ワルソーにおける数日来の会談によつて解決の方途発見の努力が払われつつあることは,衷心歓迎するところであります。日本としてこの会談に期待するところは,先ず武力を用いないことが合意され,ついで将来に亘り平和と安定を確保する解決がもたらされることであります。

 私がワルソー会談を歓迎する所以のものは,すべて紛争は先ず関係者間において話合いによる解決に努力し,それが成功しない場合にはじめて国連をわずらわすべきものであると信ずるからであります。又関係当事者間の会談が進行中である事実にかんがみ,われわれがこの問題を国連において議論するにあたつては,当事者間の話合いを妨げないように慎重に注意すべきでありましよう。この意味において,本日私は一応右の見解を表明しておくにとめますが,日本としては,近接国として重大な関心を抱いておりますので,将来台湾海峡の事態が国連において問題になつた場合は,更に日本政府としての見解を表明する機会を持つことを留保致しておきます。

 議長

 私は,アジア,アフリカ諸民族の有する共通の願望が民族の独立とこれを裏付けるための経済的社会的進歩の達成にあることを昨年この議場において指摘致しました。日本国民は,同じアジアの一員としてこれら諸民族が困難な状況の中にあつて自らのために明るい未来を築きあげて行こうとする努力に対し,全幅の共感を有することを重ねて明らかにしたいと考えます。同時に,これら諸民族の正当なる願望を各国が暖い理解の眼をもつて見守り,かつ,これに対し支援と協力を与えることを希望するものであります。諸民族の独立の完成と経済的,社会的進歩への願望は歴史の必然として必ずや達成されるものであると信ずるのであります。従つて,政治的,経済的な独立過程にある諸民族の側ではこのような自己の将来に対する自信に基づき,偏狭と過激とを排し,公正穏健な態度をもつて完全独立への道を着実に歩まれるよう希望するものであります。

 中近東問題に関し,第3回緊急特別総会において満場一致をもつて建設的内容の決議をするに至りましたが,その間においてその解決の原動力となつたアラブ諸国の互譲妥協の精神および加盟各国の理解ある態度に深い敬意を表するものであります。同時に,私は,右決議の実施のため献身的努力を続けてきたハマショルド事務総長の労を多とするものであります。日本代表団は他の代表団と共に近く行わるべき同総長の報告を待望するとと共に,同総長の努力によりレバノンおよびジョルダンの平和と安定の確保への道が開かれ,もつて米,英軍の早期撤退が促進されることを切望するものであります。更に,中近東の平和と安定を恒久的基礎の上におく長期的対策の必要については,先の緊急総会において私の言及致したところでありますが,今次総会においてこの点が引続き審議されることを希望するものであります。

 以上,私は,世界の各地域における平和と安定の問題について所見を述べましたが,次に核実験の停止および全世界を襲う戦争の脅威を取り除く手段としての軍縮の問題に触れたいと思います。わが代表団は第十二総会において核実験を先ず停止しつつ,軍縮交渉を促進する趣旨の決議案を提出いたしました。遺憾ながら,右決議案は,多数の賛成を得るに至りませんでしたけれども,爾来一年の間に情勢は大きな変化を示しました。即ち,ソ連,米,英の諸国は,相次いで核実験を停止すべき旨を宣言し,10月31日から核実験停止に関する協定の交渉が開始せられることとなりました。日本国民および政府はかかる動きを深い喜びをもつて注視して参りました。私は,核実験が放射能の影響に関する国連科学委員会の報告にあるとおり,現在および将来の人類に道の危害をもたらす事実にかんがみ,ここに核実験停止協定は速やかに,かつ,他の軍縮措置に優先して成立させなければならないとの日本政府の変らざる見解を繰返し明らかにしたいと存じます。しかして,日本政府としては,この協定が基礎となり,恒久的なる核実験の停止が実現することを強く期待するものであります。もつとも,核実験停止は,軍縮全般の観点から見れば,その前提ともいうべきものに過ぎないのであります。原水爆戦争の危険は,有効な国際管理の下における原水爆の生産,貯蔵および使用の禁止を含む全般的軍縮が実現されない限り,人類の脅威として残るでありましよう。従つて,私は,核実験の停止措置が東西間の信頼感と平和的環境をもたらし,軍縮全般に関する交渉促進の契機となり,軍縮のあらゆる分野において今後着実に交渉が進捗することを切望するものであります。

 右に関連し注意されるべきは,本年7月からジュネーヴで開催された核実験探知に関する専門家会議が成功裡に終了し,核実験停止のための査察制度の技術面に関し合意に達し得た事実であります。このことは,核実験停止の実現を容易に致しましたのみならず,かかる専門家会議の成功の可能性を示すものであり,将来の軍縮交渉を進展せしめる方法に関し新たな道を開いたものと言い得るのであります。即ち,個別的協定を締結し得るごとき軍縮措置,たとえば奇襲攻撃防止措置等に関し,査察のための専門家会議が開催されるならば,軍縮交渉の将来に明るい希望を抱かせるものであります。この意味において,米,英,ソ3国間に11月10日から奇襲防止の方法に関する専門家会議が行われるとの報道をわが代表団は歓迎するものであります。

 昨年総会の会期中及びその後において,日本政府は,あらゆる機会を捉えて国連内における軍縮審議の再開のため努力し来たつた{前5文字ママ}ことは,ここに列席の緒代表の記憶に新たなるものがあると存じます。

 右の如き努力は,昨年の総会におけるソ連の軍縮委員会不参加宣言の結果,国連における軍縮問題の審議が麻痺状態に陥つている現状に対する真摯なる憂慮の念から出たものであります。軍縮問題は,今次総会においても議題となつておりますが,これについて加盟各国代表が真摯な検討を行われることを切望致します。

 右努力に対してはわが代表団も十分協力致す心算であります。近頃再び国際平和軍の創設が問題となつて来ましたが,この問題は,極めて慎重な研究と論議とを要する問題であることは言うまでもありません。しかしながら,幸いにして特定地域を目標とせず,世界全般に対する制度として創設され,その機能を発揮するに至れば,個々の国々の軍備の縮減に寄与し得るでありましよう。また,同時に個々の国の軍縮は,国際軍創設への寄与を容易ならしめるでありましよう。国際平和軍の問題を検討するに当り,私は,それと軍縮との相関関係を考えたいと思います。

 次に,国連において多年懸案となつている諸問題について一言することを許されるならば,まず戦後十三年を経た今日なお国家分裂の事態が継続している朝鮮,ベトナム及びドイツに対し深甚の同情を禁じ得ないものであります,これらの国が平和のうちに自由な民主的方法により一日も早く統一されることをここに希望しておきます。更にまた,インドネシアとオランダとも間の係争もまだ未解決のままでありますが,これも関係両国の良知と忍耐によつて現存している非武力的雰囲気をまもりつつ一日も早く平和裡に解決されるよう努力が払われることを望ましいと考えます。

 議長

 なお,その他過去において国連で論議された問題のうち,昨年第12総会の劈頭私はハンガリー事件の不幸な経験に言及いたしたのでありますが,その後のハンガリーにおける事態の発展,特に両事件に関係した人々を襲い,あるいは現在これらの人々の上を蔽つている不幸は,ハンガリー事件が決して過去の問題となつていないことをわれわれに警告するものであります。われわれは,この事態の是正のためなお尽すべきを尽さねばならないと考えます。

 議長

 世界経済の安定は,国際平和維持のための基本的要因の一つであります。しかるに,世界経済の現状は,ドルの偏在,多数諸国の慢性的国際収支上の困難および人為的貿易制限の設定によつてその発展を阻害されつつあるのみならず,先進国と後進国との経済発展の較差は益々広がる一方であり,ひいてはそれが国際政治上の不安定要因にならぬとも限らぬ状況にあると存じます。かかる状態に対処するためには,今までいろいろな機会に言い尽されたことではありますが,通商の自由化と後進国経済の発展をめざして各国が相互の協力関係をいつそう強化して,これらの問題にとりくむ以外に解決はあり得ないのであります。すなわち,従来行われてきた貿易障壁の軽減撤廃等の努力が不断に今後も続けられるとともに,交換可能支払手段の欠如による経済交流の阻害要因を除去するための方途が考究せらるるべきであると信じます。更に通商の自由化に関連し,自由諸国と共産圏諸国との間の経済交流も,これら諸国がそれぞれ別個の政治および経済体制をもつておるとの現実に立脚しつつ,なおかつこれを促進し得る如き方策を講ずることが必要であると信ずるものであります。後進国経済の開発については,先年来の国連加盟各国の努力が実を結んで国連特別基金が近く発足する予定となつておりますが,この基金の設置は,後進諸国の経済発展にとり一歩前進するものとして歓迎するものであります。更に中近東では,可成りの規模の地域的経済開発基金の設置が関係国間で考慮されており,中南米についても類似の計画が進められているやに聞いております。かかる計画の検討を可能ならしめた関係地域諸国の創意は称讃さるべきものであります。これらの地域経済開発基金の設置あるいは開発計画促進の必要は,中近東および中南米に対すると同様東南アジアにも存することを強調いたさねばなりません。私は,東南アジアにおいても多数国の積極的な協力と努力とによつて地域経済開発のための基金が速やかに設置を見るよう衷心より希望いたす次第であります。

 更にまた,わが代表団としましては,後進諸国が現下の景気後退の影響をうけ,昨年以来原料品価格の値下りにより極めて深刻な打撃をこうむつていることを想起し,まず主要原料品価格の長期的安定を計るため,原料品輸入国たる先進工業諸国が従来の消極的態度を改め,大局的見地に立つて,第一次産品の価格安定のための国際協力に本腰を入れる必要があると信じます。世界の諸国の中には,技術および人的資源の不足に悩む国があります。これ等諸国はその必要とする技術および人的資源を,それ等の豊富な諸国から計画的に導入するよう努力すれば,その経済を拡大することができ,ひいては世界経済全般の見地からも誠に望ましいこととなると考えます。

 私は,前総会におきましても,国連が人口問題の解決に調整的役割を果すことを希望しましたが,右の希望が各国の御理解を得て一日も早く実現するよう重ねて希望するものであります。

 議長

 以上,私が述べました諸問題を通して最後に述べたい点は,国際共産主義の拡大により激化された自由,共産陣営の対立が国際緊張の最大の要因となつていることは否定し得ない事実であるということであります。国際連合は,むしろこの対立を積極的に克服するため,大国が互に有効なる話合いを行うのみならず,すべての加盟国も右の話合いに協力し得る議場として盛り立てられるべきであり,恒久平和を希求する人類の国連に対する期待も正にここにあるわけであります。そのため,各加盟国は,国際連合憲章の精神を基礎とし,国連に提起される諸問題を偏見なく寛容と理解をもつて建設的に解決する態度をとることが要望される次第であります。国連がかかる役割を果し,世界の諸問題の平和的解決の場として名実共に「世界に議場」となるようわが国は積極的に貢献する所存であります。

 以上,私は国連の当面する諸問題に関し,わが代表団の基本的態度と希望を述べました。私は,今次総会が貴議長のともに,多大の成果を収めることを希望するとともに,わが代表団も右の希望達成にあらゆる努力を捧げたいと考えるものであります。