データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第十四回国連総会における藤山外務大臣の一般討論演説

[場所] 
[年月日] 1959年9月17日
[出典] 外交青書4号,311‐315頁.
[備考] 
[全文]

議長閣下

 貴下が第十四回国連総会議長に満場一致選挙されたことについて,わが代表団より心からお祝い申上げたいと思います。国連発足以来の貴下の国連に対する大なる貢献は,全加盟国代表の等しく認めるところでありますが,特にわが代表団は,国連加盟に当つて貴下のわが国に与えられた援助を忘れることができません。

 私は,第十四総会のへき頭に当り,今こそ国際緊張の緩和と平和の増進のため一層真剣な努力を払わねばならないことを世界各国に訴えたいと存じます。

 今日世界の平和を不安定にする最も大きい原因は,自由・共産両陣営の対立であります。この対立は,政治的信条の相違に基くものでありますが,これが相互の不信感によつて一層尖鋭化しているという事実を無視するわけにはいきません。

 わが国の属する自由陣営は,自由と正義に基く民主的秩序の確立をもつて政治的信条とするものであり,世界の平和も,このような民主的秩序の上に築かれたものでなくてはならないとの立場を取つているのであります。共産陣営の唱える平和とわれわれの求める平和は,異なる性質のものであるかも知れません。しかしながら,基本的に相反する考え方を有する二つの陣営が現に併存しているという事実がある以上,平和維持を目的とするわれわれの努力は,両陣営が相互の不信感を解消しつつ対立を緩和するにあると存じます。そして,そのためにわれわれは,あらゆる機会を利用し,実行可能な具体的方策を見出さなければなりませんが,軍事科学の極度の発展によつて招来された原子兵器時代において,一歩誤ればわれわれの文明も,はたまた人類自体も破滅する危険に直面している今日,こうした努力の必要は,ますますその度合を高めているのであります。

 具体的な緩和策を見出そうというからには,ただ言葉の上で平和を唱えるだけでは何の役にも立たないことは申すまでもありません。平和への意志が行為によつて裏付けられなければならないのであります。そうした行為の指針として,国際連合憲章は国際紛争の平和的解決の原則をあげております。国際紛争を武力の脅威または行使によらないで,話合いにより平和的に解決することは,単に加盟国の義務に止まらず,今日世界の共同社会の一員として当然遵守すべきものであります。これと同じことは,国際関係において,相手国の政治的立場を互いに尊重することについても言えるのであります。自国の利益または勢力を伸長する目的の下に他国に対し直接間接に圧力を加え,あるいは干渉するというような行為は,厳に慎むことが必要であります。

 以上申し述べたことに関連し,私は今回の米ソ両国最高首脳者の相互訪問を衷心から歓迎するものであります。両者が腹蔵ない意見の交換によつて互いに他に対する不信感を取除き,双方の納得する条件の下に東西間の諸問題を解決する糸口を見出すことによつて,国際緊張の緩和に貢献することを切望するものであります。そのことは,両国が特に指導的大国であるということから強調したいのであります。

 東西対立の結果不幸にして生じた分裂国家の存在は重要な問題でありますが,わが国として特に指摘したいことは,わが国の近接地域にいくつかの分裂国家が依然として存在している事実であります。私は,これらの諸国が平和的,民主的過程を経てすみやかに統一を達成することを希望するものであります。これは,世界の平和に役立つと信ずるものであります。

 東西両陣営間の対立と相互不信感は,また両者間の軍備競争という形で表われております。そして,その軍備競争は,さらにまた相互の不信感を増大し,これがさらに軍備競争を激化させるという悪循環を示しております。このような軍備競争は,人的および経済的資源の浪費であるばかりでなく,戦争の可能性を増大させるのであります。軍事科学の発達により核兵器等人類および文明の全面的破滅をもたらす兵器の出現した今日,私はこの感を一層深くするものであります。

 私は,関係各国が相互不信感と軍備競争との悪循環を断ち切り,現状において実行可能な軍縮を行うことによつて信頼感を醸し出し,その上でこれを土台としてさらに次の軍縮措置に移るよう,軍縮交渉を極力推進することを関係各国に希望する次第であります。この点に関し,四カ国外相会議を契機として,新たに国連外に軍縮審議機関を設置することについて東西間に合意が成立したことは,関係各国の軍縮交渉推進の熱意として歓迎するものであります。私は,国連における軍縮交渉が一九五七年以来今日まで停滞していたことを極めて遺憾とすると同時に,新機関が新しい角度から軍縮問題を審議し,速やかに具体的成果を挙げることに全力を傾注すべきことを特に強く訴えたいと思います。軍縮は,主要大国間の合意が前提であることはいうまでもありませんが,同時に全加盟国の関心事でもあります。例えば,軍縮の実施に当つての有効な管理査察組織の設置は,国連および全加盟国の協力を不可欠の条件としておりますし,また近代兵器が関係当事国以外に与える影響のあることも事実であります。私は,新機関と国連との間に適切な関係が設定され,国連全加盟国の意向が十分反映されるような措置が考慮されなければならないと考えます。

 軍縮交渉今後の進展の契機となるべきものとしてわが代表団が特に強く期待するのは,核実験中止に関する協定の早期締結であります。わが国民および政府は,その体験に基く人道的見地から如何なる国の如何なる核実験にも反対してまいりましたが,この立場は,今後も一貫して変らないものであります。わが代表団は,かかる立場から核実験中止に関する協定を速やかに他の軍縮措置に優先して成立させるよう強く訴えてまいりました。わが国は,昨年の総会にオーストリアおよびスウェーデンと共にジュネーヴ核実験中止会議の成功を希望する趣旨の決議案を提出し,総会によつて採択されましたが,われわれのこの要望に応え,米,英,ソ三国代表が昨年来交渉を継続されてきた努力を多とするとともに,昨年末以来世界に核実験が行われなかつた事実を喜ぶものであります。同時に,両国首脳の相互訪問を契機として,少くともこの核実験中止交渉が速やかに妥結に至る道を開くことを切望致します。

 国連が「公開外交」を通じ相互理解の増進による国際緊張の緩和に果した役割は,極めて大なるものがあります。国連はまた常駐代表間の接触や,事務総長の斡旋等による「静かな外交」を通じ平和の維持に顕著な役割を果してまいりました。国連の機構と機能は,平和維持のために今後ますますその重要性を増大するものと確信するものであります。今回国連がラオスの事態に対して迅速な措置をとつたことは,事態の平静化への第一歩として誠に適切であつたと信ずるものであります。なおまた,最近の著しい科学の発展に対応し,国連が昨年の総会以来大気圏外の平和利用に関する諸問題を取り上げたことは,時宜を得た措置でありました。本問題が今後ますます重要性を加えることを考えると,国連における関係諸国の協力が一層要望される次第であります。

 他面国連は,東西対立という国際情勢の制約を受けて,本来の機能を十分に発揮し得なかつたことも認めざるを得ません。更にまた,国連が時によつては宣伝の場として利用される傾向が見られたことも認めざるを得ません。私は,国連が東西の対立を克服して真に平和維持機構となるよう,そしてまた諸問題の実際的,かつ建設的解決を計るために責任ある意見の交換の場となるよう国連の機構および機能の強化と有効な活用を計ることにつき加盟国が積極的に協力を行う必要のあることを強調したいと思います。この点に関し,私は事務総長の「年次報告序説」に述べられた種々の意見に原則として同意するものでありますか,さらに国連のプレゼンス,国連平和軍等についても研究を続けることが無意味でないと考えます。私は,またさらに一歩を進め,国連憲章をできるだけ速やかに改正することが国連を真に有効な平和維持機構とすることに役立つものと信じます。なんとなれば,現在の憲章は既に十四年前に起草されたものであり,その加盟国は著しく増加したのみならず,起草当時予見されなかつた多くの新事態が起つているからであります。憲章の改正を行うことは種々の困難を伴い,かなりの時日と忍耐を要すると思われます。それ故にこそ,私は,加盟国に対し憲章改正の事業に速やかに着手するよう呼びかけたいと思います。

 以上私は,政治的,軍事的観点から平和の維持増進に関する希望を申し述べましたが,次の世界平和の裏付をする経済的,社会的発展の観点から所見を申し述べたいと存じます。

 国連は,経済社会の分野において貴重な貢献を行つておりますが,なお多くの活動の余地が残されているのも事実であります。最近の世界経済において一番人目をひくことは,先進工業国と第一次産品の生産だけに依存する多くの低開発国との間の経済成長率の差がいよいよ開き,両グループの国の間の生活水準の隔たりが,ますます大きくなつている点であります。こうした傾向は,低開発国において依然として飢餓と疾病の支配,また教育と社会福祉制度の不足を意味し,これらは深刻な社会不安の原因となつているのであります。

 こうした事態を改善しなければ,結局は世界全体の経済的,社会的発展が損われ,ひいては国際政治の安定が乱されるおそれがあるのであります。

 従つて低開発国としては,その経済発展のため一層の努力を行い,また先進国としてもこれを助けることが緊急の必要となります。しかしながら,低開発国が,これを遂行するに当つての困難は,誠に大なるものがあります。比較的短期間にその工業化を達成したわが国としては,低開発国の当面する問題について深い同情と理解とを有するものであります。低開発国経済の多様化はこれらの国の経済成長達成の一つの方法でありますが,多様化に当つては,右に必要とする産業技術や経営能力はどのようにして確保するか,また必要な額の資本を如何に確保するかなどの大きな問題を急速に解決して初めて可能となるのであります。後進国は,これらの問題解決のために援助を必要とします。先進国は,また最大の援助を惜んではなりません。この場合,低開発国に対する援助は,どこまでも援助受入国の立場を尊重し,その希望を考慮したものであるべきで,いやしくも冷戦の具になるようなことがあつてはなりません。

 低開発国の経済開発と共に今後の世界経済の発展にとり不可欠なものは,貿易の拡大であります。私は,この問題についてここではその一面のみについて申し述べるに止めたいと思います。最近地域的な貿易取極の動きが見られますが,こうした経済統合によつて地域内においては貿易の障害が除去されるわけであり,これは貿易拡大の見地から大いに注目に値するところであります。しかしながら,これらの経済統合は,万一偏狭な地域主義に堕して地域外諸国との間に摩擦を生ずるようなことがあれば,世界貿易拡大の見地から極めて遺憾なことであると考えますので,私は,こうして摩擦の生じないよう国連が調整の場としての役割を十分果すことを希望いたすものであります。

 近年国連の各機関において人口の増加が経済的,社会的発展に及ぼす影響の問題が検討されております。私は,国連がさらに一歩を進めて,関係各国の希望するところにより経済開発に必要な技術者を含む人的資源を導入することに関連する基礎的諸問題について,調査研究を行うことを希望いたします。将来こうした調査研究の結果,移住の問題についても各国の理解が一層深められれば,単に経済開発に寄与するばかりでなく,関係各国の親善ならびに国際社会の平和の増進にも貢献するところ多大なものがあると考える次第であります。

 わが代表団は,この総会に臨み,以上のような基本的態度の下にわが国の外交の基本原則である国連協力の実を挙げたいと思います。最後に,私は,この総会が貴議長の下に多大の成果を収めることを希望します。