データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第十六回国際連合総会における小坂外務大臣の一般討論演説(三六、九、二二)

[場所] 
[年月日] 1961年9月22日
[出典] 外交青書6号,12‐18頁.
[備考] 
[全文]

 議長、私は、日本代表団の名において、貴下が第十六回国際連合総会議長に当選されたことにつき心からお祝い申し上げたいと思います。私は貴下が貴下の卓越せる識見と国際外交の分野における豊富な経験により今次総会を成功に導かれることを確信するものであります。

 この機会に私が前議長ボーランド大使に対し深甚なる感謝の意を表したいと思います。前議長はその広い視野と公正なる識見をもって種々難問題の山積した第十五回総会および第三回特別総会をみごとに指導され、その結果として国際連合は世界平和の維持という崇高な任務を遂行しその声価を高めることができました。

 ハマーショルド事務総長がその職務遂行中悲劇的な不慮の死を遂げられましたことは誠に悲しみにたえません。わが国は他の加盟諸国とともにここに謹んで哀悼の意を表するものであります。わが国は、国際連合のため献身的努力を払われ多大の業績を残された同氏を国際連合の崇高な理想と目的を具現化した模範としてつねに尊敬してまいりました。同氏の逝去は国際連合にとって誠に大きな損失であります。私はまた事務局職員全員の誠実献身および自己犠牲の精神に対して敬意を表するとともにこの偉大な国際的事務機構に対する信頼の念を表明したいと思います。

 私は突如として事務総長を失った職員各位とその悲しみを分かつとともに、各位がその任務の重大性に鑑み一層奮励されんことを望みます。

 さて私は第一に、国際連合が世界平和維持という最も重大な任務を担った機関であるとする日本国政府の信念をここに再確言し、日本国政府はその全力を挙げて国際連合を支持し、あらゆる協力を惜しまないものであることを強調したいと思います。

 今や人類の生活は地球上に局限されることなく広く遠く宇宙にまで進出せんとするに至りました。私は、とくに米ソ両国がその優れた科学技術を駆使して人類史上未曾有の企てを試み、着々成果を収めていることに対し敬意を表するものであります。また、人類はかつてない繁栄と向上した生活の恵みを受けております。かつて植民地として政治、文化の各分野において遅れた生活を余儀なくせられていた諸民族は続々と、独立を達成し、誇りと熱意とをもって充実した自尊の生活を営むべく努力しております。これらの事実はいずれもわれわれに人類の将来に対する大きな希望を抱かしめるものであります。しかし遺憾ながら世界の現実はわれわれに安易な楽観のみを許すものではありません。諸々の不平等の事実が依然として存在しており、是正を必要とされております。世界には未だ民族自決権を認められない民族があります。政治的独立をかち得たものの、経済その他の面で独立の実を整える上に大きな困難を感じている国々もあります。豊かな歴史的伝統を持ちながら民族自決権の自由な行使を拒まれている国民もあります。さらにまた、進歩と繁栄を誇る国々でありながらその国民が必ずしもそうした恵沢を十分に享受しているといえないものもあります。

 国際関係の面にも暗雲の低迷するものがあるのであります。世界は不安定な勢力均衡に依存する不安な平和のうちに生きております。科学技術の面で月にまで届きうるほどの進歩ぶりを見せる人類が、精神の面では旧態依然たる姿があるのであります。ベルリン問題をめぐる急迫した事態、最近における核実験の再開は、世界の人心を重大な不安に陥れました。平和に対する懸念が拡がりつつあります。口に平和を唱える強国が、武力と最新科学の成果を誇示することによって他国をおどすような有様ではいつの日に地上に本当の平和が齎らされるのでありましようか。このような事態は国際連合に対する重大な脅威であります。

 平和実現のためには、われわれは現実を直視しなければなりません。現在の世界には政治理念および社会制度を異にする国々が存在し、また経済的発展段階も国によって異なるものがあります。国と国との間、特に相異なる体制や条件のもとにある国々の間においては、武力による威嚇を止め、紛争は平和的手段によってのみ解決し、また他国の内政には絶対干渉しないという国際連合憲章の諸原則があくまで忠実に遵守されなければなりません。このような諸原則のもとにおいて、われわれは世界連帯の精神に則り、相互間の理解と協力とを深めなければならないのであります。このようにしてのみ、初めて国際連合憲章の目指す自由と正義の繁栄の中における真の世界平和を実現することが可能であります。私はこうした見地から今日われわれの直面する二、三の重要問題について見解を述べたいと思います。

 まず第一は、ベルリンおよびドイツの問題であります。ベルリンの地位に関しては現在四大国間に国際協定が有効に存在しております。ベルリン問題の真の解決は国際協定の一方的破棄や恫喝によって到達できるものではありません。この問題は国際連合憲章の原則に従った解決を目指す話合いによって解決されるべきものであります。またベルリンおよびドイツ問題の解決に当っては、とりわけベルリン市民自身、ドイツ人自身の自由に表明された意思が十分に尊重されるべきであります。昨年の総会が採り上げた大きな問題の一つはコンゴー問題でありました。国際連合の介入により幾多の困難の後漸くコンゴーに平和が回復されたのにかかわらず、今次総会の開催を前にコンゴーにおける平和が再び新たな紛争の発生により動揺を来たすにいたりましたことは誠に遺憾であります。この際われわれがまず留意しなければならないことはコンゴーに平和と安定をもたらそうとする国際連合の努力を妨げるような新たな困難や外からの妨害が起らないようにいたすことであります。

 コンゴー国民の利益のためにも、またアフリカ、さらには全世界の平和のためにも国際連合は一日も早く事態の収拾を図るよう努力しなければならないと考えます。この点に関し、私は事態の最終的解決のカギを握るコンゴーの指導者達が過去におけると同様、賢明な判断を示されることを強く希望してやみません。

 アフリカにおける新興諸国の多くは、その安定を確保し、経済を成長させるために、経済的により進歩した諸国と緊密な協力を保つ必要があります。

 もとより、先進国はこのような協力を政治的な野望を遂げる道具としてはならず、あくまでもこれら新興諸国の要望に沿って自由と繁栄と進歩をもたらすためのものでなければなりません。経済協力と援助を冷戦の具に利用することは、これら諸国に対する侮辱というべきであります。先進諸国は永年にわたる外国支配を経たのち、完全な独立と自尊への途を進もうと希望するこれら新興諸国の感情を充分理解し、かつ、これに深い同情を示さなければなりません。この意味において、日本国政府は前総会において植民地解放宣言が成立したことを喜ぶものであります。わが国は一九一九年のヴェルサイユ平和会議以来人種平等の原則の確立のため終始不屈の努力を重ねてまいりました。

 人種差別の観念をこの地上から一掃することは今日の急務であります。

 二〇世紀の今日、いまだに世界の一部に人種を差別する観念の払拭しきれていない事実は誠に遺憾であります。このような事実の存続するかぎり世界人類の間に真の意味の平和を望むことはできません。

 議長、さきに私は、ベルリンの危機に言及しましたが、現在のごとき国際緊張のもとにおいてこそ安定した平和を達成するために不可欠の方策として軍縮の必要がさらに痛感されるのであります。しかるに事態はどうでありましょうか。軍縮の話合いのために設けられた一〇ヵ国委員会は一ヵ年このかた会合せず、その任務を引き継ぐべき機構の問題についても合意が見られない始末であります。軍縮問題は徒らに宣伝目的に使われるばかりでなんらの進展を見ておりません。軍縮の実現にとりわけ重い責任を持つものは大国であります。問題の解決のため現実的かつ具体的な方策を見出すために一層の誠意をもって努力することはこれら大国の責務であります。

 わが代表団としては、まず現在管理可能であり実行可能である軍縮措置から実施して、国際信頼感を回復し、その上で次第に軍縮の範囲を拡大して行くという行き方が唯一の現実的かつ建設的な解決方法であると考えるのであります。

 われわれは完全かつ全面的な軍縮に賛成でありますが、有効な国際的管理および査察に対する充分な準備なしに一挙にこのもっとも難しい問題を解決するという方法は実際的であるとは信じません。この点に関し、わが代表団は、このたび国際連合に報告された米ソの両国間の軍縮に関する合意された原則についての共同声明を歓迎するものであります。これは希望を持たせる徴候があり、われわれはこれらの原則のもとに満足すべき協定に達するよう新たな努力がなされんことを期待します。

 ジュネーヴで続けられている核実験中止会議は、昨年来すでに多くの条文において合意をみて、交渉の最終的妥結は間近であり、かくて人類に対する一大脅威がいよいよ除去されるに至るであろうとの希望をわれわれに抱かせておりました。しかるに、この希望は打ち砕かれてしまいました。すなわち、最近交渉当事国の一つは交渉の半ばに突然核実験の再開を一方的に宣言し、矢継ぎ早に多くの実験を行ない、核実験競争の端緒を開いたのであります。その結果他の当事国も制限された形のものとはいえ、この例にならいつつあります。

 これは誠に遺憾な事態であるといわねばなりません。原子力は全人類に繁栄と福祉をもたらすためもっぱら平和的に利用さるべきであります。核兵器の競争は、かつて人類が経験したことのないもっとも破壊的な世界戦争への危険性を増大するのみであります。広島・長崎において二〇万以上の生命を失い、その後も引続き年々放射能の影響にもとづく犠牲者を出している日本国民としては、その苦い体験から核実験の問題に最大の関心を持たざるをえません。

 日本政府は核兵器実験が行なわれるたびに、それがいずれの地域であっても抗議しておりますが、これは正にこの国民感情を反映するものにほかなりません。

 放射能の問題を別にしても、核実験の再開は核兵器製造の競争を意味するものとしてわれわれの重大な懸念の対象となります。これらの理由から、ジュネーヴ会議の関係諸国が狭隘な利己心にとらわれることなく人類の安全と福祉を第一義として、速やかに妥結に達するよう最善の努力を払うよう強く希望するものであります。

 わが代表団は、前総会において多数の国家とともに核実験停止および核兵器拡散防止に関する決議の成立に努力しましたが、右決議にもかかわらず世界の情勢はさらに悪化の一途を辿っております。

 わが代表団は、今次総会において核実験の停止を求める全人類の悲願に応えるため効果的な決議が成立することを切望するものであり、これがために全面的協力を惜まないものであります。

 さらに、最近における宇宙科学の驚異的進歩は大気圏外を平和的に利用することの重要性をいよいよ増大しております。大気圏外の軍事利用禁止のため国際間に合意が達せられることは人類の平和のために不可欠な条件であります。われわれは、大気圏外の開発は国際協力により平和的に公開にかつ秩序正しく行なわれなければならないと信じます。

 これらは大気圏外を人類の滅亡のためではなく、その福祉のために利用するに当って守らねばならぬ原則であります。

 議長、繁栄する世界経済の維持増進は、平和の維持と並ぶ国際連合の主要目的であります。その意味においては私は、経済社会の分野における国際連合の活動に触れてみたいと思います。

 高度の安定した経済の成長が、日本を始め、多くの工業国経済政策の目標とされております。しかしながら他方において経済上の先進諸国との間の生活水準の較差が増大しつつある事実に目を覆うことはできません。もとより、一国の経済開発の責任は第一義的にはその国自体にあり、自助の精神あってこそ、初めて開発に要する資本の不足あるいは、熟練労働力の不足といった困難を克服する鍵を見出すことができるのであります。が、同時に世界的な繁栄を確立することは世界各国の共同の急務でもあります。この点において、経済社会面における国際連合の活動が、技術援助の計画を基盤として日増に大きな効果を受益国経済に与えつつあることは喜ばしいことであります。

 私はこれらの計画を通じて国際連合により与えられている援助の意義を高く評価するものであります。

 国際連合の内外における種々の資本援助機構が低開発国に協力の手を差し延べていることも、また最近における国際社会の一つの特徴であります。たとえば、国際開発協会は国際連合の専門機関として活動を開始しました。これらの諸機関と諸国との事業が相互に調整され、全体として最大の効果を生むように心掛ける必要のあることは申すまでもありません。わが国はこれらの多角的機構の活動に協力する一方、その経済力の許す限り、低開発諸国との二ヵ国間ベースでの経済技術協力をも進めていきたいと考えます。日本はアジアの一国としてアジア諸国の堅実な成長と発展に多大の期待を寄せております。アジア諸国の多くは現在長期的な計画に基づいて積極的な努力を傾けており、これら諸国に対する各種援助はそのために極めて有効に活用されております。かかる真剣な努力を立派に結実させるためには、今後さらにこれら諸国に対する援助を増大する必要があります。広大な未開発分野は多くの新規計画を必要としており、こうした新規計画のためにも国際連合その他からの援助が一層強化されることを願う次第であります。

 議長、故ハマーショルド事務総長は、たびたび世界貿易の面における動的な国際分業の意義を強調されました。発展途上にある国々は、経済成長の努力の結実として原料品のみならず、半製品および製造加工品を輸出しうるに至ります。そうした際に旧来の先進諸国としては、これらの新興輸出国の商品に市場提供をすることによって、これらの国々の開発と成長への努力に対して好意的に応えることを期待したいものであります。

 先進諸国の中には後進国における生産費の相対的低廉性を理由として、輸入制限や国内産業の保護を行なおうとする動きが見られることがありますが、このような措置が発展途上にある国々に適用される時は経済多角化への芽を摘み取る結果となる危険があることに総会の注意を喚起したいと思います。

 次にわが代表団はかねて提唱したとおり、人的資源を国際的規模で一層効果的に利用することに関連する基本的諸問題の調査研究を国際連合が取上げることを再び希望いたします。移住の問題もこれと関連するものでありますが、私はこの機会に従来日本からの移民受入れに熱意ある支持を示した多くのラテン・アメリカ諸国政府および国民に、日本国政府を代表して謝意を表明するとともに、今後とも各国が本問題に理解ある態度をとるよう要望したいと思います。要するに日本は、一方において世界の繁栄そのものの不可分性に留意すると同時に他方、世界の繁栄と世界平和との不可分性を認識し、政治の分野ばかりでなく経済面における国際協力に対しても、国際連合の内外を通じ、できるだけの努力を惜しまないものであります。

 議長、以上私は現下の重要問題に対するわが国の基本的立場を申述べました。しかし、今日の世界平和のためになによりも重要な問題は国際連合自体の問題であります。世界の平和と福祉のために国際連合の果した幾多の業績を思い、今われわれの当面する複雑な問題を思う時、いよいよ国際連合をもり立てる必要が痛感されます。国際連合加盟国はすべて国際連合をしてその崇高なる目的を果しうるよう協力すべき重大な責任を分ちあっております。国際連合をより有効に世界の平和と福祉とのために役立たしめるために、私はまず第一に各国が国際連合の場を利己的目的に乱用していたずらな宣伝非難の舞台とすることを慎み世界の全体的利益を第一義とすべきであると申したいのであります。私はまた、加盟国の内には正規の手続きによって採択された決議を尊重せず国連による集団的行動への協力を回避する例があったことに言及したいと思います。このような事態は世界平和維持機構としての国際連合の権威を失墜せしめる原因を作るものであります。さらにまた、国際連合の財政状態は昨年来極めて深刻となっております。これは主として若干の加盟国が国際連合の決定にもかかわらず国際連合緊急軍やコンゴー経費の負担を拒んだことによるものであります。私はこの際、これらの事態を速やかに是正し、国際連合を健全な財政的基礎におくことが急務であることを訴えるものであります。国際連合が今日の問題に有効に対処するためには国際連合の機構自体が今日の実状に即していなければなりません。

 現在国際連合の加盟国は発足当時に比べ約二倍となっております。安全保障理事会および経済社会理事会の構成にはこの事実が反映されなければなりません。また、事務局の構成をこの新しい実情に対応するよう再検討することも時宜に適したことと思われます。例えば、事務総長の活動をより効果的ならしめるため、その補佐にあたる職員とくに上級幹部を増強し、また、職員の採用にあたり能率を落とさぬ範囲内で一層の地理的配分を企てることも適切な措置と考えます。

 なお、この点に関連し、わが代表団は三人事務総長制には賛成できません。このような制度は政治体制、政治理念の分野における対立をそのまま国際連合の中枢部に持ち込み事務局の活動を痲痺させ、国際連合憲章第一〇〇条の要求する事務局の国際的中立性を根底から破壊するおそれがあります。

 私は、いまやすべての加盟国が国際平和と協力の機関たる国際連合に対する各加盟国の協力のあり方について真摯な反省をすべき時であると申したいのであります。常に安全保障理事会に議席を占め拒否権を認められている諸大国に対し、私はそれらの国々が世界の平和と国際連合の健全な発達にとくに重大な責任を有している事実を指摘し、それらの国々がその自覚のもとに行動されることを切に希望します。

 他方、その他の加盟国も近年における新加盟国の急増につれその発言力が増大しました。国際連合内におけるその集合的力が強まるとともに、この新勢力は大国間の対立に影響を与えることができるようになり、その意味でこれら諸国の責任もまた重大であります。たとえ個々の国々にとって自国の重要な国家的利益に関する問題であろうとも、すべての問題の取扱いにあたって英智と抑制と地道で建設的な態度をもって対処することこそ、すべての国連加盟国の義務であると信じます。過去十六年の間において国際連合は、朝鮮、スエズ、コンゴー等の諸事件が世界戦争に拡大することを未然に防ぎとめるのに成功しました。

 国際連合がかくも多大の成果を収めてきたことは喜びにたえませんが、他方、これが権威ある機構として発展を続けられるかどうかは、一にかかって全加盟国のたゆまぬ努力にあることを忘れてはならないのであります。

 なお、この演説を終えるにあたり、一言付加したいのは、われわれすべてが世界平和と国際連合の将来のために決意を新らたにすべき決定的な段階におかれている事実であります。われわれ一人々々の肩にかかっている重大な責務を自覚し、もって世界の平和と安全のための最高の機関であるこの国際連合の権威をさらに一層高めるよう本総会を役立たせようではありませんか。