データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第24回国連総会における愛知外務大臣一般討論演説

[場所] ニューヨーク国連本部
[年月日] 1969年9月19日
[出典] 外交青書14号,363−369頁.
[備考] 
[全文]

 1. 議長,わたくしは,日本代表団の名において,貴下が国際連合第24回総会の議長に当選されたことに対し,衷心よりお祝い申し上げます。

 国際連合の諸問題に対する貴下の卓越せる識見と豊富な経験は,われわれの既に熟知するところであり,貴下の指導の下に今次総会が必ずや実り多きものとなることを確信するものであります。

 この機会にわたくしは,前議長故エミリオ・アレナレス・カタラン閣下の業績に対し,深甚なる感謝の意を表したいと思います。困難を伴つた第23回総会が同氏の指導の下に成功裡に閉幕したことはわれわれの記憶に新しいところであります。日本代表団は,同氏の思いがけざる逝去により世界が偉大な平和の指導者を1人失つたことを認め,その哀しみを世界の諸国とともに分かつものであります。

 わたくしはウ・タン事務総長閣下に対し,深甚なる敬意を表します。わたくしは,同氏が世界平和維持のため惜しみない努力を示されたことを銘記するものであります。わたくしは同氏が今後とも人類の平和と発展のため尽力されることを望みます。

 2. 議長,わたくしは,まず平和への戦いについて述べたいと思います。国際連合憲章の冒頭にしるされている「われらの一生のうちに2度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い・・・・・・」という国際連合の目的は,全世界の同世代人が,少なくとも一度は自らの決意として感じたものではないでしようか。この目的は特に戦後新たに制定された憲法の中に,平和国家として生きようという決意を強く表明したわが国の最も共感を禁じ得ないところであります。国際連合は正に平和への戦いを使命とするものであります。

 平和への戦いとは,単に現在の平和と安全を維持しあるいは回復するとの消極的努力にとどまらず,進んで人類の理想とする恒久平和への道を切り開いて行くとの創造的努力でなければなりません。現下の国際環境の下では,国家の国民に対する至上の義務はそれぞれの国家利益を守ることにあるとされております。しかしこのように民族主義の勢いが頂点に達した今日におきましても,否,それが頂点に達しているからこそいつそう,わたくしは真の国際主義を強化することによつて,各国の民族主義間の調和が計られねばならないと信じます。各国はそれぞれの国民の福祉,安寧の維持,向上を目的としている以上は,その前提として国際平和を確保,強化することこそ,この目的達成のため不可欠の要素であるとの信念に徹すべきでありましよう。従つて今後のわれわれの努力は,世界中の国が,国際連合と協力を進め,恒久平和に向かつて一歩一歩前進することにあるべきだと思います。また,これ以外の方法はあり得ないはずです。具体的には,平和への戦いは,(イ)国際連合の平和維持活動強化を通じて,この国際機関の平和維持能力の将来に対する諸国民の期待を裏切らないということであり,(ロ)具体的な軍縮措置を通じて,全面完全軍縮への一歩を踏み出すことであり,(ハ)諸国民の生活向上を計ることにより社会不安の根本原因である物質的な挫折感を取り除いて行こうということであります。このようにして緊張を緩和し,諸国民の相互友好と理解を深め,国家間,民族間,異なつたイデオロギーに基づく政治体制間の不信を取り除くことが肝要であります。

 3. 議長,第1に国際連合による平和維持についてでありますが,これが国際連合の目的の中でも最も重要なものであることは多言を要しません。戦後四分の一世紀にわたり,主として大国の相互自制により幸いにも世界的規模の戦争は回避されてきましたが,その反面局地的紛争はしばしばくり返され,遺憾ながら現在なお深刻な紛争,あるいはその原因をかかえている地域が少なくない実情であります。国際連合は,従来の平和維持活動の例が示すように,紛争と流血の惨事の拡大を防ぎ,その平和的解決をはかる上にこれまでも地味ながら相応の能力を発揮してきました。

 しかし,議長,今後の世界平和のためには,この国際連合の平和維持機能を一段と強化する必要があると考えます。この点で実際にこの機能をどれほど強化し得るかは個々の加盟国がそのためにどれほどの努力をなすかにかかるものです。過去の平和維持活動の成果は,まさに加盟諸国の発意と協力のたまものであることはもち論ですが,この点については,わたくしは,特に超大国が平和の確保のため大きな責任を有しており,武力行使による国際紛争の解決を厳に慎むことはもち論のこと,広く平和維持のために大きな役割を演ずべく期待されていることを強調したいと思います。日本としても平和国家として国際連合に協力し,その平和維持機能に積極的に寄与したい考えです。

 4. 議長,右に関連し,アジアの諸問題につき一言ふれておきたいと思います。

 現在,パリにおいてヴィエトナム和平のための会談が継続されていることは,この地域の平和回復に大きな期待を抱かせるものであります。双方の間にいまだ基本的な立場の相違はありますが,各当事者の平和に対する熱意により,諸困難が克服され,和平が一日も早く達成されることを心から希望するとともに,わが国としてもこのためになし得る協力があればこれをおしむものではありません。和平回復の暁には,国際連合としても,関係当事者と密接に協力しつつ,その平和維持に積極的な努力を払うべきでありましよう。

 議長,平和を願う日本は極東の平和の維持に特に重大な関心を持つものであります。殊に日本と至近距離にある朝鮮半島において依然緊張含みの情勢が続いていることに憂慮を禁じ得ません。しかしながら,韓国が着々安定と発展の実を挙げていることは心強いところであります。日本は国際連合が同半島の平和維持のため従来から払つてきた努力を高く評価するとともに,同半島において再び大規模な武力攻撃の起ることがないように望んでおり,今後ともこの地域の平和確保のため能う限り国際連合の活動に協力して行く所存であります。

 議長,他方中国問題の推移は,極東のみならず世界の平和に重要な影響を及ぼす性質を持つものであります。この意味でわが国は国際連合における中国代表権の問題は,国際連合における他の多くの案件と同様「重要問題」であるとの見解を有しております。日本としては,世界平和のため中共が進んで国際協調の態度をとり,建設的役割を果す日の到来することを願うものであります。

 5. 議長,現在中東問題について国際連合の内外で,その解決を目指して話し合いや討議が熱心に進められています。それにもかかわらず,現地においては武力衝突が頻発していることを深く遺憾とするものであります。日本としては関係諸国,特に大国のいつそうの努力を通じ,1967年11月の安保理決議にそつてこの難問の解決がもたらされることを切望しております。南部アフリカ問題についての人権差別反対というわが国の立場は従来から変つておりません。わが国は国際連合がこの問題解決に建設的努力を続けることを希望します。これらの問題の解決達成のためには,まだ幾多の困難を乗り越えて行かねばならぬと思いますが,日本として今後とも相応の寄与を行ないたいと考えます。

 6. 議長,平和への戦いの重要な一環として軍縮問題について述べます。軍縮は軍備の拡充と緊張増大の悪循環作用を絶ち切る重要な方策の一つであります。従つて,国際連合による安全保障体制の強化をはかりながら,各国の軍備規模を均衡をくずすことなく有効な検証手段のもとに漸次縮小することは,緊張緩和をもたらし,戦争の危険を少なくする現実的措置であります。

 議長,核兵器の絶滅と戦争のない国際社会の実現を悲願とする日本国民は,軍縮委員会への参加を通じ,軍縮の促進による平和の確保に積極的に貢献したいと考えております。

 議長,日本は,核軍縮の優先を支持し,地下実験探知技術の進展とともに,核兵器実験の全面禁止への具体的な国際協力を進めるべきものと考えます。また兵器用核分裂物資については,その生産停止およびその平和目的への転換が達成されるべきであります。さらにこれと密接に関連するものとして核兵器運搬手段の凍結と削減の問題がありますが,米ソ間に戦略的ミサイル制限交渉が開始されようとしていることを歓迎するとともにその成果を期待します。

 海底における軍備競争防止の問題については,海洋国として日本はこの問題に死活の利害を有しています。上述のとおり,日本国民は核兵器絶滅の真摯な願望を有しておりますので,海底および海床というこの地上最後の未開拓地に対しまず第一に核およびその他の大量破壊兵器の設置を禁止することが一番意味があると考えます。

 核兵器と並んで非人道的な大量破壊兵器となりうる化学生物兵器についてもまた是非その使用禁止が確認されねばならず,更にその開発および製造を禁止し,在庫を破棄することが肝要であります。

 恒久平和の理想は,全面完全軍縮を実現してはじめて可能となるものでありましょうが,遺憾ながら現実は一挙にこれを達成しうる状態にはありません。従つて,われわれとしては,一歩一歩可能なところから部分的軍縮措置の実施を積み上げて行くほかありません。その際は各々の措置の結果がすべての国家の安全を均しく確保するよう均衡のとれたものでなければならないという原則が守られることが肝要でありましよう。

 7. 議長,平和への戦いは諸国民の福祉の向上なくして勝利に到達できません。なぜならば,経済社会開発の促進による諸国民の福祉向上こそ,政治的安定の大前提であり,積極的な平和建設の基盤をなすものだからであります。

 現在,国際連合の全機構をあげて,1970年代を第2次開発の10年とすべく準備が進められています。わたくしは,この第2次開発の10年が発展途上国の経済社会開発を促進する上に大きな貢献をなすことを期待します。

 いよいよ終りに近づいた第1次国連開発の10年の期間中,かなりの発展途上国において経済開発が促進され,また国際連合における経済社会開発分野の機構が整備されたことは注目に値します。新しい開発の10年においては,この整備された国連機構を能率的かつ有効に活動せしめるとともに発展途上国,先進国双方の真の協力する必要があると考えます。

 議長,わが国としても,第2次国連開発の10年の達成に対しできる限りの協力を行なうつもりであります。わが国の努力の最も端的な現れとして最近におけるわが国から発展途上国への資金の流れについて一言します。最近5年間において,日本から発展途上国への資金の流れは三倍以上増大し,1968年には10億ドルを越えました。また,わが国と発展途上国との間の貿易関係も近時ますます緊密の度合を深めています。例えば,わが国の発展途上国からの輸入は最近5カ年間で倍近くにふえ,1968年には53億ドルに達しております。これらの伸び率は,先進国の中でも最も高い部類に属するものであります。

 議長,この関連でわたくしはアジア地域が世界最大の人口を抱え膨大な援助を必要としていることに注意を喚起したいと思います。わが国は,アジアの一国としてこの地域に対する貿易の促進と援助の強化に特に努めてきました。本年春,わたくしがバンコックにおける第4回東南アジア開発閣僚会議で申し述べましたごとく,次の10年間は他の地域とともにアジアにおいても大きな発展の可能性をはらんでおり,わが国としても自らの経済の発展に応じてアジア地域に対する協力を積極的に推進するとともに,エカフェやアジア開発銀行などの地域協力機構にできる限りの支援を惜しまない方針であります。また日本は,ヴィエトナムに平和が到来した暁にはヴィエトナムおよび戦争によつて影響を受けた周辺の国々の復興と開発のために,他の諸国と協力しつつ積極的役割りを果すことを検討しております。

 わたしは,70年代の世界開発戦略が発展途上国の貧困と飢餓に対して勝利を収め,平和と開発の10年とよぶにふさわしいものとなることを心から願うものです。

 8. 議長,以上わたくしは平和への戦いにつき述べてまいりましたが,その中心機構である国際連合は,発足以来明年は第25周年を迎えようとしております。そこでわたくしはこの機会に国際連合のあり方につき所信の一端を述べたいと思います。この際国際連合をより効果的な機能を発揮し得る機関とするために過去において国際連合がいかなる点で所期の成果を挙げ得なかったかを反省し,将来進むべき方向の指針を見出すとともに,その一環として憲章のレビューをも行なうことは時宜に適するものと考えるのであります。国際憲章に掲げられた目的と諸原則は,25年後の今日の時点においてもわれわれ加盟国の行動の規範として十分に支持し得るものではあります。しかし現実の世界は,憲章が予想した世界とはほど遠い発展を示しており,われわれはこの現実をふまえた上で,国際連合創立の理念を実現する最善の道は何であるかを真剣に探求すべきだと思います。現在国連憲章には旧敵国条項や,ほとんどその使命を達成し終えている信託統治理事会に関する条項など,20年余の歴史に照らして再検討が望まれる規定があります。また現実に適合するための慣行や先例もでき上つており,その上,憲章の精神を敷衍した重要な決議や補助機関も生れています。

 日本政府として過去十数年国際連合の活動に携つて考えたところに基づき,この際若干の示唆を提示してみたいと思います。

 9. 議長,わたくしはまず,安全保障理事会および総会の制度に触れたいと思います。大国を中心に構成し,平和維持の上で大きな責任を持たせるという安全保障理事会の基本的な構造は現実的なものと考えます。しかし,われわれは決して従来の安全保障理事会の活動に満足しているわけではなく,それに種々問題があることは否めません。

 国際連合創設以来の国際関係の現実に照らし,安全保障理事会の構成,表決方法等はなおも昔のままでよいか,あるいは総会の権限を拡大しこれを憲章上明文化する必要があるかなど,これら両機関の機能をいつそう効果的なものにするために検討すべき問題がありましよう。日本としては安全保障理事会が実効性を高めるためには,安全保障理事会の性格の重大性にかんがみ,世界各地域を真に代表して国際の平和および安全の維持に積極的に貢献し得る加盟国を結集するものとすることが望ましいと考えます。

 10. 政治面,安全保障面における国際連合のあり方とともに,経済社会開発の分野におけるその事業活動のあり方についても総合的に再検討することが必要でありましよう。この分野での国連関係機関の事業に投入されている資金は,近年ますます増大の一途をたどつており,わが国としても,かかる資金拠出に協力するため大きな努力を払つておりますが,福祉向上という経済社会面の問題に,国際連合および関係諸機関がさらに効果的に対処し得るためには,常に財政の合理化を念頭におきながら,諸機関の事業の調整をはかり,ひいては個々の機関のあり方につき真剣な検討を加え事業の重複を避けることが緊要です。

 11. 議長,わたくしは恒久平和の実現に向かって実質的な努力を進める観点から明年の第25周年には,憲章の改正も考慮しつつ国際連合のあり方を再検討するとよい機会と考えますので,従来からの経緯により本件の複雑性は十分認識しておりますが,国際連合が第25回総会においてこの問題を討議する機能を再強化するよう希望いたします。たとえばある目標年次を設定して改正案の討議を開始するという考えはいかがでしようか。日本としても十分の検討を行なつた上一つの試案を提示するよう努力するつもりであります。

 議長,われわれは,理想を求めて国連憲章に賛同しました。国際政治の現実の中にあつても,われわれは片時も理想を見失うべきではありません。同時に理想の実現をはばんでいる冷厳な現実についてもこれを見誤るべきでなく,その現実について固定観念を持たず,常に前進の可能性を探求する態度を持ち続けることが恒久平和への道を開くものと考えます。