データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第25回国連総会における愛知外務大臣一般討論演説

[場所] 
[年月日] 1970年9月18日
[出典] 外交青書15号,396−402頁.
[備考] 英語にて行なわれた
[全文]

 1.議長,私は,日本代表団の名において,貴下が国際連合第25回総会の議長に当選されましたことを心からお祝い申し上げます。国際連合における貴下の卓越した識見と豊富な経験は,今次総会を必ずや実り多きものとされることと確信するものであります。

 この機会に私は,前議長アンジー・ブルックス・ランドルフ閣下に対し,深甚な感謝の意を表します。同女史は,国際的政治家としてすぐれたる手腕を示し,第24回総会を成功に導かれました。同女史の指導の下に,国際連合がその権威を一層高揚し得ましたことは,私の最も欣快とするところであります。

 同時に私は,ウ・タン事務総長閣下に対し,深甚な敬意を表し,世界平和の維持に対するその熱意と献身的努力を多とするものであります。同氏が,今後とも,公正な立場から自由と正義にもとづく平和の建設のため尽力されることを望みます。

 2.議長,国連25周年記念会期にはわが佐藤内閣総理大臣が出席してわが国の基本国策につき発言する予定であります。そこで本日私は「平和への戦い」における国際連合のあり方の再検討の問題にしぼつて日本政府の立場を申し述べたいと思います。

 3.議長,恒久的な世界平和と安全の達成を目指して国際連合が創設されてから4半世紀が経過いたしました。しかしながら,この間の国際情勢は大国間の力の均衡と相互抑制によつて破局が避けられているという実情にあり,恒久平和の基礎が樹立されたとは言い難いのであります。

 この様な大国間の力関係は国際連合の場にも反映されて参りました。事実,ハンガリー,チェコにおける事態について国際連合は格別言うに足るほどの貢献は出来ませんでした。インドシナ半島に燃え広がつている戦火に対しても,国際連合は平和回復の方途とこれに対する自らの貢献の態様について未だ模索を続けている状況にあります。中東においては国際連合の長年にわたる努力の結果,最近平和への曙光が見えてはおりますが,恒久的な平和の基盤は未だ確立しておりません。また,植民地支配・人種差別も根絶しておりません。

 この様な国際情勢の現実を直視するとき,私は,今日までの国際連合が「平和への戦い」の機構として人類の大きな期待に十分には応え得なかつたと断ぜざるを得ないのであります。

 議長,それだからと申して,私は,国際連合を直ちに無力なりと云々するが如き極論に与するものではありません。ましてや国際連合が無用である等と申す意図は毛頭ありません。

 国際連合は,経済社会面の国際協力,植民地の独立達成,人権尊重等の分野において注目すべき業績を挙げております。また,国際連合は世界各地で発生した紛争,緊急事態の拡大を防ぎ,その平和的解決を促進する上で,これまでも相応の成果を挙げてきていることも忘れてはなりません。さらに,国際連合は,世界的規模の各種の諸問題を討議する「場」を提供し,公開の審議を通じて世界に出来るだけ客観的な事実をはつきり示し,もつて建設的な世界世論の形成に寄与するという意味において重要な役割を果してきているのであります。

 4.議長,この様にこれまでも相応の業績を残して来た国際連合はこれからも世界の平和と安全の維持のために一層強力な中枢的役割を果すべき責務を有しております。世界はこの機構に対して大きな期待を寄せているのであります。私は,この様な期待に応えるため,国際連合の機構および機能の一層の強化をはかつていかなければならないと考えます。

 この際,まず私が確認しておきたいことは,国連憲章に掲げられた目的と原則は,国際連合創立25年後の今日においても,国連加盟国の行動の規範として依然として極めて価値あるものであるという点であります。ここで日本政府は,まずこの国連憲章の目的と原則の重要性を再確認いたしたいと思います。これに関連して,就中,国連憲章第2条に規定された国連加盟国の二つの義務−武力不行使と内政不干渉の義務−及びこれと表裏一体をなす同条の国際紛争の平和的解決の義務は,国際の平和と安全の維持のために最も重要なものであり,かつ,すべての加盟国の最低限の義務であることをあらためて強調したいと思います。

 他方,国連憲章がその原則に従いその目的の達成のため予見したいわば理想的な世界平和体制は,結局実現しなかつたのであります。かかる現実の認識に立脚した上で,国際連合創立の理念を実現し,国連憲章の目的を達成する最善の具体的方策を探究して行くのがわれわれに課せられた責務でありましよう。流動変転極まりない国際情勢下,国際連合が最も有効に機能してゆくためには如何にすべきかが問題であり,その回答を得るためには国際連合を国際情勢の現実に最も適合した機構としていくための工夫を要します。国連憲章の条項ないしはその適用について,随時必要な改善を加えて行こうとする柔軟な姿勢が不可欠であると考えます。現に,国連憲章第18章もそのような考え方を物語つています。私は,国連創立25周年が,国際連合にこのような新たな息吹きを与えるための努力を開始するにふさわしい機会であると確信します。

 これに関連して,ウ・タン事務総長が国連活動報告序文の冒頭において「平和のために調和を図る者としての役割を果し得る実効的な世界機構を人類が今日ほど緊急に必要としていることはない」と述べておられることを想起することがきわめて適切だと思われます。明日の世界において国連がますます重要な役割を果し得る途は何でありましようか。国連が主権加盟国間の不和を調停するための可能性をより有効に利用し得る途は何でありましようか。生活条件を改善するための能力を十分に活用するために,国連の機能の態様に如何なる改革を実現し得るでありましようか。事務総長は「われわれがこれらの問題に対する解答を見出し,国連憲章に規定された崇高な目標を実現するために,たとえそれが時によつて遅々としたまた苦難にみちた歩みであるとしても前進の歩みをつづける様熱烈に希望する」との見解を表明されましたが,私はこの事務総長の希望に心から同感の意を表したいと思います。

 私は,国連憲章再検討問題も含めた国際連合のあり方の再検討が,短期間に行ない得るとは決して考えていません。それは息の長い作業を要することであります。昨秋の総会において,コロンビアを始めとする幾つかの国のイニシアティヴにより,国連憲章再検討問題が本年の総会の仮議題として掲上されております。日本政府としても,今次総会を契機としてこの問題の討議が開始されることに格別の意義を見出すものであります。私はこの問題が提案に従い議題に掲上されることを確信します。

 5.議長,以上のような基本的考え方に基づいて日本として再検討が必要あるいは望ましいと考えるいくつかの点に関し,若干の具体的示唆を行なつて見たいと思います。

  (イ) まず第一に,国際連合における平和維持機能の強化のため再検討を要すべき問題点として,私は,いわゆる国連平和維持活動の強化,国際連合の事実調査機能の強化及び安全保障理事会の構成の三つの点につき申し述べます。

   (1) 日本政府は,国際連合がカシミール・中東・コンゴ・サイプラス等において遂行して来た「平和維持活動」を高く評価するものであり,世界世論の支持の下に,当事国の同意を得て行なわれる国際連合の「平和維持活動」が,今後世界平和のために大きく貢献することを確信しております。このような「平和維持活動」をこの上とも有効,円滑,確実に遂行するために必要な方途は是非とも更に深く探究されなければならないと考えます。しかるに,平和維持活動特別委員会において過去数年にわたつて行なわれている作業は,主として大国間の意見の不一致により遺憾ながらいまだ実質的成果をほとんど挙げておりません。

 そこで私としては,国連憲章中に右活動を紛争の平和的処理の一環として明文化することが「平和維持活動」の円滑かつ実効的な遂行のための有力な一案ではないかと考え,このための検討の要を認めるものであります。

 日本政府は,「平和維持活動」にまつわる諸般の問題につき大国間,特に東西両陣営間に大きな意見の相違があることは十分承知しております。それにもかかわらず「平和維持活動」は国際連合が現在実際に果し得るもつとも有効な平和維持機能と考えます。「平和維持活動」を強化することが国際連合の将来にとつて極めて肝要である所以であります。「平和維持活動」強化のため,とりわけ超大国の責任感に立脚した具体的な行動を期待するものであります。日本としては,今後平和国家にふさわしい方式で国際連合の平和維持機能の強化に対し積極的に協力してゆきたいと考えて居ります。

 議長,ここで私は,カンボディア問題に関するアジア太平洋有志諸国外相会議について一言触れておきたいと思います。この会議は,カンボディアにおける緊急事態を討議するため,インドネシア政府の招請により5月16日,17日の両日ジャカルタで開催され私も出席いたしました。会議の結果,カンボディアの平和回復は同国の中立・主権・独立の尊重・領土の保全・内政不干渉・全ての外国軍隊の撤退にもとづいて行なわれるべき旨のコンセンサスが得られ,これにもとづきインドネシア・マレイシアおよびわが国の外務大臣の特使はカンボディアの平和回復のために,同国国際監視委員会(ICC)の復活および全ての関係国を含む国際会議開催の方途につきジユネーヴ協定共同議長国をはじめとする関係者と協議を行ない,また国際連合による措置を求めるため国連事務総長および安全保障理事会議長ならびに同理事国諸代表と話し合いを行ないました。カンボディアの平和回復に関してアジア太平洋諸国が行なつた提唱は,国連憲章の目的と原則に合致するものであり,何人といえどもこれに反対し得ない筈であると確信するものであります。もし将来国際連合がカンボディア,ひいてはインドシナ半島全域の平和確保のため有効な活動を行ない得るとすれば,停戦監視など国際連合のもつ平和維持活動の機能を活用するのが有力な方策ではないかと考えられます。

   (2) 議長,次に私は,国際連合の平和維持機能強化の観点から国際連合が行なう事実調査機能の重要性について触れたいと思います。現下の国際情勢において,国際連合に与えられた大きな役割の一つは,世界各地で繰返し起こつている紛争や遺憾な事態,その他の事実を出来る限り客観的に世界世論に知らしめるという点にあると考えられます。そのためには国際連合自身の事実調査能力を強化することが肝要であります。

 すなわち,安全保障理事会,国際連合事務総長および総会の調査機能の強化策が検討されるべきであり,またこれらの国連諸機関の事実調査機能を助ける意味で専門家グループ方式および「調査パネル」の一層の活用あるいは権能の拡大等も望まれるところであります。

   (3) 議長,国際の平和と安全の維持のためには,この活動に主要な責任を有している安全保障理事会が真にその権威と責任とにふさわしい有効な行動をとり得るものとなるよう,その構成について再検討を行なう必要があることを指摘いたしたいと思います。戦後25年を経て国際情勢は大きな変動を遂げました。この間核の抑止力による超大国間の力の均衡は,全面戦争再発の可能性を減少させました。しかしながら,紛争勃発の根源を除去し,さらに全人類の福祉と安寧を増進しもつて真の国際平和を達成するためには,国際間の緊張の根底に奥深くひそむ貧困と低開発の問題を解決するとともに,あらゆる人種差別の撤廃と諸国民間の相互理解を促進することが不可欠であります。この様な平和の建設にあたつては,軍事力ではなく経済・科学技術・文化等の力が主要な役割を果たすのであります。

 現在の安全保障理事会の常任理事国の構成は,この点をふまえて再検討される必要があると考えます。現常任理事国の大部分は核兵器国でありますが,常任理事国の資格を考慮する際,核軍事力は決定的な要因となるべきではありません。核兵器全廃への積極的態度などに注意を払うことが適切でありましよう。私がこの点を強調しますのは,わが国政府はその潜在的核保有能力にもかかわらず非核政策を維持しているからであります。また,国際司法裁判所の義務的管轄を受諾していることもその国の平和への意志の表われとして重要な要素でありましよう。安全保障理事会が真に実行力のある体制を整えるよう,以上の諸点を十分に考慮して所要の検討が開始される必要性を痛感する次第であります。

 とりあえず現時点においては,安全保障理事会の強化のために,非常任理事国の選出にあたつて憲章第23条が規定するとおり,「国際の平和と安全および国際連合のその他の目的に対する貢献」が「第一に」配慮されるべきであることは申すまでもないと考えます。

  (ロ) 議長,私は,前に述べたとおり,国際連合が真の国際平和の建設のため経済,社会,文化,人間環境等の分野において大きな役割を果す責務を有し,またその能力を有することを確信するものであります。

 従来から国際連合には平和の建設に関する多くの機構が設けられ,それぞれ有益な活動を行なつております。しかしながら,各種専門機関を含むこれら国連機構の活動には,あるいは相互に重複もしくは競合する面がみられ,また,これら国連機構はその物的,人的資源の効率的配分と利用あるいは機構の合理化等の見地からなお配慮を要する多くの課題を抱えていることも事実であります。

 私は,全世界的機構である国際連合が,人類の将来にとつて大きな意味をもつ来るべき第2次国連開発の10年において,より組織的かつ実効的な平和の建設活動を展開できるよう,経済社会理事会を中心として,これら諸機構の活動を調整するとともにその効率化をはかり,この分野における国際連合の機構と機能を一層強化する必要があると信じます。

 このような観点から,私は,国際連合がその開発組織の改善と強化に既に真剣に取り組みつつある事実を高く評価するものであり,このような努力から積極的な成果が生まれることを期待したいと思います。

  (ハ) 議長,最後に私は憲章中のいくつかの条項が現実に適応しなくなつていることを指摘したいと思います。たとえば新しい時代の国際連合は,25年前の第二次大戦の残滓を払拭すべきであり,憲章第53条1項および第107条のいわゆる旧敵国条項は,今日全くその存続の意味を失なつたと考えられますので,その憲章よりの削除を強く主張したいと思います。

 6.なお,国際連合を中心とする「平和への戦い」において忘れてならないのは法と正義の確立であります。この意味で,国際連合の主要な司法機関である国際司法裁判所が平和のために果し得る役割は決して過少に評価されてはならないのであり,国際連合の機構と機能の再検討にあたつて国際司法裁判所の一層の強化のためにいかなることをなしたらよいかを真剣に考慮する必要があると思います。

 7.議長,今日の世界は,4半世紀にわたつて全面戦争の惨禍を免れて来たとはいえ,恒久平和への道のりはまだまだ遠いのであります。人類が互いに憎しみ合い,ねたみ合うことをやめ,国境が流血の闘争の原因たることをやめ,人種・文化・思想・宗教の相違が相互不信と憎悪の原因たることをやめて,本年わが国で開催された万国博覧会がテーマとして掲げた「人類の進歩と調和」を目指して全人類の叡智と努力が結集されるために国際連合が果すべき使命は限りなく大きいということが出来ましよう。

 議長,国際連合の創設25周年にあたり,私は国際連合の全ての加盟国,および国際連合の理想と事業に共鳴する全ての人々が,「平和への戦い」のために,あらためてその力を国際連合の下に結集することを強く慫慂するものであります。