データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第26回国連総会における中国代表権問題に関する愛知首席代表演説

[場所] 
[年月日] 1971年10月20日
[出典] 外交青書16号,433−440頁.
[備考] 
[全文]

 議長

 日本代表団は,兼ねてより,中国代表権問題は,国際連合がこれまでに直面した最も複雑かつ重要な問題である旨主張して参りました。われわれは,最近中国をめぐる国際関係に重要な発展があつたことを注視しており,中華人民共和国をめぐるかかる情勢の推移に照して中国代表権問題に対して現実的な判断を下し,対処していく必要があると考えます。日本代表団としては,本件に対処するにあたつては極東地域の緊張を更に緩和することを希望するとの立場にたつて,前向きかつ先入観に囚われぬ態度で臨んでおります。しかしながら,国連における中国代表権問題は,単なる技術的な問題ではないのであつて,極東における事実関係と切り離して対処してはならないのであります。この問題は,現在の実情を十分に考慮に入れ,かつこれが及ぼすべきあらゆる影響にも配慮しつつあらゆる側面から検討する必要があります。激動するアジアの情勢に対処していくためには,総会が中国問題全体について公正な立場から,一方に偏することなく広くかつ冷静に検討を行なうことが不可欠であることは言うまでもありません。中国のきわめて近い隣国たるわが国としては,中国問題の本質およびその機微を深く認識しております。国連代表権問題は,中国問題の核心にふれるものであり,従つてわが政府としては,この問題の帰趨に深甚な関心を有さざるを得ません。

 中国問題に関するわが国の微妙な立場は,歴史的・地理的な日中間の緊密な結びつきを反映するものであります。日本の地理的位置は極東における最も古い国家に属する日中両国をして,2000年余にわたりほとんど絶え間ない緊密な関係を結ばしめたのであります。日中関係の長い歴史には変動盛衰も皆無ではありませんが,通観すれば日中両国は友好関係を発展させ,相互の尊敬を培つてまいりました。とくに日中間の文化交流は長きにわたつて高度の水準を保ち,相互に碑益するところきわめて大きかつたのであります。

 国連代表権問題をはじめ中国問題ととり組むにあたり,われわれは関係者のいずれの一方にも偏しない建設的かつ前向きな態度で臨む所存であります。

 日本代表団としては,中国代表権という重要・複雑かつ微妙な問題に客観的に対処するためには,次の諸点を考慮に入れることが肝要であると考えます。

 第1に考慮すべきは,台湾海峡をへだてて相対峙する二つの政府があるという事実であります。一つは中華民国政府であり,高度の生活水準を享受する1,400万に上る人口を実効的に支配しております。もう一つは,中国本土の7億余の人口を実効的に支配している中華人民共和国政府であります。現在前者とは60カ国,後者とは65カ国が外交関係を有しております。われわれは,国連は国際関係の現状を反映させていくべきであり,国連創設以後に発生したアジア情勢の変転を先入観にとらわれず十分に考慮に入れるべきであると考えます。われわれは現実的な態度をもつてこの問題の現状を判断しなければならないのであります。

 議長

 われわれは,数年来醸成されて来た極東の情勢の現実を受入れるに吝かでありません。われわれは,今や中華人民共和国政府が国連に参加する時期が到来したことを確信するものであります。アジア情勢は改善の方向に動いて来たと認められ,また,このような動きの一環として,中華人民共和国の対外姿勢が柔軟化して来たことが窺われるのであります。さらに,国際社会には,中国本土を実効的に支配している中華人民共和国政府の国連参加を求める声が益々大きくなつて来ており,われわれもこれに賛同するものであります。中華人民共和国としてもこの呼びかけに応える熱意を有すると考えられます。われわれは,かかる推移にかんがみ,中華人民共和国政府の国連参加を歓迎し,これに期待するものであります。ここで私は,わが国が長きにわたつて中華人民共和国との間に互恵的な貿易関係を大きく発展させて来たことをつけ加えておきたいと思います。中国本土とわが国の人的交流も発展しつつあり,わが国としては今後ともこれが強化拡大されることを期待するものであります。さらに,日中間には報道関係者の交流も行なわれております。日本政府としては,中華人民共和国との友好的交流の拡大を衷心より希望しております。われわれは,これらの理由にもとづき,中華人民共和国政府の国連代表権を確認し,さらに,中華人民共和国が国際平和と安全の維持に重要な役割を果たすことにかんがみ,これに安保理常任理事国の議席を与えることを勧告する決議案(A/L・633)の共同提案国に加わつたのであります。われわれの目ざす所は明らかであつて,中華人民共和国が国連加盟国との友好関係を発展させるとともに国連を通ずる平和の建設に積極的に貢献する意図を示すとの確信の下に,中華人民共和国に対し公正かつ現実的な処遇を行なおうということであります。われわれはまた,中華人民共和国政府が安保理常任理事国としての責任を十分認識し,大国にふさわしい態度で右の責務を果していくであろうという点についても確信を有します。中華人民共和国政府に対し,国連代表権を完全な形で与えるとともに,これに安保理常任理事国の議席を与えることは,中華人民共和国政府をしてそのおるべき地位におらしめることにほかなりません。

 7億をこえる中華人民共和国の参加は,国連の規模を広げ,その活動を強化するでありましよう。私はここに,日本としては,国連が中華人民共和国と他の加盟国の関係の実りある発展の場となることを希望することにおいて人後に落ちないことをあらためて強調しておきたいと思います。

 他方中華民国は,1945年における国連創設国の主要な一員でありました。さらに,中華民国は爾来憲章の義務と責任を忠実に遵守し,国連の権威を尊重してまいりました。20年以上にわたり,総会は中国の代表権が中華民国政府によつて行使され得ることを確認してまいりました。これらは何人も否定し得ない周知の事実であります。中華民国政府は25年以上にわたり台湾を実効的に支配し,健全な経済発展をつづけて来ました。台湾の経済成長は世界有数のものであります。一例を挙げれば,最近4カ年における成長率は平均ほぼ10パーセントであり,その1人あたり国民所得もアジアとしては高い方に属するのであります。中華民国政府は,経済および技術就中農業に関する開発途上国援助をきわめて活発に行なつております。従つて,中華民国政府が単に中華人民共和国にとつて代わられるということは,実情を無視するものであり,独自の体制の下で島国の領土を実効的に支配して来た加盟国の追放と同様の効果を有するのであります。かかる事実にてらして考えれば,中華民国のその意に反する追放ないし除外はきわめて不公正であり,普遍性と諸国間の調和と友好の精神に違背しているのみならず,国連憲章の原則と目的に沿わないものといわざるを得ません。

 われわれは,中華民国の国連代表権の剥奪をもたらす如き提案を非重要問題として単純多数決で決定することは,道理に反するのみならず正義にももとるものであると考えております。正に,かかる考慮にもとづいてわれわれは中華民国の国連代表権の剥奪を結果する如何なる提案も憲章18条にもとづく重要問題として取扱うことを求める決議案(A/L・632)の共同提案国に参加したのであります。

 右との関連において想起すべきことは,国連総会における過去25年間の表決の歴史をふりかえつて見ると,圧倒的大多数の決議や決定が3分の2以上の多数決あるいは全会一致で採択されているという点であります。単純多数決で採択された事例は数パーセントにしか過ぎません。確かに,国連に大きな期待をかけている1,400万の人民を国連から排除するか否かというような重大な問題は,少なくとも国連がとり上げる他の大多数の問題と同等の取扱いを受けてしかるべきでありましよう。中国代表権問題との関係で,国連の普遍性の原則が特に云々されております。われわれとしても,国連が国家活動の調整の中心となることがきわめて望ましいということには全面的に同感であります。しかしながら,普遍性の原則の下に,その採択が中華民国と台湾住民の忠実に保持して来た国連における地位の剥奪を結果するアルバニア決議案(A/L・630)を推進するというのは,自己矛盾以外の何物でもありません。われわれは,かかる重要な問題を単純多数決で決定することによつて国連の表決制度全体が蒙る甚大な影響について慎重に考慮する必要があると考えるものであります。

 今日,中国に中華人民共和国,中華民国の二つの政府が存在することは否定し得ない事実であります。日本は,両者の係争が直接当事者間の平和的話合いによつて友好的に解決されることを衷心より希望しており,くり返しこれを明らかにしてまいりました。わが国はまた,かかる話合いの結果については,いかなるものであつてもこれを尊重し,受諾することを明らかにしております。われわれが提出した二つの決議案は,二つの政府が国連憲章の原則と目的に従い平和的に問題解決していこうとする努力を如何なる意味においても妨げるものではありません。従つて,わが方の提出した二つの決議案は,一つの中国の枠内で中国代表権問題を解決する経過的措置として,また中国に二つの政府が存在するという現実を公正に反映したものとして最善のものであることをわれわれは確信しているのであります。

 これら決議案の共同提案国は次のとおりであります。

A/L・632−オーストラリア,ボリヴィア,コロンビア,コスタリカ,ドミニカ,エル・サルヴァドル,フィジー,ガンビア,グァテマラ,ハイティ,ホンデュラス,レソト,リベリア,モーリシャス,ニュー・ジーランド,ニカラグァ,フィリピン,スワジランド,タイ,米国,ウルグァイおよび日本。

A/L・633−オーストラリア,ボリヴィア,チャド,コスタリカ,ドミニカ,フィジー,ガンビア,ハイティ,ホンデュラス,レソト,リベリア,モーリシャス,ニュー・ジーランド,フィリピン,スワジランド,タイ,米国,ウルグァイおよび日本。

 二つの決議案は,真の意味で不偏公正なものであり,かつ両当事者間の今後の話合いの態様も,その結果も一切害するものではないのであります。

 いわゆるアルバニア決議案は,当事者の一方を,それが合法的に議席を占めて来た機構から即刻追放することを強要するという意味で不合理かつ苛酷なものであります。この決議案は,中国に関する現状を無視しております。この決議案は,係争の一方の当事者を問題の十分な検討もなしに放遂し去るという意味において,内容においても意図においても懲罰的なものであります。

 従つて,アルバニア決議案の採択は,公正かつ普遍的であるべき国連の立場を害すると言わざるを得ません。アルバニア決議案が採択され,中華民国が追放されて1,400万の人民が国連の場から除外されるという事態が生ずるならば,極東における微妙な国際情勢に急激な変化が生ずるおそれがあります。われわれは,無秩序に陥らない段階的な発展を求めるべきであります。

 さらに,代表権の剥奪を単純多数決で行なうとのアルバニア方式が採用されたならば,憲章の規定を忠実に遵守している国が,代表権の剥奪という形で追放されるという形で悪用される面白からぬ先例をつくることをおそれるものであります。25年以上にわたり国連の忠実な加盟国であり,全国連加盟国の3分の2よりも多数である1,400万の人口を代表する中華民国の追放は,国連に対し大きな打撃を与えるということを,私は強調したいと思います。すなわち国連は,普遍的に代表され,かつ尊重される機構であるべきであり,かつ重要な国際問題を最も慎重に,かつ広い視点に立つて解決していくことを要請されているからであります。われわれは,全加盟国の叡智に訴え,加盟国に対して重大な害を及ぼすアルバニア決議案のごとき提案が単純多数決で採択されることを阻止することを強く要請したいと思います。

 アルバニア決議案と比較すると日本が他の諸国と共同提案した二つの決議案は,アルバニア決議案の採択によりもたらされる難点と好ましくない状況とを避ける上にきわめて有用なのであります。私はわれわれの決議案が分りにくいとの発言に対しては,ご列席の各国代表がわが方決議案を注意深く検討しなおして下さるようお願いしたい。これらの決議案は,現状を固定化するものではなく,二つの政府に相対立する主張をどう扱うかという点につき,選択を委ねた柔軟なものであります。これら両決議案は,単に,経過的措置として中華人民共和国と中華民国の存在を,国連において反映させんとする現実的な精神にもとづくものであります。加盟国の強力な支持を得ることによつて,これら両決議案は,問題の永続的な解決のための当事者相互間の調整への道をひらくこととなるでありましよう。事実,総会は,アジアにおけるきわめて微妙な政治状況に必然的に深甚かつ波及の大きい影響を与える画期的な決定を行なうこととなるのであります。これこそ,この地域における平和に甚大な関心を持つアジア・太平洋地域の多くの国がアルバニア決議案に反対し,これら二つの決議案を共同提案したことの理由なのであります。われわれはアルバニア決議案が,中華人民共和国の受諾できる唯一の決議案である,という見解には必らずしもくみしません。

 フィリピンのロムロ外相が強調されたとおり,中華人民共和国は,総会,安保理の決定以前に,自国の国連参加の条件を指図しようと試みるべきではないのであります。

 私は,われわれがこれら両決議案の正当性に確信を有しているということを誇りをもつて,しかして何の偏見なく宣明したい。これらは中国をめぐる情勢の現実をありのままに直視し中華人民共和国,中華民国の双方に正当な代表権を与えるものであります。これらは,中国を二つの国家に分割しないという意味で二つの中国を作り出すことを周到に避けております。われわれの方式は,非常に複雑かつ微妙な問題を漸進的段階を経て解決しなければならないという意味で現実的であり,また,経過的なものであります。これらの二決議案は両当事者の対立する主張のいずれをも傷つけることなく,またこれらの主張の最終的解決も損うものではありません。この決議案を採択することによつて国連は和解と平和的対話への道をひらき,アジアにおける平和と安定を促進することになることを,われわれは深く信ずるのであります。私は,この重要問題の対処にあたり高度の責任感をもつてのぞむことを,ご列席の各国代表に強く訴えたいのであります。極めて卒直に申して,現在のアルバニア決議案を単純多数決で採択することは,この世界的機構の高い威信と崇高な義務にふさわしくない無責任な態度であると考えるのであります。アルバニア決議案の採択は,われわれの活動に対する国際的な信用を傷つけられるでありましよう,中華人民共和国の代表権を支持するとともに,中華民国の代表権を引きつづき認めていくことによつて国連の強化のために全ての国が共働するべきであるということを再確認しようではありませんか。議長,既に述べたとおり,われわれは,中華人民共和国政府の国連参加を衷心より歓迎しこれを心待ちにするものであります。われわれは,中華人民共和国の参加が国連の普遍性と公平の原則に完全に合致するものであるという原則は全面的にこれを受入れるものであります。しかし同時に,われわれは右の普遍性と公平の原則が,中華民国の代表権を引き続き認めることに対しても等しく適用されるべきであると確信しております。さもないと,国連の理想に対する信頼はいちじるしく減ぜられるでありましよう。アルバニアとその他の諸国により提出された決議案A/L・630は全く不公正にも,中華民国の代表権を継続させることに関しては普遍性と公正の原則の適用を認めないのであります。従つてわれわれは当然右決議案には反対投票する所存であります。

 次に私は今問題になつている決議案に関する投票手続きについて述べたいと思います。私は日本が共同提案国になつている決議案A/L・632に先議権を与えるという米国の提案に全く同意するものであります。

 われわれの決議案が手続き事項であるのは自明の理であります。われわれの決議案は,総会が中華民国の代表権を剥奪する結果をもたらすいかなる提案も,憲章の18条に基づく重要問題とみなさなければならないことを明白にうたつております。日本代表団としては,実質的な決議を採択するために単純過半数でよいかあるいは3分の2以上の多数が必要であるかということに関する本質的に手続き的な決議案は論理的にいつても先議されるのが当然だと考えるものであります。たとえば,万が一いわゆるアルバニア決議案がまず表決された場合においては右が採択されたのか否か全く不明なのであります。

 われわれは,決議の採択が単純過半数によるのか3分の2以上の多数決によるのか,場合によつては全会一致によるのか知つておく必要があります。

 さもないと,このような複雑な事態においては不必要な混乱と対立を避け得ないと思われます。日本代表団としては,全体の利益のためにも実質的決議案を手続き的決議案より前に先議するという手続きの誤りから必然的に生ずる望ましからぬ混乱の回避を試みるべきであると固く信ずるものであります。

 これに関して,総会における先例について,ご列席の加盟国代表の注意を喚起したいと思います。

 第16回総会および第22回総会における中国代表権の問題の討議に際して,本会議は手続き的決議案を実質的決議案に先議することを多数決で決定いたしました。かくして総会は,起り得べかりし手続き的紛糾−このような紛糾は,現状でアルバニア決議案(A/L・632)を先議した場合にも起り得るのでありますが−を回避したのであります。

 以上の理由から,私は総会がわが方提出の手続き決議案(A/L・632)をアルバニア等の提案にかかる決議案(A/L・630)に先議することを希望するものであり,これを要請するものであります。

 議長

 中国代表権問題が,単に国連の将来にとつてのみならず,アジアにおける将来の平和と安全にとつて有するきわめて大きな重要性については,われわれ全てが深く認識するところであると考えるものであります。アジアに位置し,中国に隣接するわが国としては,切実に右の重要性を感じており,以上私の申し述べたわが国の真摯,卒直かつ公正な立場にもとづくわが政府の見解について大多数の代表団の共感を得たことを望むものであります。最後に,われわれは手続き決議案(A/L・632)が先議権を与えられ,かつわれわれの提案している2つの決議案(A/L・632,A/L・633)が総会により採択されることをあらためて衷心より希望するものであります。