データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第28回国連総会における大平外務大臣の一般討論演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1973年9月25日
[出典] 外交青書18号,73−85頁.
[備考] 
[全文]

議長

 私は,日本政府代表団の名において,閣下が第28回総会議長に就任されたことに対し,心からお祝い申し上げます。私は閣下がその豊富な経験に裏うちされた英知と公正な判断力によつて今次総会を指導されることを確信いたします。わが代表団は,閣下のこの重大な責務の遂行に対し協力を惜しまない所存であります。

 同時に私は,前総会議長スタニスラウ・トレプツィンスキー閣下に対し深い感謝の意を表したいと思います。我々は第27回総会における閣下の指導力に深く印象づけられたりであります。

 私はまた,この機会にクルト・ワルトハイム事務総長に対して敬意を表するものであります。この2月に同総長をわが国にお迎えし,親しく国際連合内外の諸問題につき意見交換を行うことができたことは,日本政府及び国民の最も喜びとするところでありました。

 ここで私は,今次総会で初めて国際連合に加盟されたドイツ連邦共和国,ドイツ民主共和国及びバハマ連邦に対し歓迎の辞を述べたいと思います。新たに加盟された3国が,今後他の加盟国とともに,憲章の目的達成のために貢献されることを心から期待しております。

議長

 第2次世界大戦が終り,国際連合が誕生して,四半世紀以上の歳月が流れました。この四半世紀の歴史を振り返つて見るとき,私は,世界が今や一つの新しい時代に入りつつあることを痛感せざるをえないのであります。われわれをとりまく国際環境には今や大きな変化が生じつつあります。

 第2次大戦後の世界を特徴づける基本的問題の第一に私が挙げたいと思いますのは,核エネルギーの開発と統御とが国際政治を規定する一つの重要な要因となつたという事実であります。第2次大戦の鬼子ともいうべき核兵器の発達が戦後の国際社会にいわゆる「恐怖の均衡」をもたらし,全面戦争の回避を可能にして来たという事実は,戦後世界を特徴づけるものとして注目しなければなりません。30年に近い年月にわたつて世界の主要国間で大規模な全面戦争が発生しなかつたというのは世界の近代史上,例を見ない新たな変化と申せましよう。しかしこの状態は,「恐怖の均衡」に基づく主要国間の相互牽制という極めて不安定な基礎の上に実現されて来たといわなければなりません。それ故にこそ,国際連合においても,このような不安定な基礎の上に成り立つている「かりそめの平和」をより安定的なものにしようという努力が続けられて来たわけであります。戦後四半世紀を経て,「かりそめの平和」がようやく「かりそめ」の性格を脱却しようとするいくつかの兆が見られるに至りました。今や,このような動きをより安定的な形で定着させるための枠組を作り上げていくべき時代が到来したと思います。そして,国際連合もまた,このような新しい時代にむかつて新しい協力のパターンを検討すべき時期に来ていると思うのであります。

 第二に挙げなければならないのは,戦後,世界の舞台に新たな姿で登場して来た国々の間の新しい関係であります。大規模な戦争は常に諸国間の関係に大幅な変化をもたらすものでありますが,文字通りの意味で世界大戦として戦われた第2次世界大戦の場合もその例外ではありませんでした。勝者と敗者との関係,「超大国」の出現及び超大国とそれ以外の国々との関係は,第2次大戦が生み出した国際政治の分野における基本的な変化でありました。そして戦後四半世紀の歴史はこの関係が徐々にではあるが確実に再調整されて行く過程であつたのであります。今日,世界の多極化現象と呼ばれるものも,基本的にはこのような戦後の時代を経て,ようやく新たな国際秩序へと収斂して行く現象の現われとも申すことができましよう。この意味で国際連合が国際平和と協力の中心として真に有効に機能しうるためにはこのような変化を十分に認識してこれに柔軟に対応して行くことが必要ではないかと考えられるのであります。

 第三に注目されるのは,植民地主義の後退と数多くの新興民族国家の誕生という事実であります。国際連合についてみても,1945年発足当時51カ国であつた加盟国数は,今日135カ国にまで増大しました。これら新加盟国の圧倒的多数が戦後誕生した新国家であるという一事をみても,この変化の規模は明らかでありましよう。このことは,それ自体,世界歴史の上に特筆されるべき現象でありますが,それが戦後の国際関係にもたらした変化は,単に量的なものにとどまらず,基本的かつ質的なものであつたといつて過言ではないと思うのであります。旧植民地が解放されて多くの国々が誕生した結果,一方において国際社会には,人種,信条,主義,更には価値観等種々の面での多様性がもたらされました。その結果,世界が直面する多くの問題に対処するに当つて,意見の一致を実現することは従来にもまして困難の度を加えたことも事実でありましよう。このことは,今日国際連合においてわれわれが当面している主要な問題を想起すれば自ら明らかであります。それだけにこのような多様化した世界において,異なつた価値観の間の調整と国際的な合意の実現を目指す国際連合のような機構が果すべき役割は特に重要なものとなつたと考えるのであります。

議長

 以上申し述べて参りましたような今日の世界に見られる諸々の変化を的確に受けとめ,これに適切に対処して行くためには,われわれの側の意識自体が,これに対応した変化を遂げなければなりません。私は今日国際連合がかかえている世界の主要問題に対処するにあたつても加盟国すべてが,この点の自覚から出発して,国際連合の内外において協力することが最も肝要ではないかと考えるのであります。

 これに関連して,特に私が指摘したいと思いますのは,今日の世界のかかえる様々な問題が,一国だけの努力や,かつてのような2国間の関係における処理では全く不十分となつて来ているという事実であります。最近とみに緊急の関心事となりつつある資源・エネルギー問題や,食糧問題などは,その典型的な例と申せましよう。また,国際社会全体の繁栄を確保し,各国の福祉,生活水準の向上をはかるためには,国際的に確立したルールに従つて貿易の拡大をはかることが重要であります。このような見地から,国際通商,通貨問題もまた,各国の協調と協力による解決を必要とする問題に他ならないのであります。更には,人間環境問題にしても,あるいは,今日世界の最大の共通関心事となつている開発途上国の経済社会開発問題にしても,今や世界がほんとうに一つであることが単に抽象的な観念の上でのことでなく現実の必要からいつてもそうであるとの認識から出発しなければ真の解決に至りえないことは御承知のとおりであります。

 私は更に一歩を進めて,このことの持つ意味が,単に経済社会開発の分野,科学技術協力の分野をこえて,世界の平和と安全の確保にとつてきわめて重要なものであることを強調したいと思います。軍縮の分野における国際協力という一例をとつて見ても,単に軍事力だけではなく,経済,科学,技術等の種々の分野にまたがる全世界的な形での広汎な協力を前提として,はじめて実効を挙げうるものと申せましよう。わが国は,このような意味でその持てる知識と技術を世界の平和に役立たせるとの見地から,軍縮,なかんずく核軍縮の促進のためにあらゆる努力を傾けることを外交政策の基本方針の一つとしている次第であります。

 これらのことから明らかなように,今日の世界は,国家間の相互依存,国民間の相互理解,経済・文化・情報・技術等の分野における広汎な協力が,力による抑止,恐怖の均衡による抑止以上に,永続する安定した平和を維持する上で有効となり得る時代に入りつつあると考えるのであります。

 現在われわれが必要としているのは,このように急激に変化しつつある世界の中で,新しい協力の枠組みを作ることであり,新しい国際社会連帯の意識を現実の行動によつて具現していくことであります。もちろん,国際連合が,このような活動の中核として果す役割は,その発足の当初には必ずしも予見されていたことでないことは事実であります。それにもかかわらず,国際連合がこのような新しい時代の変化に対応して,現代の世界がわれわれに提起している課題に対して十分に応えうるような機構となることに対するわれわれの期待は大きいのであります。いかに不十分であるとはいえ,今日人類は国際連合に代るべき機構を持たないからであります。

 この点で,私は,さきに発表された「国連の事業に関する事務総長報告序言」が,私が述べて来たところと問題意識を共通にしていることに注目したいと思うのであります。特に事務総長は,国際連合加盟国が協力して「われわれの今日直面しまた将来直面する諸問題に対処するためにこの機構を活用しうるよう,建設的で,時代にふさわしい,想像力豊かな方策を決定すること」の重要性を強調しておられます。私は,この指摘に全く同感であります。私は,事務総長が序言の中で示唆しておられるような方向での検討を行うことは,正に時宣を得たものとしてこれを歓迎したいと思います。わが国は,既に国際連合成立25周年の機会に,戦後25年の変化にこの機構が適応しうるよう,国際連合憲章の再検討を行うべきことを主張したのでありますが,やがて成立30周年を迎えようとしている今日,加盟国の一つ一つが新しい時代における国連のあり方について虚心に反省し,新たな発展のために知恵を分ちあい努力を結集することを提唱したいと考えるのであります。

議長

 変貌しつつある新しい世界の流れの中において国際連合が果しうる役割を考える場合,私は,戦後,歴史上かつてなかつた変貌を遂げたアジアの地域が,新しい状況の中で自己に相応しい新しい秩序と安定とを見出すことの重要性に思いを致すのであります。勿論,わが国としては早急な解決が望まれている中東問題,南部アフリカ問題等,今日の世界の重要懸案となつている諸問題について大きい関心を抱き続けていることは申すまでもありません。また,安全保障協力会議をはじめとする欧州やその他の地域における諸国の新しい動きの意義を重視していることは勿論であります。しかしながら,アジアの一角に地位を占める日本の代表として,昨第27回総会以降ちようど一年の間の世界の主要な出来事をふり返つて見たとき,私は,アジアにおけるこの一年の変貌が,その規模においてもまたその質においても,きわめて顕著であつたとの感を深くするのであります。

 まず第一に挙げなければならないのは,一昨年の第26回総会における代表権交代に象徴された中華人民共和国の国際社会復帰であります。ちようど一年前,私は長年にわたつて日中両国間に存在した不正常な関係に終止符を打つとの使命を帯びて田中総理とともに北京に赴きました。その結果,9月29日,日中共同声明によりわが国政府と中華人民共和国政府との間に外交関係が樹立されたのであります。一昨年のニクソン大統領の訪中発表によつて始まつた米中接近の動きもその後一段と進められるに至りました。他方,アジアにおける国々の間には,特にASEANの諸国に見られるように,新しい秩序と安定を志向する動きが活発化しつつあります。このような動きは地域内諸国の自主的な努力の現われとして評価したいと思います。

 インドシナにおきましては,本年1月ヴィエトナムにおいて,次いで2月ラオスにおいて和平協定が成立しました。更に,ラオスにおいては,去る9月14日,政治及び軍事問題の解決につき当事者間の合意が成立し,和平協定付属議定書が調印されました。

 かくて,インドシナ半島の情勢は,和平の定着に向つて画期的な進展を見せております。

 わが国は,パリ協定の成立という新たな国際情勢をふまえ,去る9月21日,ヴィエトナム民主共和国との間に外交関係を樹立いたしました。私は,わが国とヴィエトナム民主共和国との外交関係の設定が,将来のインドシナ地域の平和と安定に寄与するものと確信するものであります。他方,遺憾ながら,カンボディアにおいてはいまだに和平への目途がたたず,戦火が絶えない状況にあります。インドシナの平和と繁栄を希求するわが国は,カンボディア問題の早期解決を心から願うものでありカンボディアの現状に深い憂慮を禁じえないのであります。わが国は,カンボディア問題の解決は,外部からの干渉なしにカンボディアの当事者が民族自決の原則に従い平和的話し合いを通じて実現されることが望ましいと考えております。かかる観点から,わが国は,カンボディアの当事者に対し,和平の実現のため,最大の努力を払うよう訴えるとともに,他の関係諸国がかかる当事者の努力に対し側面から,一層の協力を惜しまないよう強く訴えたいと思います。

 朝鮮半島におきましても大きい発展が見られました。昨年7月の共同声明以来,南北間に直接対話の途が開かれ,自主的な問題解決を目指して努力が続けられております。わが国はこのような対話を歓迎するとともに,その進展を長い目で暖かく見守つて行きたいと考えます。この過程において,さる6月23日に発表された韓国朴大統領の声明は,朝鮮半島における平和と安定を確保するための道程における大きな出来事であつたといえると思います。朝鮮半島における民族の悲願である統一の理想が達成され,この地域に恒久的な平和と安定が実現するまでには幾多の困難を乗り越えなければならないでありましよう。わが国は韓国政府が南と北とに二つの政権が共存している現実を率直に認め,朝鮮統一の理想が実現する日が到来するまでの情勢に対処すべく現実的かつ建設的な姿勢を示したことを評価しております。われわれとしては,今後,南北の対話と協調が一層促進され,朝鮮半島の平和と安定が保たれ,平和的統一への基盤が固められることを期待するものであります。

 インド亜大陸におきましても,昨年7月のシムラ協定によつて印パ関係正常化へのレールが敷かれました。その後関係国によるたゆまぬ努力の結果,本年8月28日には懸案となつていた捕虜問題解決のための合意が成立したことはよろこばしいことであります。わが国としてはバングラデシュの国連加盟が一日も早く実現することを期待するものであります。

議長

 ここ一年間に生じたこのような新しい動きは,アジアが新しい安定した秩序とそれに基づいた繁栄を求めて新しい時代に入りつつあることを示すものに他ならないと思います。私はアジアの国たる日本の外交を担当するものとして,このようなアジアにおける新しい展開を歓迎し,わが国としてもアジアの今後の安定と発展のためにその責任を果たす覚悟を新たにするものであります。ふり返つてこの機会にこの地域の安定と発展のために国際連合がいかなる役割を果たしうるか,また果たすことを期待されているかについて考えて見たいと思うのであります。

 申すまでもなく,国際連合は普遍的国際機関として,世界のすべての地域の平和の維持と繁栄に対して責任を負つています。しかしながら,このことは,国際連合が世界の各地域における地域協力の可能性に対して無関心であつてよいことを意味しているわけではありません。国際連合は,世界全体,人類全体の安全と福祉を増進する基本的目標を目指しつつも,それを実現して行く過程において,世界の各地域のそれぞれの特殊性に応じて,政治面でも,また経済社会面でも,その地域にもつともふさわしい形での協力を実現し,地域協力を通じての平和と繁栄のための調和の実現に貢献することが期待されているからであります。私は,この歴史の流れの転換期にあるアジアに対して国際連合は何をなしうるかについて具体策を検討することが,新しい時代における国際連合の活動の可能性を探究する上できわめて重要であると思います。こうした観点から本日は,国際連合のアジアにおけるプレゼンスの問題をとり上げ,第一にこの地域における平和の維持確保のために国際連合がいかなる役割を果たしうるか,第二にこの地域の経済社会開発について国際連合が如何なる寄与を行ないうるか,第三に文化,科学の分野において国際連合とアジアの結びつきは如何にあるべきかといつた種々の面から問題提起を行なつてみたいと思うのであります。

議長

 ヴィエトナム戦争の終結がアジアにおける新しい時代のはじまりとなりうる重要な出来事であることは,先に申し述べたとおりであります。私は,インドシナ諸国民が一日も早くこの地域の復興と再建のためにすべてのエネルギーを傾注することができるようになり,民生の安定と福祉の向上をはかり,もつて,インドシナ地域に永続的な平和が確保されることを心から念願するものであります。この観点から見るとき,国際連合がこの地域の民生の安定と福祉の向上を実現し,それを通じて同地域の平和と安定を招来するために果たしうる役割は決して小さなものではないと確信します。この関連において私はワルトハイム事務総長が去る3月,ヴィエトナム和平に関するパリ国際会議において,同地域の政府が望めば,国際連合及び専門機関は国際的な緊急・復興援助の受領,調整,分配に当つて重要な役割を果たし得る旨述べられたことを歓迎するものであります。わが国は夙に同地域復興に対する援助の必要性を強調し,既に差し当りできるところから援助を進めております。しかしインドシナ地域に対する復興のための援助は社会体制の相違を越えて幅広い国際協力の下に行なわれることが望ましいと考えており,そのために国際連合がインドシナ全域を対象とする国際協力の推進に積極的な役割を果たすことを期待するのであります。わが国としても国際連合のこの面での活躍に対して応分の協力を行なう用意があります。

 更にまた,インドシナの永続的な平和と安定を考えるに当つては,国際連合が同地域における平和の維持と確保のために果たしうる役割についても,改めて検討してみることが重要だと考えるのであります。わが国は,国際連合が紛争の拡大,再発を防止するために行なつてきている活動を現在国際連合が実際に果しうる最も実効的な平和維持機能として高く評価していることは御承知のとおりであります。殊に国際連合がカシミール,中東,コンゴー,サイプラス等において挙げて来た成果は,国際連合による国際の平和と安全の維持の歴史の中で重要な一頁を占めるものでありましよう。かかる見地から,わが国は,数年に亘り国際連合の場でこうした機能の強化と,その一層の制度化を積極的に主張してきた次第であります。長年に亘る紛争の後,漸く平和への気運が盛上つてきているインドシナにおいても,国際連合が平和維持機構としての役割を再確認し,同地域における平和の確保のために如何なる役割を果しうるかを検討して見ることは,アジアにおける平和と安定の確保のための枠組は如何にあるべきかという長期的課題の一環として真剣に考慮されてよいのではないかと考えるのであります。なるほど,国際連合は従来この地域における紛争にはそれほど係わりをもつてきたわけではありません。けれども,これまでは国際政治の現実という制約によりこの地域における紛争の解決に有力な役割を演じえなかつたとはいえ,少なくとも国際連合が十分効果的に働きうることがこれまで実証されてきた分野があります。それは紛争の拡大,再発防止の分野であつて,そのことに,国際連合が第一次的な責任を有するという事実は,この問題を検討するに当つて,常に念頭におかれるべき点ではないかと思うのであります。勿論,そのためには関係当事国の意向が考慮されねばならないことは申すまでもありません。そうした意味でも,若し両ヴィエトナムが希望するのであれば両ヴィエトナムの本機構への加盟は歓迎されて然るべきものと考えるのであります。

 朝鮮半島においては1947年以来,朝鮮の統一問題に対する国際連合の関与が見られ,今日に至つているわけであります。同地域における国際連合のプレゼンスが同地域の平和の回復と維持に大きな役割を果し,それを通じてアジア全体の平和維持に大きく貢献してきたことは高く評価されてしかるべきものと考えられるのであります。国際連合は,その朝鮮復興統一委員会を通じて,永年に亘り朝鮮半島の復興と統一のために努力を重ねて来たのでありますが,朝鮮半島において情勢に大きい発展が見られ,南北直接当事者同士が平和的な話合いによる事態の進展を計ろうと試みるに至つた状況においては,国際連合がこのような新しい状況に即応して,この動きを歓迎し,支援することが重要であります。更に朝鮮半島における安定した秩序の確立のために国際連合が如何なる形で協力することが適当であるかにつき,建設的な立場から再検討して見ることが重要でありましよう。

 同時に,国際連合がこれまで朝鮮半島における平和の回復と維持のために果して来た,また現に果しつつある役割を正しく認識することもまた重要であります。朝鮮動乱が終熄を見てから20年を経た今日においても,国際連合が休戦協定の直接当事者として軍事境界線の維持確保の責任を果しており,それを通じて同地域の平和に寄与している事実は,国際の平和と安全の維持に責任と関心を有する加盟国としては決して看過してはならない点であると考えるからであります。議長

 次に経済社会開発の分野に目を移しますと,国際連合成立第25周年記念総会において採択された第2次国連開発の10年のための国際開発戦略は今年で第1回のレビューの年を迎えたわけであります。わが国としてはこの企てを誠に有意義なものとして喜ぶものであります。

 同時にこのように野心的な計画を実行に移し,世界の経済的・社会的進歩と発展を実現しようとするに当つて,私は,地球上に住む人類の5割を越える20億強の人口を抱え,地理的にも世界の大きな部分を占めるアジアが特に重要な比重を占めることが忘れられてはならないと思います。この点で,アジア地域の開発途上国の平均一人当り国民所得は甚だしく低いにも抱らず一人当りの政府ベース援助の受取額は1969年〜71年平均で3.13ドルに過ぎず開発途上国全体の平均4.27ドルを下回つていることが注意されるべきでありましよう。この数字が象徴的に示しておりますように,全体として開発戦略の10年の目標達成に当つては,アジア地域に対するより一層の配慮が必要であることをここに強調しておきたいと思うのであります。

 わが国はアジア諸国が引続き自ら開発努力を進めることを期待しつつ,今後とも応分の協力を行つて行く所存でありますが,唯今述べましたような見地からながめるとき,私は,国際連合がアジアの経済社会開発のために,より積極的な役割を果す余地があることを指摘したいと思うのであります。この具体的可能性として,なかんずく国際連合アジア極東地域経済委員会(ECAFE)が一層強化され,変動するアジアの諸情勢に柔軟に対応しつつ新しい方向に発展することを期待しようとする最近の動きにふれてみたいと思うのであります。

 わが国は,アジアのほとんどすべての国が加盟しているECAFEが,アジア地域の政治,経済,社会のすべての面における多様性,複雑性を乗り越えて,域内の総合的な経済社会開発という域内諸国の共通の目標達成に大きく貢献することが,アジアの繁栄にとり不可欠であると確信するのであります。

 この意味で,本年4月東京において開催された第29回ECAFE総会は特に意義深いものであつたということができます。今次総会においては,ここ一,二年来ECAFE地域における潮流が大きく変りつつあることを示唆する様々な重要な出来事を背景として,この地域全体の経済開発を通じて民生の安定と向上をはかり平和の基礎固めを行うことの重要性が認識されたのであります。東京総会の成果を背景として,私はここにECAFEの意義とあり方について若干の提言を試みたいと思います。

 第一にECAFEは過去数々の業績をあげてまいりましたが,最近のECAFEの活動はきわめて多岐にわたり,多少総花的となつている印象があります。この点につき今後ECAFEは常に問題の優先度を考え,老朽化し存在意義を失ないつつあるプロジェクトを整理して,アジアの経済社会開発にとつて真に必要な新しい分野のプロジェクトを優先的に取上げていくことが必要になつてきていると考えます。

 第二に,従来のECAFEの活動がその重点を工業化,貿易,資源開発において来たのに対し,アジアの経済開発の中心にある問題として農業開発の重要性を指摘したいと思います。アジアの開発途上地域の経済は農業依存度が極めて高く,農業開発は経済開発の成否を左右する重要性をもつております。かかる見地から,東京総会においてわが国は,ECAFE自身が効率的な農業開発に重点をおいた総合的見地から新たな経済開発戦略を探究することの重要性を指摘しました。幸いにもこのようなわが国の考え方は他のECAFE加盟諸国の賛同を得るところとなり,決議にまで結実したことは喜ばしいことであります。

 第三に農業開発と同時に,アジアの開発を進める上において特に人口問題の解決が大きな鍵となつていることは御承知の通りであります。アジアにおける過剰人口問題は,雇用問題及び総合的社会開発問題との関連でアジアの大衆貧困の重要な要因となつております。わが国は,ECAFEがこの分野においても,より大きな役割を果して行くことを期待するのであります。

 幸いなことに,新しくマラミス事務局長を迎えたECAFEは,積極的にECAFE活動の改革に乗出しております。わが国としても,これらの諸問題につき幅広く協力策を検討していく意向であります。私は,アジアにおける国連のプレゼンスを代表する機関であるECAFEが,このような形でアジアの経済社会開発に積極的に協力することの意義を高く評価するのであります。今後とも国際連合がECAFEを中心として,特に同じ国連ファミリーに属するFAOをはじめこの分野で有益な活動を行つている諸機関と十分連携,協調を保ちながらアジアにおける総合的な経済社会開発により大きな役割を果して行くことを期待するものであります。

議長

 文化,科学の分野における国際連合とアジアの結びつきを考えるに当つては,私がこの演説の冒頭で指摘いたしましたように,今日の世界に人種,信条,主義,価値観等における多様性がみられ,それだけに異なつた価値観の間の調整と国際的な合意の実現を目指す国際連合のような機構が果たしうる役割は一段と重要なものとなつたという事実に注目する必要があると考えるのであります。

 このような見地から,わが国は昨年の第27回総会において決定を見た国連大学の設立の意義を高く評価するものであります。わが国は今日の世界においては国際的な連帯の実現,強化が平和の基礎づくりとしてきわめて重要であるとの認識に立つて,1969年にウ・タン前事務総長が国連大学設立の構想を提唱されて以来,一貫して同構想の実現のため尽力して参りました。歴史的にも東西文化の接点としての役割を経験し,また地理的にも先進諸国と開発途上国をつなぐ点に位置するともいえるわが国の立場上,国連大学の本部がわが国に設置されることになれば,アジアにおける国際連合のプレゼンスを高めるという意味でもきわめて大きい役割を果たすことになると確信するのであります。世界の異なつた文化,異なつた社会価値の比較研究,かけがえのない地球に住む人類に共通な環境問題に対処するための方策の発見,更には経済社会開発のための先進国と発展途上国の間の協力の可能性の探究など,国連大学が果たしうる役割には洋々たる将来が期待されます。そして,アジアにこの研究機関の中心がおかれることの象徴的意味は決して小さくないのであります。

 同時に私は,学問の自由と独立という原則の下にこの大学を安定した財政的基盤の上に運営して行くためには,その運営に必要な資金を生み出すべき「国連大学基金」を大学に設ける必要があると考えるものであります。わが国は,このような見地から,出来るだけ多くの国連加盟国及び諸方面からこの基金に拠出が行なわれて各方面からの拠出が妥当な割合で行なわれることにより国連大学が真の意味で国際的な大学としての性格を保ち国際協力の実を挙げるよう期待するものであります。この様な状況の下においては,国会の承認を条件に,わが国は,この基金に対し5年間にわたつて1億ドルまでの拠出を行なつて行く用意があることを明らかにしたいと思います。

 国際連合を中心とした諸機関の文化,科学の分野における活動は,この他にも海洋,宇宙,原子力,環境,気象協力等多岐にわたつております。科学,技術の急速な進歩に伴い,かかる分野における国際連合諸機関の活動の重要性は今後益々高まることが期待されておりますが,こうした新分野における国際連合の活動についても地域的な協力が極めて有益であり,地域的なアプローチによつて問題解決が促進される面が少なくないことに注意が払われてよいと考えるのであります。

 例えば環境問題については,モニタリングの実施等地域レベルでの協力が必要かつ有効な分野と考えられる面が少なくありません。アジア地域においてもこうした方向に向つてECAFE等を中心に積極的イニシアティヴがとられつつありますが,その一層の推進が検討されるべきでありましよう。宇宙問題についても,国連諸機関において近い将来実用化される直接放送衛星等に関連する問題について活発な審議が行なわれています。わが国としては,例えば今後打上げられるアジア太平洋地域をカバーする直接放送衛星が,この地域における国際社会連帯の強化に貢献することを期待しております。

議長

 以上,私は新しい時代に入りつつあるアジアにおいて国際連合は何をなすべきかという問題に焦点を絞つて若干の示唆を行つて参りました。しかしながら国際連合がアジアを含め全世界の期待に応えて十分その役割を果たし得るためには,まずその基盤を確固たるものとし,安定した基礎の上に立つて今後の飛躍をはかるべきことは勿論であります。このような意味で私は最後に国際連合の財政的基盤の強化のための努力の必要性について触れておきたいと思います。

 国際連合は,年々累積して行く財政の赤字のため,その有効かつ円滑な活動が阻害されるに至つていることは,まことに憂うべき事態であります。我が国は,国際連合における財政赤字問題の包括的かつ抜本的な解決を得るための一連の新たな努力に対し,現実的な立場から積極的に協力して参りましたが,現在に至るまで解決案が見出され得ないことに深い失望を感ずるものであります。

 国際連合の財政を健全な基盤の上に置くことの重要性については,これまで多くの国の代表が言及してきたところであります。この問題の一刻も早い解決の重要性については全加盟国の認識は一致していると信じます。現在最も必要なことは,このような認識に立つて,問題の解決の緒口をつけるため具体的な行動を起すことでありましよう。私は,国際連合の財政を支える主要な加盟国,特に,国際連合組織の維持発展に特別な任務と高い地位を与えられている安全保障理事会常任理事国が率先して拠出を実現するよう呼びかけたいと思います。私は,この呼びかけを行なうに当り,日本国政府自身もまた,国連の財政赤字問題の解決に資するため1千万ドルを拠出することにつき,出来るだけ早い機会に,国会の承認を求める用意のあることを明らかにしたいと思います。この拠出は,わが国民が国連の活動に寄せる多大の期待と評価の表現であるとともに,わが国の国連に対する協力の精神の証左に他なりません。わが国は,自国の拠出が加盟国の拠出を促し,問題の根本的解決への具体的第一歩となることを期待して,これを行なうのであります。この拠出意図の表明に当り,私は,全加盟国,特に国連を支える主要加盟国諸国の建設的協力を期待するとともに,国連事務総長が問題解決のため更に一層の努力を行なわれんことを要請するものであります。

議長

 わが国は,諸国民の公正と信義に信頼して自らの安全と生存を確保しようとの理想をかかげ,平和国家として生きることを国是としております。人口稠密で資源に乏しいわが国にとつて,世界の平和なくして自らの平和なく,世界の繁栄なくして自らの繁栄はありえないのであります。このような見地から,わが国は,単に平和を受動的に享受するにとどまらず,進んで平和の創造のために貢献したい決意であります。そして国際連合における政治,経済,文化,科学技術などの広汎な分野における協力こそは,軍事大国への途を排するわが国が平和の創造に貢献する途だと考えるのであります。さきに述べましたように,今日,世界は「力による抑止」をこえて,「国際協力による抑止」が平和を維持,確保する上でますます重要となる時代に入りつつあります。わが国は,国際連合が,このような「国際協力による抑止」の中核となることを心から期待し,その強化のために努力を重ねる決意であります。これに関連し,国際連合において日本が果すべき重要な役割について支持を表明された米国務長官の理解ある発言を多とするものであります。私が申し述べてきたことがこうしたわが国の国際連合に対する期待と,その強化への熱意の証左であると受けとられるのであれば,それは私の最も喜びとするところであります。

 今次総会が建設的で実り豊かなものとなりますことを切に希望します。