データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第3次国連海洋法会議第2会期における小木曽代表一般演説

[場所] カラカス
[年月日] 1974年7月15日
[出典] 外交青書19号,41−46頁.
[備考] 仮訳
[全文]

議長閣下,代表各位

 日本代表団を代表し,冒頭私よりこの歴史的な海洋法会議の議長に就任されたアメラシンゲ大使に対し,心からの祝意を表したいと思います。われわれは,議長閣下の卓越せる指導力の下に,今次会議が世界の海洋に新しく公正な普遍的に受け容れられる秩序をもたらすという目的を達成するために有意義な進展を遂げることを確信するものであります。わが代表団は,貴下がこの極めて困難な任務を達成されるにあたり全面的協力を誓うものであります。

 同時に,私は,この機会にヴェネズエラの政府と国民が今次会議を主催されたことに対し深甚なる感謝の意を表したいと思います。カラカスでの能率的な運営と心のこもつた歓待は,会議自体の成果とともに,常にわれわれの記憶に留まるでありましよう。

 過去の多くの機会に,わが代表団は,日本が海洋法の問題及び今次会議の結果を非常に重要視しているということを表明してきました。島国であるという地理的特殊性から,わが国民の活動の多くは海へ向けられており,それ故われわれの生存は,基本的に海洋に依存せざるをえないのであります。われわれは,われわれの国民経済の基礎となる物資の供給について海運及び通商に大きく依存しているのみならず,われわれの畜産能力が限られているため,魚類は,何世紀もの間,わが国民にとつて欠くことのできない食料源となつてまいりました。現在,魚類及び魚製品は,全動物性蛋白質の供給のうちの半分以上を提供しています。われわれの全漁獲量の約45パーセントは,200マイルの経済水域により包含されるであろう海域から得られております。なお,この漁獲量の90パーセントは,先進国沖合の北太平洋及びそれに隣接する水域からのものであります。したがつて,わが国民が200マイルの経済水域という問題に多くの関心を示すのは無理もないことなのであります。

 かように日本の如き海洋に囲まれ,資源の乏しい国にとりましては,海運と漁業は,まさに選択の問題というより,自然条件により余儀なくされた生活の条件そのものなのであります。海洋をこえて物資を滞りなく入手し,食料供給を確保することにより国民生活の基本的必要を満たすという要請が,すなわち,われわれの海洋問題への対処の姿勢の背景となつているのであります。

 しかしながら,日本が海洋及びその資源に決定的に依存しているという事実は,決して海洋の使用に関する日本の利益が他国のそれと衝突することを意味するものではありません。むしろその反対に,日本の基本的な国家的利益は,他のすべての分野におけると同様に,海洋における国際協力を維持し発展させることにあります。もし,そうでなく,海洋の秩序が維持されなければ,その悪影響を真先に被るのは日本でありましよう。わが代表団の海洋問題に対する基本的姿勢は,私が以上申し上げた諸考慮に基くものであります。

議長閣下

 すでに多くの国々から,既存の国際法の若干の部分は,これらの国が海洋における正当な利益と考えるものを適切に発展させ或は保護していないとの見解が表明されています。国際社会における苦労の多い時間のかかる法の制定の手続については次のような主張がなされています。即ち,多くの国が世界の変りつつある諸要請を満たす必要性に気づいてきていますが,このような手続きは,国際法をこの事態に即応しうるものとすることを妨げているというのであります。

 その点は特に海洋の,多方面にわたる新たに開発された使用方法に関し,あてはまります。今日われわれが生活している世界は,第1次及び第2次のジュネーヴ海洋法会議の当時とは多くの点で国際環境が異つていることは認めざるを得ません。海洋,海底及びその下部がますます盛んにかつ多方面にわたつて利用されるに及び伝統的な海洋法を発展させ補充しつつ,世界の現状に更によく適合させる必要が明らかに生じております。

議長閣下

 わが代表団といたしましては,第3次海洋法会議が時宜にかなつた解決に到達することが重要でありますが,同時に,最終結果がすべての国の利益及び関心を調整したものになるように,参加国の利益を妥当に反映することを目標にすることもまた重要だと考えます。われわれとしては,今次会議において,ある一部諸国の利益を他国の犠牲において満足させるべきではなく,すべての参加国の多種多様な利益を可能な限り取り入れ調整すべきであります。すなわち,開発途上国,沿岸国,内陸国又は他の地理的不利国,地理上,その他の理由により海洋及びその資源の使用に伝統的に依存してきた国々,これらの国々の多種多様な利益の調整がなされなければなりません。

議長閣下

 以上のような観点に立つて,次に私は若干の主要な問題点に言及し,わが代表団の見解を簡潔に申し述べたいと思います。

 領海の幅員に関する国際法上の論争は諸国間の頻繁な紛争の種となつております。今次会議において多くの代表団が領海の最大限の幅として12カイリに合意する用意があることを表明しました。日本も,もし,今次会議において,全参加国にとり公正かつ妥当な海洋制度の包括的取りきめにつき,一般的に合意に達することができれば,12カイリを支持する用意があります。

 貿易に大きく依存する海洋国家として,日本は海洋特に国際通航に供せられる海峡を通ずる国際交通規則が航行の自由を最大限に確保することが不可欠であると考えます。しかしながら日本としては国際海峡にかかわる各種の利益を調整する特別な必要があることを理解しております。会議は,航行の自由を保障しつつ,汚染防止および航行の安全の如き沿岸国の正当な利益に妥当な配慮を与えなければなりません。同時にわが代表団としては,当該沿岸国の安全保障上の利益の問題に必要な考慮が払われるべきであるとの立場であります。

 群島問題は太平洋上の若干の国々にとつては至大の関心事であり,今次会議が合理的な解決を見いだすべき問題であります。しかし群島に関するあいまいな拡大解釈を可能にする定義の結果として,群島に関する要求が拡がるならば,国際社会の利益に背くこととなります。群島水域とくに国際通航路における通航上の利益を適切に守ることが明らかに必要であることはすでに多くの諸代表により強調されているところであり,われわれも全く同感であります。同時にわが代表団は,漁業及び海底ケーブルまたはパイプラインの敷設のごとき,海洋の伝統的な利用に関して他の国々の諸利益を調整するよう努力がなされるべきであると考えます。わが代表団は群島に関し明瞭かつ正確な定義付けがなされ,同水域における航行その他の使用につき適切な規定が設けられることにより,群島国家及びその他の国々の双方にとり満足のいく解決が見出されることを希望するものであります。

 日本代表団は海洋資源の問題を今次会議の最も重大な問題と考えております。われわれは海底の鉱物資源の探査開発に適用される制度と再生可能な生物資源に適用される制度とはそれらの性質上異なる観点から検討されなければならないと考えます。

 海底に関する限り沿岸国がこれを探査しその鉱物資源を開発するための主権的権利の及ぶ範囲は距離基準により明確に定められるべきでありましよう。わが代表団といたしましては,沿岸国は,距岸200カイリの範囲内で,その距離を自由に決定することができるとの見解を有しております。

 生物資源に関しては,その妥当な保存と管理の必要性が増大しつつあり,又,公正かつ公平な分配制度を樹立する必要も大きいと考えます。

 保存と管理は国際的協力が明らかに望ましくまた効果的に運営されうる分野であります。地域漁業委員会はそのような国際協力の一例にすぎません。既に申し上げた通りわが代表団は海洋において国際協力を促進する用意を常に持つております。

 われわれとしては,海洋の資源の賢明かつ効果的な保存と管理を促進するための国際的あるいは地域的協力の役割を強化するようないかなる提案にも協力する用意があります。

 生物資源の分配は公平と正義の原則に基いて行われるべきものと考えます。

 これに関連して,わが代表団は将来漁業に適用される制度はすべての国の利益が公正にバランスされたものでなければならないとの見解を有しております。われわれは,領海の限度を遥かに越えた水域の漁業資源に対する沿岸国の排他的権利の設定に対し,一貫して,反対の態度を表明してきております。わが代表団は,そのような拡張は沿岸に豊富な漁場を持つ,限られた国々のみが,他国の利益の犠牲において利益を得るという非常に不公平な事態を招くことになるであろうと考えております。

 これまで多くの国々が経済水域に対する支持を表明いたしました。しかしながら,わが代表団が注目しておりますのは,次第に多くの国が科学的に確立された漁業資源の保存措置にもとづき漁業資源の過少利用を避け,かつ,非沿岸国である内陸国その他の地理的不利益や遠洋漁業国の利益との適切な調整をはかることが根本的に必要であることを認識するようになつたということであります。例えば,若干の国々は,沿岸国の新しい権利はそれ相応の義務を伴うべきであると強調し,またその他の国々は,沿岸国により利用されない漁業資源は他の国々に開放されるべきであると示唆しています。

 わが代表団は,これらの示唆を注意深く傾聴いたしました。

 議長,伝統的漁業国である日本として,これら伝統的漁業国の正当な利益が,新しい海洋法条約において十分に考慮されることが極めて重要と考えていることを強調いたします。

 ここで,私は漁業問題の一面であるアナドロマス(遡河性魚種)の問題につき言及したいと思います。今次会議の準備委員会においてすでに述べましたように,日本としてはこの魚種が産卵河川をもつ国によつてのみ排他的に管理・利用が行われることには賛成できません。この魚種の保存・管理は多年にわたり,直接関係国間において既存の地域漁業委員会を通じて実施されてまいりました。この問題は少数の国にのみ影響する極めて限られた問題でありますのでこれらの国の間の協議と適切な解決に委ねられるべきであると考えます。

 次に私は,国家管轄権の範囲を越えた深海海底のための新しい国際的法制度の樹立の問題に言及いたします。深海海底の資源はこれまで人類の手の届かないものでありました。しかし最近の科学技術の進歩により今や史上初めて我々は,人類の共通財産として国際社会に利用さるべきこの宝庫への鍵を手中に収めたといえましよう。この概念に明確な法的定義を与え,これを具体化する国際機構を設立することが今次海洋法会議の任務であります。

 われわれは新しい深海海底制度の設立がすべての国の福祉の向上に貢献するものでなければならないと考えます。この目標は,深海海底鉱物資源の開発から生じる利益の国際社会における公平な分配を通じて達成されなければなりません。また,その際,特に開発途上国や内陸国その他の地理的不利国の利益に対し考慮を払わなければなりません。この資源開発への実効的参加もこの目的を達成するもう一つの手段となりましよう。そのために,技術先進国から開発途上国への必要な技術の移転を容易にし,また海底機構が発行するライセンスの国別年間割当の制度を設けるための然るべき条項が条約内にもられるべきでありましよう。

 深海海底に関し,本会議が直面している最も重要かつ困難な問題は「誰がこの資源を開発するか」という問題であります。これについて誤つた決定がなされるならば,国際社会全体の長期的利益に取り返しのつかない損害を及ぼす恐れがあります。わが代表団は,この点につき深海海底資源の開発は適切なライセンス制度によつて行われるべきだと考えております。そうすることにより国際社会の利益は最もよく守られるでありましよう。

 海洋汚染の問題に関しては,陸上,船舶及び海底開発のそれぞれから起因するすべての汚染原因から海が保護されなければなりません。海洋の環境を守ることは国際社会全体の利益につながるものであります。沿岸国であり,海洋の多方面にわたる受益国である日本としては海洋汚染の防止について,特別な関心を抱いており,あらゆる必要な協力をする用意があります。

 これについて,今次会議で考慮されるべき重要な問題の一つは船舶からの汚染の防止でありましよう。沿岸国がその沖合における船舶による汚染に重大な懸念を抱くのはそれが必然的に沿岸に影響を及ぼす以上当然であります。この点に関し2つの問題があります。まず,船舶による汚染の防止に関しどのような基準を採用するかという問題があります。わが代表団はそのような基準は国際的に合意され受け容れられたものであるべきだと考えます。しかし,次に,これらの基準を適用する際にどの国が実施権限をもつかという問題があります。この点に関し,われわれは伝統的な旗国主義が汚染防止基準を実施する上での基本原則であると信じます。しかしながら沿岸国の正当な利益を考慮して,その沖合海域の排出・投棄に関する国際基準の違反の場合に妥当な範囲内で沿岸国若しくは入港国に,ある種の権限を認めることにより上記の原則を補完することも考えられましよう。以上述べた海洋汚染防止の国際的基準及び実施の方法は,航行の自由に不当な制約を課すことなく海洋汚染防止の目的達成に役立つでありましよう。

 これに関連して付言しますが,いわゆる「特に脆弱な海域」の概念は汚染問題に対する興味あるアプローチであり慎重な検討に値するものでありましよう。

 最後にわが代表団は,新条約の解釈適用から生じる紛争の強制的解決に関する満足すべき手続が設けられることが非常に重要だと考えていることを付け加えたいと思います。新たに設けられる制度につきすべての国に一律かつ公正な解釈及び適用がなされるためにはそのような紛争を仲裁手続若しくは司法的解決に委ねるべき国家の義務を明確に規定すべきであります。われわれは,今や世界的規模での国家間協力の土台となるべき包括的新海洋制度を創設しつつあることを考えるならば,この点は基本的に重要なものでありましよう。この点については国際司法裁判所が主要な役割を担うべきことは当然でありますが,海洋問題の多様かつ屡々技術的な性格にかんがみ,例えば漁業,海域の境界画定及び国際海底の開発における如く機能的問題及び適当である場合には地域的問題にも則した種々の手続が要請されるかもしれません。このような点から将来設置されるべき特別委員会は解決さるべき問題の性格に則したものであることが肝要であり,又紛争当事国を拘束する決定を下すこれらの機関への紛争付託義務を明確に規定することが肝要であります。

議長閣下

 われわれの事業が将来いかなる決定に到達しようとも,それが明日の世界さらに遠い将来に大きな影響を及ぼすであろうことは疑いを容れません。日本代表団は新しい海洋法が,海洋における国際協力を促進し,すべての国々の利益に考慮を払うことにより公正な解決を達成する文書となるべきであると確信いたします。

 ありがとうございました。