[文書名] 第29回国連総会一般討論における木村外務大臣演説
議長
貴下が第29回国連総会議長に満場一致で選挙されたことに対し,日本代表団の名において心からお祝い申し上げたいと思います。
また,私は前議長レオポルド・ベニテス大使に対して深甚なる感謝の意を表したいと思います。前議長はその広い視野と公正なる識見をもつて種々難問題の山積した第28回総会及び第6回特別総会をみごとに指導されました。
ここで私は,今次総会に国際連合に加盟されたバングラデシュ人民共和国,グレナダ,ギニア・ビサオ共和国の各代表団に対し,心からお祝いの言葉を申し述べ,歓迎の意を表したいと思います。
議長
今日の世界は,大国間における緊張緩和の進展を背景として,諸国間の公正な関係に基づく新たな国際秩序を求めて動いております。しかしながら今なお局地的な紛争や緊張は根絶せず,これらをいかに平和的に解決するかという課題に直面していることも厳粛なる事実であります。同時に,現下の世界は,一方において,度重なる核実験や核拡散による危険にさらされ,他方,世界人類全体に影響をもたらす国際経済社会の諸問題の解決という大きな挑戦をも受けております。私としましては,このように平和と繁栄との両面において大きな歴史的課題に直面している現下の国際情勢においては,自国のみの利益にとらわれることなく,広く国際協調を通じて,自国の平和と繁栄を図る道がわれわれに残された唯一の方策であると考えるものであります。
議長
過去数年来積み重ねられてきた大国間の対立回避と協力関係への努力は,体制を異にする国々の間の対話をも促して参りました。
しかし,このような趨勢にもかかわらず,局地的には新たな緊張や紛争が発生しており,また不安定要因を抱えたままであります。
朝鮮半島にあつては,われわれは,昨年のコンセンサスに表明された平和統一への朝鮮民族の念願を確認すると同時に,南北両朝鮮とも今日なお対話と交流を通じた緊張緩和への共通の願望を有しているという事実の上にたつて,今後とも問題の行方を見守つていくべきであると考えます。
カンボディアにおいては未だ戦火が続いており和平への糸口すら生まれていないことは極めて遺憾であります。私は不幸な事態が当事者間の話し合いにより1日も早く解決することを希求します。同時にカンボディア問題の平和的解決のためすべての当事者が真剣な努力を払うとともに,国連としても,そのために協力を惜しむべきでないと考えます。私は,かかる観点から,ワルトハイム事務総長の年次報告がカンボディアの和平に言及し,「国連がより積極的な役割を果す日が来ることを期待する」旨述べていることに勇気づけられるものであります。
また,本年4月ラオスで民族和解の連合政府が成立したことは,今後におけるインドシナの和平定着に向かつて一つの重要な転機となり得るものとして,高く評価されるべきものと考えます。
中東においては昨年10月の第4次中東戦争の後,和平への機運が盛り上がつておりますが,わが国としても他の平和愛好国同様今後のジュネーヴ和平会議の進展に期待するものであります。
以上述べてまいりましたインドシナ情勢,第4次中東戦争及び最近のサイプラスでの紛争等は,一面において大国間の緊張緩和が局地的な緊張の緩和に必ずしも直ちにはつながらないことを示しております。この関連において,私は中近東及びサイプラスにおいて平和の回復・維持,紛争再発防止に大きな役割を果たした国連の平和維持活動を評価したいと思います。ただ,こうした国連による平和維持活動に期待されるところが大きいだけに,これまでの活動がいずれもその時々の,にわかごしらえであつて,設置や運営の問題についてもその場限りの解決が図られてきている結果,いざ必要というときに国連として迅速かつ効果的に対応し得るか,甚だ気懸りになるのであります。従つて,私は,過去の経験と教訓をもとに,平和維持活動に関する指針が早急に確立されることを希求するものでありますが,わが国としてもかかる平和維持活動に対しては今後ともできるだけの協力をしてまいる所存であります。
アフリカ諸国が直面している諸問題,なかんずく,非自治地域住民の自決・独立及び人種差別撤廃は,今日の国連の重要な課題の一つであり,その実現は世界の平和に大きく貢献するものであります。この意味において,本年4月成立したポルトガル新政権がアフリカにおける同国施政地域に対し原則的に独立を承認したことを歓迎するものであり,これらの非自治地域が,早期,平和裡に独立を達成し,平和愛好国として,国連に迎えられることを希望するものであります。この観点からすでに独立したギニア・ビサオ並びに完全な独立に向つての重要な前進として9月20日発足したモザンビーク暫定政府に対し衷心より祝意を送りたいと思います。
また,わが国は,南アフリカによる人種差別,ナミビア占拠並びに南ローデシアにおける白人少数支配に反対するとの従来の基本的立場を再確認するとともに,南ローデシア経済制裁決議等関係国連決議を今後とも遵守し,アフリカ諸国民が速やかにその願望を達成できるよう引続き協力してゆく所存であります。
議長
冒頭にも言及しましたように,国の大小を問わず,世界の何処に位置するかを問わず,今やわれわれ全人類の生存の将来にとり懸念すべき事態が発生しつつあることを指摘したいと思います。
まず第1の問題は,核拡散の危険であります。5月18日には,10年ぶりに新しい核保有国が誕生し,次いでこれまでの核兵器国も,核実験反対の声を無視して,大気圏内あるいは地下において,短期間に集中してそれぞれ核実験を敢行したのであります。
私は,これらの一連の核実験を契機にさらに一層の核拡散への道が開かれることを心から憂慮するものであり,平和国家に徹し,核武装を排する基本的立場にもとづき,核兵器不拡散条約の批准に備えて所要の準備を進めているわが国としては,かかる核拡散の傾向を阻止することが現下の急務であり,この目的のために国際的努力を結集する必要があるとの感を深くするものであります。同時に私は,このような国際的努力が所期の成果をあげるためには,この問題につき特別の責任を有する核保有国がその責任にふさわしい積極的な貢献を行うことが必要不可欠であることをあらためて強調したいと思います。
核拡散の防止を有効かつ永続的ならしめるためには,核保有国の努力,とりわけ包括的核実験の禁止を第一歩とする核軍縮の推進,非核兵器国の安全保障の強化のための実効的な措置の実現に向つて具体的成果を生み出すための努力が必要であることは,すでにくり返し指摘されている点であります。
また原子力の平和利用のための国際協力を推進すべきことは当然でありますが,核の一層の拡散を招来する危険を防止するために,核兵器不拡散条約体制を強化すると同時に,その体制外にある国に対しても厳格な保障措置を適用する必要があります。この場合においても,この分野における援助供与国,とりわけその中核をなす核保有国の慎重な配慮と協力が必要であることは申すまでもないところであります。
私は,世界の平和と安全を確保する上で核拡散防止問題が有する特別の重要性及び緊急性にかんがみ,国際連合自身においても特に安全保障理事会が中心となつてこの問題に真剣に取り組む必要があると考えます。かかる観点から私は,安全保障理事会が核兵器不拡散条約再検討会議における討議の成果をふまえつつ,これをより実効性あらしめるために国際連合としていかなる措置を取り得るかを検討することを総会が要請するよう提案いたしたいと思います。
私は,以上に述べた核保有国の特別の責任との関連で,去る7月初めの米ソの合意,とりわけ地下核実験の部分的禁止についての合意を,全面核軍縮にむけての一歩として評価するものではありますが,今回の合意は,われわれにとつて十分に満足できるものではなく,なお一層の努力が待たれるものであることを述べておきたいと思います。
わが国は,本年の軍縮委員会に化学兵器禁止のための条約案を提出いたしましたが,私は,去る7月に米ソ間で,この問題につき共同のイニシアティヴがとられることが合意されたことを歓迎するとともに私は,このことが1つの突破口となつて,この問題の解決を容易にすることを希望いたします。
議長
次に私は,平和と繁栄を志向する世界にとつて懸念される第2の問題として,資源問題をはじめとする世界経済社会の動揺に言及したいと存じますが,資源問題そのものについては,既に,先般の第6回特別総会においてわが国立場を明らかにしておりますので,今回は,それとの関連において国連の役割を中心に所見を申しのべてみたいと存じます。
現下の世界においては,われわれ人類の生存の基本的要件である,エネルギー,天然資源,食糧,人口,海洋,環境等々の世界経済の諸分野で,今日緊急に解決すべき諸問題が山積しております。こうした問題の多くは,世界的な規模において,総合的及び有機的な方法によつて解決されるものと考えられます。その意味で最も普遍的かつ総合的な国際機関である国連の役割に対する各国の期待は高まつていると思われます。既にに本年春には,「資源と開発」に関する第6回国連特別総会が開かれ,また本年8月にはブカレストで世界人口会議が開催されましたが,さらに本年11月には世界食糧会議が予定されています。また,海洋に新しい国際法秩序を打ち立てるべく,第3次国連海洋法会議が開催されたこともかかる国連の役割を示す一例といえましよう。
ただこのような問題に対して国連が有効に対処してゆくためには,まず各種の国連ファミリーの努力を総合し,調整し,かつ企画する機能が十分に発揮されなければならぬことは申すまでもありません。しかるに,現在の国連の経済社会分野での諸活動を見ますと,各機関間の活動の調整が不十分なため,国連の活動全体としては多くの重複があり,またプロジェクトの設定,基金,機構の設立等にあたつて十分に優先順位が考慮されず,その結果,経済社会の分野での国連活動は際限なく拡大していく傾向さえ見られます。こうした事態を放置すれば,国連が時代の要請にあつた機動的な活動を行いえなくなることは明白でありましよう。従つて,国連が今後とも各国の期待に応え,経済社会の分野でその責任を有効に果して行くためには,限られた資金と人材を効率的に,かつ,必要な活動に結集しうるよう,国連の枠組での経済社会活動を総合的に企画調整する能力を強化することが不可欠であると考えます。
私は経済社会理事会こそこのような企画調整のための,その中核的な場であると信じますので,私としては同理事会がブカレストの世界人口会議,ローマの世界食糧会議の成果をふまえ,いわば「21世紀の地球」,「将来の人類像」を心に描きながら国連内外の関係諸機関との調整役を果すことにつき,その具体的方策を検討するよう提案いたしたいと思います。その際の検討においては,全世界の人類が諸民族の相互依存性を認識しつつ,限られた資源並びに食糧が合理的に配分され得るよう,かつ,この地球上のすべての地域において人間の名に値する生活を営み得る状態が創られるよう人類生存の問題に,単に量的アプローチに留まらず質的な観点からも十分な光が当てられるべきであると思います。
わが国は資源に恵まれてはいませんが,高度の教育水準に達した豊富な人材,技術を擁しており,かかる特性を活用して世界経済の発展のために資金協力,技術協力に努めて参りたいと考えます。このような立場からわが国は資源特別総会の要請に応じ,現下のエネルギー危機により最も深刻な影響を受けている開発途上国の困難を軽減する一助として,商品援助,債務救済,無償援助の形で過去1年間の実績に少くとも1億ドルを上乗せした規模の援助を行いつつあり,必要に応じ一層の貢献を行うことを検討しつつあります。わが国は以上の貢献をわが国自身が現下のエネルギー危機から受けている深刻なる影響にもかかわらず行うものであることを明らかにし,この機会にわが国としては他の能力を有するすべての諸国が同様の努力を払うことを強く希望したいと思います。
この点に関しまして,私は先般の特別総会においても明らかになつたごとく経済社会開発の分野において,従来の「南北問題」の考え方を基本的に考え直す必要があると信ずるものであります。すなわち,資源の有無を通して開発途上国間の格差が最近拡大する傾向が目立ち始めており,南北の区別なく能力のあるすべての国が相対的に恵まれない開発途上国に対する開発協力を強化する必要が高まつている点であります。このような傾向は従来の援助のあり方の根本的再検討を促すものであります。特定のグループのみの繁栄,特定のグループのみの困難が併存することのないよう,衡平と連帯の観点に立つて相互協力を増進することこそ開発協力の根本であると思います。したがつて資本,技術に恵まれた国も,また資源に恵まれた国もそれぞれの能力の特性を活かして世界経済の拡大と発展のために協力すべきであると考えます。かかる考え方に立つてこそ,過般の特別総会で合意された「新国際経済秩序」も初めて有効な意義をもつに至るものと確信いたします。
議長
これまで取りあげてきた問題が,いずれも重要であればある程避けては通れないのが国連の強化の問題であります。
問題の一つは国連が年々累積して行く財政赤字のために,その有効かつ円滑な活動が阻害されていることであり,私はこの機会にあらためて全加盟国が問題解決の緒口をつけるために具体的な行動を起すよう呼びかけるものであります。
財政基盤の強化と並んで触れておきたいのが機構面の強化であります。国連憲章は制定以来既に四半世紀以上経過し,この間国連をとりまく情勢は大きく変わつてきております。そうした中にあつて国連が憲章の当初予想したところと,変貌した現実との間にあつて柔軟性を欠き,変転する現実に自己を調整し得ない機構に堕することがないよう,われわれは常に現実を直視して明日の発展に備えることが望ましいのであります。もとより,わが国が国連の基本理念や憲章の原則を支持する姿勢には些かの変更もないことはこれまでも繰返し明らかにしてきたところであります。この問題は本総会において再度,議題として取りあげられることになつております。私はわが国の意図するところが,創立後四半世紀を経て新しい時代に入りつつある世界に対応して,唯一の総合的,普遍的な国際機構である国連を,名実ともに世界の平和と繁栄のための機構に育て上げたいというにあることを再び強調するとともに,かかるわが国の念願を実現するために各国の理解と協力を期待する次第であります。
議長
私は,以上,国際情勢の流れが,緊張の緩和を底流としつつもなお安定した世界平和への道程は遠く,それだけに国連の果すべき役割はますます増大するとの確信の下に,2つの提案をして参りました。第1に国連が,特に安全保障理事会において,核兵器不拡散条約の再検討全体会議を踏まえた実効性確保措置を検討すること,第2に世界経済社会問題の総合的調整役としての経済社会理事会において未来の人類のあり方について探究することを総会が勧告することであります。これらの提案はいずれも大きな問題をその対象にしており,一朝一夕にしてなし遂げうるものではありませんがそれだけに国際社会の平和と正義に基づきその殿堂としての国連が真剣に立ち向うべき重要性と規模を有するものであることを確信するものであります。