データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第7回国際連合特別総会における木村首席代表一般演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1975年9月2日
[出典] 外交青書20号,55−61頁.
[備考] 
[全文]

議長

 私は,閣下が第7回国連特別総会議長の重職に就かれたことに対して,日本代表団の名において心から祝意を表するとともに,今次特別総会が閣下の卓越し,かつ,公正なる指導の下に,実り多き具体的成果をあげることを期待いたします。わが代表団は,閣下がこの重大な責務を遂行されるにあたり,できる限りの協力を惜しまない所存であります。

議長

 私は,「開発と国際経済協力」に関するいくつかの基本的事項に関して今次特別総会が開催されるに至つたことは,世界経済の現状,なかんずく,南北間の経済関係を創造的に再調整する必要性の増大にかんがみ,誠に時宜を得たものであると考えます。

 世界経済の現状は,通貨情勢の動揺,インフレーションの世界的規模での昂進,エネルギー・原材料・食糧等の価格及び供給面での未曽有の混乱等を受けて停滞の局面にあり,先進国,開発途上国の別を問わず,多くの国の困難は深まつております。かかる時点において,相互依存度の増大を認識し,対話と協調の精神の下に,安定の回復と将来における繁栄のための新たな軌道を模索することが急務となつております。しかも,同時に,その取組み方を一歩誤れば,世界的規模における経済活動の縮小均衡や開発の停滞,更には深刻な社会的混乱の発生をすら招くおそれがあり,いわばわれわれは危険な分水嶺に立つているということができます。かかる重大な時点においてまず何よりも要請されることは,世界経済の実態を踏まえた冷静なる判断及び世界経済の安定回復と進歩を目ざした着実な実行意志であるといえましょう。この場合,現下の深刻な困難にいかに対処すべきかを考えつつも,長期的な視野から世界経済社会全体の窮極的利益とは一体何であるべきかを,膝を交えて検討する姿勢をもつことが必要であると考えます。

議長

 世界の諸国民は,今次特別総会の成否に多大の注目と期待とを寄せております。われわれは,今次総会が現下の経済的・社会的困難に対処するために建設的な態度を示しうるよう,あらゆる努力を行う必要があります。しかしながら,同時に,今次総会は今後われわれが努力を継続するための1つのステップであつて,あまりに過大な期待をかけてはならないとも考えられます。この意味においては,歩みは遅くとも,希望と繁栄への軌道を着実に前進していくとの意思をわれわれは今次総会において表明すべきではないでしようか。

 昨年5月の第6回特別総会においては残念ながらいくつかの重要事項についての合意が成立しなかつたのは事実であります。しかしながら,その開催の意義は,それなりに評価されるべきであると私は考えており,そのことは,同総会最終日に,貴議長が,会議提唱国アルジェリアの代表として,いみじくも「対話の糸は保たれた」と発言されたことにも示されております。今次特別総会は,かかる対話と協調の精神の下に,当面する現下の枢要なる基本的諸事項に関し,着実な前進をはかつていくためのいくつかの基本原則と,とりうべき種々の選択的方法につき,より具体的かつ建設的な形で,「実行可能な真の合意」に達するよう努力すべきであります。

議長

 今次総会の開催にいたるまでには,すでにベンナーニ議長の指導の下に3回にわたつて準備会議が行われ,また,その間を縫つて非公式協議も累次精力的に行われてまいりました。私は,その過程を通じて開発途上諸国が示されたイニシアチヴと努力に対し,多大の敬意を表したいと思います。

議長

 私は,今次総会が「実行可能な真の合意」に達するための一助として,議題の各項目について,わが国の考え方を以下に表明したいと思います。

 まず第1は,貿易についてであります。わが国は,世界貿易の安定的な拡大を強く支持します。私は,過去30年にわたる世界の自由な貿易の枠組みは,貿易の拡大と世界経済の成長を支えてきたのみならず,開発途上国の開発にも役立つてきた点を注目したいと思います。同時に,われわれの課題は,自由貿易の長所を活かしながら,これを改善・強化することによつて,開発途上諸国が行う一層の開発努力をも結実させるとの点にあると信じます。

 開発途上国と先進国との間の貿易に関しては,かかる改善・強化の一環として,経済発展段階の格差を考慮した種々の措置が国際的に検討される必要があると考えます。

 原材料及び一次産品貿易に関しては,南北間の格差を踏まえつつ,対話を継続・発展させていくための努力が,生産輸出国と輸入消費国との間で一層強化されるべきものと考えます。この意味においては,一次産品・エネルギー・開発に関する国際協議開始のための準備が着実に進められつつあることをわが国としては歓迎するものであります。かかる対話の継続・発展のためには,関係国の一層の努力が要請されるとともに,わが国としても,わが国自身の協力的態度をこの場で明確にしておきたいと思います。

 また,一次産品貿易については,消費国の生産輸出国に対する供給アクセス及び輸出国の消費国に対する市場アクセスの双方が,多角的に保証されなければなりません。更に,一次産品価格を公正かつ採算にみあう一定の合理的な範囲において安定させることも同時に重要であります。わが国としては,このための産品の特性に応じた種々の方策に関する国際的検討に積極的に参加していくこととしております。

 また,わが国としては,開発途上国の輸出所得安定化については,特定産品に関するグローバルな輸出所得補償スキームを改善することを目的とした検討に参加することといたしたいと考えております。

 一次産品貿易との関連においては,より長期的な観点から見れば,生産基盤の強化,加工度向上,輸出産業の多様化等のための融資が,世界銀行,各地域開発銀行等を通じて強化される必要もありましよう。

 一次産品に関する右のような諸方策を具体的に検討していくにあたり,わが国としては,第4回UNCTADをめどとして国際的合意が得られるよう,より幅広く,かつ,積極的なアプローチを通じて,できる限りの努力を尽していく用意があります。

議長

 わが国は,ガットの「東京宣言」の精神に則り,その多角的貿易交渉の場において,一層の関税の引下げと貿易の自由化のための努力を行つており,その際には開発途上国の諸要請に対してもできるだけの配慮を加えていくこととしています。この関連において,わが国の一般特恵スキームの改善について今後とも努力したいと考えております。

議長

 次に,私は,開発援助及び国際通貨改革について,わが国の考え方を呈示したいと思います。

 開発援助の自動移転メカニズムの考え方が開発途上国から呈示されるにいたつた背景については,理解するものであります。すなわち,援助総額をGNPの1%とし,そのうち,ODAを0.7%とする等の援助目標の達成は従来からの援助方式によつていては困難ではないかとの疑問であります。しかしながら,これらの目標達成の方策として援助の自動移転のメカニズムを導入することについての開発途上国の現在の考え方には,種々の問題があり,慎重に検討する必要があると考えます。いずれにせよ,わが国としては,援助方式の改善の検討を積極的に行う所存であります。また,開発途上国の経済運営が特に困難な時期には,各援助国及び援助国際機関は,格別の配慮をしていくことが必要であると考えます。

 わが国としては,「第2次国際連合開発の10年のための国際開発戦略」に盛られた諸目標の達成を目指して開発援助の拡充をはかるべく,あらゆる努力を傾注していく所存であります。また,援助の質の向上についても,DAC72年勧告を勘案して鋭意努力したいと考えており,無償援助や一層緩和された条件での借款の供与を拡大するよう,できる限りの努力を行う方針であります。

 更に,開発途上国の累積債務問題が極めて深刻であることを,わが国は十分認識しております。わが国としては,かかる諸国に対しては,必要に応じ,他の援助国と協力しつつ,ケース・バイ・ケースに,リスケジューリング,リファイナンシング等を引き続き行つていきたいと考えております。

 最後に,援助に関しては,第1には開発途上国の多様化しつつある援助要請に適合した援助政策をきめ細かく実行していくことが必要でありますが,援助の効果を高めていくことも重要であり,更に,被援助国の自助努力と援助供与国ないし援助機関の努力とが十分有機的に統合されなければならないということを強調しておきたいと思います。

 次に,国際通貨制度の改革については,わが国としては,安定性と柔軟性とが巧みに調和された新たな国際通貨制度が国際経済社会の円滑な発展のために不可欠であるとの認識の下に,この分野における国際的努力に積極的に参加しております。わが国は,この分野において,開発途上国の利益にも然るべき形での配慮が払われなければならないと考えており,改革後の通貨制度の運用にあたつても,開発途上国のかかる制度に対する有効かつ責任ある参画をはかる必要があると考えております。

議長

 わが国は,科学・技術の経済開発に占める戦略的役割は極めて重要であると考えており,しかるが故にUNCTADにおける技術移転コードの検討にも積極的に参画して参りました。わが国としては,わが国を含む先進国が,コード案に関し,最近,積極的に対案を呈示する等の進展がみられたことに満足の意を表明するとともに,作業の一層の進捗を期待するものであります。技術移転分野における民間企業の果たす役割は非常に大きく,かかる民間部門の協力も得つつ,実効性あるコードを確立するためには,基本的には,法的拘束力のある規範とするよりも,政府・民間を混じえた当事者間での実行意思を確認するというガイド・ラインの形式の方がより妥当であると考えます。

 一方,科学・技術の分野では,開発途上国の必要に見合つた技術開発なり,応用技術の移転,開発途上国におけるかかる技術の定着等のための努力も今後益々必要であります。わが国としては,通信,運輸,建設,農業等の公共部門における技術開発ないしその開発途上国への応用については,政府ベースでの協力もできるだけ積極的に行つていくこととしたいと考えております。

 わが国としては,また,開発途上国が技術を導入する場合に,情報不足の故に困難に当面しているという事実もあると考えております。かかる困難に対処するためには,まず,さしあたり,特許に関する情報をプールした既存のフォーラムの活用等により,技術情報への開発途上国のアクセスを改善することが重要であると考えます。わが国は,また,新たな技術情報システム設立に関する世界知的所有権機関における検討に積極的に参加していくこととしております。

議長

 わが国は,開発途上国が工業化を重視し,この分野で行つている努力を支持するものであります。わが国は「工業化のためのリマ宣言と行動計画」全体には棄権しましたが,わが国が合意した多くの事項については,誠実にこれを実行していくこととしています。

 工業化にあたつては,内外市場の需要動向に則した生産政策が必要であります。また,国内市場の有効需要を創出することも必要であり,そのためには農地制度,賃金制度,税制等の改革が同時に進められることがいかに戦略的に重要であるかを,わが国の経験に照らして強調しておきたいと思います。一般的には,広範な国内大衆市場の存在なくしては,必需消費財を作り出す軽工業も成長せず,また,軽工業の発展なくしては,生産財を生み出す重化学工業の成長も困難であると考えるからであります。

 かかる類の各国の工業化の体験あるいは当面する困難を持ち寄り,各国のそれぞれの実情に適合した工業化のための戦略を検討し,かつ,その実施面での資金,技術協力を促進するための協議をすることは,わが国としても,有益であると考えております。

議長

 次に,「開発と国際経済協力」について考える際,最も重要な問題の1つである食糧問題について触れたいと思います。私は,この重要な食糧問題の解決のためには,開発途上国における食糧の増産こそが,一見遠まわりには見えても,実は問題解決への近道であることを強調しておきたいと思います。そのためには,農業生産基盤の強化及び経済社会的基盤の整備の2つの分野において努力が傾注されるべきものと考えます。第1の面では灌漑排水施設の整備,作物の多角化による土地の効率的利用をはかる必要があり,第2の面では投入財と生産物の双方について流通組織・信用組織を整備し,また,土地制度,農村制度の合理化をはかるなど農村社会全体の改善をはかるよう総合的施策を講ずる必要がありましよう。

 このような措置をすすめるにあたり,各国がそれぞれ行う自助努力に対応して,可能な限りの国際協力が行われることが望まれます。わが国としては,小農をとりこんだ綜合的な形での農業及び農村開発の方式をとりあげる必要があるとの認識の下に,例えば,世界食糧農業機関が目下推進しつつある「アジア綜合農村開発センター」の構想に協力している次第であります。私は,この構想が,農業開発の前にたちはだかる課題,すなわち,農業生産基盤の強化とそれをとりまく経済社会的基盤の整備とを解決するための一助たりうることを希望している次第であります。

議長

 わが国は,従来より,国連の経済・社会分野における有効な活動は,平和と安全の維持の機能とともに,いわば,国連の使命の「車の両輪」であるとの認識を有しております。私は,特に,経済社会分野における国連活動に対する要請が高まつている今日,新たな視点から,その機能の統廃合,手続きの改善を通じて再調整を行つていくべきであるとの考え方を有しております。本件に関する「専門家ハイレベル・グループ」の報告書に見られる諸提案等をも参照して,慎重かつ着実な政府間の検討を進めていくことが重要であると考えます。わが国としても,このような検討には積極的に参加し,かつ,貢献していく所存であります。

 かかる機構改革は決して容易なものではないことは,十分認識しております。しかしながら,国連の諸機関が肥大化し,機動性,総合調整機能等の面において重大な問題に直面している現在,われわれとしては,機関相互の重複を避けつつ,真に緊急であり,かつ,無理なく着手できる分野から,ステップ・バイ・ステップに改革を進めていく必要があると考えます。

議長

 私は,先に述べた6つの基本的な分野に関するわが国の考え方をできる限り具体的に表明する努力をいたしました。その理由は,冒頭に述べたとおり,今次特別総会において,「実行可能な真の合意」が達せられることが,いわゆる南北問題を含む今後の世界経済関係を創造的に再調整していくためにいかに緊要であるかを私自身が切実に感ずるからであります。

議長

 私は,演説を締めくくるにあたり,アプローチの差こそあれ,先進国・開発途上国ともめざしている目的は同一であり,それは世界経済の安定と繁栄及び開発の促進であるという点を指摘しておきたいと思います。

 開発途上国の多くの人々が貧困にあえいでいる今日,われわれは各国間の所得格差を着実に,かつ,早急に解消していかなければならないのであり,各国が協力して共通の目的の下に,かかる貧困からの挑戦にうちかつていくことが必要であると考えます。

 世界の諸国民は,最近の経済・社会上の諸困難に対処するにあたつて,各国間の経済の相互依存関係がいかに高まつているかを如実に知ることができました。このような相互依存関係が増大した今日においては,機械的かつ人為的な富の再配分という方策では,問題の最終的かつ根本的な解決は不可能であります。問題の真の解決のためには世界経済全体の成長と繁栄をはかることがまず必要であり,この過程で開発の促進について先進国及び開発途上国が「実行可能な真の合意」に基づいて協力することが必要であります。私は,この特別総会が世界の進歩と繁栄及び開発の促進のために実り多い成果をあげることを希望するものであり,また,かかる人類共通の目的達成のために苦労を共にすることを世界各国に訴える次第であります。ありがとうございました。