データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第32回国際連合総会一般討論における鳩山外務大臣演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1977年9月27日
[出典] 外交青書22号,330−337頁.
[備考] 
[全文]

議長

 私は,モイソフ議長閣下が第32回国連総会議長に選出されたことに対し,日本政府を代表して祝意を表明致します。

 閣下の優れた指導のもとに,今次総会が実り多いものとなるであろうことを,私は確信するものであります。

 私は,また,アメラシンゲ大使が,議長として第31回総会を成功に導かれたことに敬意を表します。閣下が,第3次国連海洋法会議議長として引き続きその卓越した手腕を発揮されることを期待しております。

 私は,また,ワルトハイム事務総長の着実な業績と国連に対する献身に深甚な敬意を表するとともに,事務総長が国連の諸目的の実現に向つて引き続き尽力されることを確信致します。

議長

 わが国は,第2次大戦後一貫して,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,国際紛争を解決する手段としての武力を放棄し,平和的手段によつてのみ国際関係を処理するとの基本的立場を堅持して参りました。わが国が核軍縮をはじめとする軍縮のための国際的な努力にイニシアティブをとり,また,武器の輸出を慎んできたのもかかる立場によるものであります。わが国が歩んできたこのような道が,国際の平和と安全の維持という国連の目的に合致するものであることを確信して,わが国は,世界の平和と安定のための自らの努力を今後ともたゆみなく続ける決意であります。

議長

 かかる観点から,わが国は,今日,アジアにおいて戦火が終息し,各国が平和と安定のうちに経済社会開発に専念しうる環境が整いつつあることに勇気づけられるのであります。

 東南アジアにおいては,10年前東南アジア諸国連合を結成した国々が,経済社会発展及び社会的公正の強化を目的とする共同の努力を続け,域内における紛争はもつぱら平和的手段によつて解決する決意を表明し,また,東南アジアの他の諸国との間に平和で互恵的な関係を発展させたいとの願望を強調しております。

 インドシナにおいては,各国による再建,復興の真剣な努力が進められております。わが国は,つとにヴィエトナム民主共和国との外交関係を樹立し,また一貫してヴィエトナム社会主義共和国との友好関係の樹立に努めて参りました。私は,ヴィエトナム社会主義共和国の国連加盟が,今次総会において全会一致で認められたことに対し心から歓迎の意を表するものであります。

 福田総理大臣は,先月マニラにおいて,わが国の東南アジアに対する基本政策を明らかに致しました。

 それは,第1に,わが国は,平和に徹し,軍事大国にはならないことを決意して,東南アジアひいては世界の平和と繁栄に貢献することであります。第2に,わが国は,東南アジアの国々との間に,真の友人として心と心のふれ合う相互信頼関係を築きあげることであります。第3に,わが国は,対等な協力者の立場に立つて,経済開発,貿易,文化交流をはじめとする諸分野において,ASEAN諸国の自助と連帯の努力に積極的に協力し,また,インドシナ諸国との間には相互理解に基づく関係の醸成をはかり,もつて東南アジア全域にわたる平和と繁栄の構築に寄与することであります。

 南西アジアにおいても,域内諸国間の関係を正常化し,地域の平和を維持しつつ各国の国情に応じた開発を進める方向が定着しつつあります。わが国は,今後ともこれら諸国との間に開発のための協力を推進する決意であります。また,広く国際社会の当面する諸問題の解決のために,これら諸国との国際場裡における協力を深めていきたいと考えております。

 わが国と隣接する朝鮮半島においてなお緊張が存在していることは残念でありますが,今次総会においても,昨年に引き続き,朝鮮問題に関する対決が回避されようとしております。私はこれが半島における現実の緊張緩和につながることを心から期待いたします。

 朝鮮半島の平和と安定に深い関心を有するわが国としては,南北両朝鮮間の対話が速かに再開され,朝鮮半島の再統一が平和的な方法で達成されることを引き続き強く希望するものであります。その間,両当事者間の対話の促進のための平穏な環境醸成に全ての国が協力することを特によびかけたいと考えます。

 なお,南北両朝鮮がそれぞれ希望するならば,平和的再統一が実現するまでの間,ともに国際連合に加盟することをわが国として歓迎する立場に変りありません。

議長

 以上申し述べました如く,わが国は,平和と安定のうちに建設と発展の努力がアジアをおおい,アジアに定着することを強く期待しております。同時に,私は,アジア諸国が外部からの干渉を受けることなく,しかも,自らの安定と発展のための努力に対してはひろく域外からの理解と協力を得られることを強く希望するものであります。

議長

 私は,かねてより,中南米諸国が,地域の問題を相互理解の精神によつて解決する域内協力の永い伝統を有することを高く評価して参りましたが,今月初頭パナマ運河新条約の調印にあたり,地域の指導者が一堂に会する姿にあらためて印象づけられたのであります。パナマ運河問題が平和的な話合いを通じて解決されようとしていることに対し,同慶の意を表するものであります。

 また,この機会に,わが国としては中南米諸国との協力を一層強化し,これら諸国との友好関係を深めていく所存であることを,あらためて申し述べたいと考えます。

議長

 国際の平和と安定の維持にとつて,中東問題が極めて大きな重要性を有することは多言を要しないところであります。わが国は,ジュネーブ和平会議再開のためのヴァンス米国務長官の献身的な努力をはじめ,関係諸国の指導者による問題の平和的解決のための真剣な努力を全面的に支持するものであります。わが国としては,今年中に,イスラエル,アラブ直接当事国及びパレスチナ人の代表たるPLOを含む関係者が,ジュネーブで話し合いを始め得るはこびとなることを強く希望しております。

 中東和平の基礎は安保理決議242及び338であり,また,国連憲章に基づくパレスチナ人の正当な権利,就中,民族自決権の実現であります。

 武力による領土の獲得及び占領は許されず,イスラエル軍は67年戦争の全占領地より撤退しなければなりません。他方,イスラエルを含むすべての関係国の政治的独立と領土保全が保障されるべきであります。また,パレスチナ人の民族自決権が,国連憲章に従つて承認され,尊重され且つ実現されることが必要であります。

 この関連で,最近イスラエル政府のとつたジョルダン河西岸における入植地に関する措置は極めて遺憾であり,中東和平促進のためには,イスラエルが,問題の解決を更に困難にさせるような現状変更の措置を採ることを慎むよう強く要請するものであります。

 わが国は,今次総会に際しても早期和平を探究する努力が真剣に続けられることを希望し,かつ,今後とも国際社会の一員として,中東における公正かつ永続的な和平の早期実現のため,わが国自身としてもできる限りの貢献を行いたいと考えます。

議長

 南部アフリカの情勢は,その継続が国際の平和及び安全の維持を危くするおそれのあるものであります。南部アフリカにおいては,人種差別の撤廃,非植民地化及び多数支配が,平和的手段を通じて一日も早く実現されなければならず,その過程において国連が有効な役割を果すことが期待されているのであります。

 わが国は,ジンバブウェにおける民族主義運動に対する理解と支持を表明するとともに,フロントライン5カ国の努力に敬意を表し,あわせて英・米両国のイニシアティブを評価するものであります。また,わが国は,問題の平和的解決のための国際的努力に協力するため,南ローデシアに対する経済制裁を完全に遵守する所存であります。

 ナミビアにおいては,安保理決議385に従つて,南西アフリカ人民組織(SWAPO)をはじめ全てのナミビア住民の参加を得て独立が達成されなければなりません。わが国は,安保理メンバー5カ国の,問題の平和的解決に向つての真剣な努力を支持するものであり,わが国としても国連の問題解決への努力に対し,自らの役割を果す用意があります。

 南部アフリカの諸問題に対する南アフリカ共和国政府の立場は決定的な重要性を有するものであります。わが国は,南アフリカ政府が人種差別の撤廃に対する国際的要求を重視するとともに,南部アフリカ問題の1日も早い解決に協力することを強く要請するものであります。就中,南アフリカ政府は,現在行われつつあるジンバブウェ及びナミビアの問題の平和的解決のための国際的努力に十分協力すべきであります。それが行われない場合には,南アフリカに対する非難のたかまりによつて,深刻な結果が招来され得るのであります。

 最近,南アフリカにおける核開発の可能性が伝えられておりますが,これは核拡散の可能性を意味するものとして国際社会にとつての重大な関心事であると同時に,南部アフリカ問題の平和的解決の努力を水泡に帰せしめるおそれのあるものであり,我が国としては南アフリカ政府がかかる危険な道を採ることのない様強く求めるものであります。

議長

 私はこの機会に,ジブティ共和国が独立を達成し,国連加盟を認められたことを心から歓迎するものであります。わが国は,今後,新生のジブティ共和国が順調に経済的,社会的発展を遂げるよう,協力を進めてまいりたいと考えます。

 わが国は,アフリカ諸国との友好親善と互恵協力の関係を増進することを基本的方針としており,南部アフリカ問題の解決と国造りというアフリカ諸国の共通の目標の実現に心からの支援を惜しまないものであります。

 かかる立場から,わが国は,人的交流,経済技術協力をはじめ,アフリカ諸国の願望の実現に対する各種の分野における協力を更に拡大する所存であります。

議長

 明年5月には,軍縮特別総会が開催されることとなつております。軍縮の分野における着実な進展は,国際平和の維持にとつて基本的な重要性を有するものであり,わが国は特別総会が実りある成果をあげるためにも,引続き,この分野において積極的に努力していく所存であります。

 わが国は,核軍縮の促進が軍縮の分野で最も重要な課題であると考え,核軍縮に向つての最も緊要な第一歩である核実験の包括的禁止の実現のための技術的提案を行うなど,積極的な努力を傾注して参りました。わが国は,自ら,核兵器を持たず,作らず,持ち込ませずとの非核三原則を堅持しておりますが,さらに,核戦争の防止に貢献すべく,核拡散防止条約の締約国となつたのであります。

 この条約は,私が指摘するまでもなく,核保有国と非核保有国との間の不平等性を内包しておりますが,その不平等性を是正し,もつて,核拡散防止体制を強化するためには,核兵器国による一層の核軍縮努力が必要であります。また,同時に,この条約の締約国たる非核兵器国が原子力平和利用の分野において有する奪うことのできない権利が,実質化されるべきことを改めて強調したいのであります。

議長

 近年,世界の一部地域では通常兵器の蓄積が武力衝突を惹起せしめる危険をはらんでいることが懸念されております。通常兵器の分野における軍備競争と,これらの兵器の国際移転の加速化は,国際社会が引続き真剣に検討すべき問題であり,特に軍縮特別総会の主要な問題の一つとして取り上げられるべきものであると考えます。

議長

 国際の平和及び安全の維持と並んで,国連の当面する大きな課題は,開発途上国の経済的社会的発展の一層の促進であります。

 わが国は,新国際経済秩序を樹立したいという開発途上国の願望を十分認識するものであります。新国際経済秩序の樹立は絶えず進化する動態的過程として把握することが必要でありますが,わが国はかかる新しい国際秩序に向つての共同の努力に建設的に協力して行く考えであります。

議長

 われわれは,1980年代の国際開発戦略を策定すべきときを迎えております。この時に当り,私は次の諸点を指摘したいと考えます。

 第1は,開発途上国の開発に真に貢献し,世界経済全体の健全な発展に資する施策を積極的に推進すべきであるということであります。この点に関して,私は工業開発と並んで農業開発の重要性を強調するものであります。農業開発の問題は,人間と土地,それに制度が絡み合つた複雑なものであり,従つて,われわれはこれに総合的に取組まなければならないのであります。

 第2に,南北間の所得格差の是正はもとより当然のことでありますが,開発途上国間の発展段階及び経済的社会的必要の多様性が看過されてはならないのであります。とりわけ,後発開発途上国には一層の配慮が必要であります。

 第3に,すべての人が開発のプロセスに直接参加しうる能力を与えられ,開発の利益を分かち得ることが肝要であると考えます。

 そのためには,所得の向上に直接寄与する開発と並んで,社会開発,特に,人間生活の基本的要請に応えるための開発が重視されなければなりません。その際,何が人間生活の基本的要請であり,また,社会開発の如何なる分野に優先度がおかれるべきかは,もとより,開発計画の策定等を通じて,それぞれの開発途上国みずからが判断すべき問題であります。

 かくして人間生活の基本的要請を満たすことこそ,人間の尊厳と人権の尊重につながるものなのであります。

議長

 次に,開発途上国の経済的,社会的発展のためにわが国がなさんとしていることの一端を申し述べます。

 まず,わが国は,今後5年間に政府開発援助を倍以上にのばす意図を有していることを表明いたします。

 貿易の分野においては,多角的貿易交渉において,1973年の東京宣言の趣旨を体しつつ,開発途上国の必要に最大限可能な配慮を行つてまいります。わが国は,一次産品共通基金を設立する必要性を特に強調しております。共通基金の内容については,11月に再開される交渉会議において,満足な合意が得られるよう強く期待しております。わが国は,既存の国際商品協定に積極的かつ前向きに参加し,第5次国際スズ協定緩衝在庫に対する任意拠出に向けて必要な措置を積極的に検討することを表明致します。

 更に,国際経済協力会議をはじめとするこれまでの国際的討議において合意の得られていない諸問題については,今後,国連を中心とする各種のフォーラムにおいて,その解決のために一層の努力を傾けて行きたいと考えます。

 わが国は,21世紀に向つて「貧困のカーテン」を取り除くための国際協力に全力を傾ける決意であります。

議長

 国連は,人類の最後のフロンティアの一つと言われる海洋の問題に取組んでおります。過去10年にわたる新海洋法秩序樹立のため苦難に満ちた歩みの中で,今程,すべての国の相互理解と協力が必要とされている時はないと考えます。国連は,すべての国の受諾しうる公正な海洋秩序を一日も早く樹立するという大きな挑戦にうちかたなければならないのであります。わが国は,海洋国家として,今後とも,新海洋法の策定に協力していく所存であります。

議長

 私は,最後に,国連自体との関連で,わが国が特に関心を有する若干の問題に言及したいと考えます。

 第1に,国際社会の現実の発展に応じて,絶えず国連の機構及び機能に対する検討が加えられなければなりません。国連の創設以来既に32年が経過致しましたが,その間,各国が国際関係に果す役割りは,大きく変化してきております。私は,憲章再検討の問題を含め,現在国連で行われているこの分野での作業が,かかる現実を反映した建設的な成果を生み出すことを希望いたします。

 第2に,国連の主要なフォーラムにおけるアジア・グループの地位の問題があります。国連のアジア・グループを構成する国は,現在37カ国及んでおり,これら各国の有する人口は,世界の人口の半ば以上である23億に達しております。グループの各国は,それぞれの立場から国連の諸活動に対する積極的な貢献を行つてきておりますが,国連の各種フォーラムにおいて十分な地位と機会が与えられるべきであるというのが,アジア・グループの一致した主張であります。国連の重要な機関の選挙におけるアジア・グループのアンダーリプレゼンテーションは早急に改善されるべきものであると考えます。

 第3に,一部の国連専門機関において,政治的考慮が若干行き過ぎとなる傾向が見られます。これらの機関における討議が世界の政治的現実を反映するものであることは認識いたすものでありますが,それぞれの機関の本来の使命も忘れられてはならないのであります。われわれは,すべて,専門機関の円滑かつ効率的な機能の増進のために協力すべきであります。

 第4に,国連大学が,資源,環境,人口及び食糧等の人類が直面している基本的な諸問題に取り組むための研究活動の世界的ネット・ワークの本部として設立されて以来4年になります。わが国は,相当額の拠出を行つて参りましたが,国連大学は,期待されている役割を十分に果すためにより広い支援を緊急に必要としております。私は,加盟諸国がそのような支援を行うよう要請するものであります。

議長

 今日の国連において安保理常任理事国の地位を占める主要国は,極めて大きな役割を担い,責任を有するのであります。私は,今後とも,これら諸国が,その持てる力を平和の維持と開発への協力という人類共通の目標に向つて最大限に活用することを強く期待致します。

 同時に,今日,それ以外の国連加盟国も,世界の平和と発展に対する責任を担つていることが強調されなければなりません。わが国は,非核兵器国として,国連の理想と活動を支持するものであり,国際平和の建設をはじめとする国連の諸目的を達成するため,より大きな役割を果す決意を新たにするものであります。